2005年1月号
産学官連携事例報告
産学官の動的パートナーシップのすすめ
顔写真

野口 照久 Profile
(のぐち・てるひさ)

テノックス研究所所長/
ゲノム創薬フォーラム代表/
前ヘリックス研究所
代表取締役社長


最近、生命活動のプログラムともいえるヒトゲノム*1の完読により、新しいゲノム・バイオ産業の創造が活発になり、ナノテク技術や超素材技術を中核とする新産業の展開とともに、これらの最先端技術の国際開発レースはいずれも国益を賭して、一層の激しさを増しつつある。この国家間での競争は、当然「知」の源泉である大学と「富」を生む産業との連携融合を官も求めており、一層の動的活動を推進する新しいパラダイムシフト*2の誕生が期待されている。

それにはいまだ幾多の解決しなければならない問題点が残されている。

1996年に国際ゲノム研究に挑むため官民合弁の研究企業として、通商産業省(当時)および郵政省(当時)が共管の基盤技術研究促進センター*3が中核となって、日立製作所ほか我が国を代表する化学・医薬・バイオの民間企業10社の共同出資によって「ヘリックス研究所」が設立され、有用遺伝子の発見とその発現タンパク質の構造と機能の解明を目途とした。国家的プロジェクトとして期待通りに東京大学医科学研究所も参加し、世界のゲノム研究のさきがけとして、高効率クローン化技術を開発して、ヒト完全長cDNA*4の網羅的取得に成功し、世界のゲノム研究に令名を馳せる重責を果たした。

本研究所の創設および運営の最高責任者として、産学官の狭間配りでコーディネート活動に腐心したが、結果として貴重な経験による経営観を得た。産学官の立場・主張には予想以上の隔たりがあり、目標に向けたベクトル調整には戸惑いを感じた。結局、「情報」と「時間」の戦略を要として「人財」活用に挑んだことが成果に結びついたと信じている。

産学官連携プロジェクトの活動展開に当たって、まず考慮すべきことは、大学人の創知機能を効率よく発揮できる環境づくりを優先すべきである。大学人には社会が求める人財の教育・育成、そして社会が必要とする知識の創造(創知)および産業社会への創知の貢献である。しかし、大学人と産業の融合にはいまだいくつかのバリアーが存在している。例えば国立大学教官などの民間企業への兼職参加の場合には、“職務に専念する義務”(国家公務員法第101条および103条*5)条項の運用に、官も柔軟な配慮を課すべきであろう。

一方、企業人も自社の利益追求のみに専念せず、社会への企業貢献度を高めるためにも、大学人との積極的指導協力と知的財産の公平分配を求めて豊富な資金提供をすべきであろう。

この産学連携のきずなに、官が「法」と「財」で支援することによって、国家に寄与する創知産業が発展することを期待したい。

かくしていくつかの産学官の利害得失を超えて、各自の立場と潜在能力を相互尊重する風土を耕し、産学官の対等・平等なパートナーシップを確立することをすすめたい。それによっていくつかの障害が除かれ、産学官のユニークな動的柔構造が生まれて国益に帰することを望みたい。

*1ヒトゲノム
ゲノム(genome)とは、遺伝子(gene)と染色体(chromo-some)という言葉をあわせて作られた造語。ヒトゲノムとは、ヒトがもつ固有のDNAの総体を表す。1~22番染色体が1本ずつ、およびX染色体とY染色体に含まれるすべてのDNAの総体をいう。
参考サイト:日本衛生検査所協会
http://www.jrcla.or.jp/info/info/info_02.html

*2パラダイムシフト
科学者集団に共有されている概念が、ある時点で革命的、非連続的に変化する局面のこと。

*3基盤技術研究促進センター
基盤技術円滑化法に基づき民間基盤技術に関する試験研究の促進などを行う。現在、センターは廃止となり、業務は新エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)などに継承された。

*4ヒト完全長cDNA
ゲノムDNAの中から不要な配列を除きタンパク質をコードする配列のみに整理された遺伝情報物質mRNA(メッセンジャーRNA)を鋳型にして作られたDNAのこと。
参考サイト:産業技術総合研究所 http://www.aist.go.jp/

*5国家公務員法第103条
私企業からの隔離。