2005年2月号
特集  - 「ファイナンス」の立場から見た産学官連携と地域イノベーションの展開方向
産学官+金 -イノベーションと事業を繋ぐ
仕組み-
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山口 泰久 Profile
(やまぐち・やすひさ)

日本政策投資銀行大分事務所所長




はじめに

「死の谷」とは、主に企業が研究開発にいくら力を入れても事業化できない状態を指し、研究開発と事業との間に「死の谷」があると表現されている。米国の商務省標準技術院の資料によれば、研究開発と製品の市場投入との中間地点、すなわち製品開発・スケールアップの時期、さらに言い換えると、事業化を考える最も大事な時期に資金を得ることが困難となることが示されている。このような「死の谷」をかなりうまく切り抜けているのが、米国のシリコンバレーであるが、シリコンバレーはもう既に語りつくされていて、日本では参考にならないという論もある。実際にシリコンバレー方式は、全ての産業形態に適合しているとは言えない*1が、大学や研究所という資源、すなわち科学者や技術者が研究しているサイエンス、テクノロジー、知的財産を有効活用し、「死の谷」をうまくコントロールしているという意味では、シリコンバレー方式はかなり有効であると言えよう。本稿では、特に社会的ネットワークと資金調達という切り口から、イノベーションと事業を繋ぐ仕組みについて論じたいと思う。

米国の事業化システムと資金調達

『シリコンバレー・エッジ』(邦題:シリコンバレー なぜ変わり続けるのか)*2という本には、「富を生む新陳代謝の秘密」という表現がある。要すれば、事業化に成功する新陳代謝のシステム(ハビタット=生息地)がシリコンバレーにはあるということだ。この本の中で示されているそのほかのキーワードをいくつか挙げると、イノベーション(技術革新)、アントレプレナーシップ(起業家精神)、社会的ネットワーク、ベンチャー・キャピタリスト(VC)などとなるが、これらの言葉、それぞれの機能をしっかりと理解する必要がある。

まず、事業化の際の資金調達方法をみると、エンジェル*3といった投資家は、米国以外ではあまり多くは見かけない。ある会社を起業した人が、ひとまず事業が軌道に乗ると社長を譲って次のビジネスへ向かい、例えばエンジェルとなる。さらに進んで、VCになる。グローバル・カタリスト・パートナーというVCの創業者であるカムラン・エラヒアンは、20年間の間に11社を創業し、内3社が既にIPO(株式公開)する*4など非常に優れた起業家であるが、このようなシリアル・アントレプレナーからVCとなっている。米国には、わが国の金融マンとはまったく種類の違うVCが多数いるのである。

次に、シリコンバレーの社会的ネットワークを見ると、スタンフォード大学の教授陣や卒業生を中心に様々な異業種交流会が開催されている。有名なもので元上院議員のベッキー・モーガンが創設したジョイント・ベンチャー・シリコンバレー・ネットワーク(JVSVN)*5という、産学官民が結集し地域への提言と社会的プロジェクトを行うNPOや、TIE、SDフォーラムといった技術者や起業家の会員制団体があり、数多くのビジネス・ネットワーキングの中から実際にベンチャー企業が多数育っている*6。このようなビジネス・ネットワークの多層的な存在を含めシリコンバレーの経済・社会環境を、『シリコンバレー・エッジ』ではハビタットと呼んで、当地に特有のものだと述べている。

しかしながら、シリコンバレー方式に普遍性があることを示す地域が、台湾の新竹など世界の中でもいくつか出てきていることも確かである。シリコンバレーの教訓に学び成功している地域として、米国内ではサンディエゴが挙げられる。UCSDコネクトという組織は、1985年にカリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)のエクステンション(社会人教育部門)としてできた独立採算組織であるが、サンディエゴがボストンなどと並ぶ米国最大級のバイオ産業集積地となる過程で、大きな役割を担ってきた。このUCSDコネクトを作ったのは、現在UCシステム(カリフォルニア州立大学の元締め)の総長をしているリチャード・アトキンソンと、UCSDのエクステンション長であるメアリー・ウォルショックである。メアリー・ウォルショックは、地元での奉仕活動中に、当時UCSDの学長であったアトキンソンと、たまたまサンディエゴを活性化する方法について話し合ったそうだ。サンディエゴには海軍の基地があり、80年代は軍縮で軍人も職を失うというようなどん底の状況であった。この2人は意気投合し、サンディエゴ最大の通信関連企業クアルコム社の創業者アーウィン・ジェイコブスに相談を持ちかけ、地域の活性化方策を提言することとした。結局サンディエゴにシリコンバレーを作るためには、フィナンシャル・フォーラムを開催してベンチャー企業を作っていこうということになった。

