2005年1月号
産学官エッセイ
産学官連携に望むこと
顔写真

覧具 博義 Profile
(らんぐ・ひろよし)

東京農工大学工学部
物理システム工学科教授



この度創刊された「産学官連携ジャーナル」が、産学官連携について多角的な視点からの活発な意見交換の場を提供しようとしていることは大変うれしいことです。筆者は、 25年間にわたり企業で研究開発に従事した後、6年ほど前に大学に移籍したので、産と学を自らのキャリアの中で経験してきました。もっとも、企業ではもっぱら研究開発に従事し、特にその第4クオーターは基礎研究のマネージメントに携わっていました。このために、私の産学官とのかかわりは限られた角度からのもので、「ピントはずれ」な点も多々あることを恐れますが、自らの体験の中で考えてきた科学技術における産学官連携のありかたについて書かせていただきます。

産学連携における分担と重複

連携に期待されることは、産、学のそれぞれのセクターが本来のそれぞれの機能と強みを持ち寄り、弱みを補完しあって分担することによって、新しい技術と新しい産業の創出を推進していくことでしょう。産の強みは、マーケットに直接接点をもつこと、そして利潤追求・コスト削減の方向を向いた明確な目的意識にあります。しかし、これらは同時に弱みにもなります。厳しい市場競争のなかで、その視点や行動パターンは、その時々のマーケット動向や経済指標に強く影響されざるを得ません。長期的な視点を確保してそれを行動に反映することは容易ではないのです。

一方、学の強みと弱みには、産の弱みと強みを裏返しにしたところがあります。長期的な視点にたって、技術とその科学的基盤を体系的に発展させてきたのは学の力です。そこには多くの優れた人材がいて、創造性の高い多様な研究開発活動を担っています。

産学連携は、このようなそれぞれのセクターの特性を生かしながら補完して発展させることが望まれます。スピードを重視する産の視点を持ち込むことによって開発が促進されるだろう技術の種子は学の中に多数あると思われます。しかし、その一方で、年月をかけて課題を克服していくことによって真に革新的な技術をもたらすことが期待される研究テーマも少なくありません。産学連携というかけ声に当面は無縁であることが健全な発展には望ましいと思われる研究テーマもあります。それぞれの特性に応じて柔軟に多様性を許容することが産学連携の遂行には重要と考えられます。

効率的な連携に際しては、補完という側面が強調される傾向があり、産業界からはリスクの負担をできるだけ学の側で背負ってほしいという期待がますます強まっているように見えます。このために、研究から、さらには開発、その上にベンチャーなどのビジネスまでも学の側に担ってほしいという希望が聞こえてきます。しかし、例えば研究開発のような機能については、学だけでなく産の側でもそれをある程度重複して担うことが極めて重要と考えます。それは、一つに、産と学の機能を結びつける「のりしろ」のような部分として機能しうるからです。学の中から出てくる新しい可能性に対して産の側が十分な感受性を持ち、また、それを製品につなぐための素地を持つためには、産業の中にも相応の研究開発機能を持つことが極めて重要と考えます。産業の中の研究開発人材は、また、企業のニーズを学の世界の人々に理解できる言葉で伝える中継役としても重要です。学と産の連携が、木に竹をつなぐようなものにならないためには、学の側での企業ニーズに対する敏感性にくわえて、産の中での研究開発基盤の確保があわせて重要であると考えます。

近年日本では、重点化した大学院大学の博士課程定員が大幅に増大し、その出身者の多くが、競争的資金で運営される多数の時限プロジェクトで、いわゆるポスドクとして研究開発能力を磨いています。これらの若手研究者にとってのキャリアの展開先は学の世界ではすでに飽和しています。産業界の研究開発部門が、このような人材に活躍の舞台を与えることも期待されます。

人材育成での連携

高度の技術を保持しさらに発展させていく上で、人材育成の重要性は言うまでもないことでしょう。しかし、現実には、育成すべき人材や、育成の機能のセクター間での分担については、十分な検討と合意があるとは思われません。ここしばらく、産業界からの人材育成への期待として「即戦力」という言葉がしばしば唱えられ、学のサイドでもこれに言葉通りに対応しようと努力して、カリキュラムの大幅改定などが行われています。しかし、もし科学技術人材の育成の大半を学に担わせようというのであれば、これは著しく非現実的です。大学は自動車教習所とは著しく性格を異にするのですから。自動車教習所では、明確に定義され限定された自動車運転という技能を一般の道路で安全運転ができるレベルまで習得させればよいのです。習得すべき技能の内容と水準は極めて明確に定義されており限定されています。

