2005年2月号
海外トレンド
欧州にみる産学官連携ブームの「揺り戻し」
(全2回)
第2回◆スペインの勃興、イタリアの停滞
顔写真

田柳 恵美子 Profile
(たやなぎ・えみこ)

本誌編集委員/
社会技術ジャーナリスト・
サイエンスコミュニケーション
スペシャリスト


ヨーロッパの「4つの成長エンジン」
図表1

図表1 ヨーロッパ企業が立地し
     たい都市ベストテン。



図表2

図表2 地元官僚と立地企業との
     継続的接触

1980年代後半以降、ドイツのバーデンビュルテンベルク州(州都シュトゥットガルト)、スペインのカタルーニャ州(州都バルセロナ)、イタリアのロンバルディア州(州都ミラノ)、フランスのローヌ・アルプ地方(首都リヨン)の4つの地域は、欧州の新たな成長エンジンとなる高度産業集積地域として、注目を集めてきた。1988年、この4つの地域は、将来に向けて相互交流や協力を進め、東西や南北のアンバランスを回避しながら、ヨーロッパ全体の凝集と統合に貢献するという「覚え書き」協定を結んだ。俗に“4つの原動力”協定(Four motors agreement)と呼ばれる。

それから15年余りの間に、 4つの地域の趨勢(すうせい)にも変化があった。なかでもカタルーニャの浮上と、ロンバルディアの停滞が気になる。図表1は、ヨーロッパ企業の間での「立地したい都市人気ランキング」の変遷だ。バルセロナ、マドリッドの浮上が著しく、トップ5に食い込みそうな勢いである。図表2は、すでに立地拠点がある都市の中で、地元官僚が継続的に接触してきている都市はどこかという問いへの回答結果である。バルセロナやマドリッドが上位にいることに、両地域が公共政策主導で企業誘致に力を入れてきていることが見てとれる。

米国企業に的を絞ったカタルーニャの産学連携戦略

2002年9月、インテル社が欧州初のマイクロプロセッサ研究開発センターを、カタルーニャ工科大学(UPC)内に設置するというニュースがアナウンスされた。「UPCのマイクロプロセッサ研究の高い専門性が、インテル内部の能力を補完し、世界水準のチームが形成できる」というのが、その理由である。実際、UPCはどんな戦略でこのような産学アライアンスを実現させたのだろうか。2004年夏に、UPCを訪ねた。

写真1

カタルーニャ工科大学、マテオ・ヴァレオ教授。
     うしろの壁には、スペイン国王から勲章を授与
     されたときの記念写真が飾られている。



写真2

カタルーニャ工科大学キャンパス。

「1978年まで、この大学にコンピュータに関連する研究教育の土壌は何も無かった」と述べるのは、マドリッド工科大学で修士号を取った後、UPCでコンピュータ・アーキテクチャ学科の創設に尽力し、現在も学科長を務めるマテオ・ヴァレオ教授だ。UPCは当初からインテルやヒューレット・パッカード社(HP)といった、米国のトップ企業との産学アライアンスを射程に入れて、新学科設立に取り組んだ。学生を米国の一流大学へ留学させ、優秀な研究者人材の育成に力を入れた。ハイ・パフォーマンス・プロセッシングとスーパー・コンピュータに焦点を絞り、論文の質と量を高めた。インテル、HP、IBMなど、米国の一流企業から研究者を受け入れ、共同研究プロジェクトや、博士号取得の指導に当たるといった産学交流が増えていく。2000年には、IBMと共同でCIRI(CEPBA-IBM Research Institute)という研究所を学内に設立、2002年にはインテルと共同で上記センター設立と、長期戦略は着実に実を結んできている。

「当初から、地域企業のケアは考えなくていいと、州政府には言われている」(ヴァレオ教授)。地域産業政策の戦略ポートフォリオがあってこそ、このような大胆な連携戦略を展開してこられたのだろう。カタルーニャモデルの評価には賛否両論あり、近年はマドリッドの巻き返しにむしろ注目が集まっているが、ともかく25年間で、ゼロからトップレベルへと走り抜けたUPCの成果は、賞賛に値する。

産学連携の「再生」をかけたミラノの新たな挑戦
写真3

ミラノ工科大学「Politecnico Inno-vazione」オフィス
    にて。ディレクターのセルジオ・カンポダロルト教授
    (右)と、コーディネーターで博士課程の学生でもあ
    るエヴィラ・ピヴァさん。



写真4

カンポダロルト教授をはじめ、リエゾン担当の教
     授陣は、席の温まる暇なく企業訪問へと出かけ
     ていく。

バルセロナから飛行機で、ミラノへ。イタリアの名門、ミラノ工科大学は、2000年3月、地元産業界や中小企業団体とのコンソーシアム、「ポリテクニコ・イノヴァツィオーネ」を組織した。狙いは、大学と地元企業、特に中小企業との産学連携の推進による地域イノベーションの創出である。設立の背景には、大学研究予算に占める外部資金の低迷がある。「1960年代には、大学とイタリア大手・中堅企業とのコンソーシアムが盛んで、潤沢な外部資金が入ってきた。ところが70年代に政府が国立研究機関と大学との官学連携政策に力を入れたのが大学にとってはお荷物となり、企業との連携は急激に減少してしまった」と語るのは、同オフィスのディレクターを務めるセルジオ・カンポダロルト教授だ。外部資金比率は、1960年代の45%から、70年代には25%、90年代には10%にまで下がった。そしてこの間、大企業・中堅企業は、米国をはじめ国外の一流大学との共同研究に逃げていってしまった。さらには1990年代以降、イタリアを代表する企業が次々と外資に買収される一方、地場の産地を眺めても、抜きん出た中小企業は独力でグローバル化にシフトし、イタリア自慢の中小企業ネットワークの革新力にも問題が生じている。

このような背景から、大学は地域の企業との産学連携を、長い目で再生させる取り組みを始めた。カタルーニャ工科大学でみた試みとは正反対な地域志向の戦略である。「今まで中小企業を見てこなかったわれわれ大学教官も、足で中小企業をまわり、コミュニケーションギャップを乗り越え、信頼関係を築く努力を積み重ねていく必要がある」。エリート大学のなりふりかまわぬ起死回生策という観もあるが、カンポダロルト教授をはじめ、スタッフの士気は高い。日本の大学にとっても、彼らの今後の展開や成果は、貴重な参考事例になるだろう。

●参考文献

●図表1・2出典: “European Cities Monitor 2003” in Structural Change in Europe(3): Innovative City and Business Regions. Hagbarth Publications, 2004, pp84-86/ 初出: Cushman & Wakefield Healey & Baker(www.cushman-wakefield.com).