UCSDコネクトの起業家に対するプログラムは、フィナンシャル・フォーラムに至るまでに、1)研究者・技術者と知り合う、2)メンターからの指導を受ける、3)創業のための座学、4)エンジェルといった出資者と知り合う、5)会社を組織するため人材紹介を受けるなどとなっており、会社を創業するための一連のサービスを提供して資金調達にまで繋げ、UCSDを中心とするバイオの研究資源を事業化していったのである。ハイブリテック社というバイオベンチャーから多数のスピンオフ企業が輩出されたのも、上記のような支援プログラムが機能したためである。

ロサンゼルスではLARTA*7という組織が、UCSDコネクトと同様の活動をしている。この組織は、当初州政府により設立されたものの機能しなかったが、政府が投げだして民間NPOとして活動を始めたところ息を吹き返した。その成功要因の第1は、起業家マインドのある人物を組織のトップに持ってきたことであり、第2の要因は、シリコンバレーの本質をやはり見抜いており、サザンカリフォルニア・テクノロジー・ベンチャーフォーラム(SCTVF)*8というフィナンシャル・フォーラムを開催、そこでビジネス・プランを発表するのに、やはりビジネス・ネットワークを活用した点である。筆者は、以前このSCTVFに実際に参加したが、あるベンチャー企業のプレゼンテーションには、科学者、VC、弁護士といった10人のメンターと呼ばれる指導者がついていて、フォーラムの前に7週間をかけてビジネス・プランをブラッシュアップしていた。実際のフォーラムでは、技術計画、知財計画、設備投資計画、資金計画、売上計画、収支計画と、非常にコンパクトで納得のいくビジネス・プランが発表されている。また、このメンタリング・プログラムは、VC、弁護士、会計士、大学の教授等が皆ボランティアで参加、起業家をサポートしていた。

以上のようなフォーラムの存在、ビジネス・プラン形成の過程、さらには、本稿では詳しく述べることができないが、ATP、SBIR、STTRといった公的な資金支援プログラムとも連動しながら、米国の各地で「死の谷」を克服する社会システムを構築しているのである。

欧州の事業化システムと資金調達

さて、日本と同じような起業環境の欧州ではどうしているのか、ベルギーのフランダース州という地域を見てみよう。フランダース州の中に、ルーバンという人口10万人の古い町がある。この町にはカソリック・ルーバン大学という名門大学があるが、ルーバン大学の産学連携組織は非常にユニークで、地元の地銀と一緒にゲンマ・フリシウス・ファンド*9というファンドを組成している。このファンドは大学発ベンチャーを育成することが目的のファンドで、大学の技術シードに対して、資金を提供するファンドである。このファンドができてから、ルーバン大学における大学発ベンチャー企業の数は激増している。また、ルーバンには、IMEC*10という州と複数大学が共同で設立したエレクトロニクスの学際研究所があるが、この研究所は、エンタープライズ部門、すなわち起業を支援する12人程度のセクションと、地域のVCにビジネス・プランをもっていくためのプレシード・ファンドを持っている。ルーバン大学のファンドも、IMECのファンドも、プレシード、すなわちビジネス・プランを作成する段階での資金提供ということで、「死の谷」の克服システムをきちんとプログラムしている*11。米国のようなエンジェルは、欧州には少ないので、大学や研究所が組織的にビジネス・プラン作りの支援を行っているのであるが、このような欧州型の方が日本には参考となるかもしれない。欧州、米国いずれにしても、「死の谷」のタイミングにおいて、ビジネス・プラン作成機能が付いた資金提供というのが事業化の要となっている。