これに対して、理工系学生の大学教育に求められるものは、本来大きく異なるはずです。そもそも、産業側が必要とする技術の内容は広大なスペクトルにわたって広がっています。また、技術の急速な発展や経営方針の変化によって、必要とされる技術はどんどん変化していきます。このような技術についての近視眼的な「即戦力」の要請は大学教育にとって困難であると言うよりも、むしろ、人材育成の観点からは望ましくないと筆者は考えます。しかも、日本の雇用習慣では、極めてしばしば、実際の配属は入社後しばらくたってから決定されます。入社するまで、あるいは入社してからもしばらくは、新入社員が自ら担うべき技術を知らされないケースが多々あるのです。また、市場の激動期には、入社後1年たつかたたないうちに他の技術分野に異動させられるというケースも見聞きしています。ですから、「即戦力」の要求は無責任にさえなりかねません。

長期的な視点に立てば、産業側にとっても望ましい理工系人材は、技術の基盤をしっかりと理解していて、自ら積極的に新しい技術を習得し、さらには新しい技術の創出に寄与でき、しかも変化に適応できる柔軟性のある人材のはずです。「即戦力」を強調するあまりに、基礎的な素養のトレーニングがおろそかになるようでは長期的には人材の深刻な浪費を招きかねないと強く恐れます。

基礎的な素養の中には、技術基盤の理解に加えて、知的財産権や安全・環境負荷への認識、さらには技術者や科学者として倫理観を形成していくための人文社会学的素養なども含まれるはずです。現実問題としては、そのさらに以前に、自らの考えを論理的に表現し記述できるというようなごく基本的な能力が大学生の間で低下しつつあることは、卒業生を受け入れている産業界も危惧していることです。大学教育の基本を確実に達成していくことが産学連携において大学に求められる最も重要な任務ではないでしょうか?

一方、産業の側も、次世代を担う技術者や研究者を育成する責務を応分に負担することが企業の社会的な責任でもあるはずです。いわゆるon the job training(OJT)は、訓練される側も明確な目的意識を持つことができるため、高い有効性が期待できます。英国政府が奨励しているサンドイッチ教育は、学士や修士で卒業し企業に入って数年間の実務経験を経た技術者が、企業から派遣されてフルタイムあるいはパートタイムで大学院に戻ってトレーニングを受けるものです。日本でも社会人教育の重要性は意識されていますが、人材教育の受益者である企業が、そして産業界が、様々な形で継続的な人材教育を支援し、その社会的なコストを分担することも、産学連携の重要な側面として考えるべきではないでしょうか?

大学に移って以来痛感しているのですが、昨今の新卒採用方式には問題を感じます。学部3年、あるいは修士1年の後半から、学生たちの多くが「就活」と称して会社説明会や、会社訪問、面接などに半年ないしそれ以上の期間にわたって、多大な時間と精力を割いています。この期間には登校しない学生が多くなるため、大学のカリキュラム編成もこの実情に配慮したものにならざるを得ない状況です。学部4年間のうちの、まして修士2年間のうちの、半年という就職活動期間は極めて大きな比率で、これによって教育研究に大きなひずみが入っている現状は、産業界に早急に改善していただきたい課題です。

組織機能強化にむけての連携

企業から大学に移って感じたことの一つに、教育研究の運営体制の問題があります。教育研究を主体的に担うのは教員であることは当然ですが、大学では、その教員たちが多くの雑務を負担しています。教育を雑務の一部とする考え方には私はくみすることができませんが、企業であれば総務・経理・工務・情報特許・環境管理などのスタッフ部門が担っているような雑務のかなりの部分を、教授や助教授、助手さらには大学院生までが負担しています。国立大学では、近年繰り返し行われてきた定員削減の影響もあるといわれますが、むしろ、教育研究、特に研究の側面を支援する組織的スタッフ機能の重要性についての認識が形成されていないことがより大きな原因と考えられます。効果的な研究開発支援組織は、単に人を集めるだけでは実現できません。運営のノウハウだけでなく組織としての文化風土が重要です。そこで、他のセクターの中に有効な組織機能があるのであれば、それを別のセクターに導入して活用する可能性も検討に値するのではないでしょうか?

米国では、Los Alamos国立研究所がカリフォルニア大学に、またSandia国立研究所がLockheed Martin社にその運営を委託するなど、国立研究所の運営が大学や民間企業に委託されているケースが複数あります*。また、逆に企業の研究開発機能の一部を大学の中におくことは、既に日本企業でも欧米では行っています。これらの可能性を国内でも真剣に考えてみる価値があるのではないでしょうか?

産学連携の推進は、多様化していく現代社会において不可欠です。しかも、その推進は社会全体の様々な側面に甚大な影響力を持つはずです。それだけに、長期的視点に立った、俯瞰的(ふかんてき)な視野を持った、産学連携の構想と推進が望まれます。

*参考サイト(英語)
http://labs.ucop.edu/
http://www.lockheedmartin.com/wms/findPage.do?dsp=fec&ci=12986&rsbci=0&fti=0&ti=0&sc=400