我が国の事業化システムと資金調達

最後に、わが国にはこのような産学官に金融機関も加えたような社会的ネットワーク、あるいは、ビジネス・プラン作成機能の付いた資金源は存在するのであろうか? 筆者がみる限り、徐々にではあるが、新しいタイプの社会的ネットワークやハイテク・ベンチャー・キャピタルは誕生しつつある。日本半導体ベンチャー協会(飯塚哲哉会長)などは、ベンチャー企業に加えてVCや金融機関が参加しており、かつ、この協会に所属するいくつかの企業がIPO*12している。また、大学の技術シーズに着目するファンドとして、最近、仙台で東北イノベーションキャピタル、福岡で九州ベンチャーパートナーズというVCが立ち上がった。これらのVCは大学の技術の活用ということもさることながら、キャピタリストの力量を非常に重要視したファンドを組成しており特筆される。例えば、福岡の九州ベンチャーパートナーズは、ファンドマネージャーの選定についていろいろと検討して、VCの本場であるシリコンバレーから水口啓氏(元安田企業投資)をスカウトした。現在、彼自身のネットワークを活用して、米国の技術で資金は日本、市場はアジアといったビジネス・プランを想定しつつ投資を行っている。また、VCだけではなく、福岡県産業・科学技術振興財団の久保善博専務理事を中心に、フクオカベンチャーマーケットを開催するほか、「半導体目利きボード」というNPO法人も福岡大学の友景肇教授とともに設立して、技術者のみならず、商社や金融機関も含めたメンバーを集め、少しでもシリコンバレーに近い社会的ネットワークを作ろうと努力している*13。また、仙台でも、シリコンバレーのJVSVNのようなシステムを作らんと、産学官のトップからなるラウンド・テーブル、あるいは、仙台市は金融機関も含めた戦略会議といったものを創設し、社会的ネットワークの強化に努めている*14。このように、我が国の起業環境あるいは産学官連携も、各地で実質的なものに徐々に移行しようとしており、その速度の違いが地域間の競争力の差となって現れつつある。

また、シリコンバレー方式によらない新たな資金調達方法として、大企業の中にある技術の活用、あるいは、日本が国際的に競争力を持っている「摺り合わせ技術」などを事業化するためのカーブアウト(事業切り出し)ファンドについても、現在さまざまな形で検討が進んでおり*15、2004年10月には、三菱商事と日本政策投資銀行が共同で、日本初のカーブアウトファンドを設立したところである。

まとめ

これまでイノベーションと事業化を繋ぐシステム、特に資金調達方法に着目してみてきたが、事業化に対して特にセンシティブな金融機関の関与と触媒としての機能、すなわち「産学官+金」という社会的ネットワークが、各地で多層的に必要となってきていると言えよう。さらには、そのようなシステムを早く、かつ、多数作った地域が、これからの熾烈な地域間競争に勝ち抜いていくものと見られる。

*1
谷川徹・山口泰久『我が国地域産業クラスターの特色と競争力』SJC Policy Paper、スタンフォード大学日本センター、2004年

*2
チョン・ムーン・リー他編『シリコンバレー なぜ変わり続けるのか』日本経済新聞社、2001年

*3エンジェル
個人投資家のこと。ビジネス・エンジェルとも言う。VCが投資決断をする前にベンチャー企業に投資やアドバイス等を行う。

*4
参考サイト
http://www.gc-partners.com/html/Kamran.html

*5
参考サイト
http://www.jointventure.org/

*6
谷川徹、‘シリコンバレーにおける「会員制起業家支援団体」の研究’、ベンチャーズ・レビューNO.3、日本ベンチャー学会、2003年

*7
参考サイト
http://www.larta.org/

*8
現在は“The Venture Fo-rum”として開催。

*9
参考サイト
http://www.kuleuven.ac.be/lrd/services/gemma_what.html

*10
参考サイト
http://www.imec.be/ovinter/static_general/about_IMEC.shtml

*11
山口泰久、‘ベルギー、フランダース州における研究シーズの事業化とファイナンスの役割について’、RPレビューVol.12、日本政策投資銀行地域政策センター、2004年

*12IPO
Initial Public Offeringの略語で「株式上場」と訳される。会社が自社の株式を初めて公の株式市場などで売買されるようにすること。

*13
福岡県産業・科学技術振興財団、日本政策投資銀行編、『SPRIE調査 博多様式ネットワークと半導体クラスターの発展可能性』2003年

*14
仙台地域新産業創出に向けた体制整備に係る検討会、『仙台地域における新産業創出に向けて体制整備の方向性』仙台市、2003年

*15
木嶋 豊『日本のイノベーション能力と新技術事業化の方策』調査NO.67、日本政策投資銀行、2004年