2005年3月号
巻頭言
顔写真

中川 威雄 Profile
(なかがわ・たけお)

ファインテック株式会社
代表取締役社長
東京大学名誉教授


コーディネートのノウハウ 

私はノウハウという言葉はあまり好きになれない。というのは、「ノウハウ」という曖昧な表現でいつもごまかされている気がするからである。我々研究者は本来、ノウハウとして片付けられていた技術や技能を科学的に解明し、さらにその対策を探ることを使命としてきた。つまり技術の研究は、言わばノウハウのような暗黙知を、形式知にいかに解き明かすかの仕事をやってきたとも言える。とはいえ、残念ながら依然として多くのノウハウは残されている。特に数式やシミュレーションといったもので表現できない現象を語るのに、ノウハウという表現は便利であるし、誰もがノウハウの存在に納得してしまう。

技術開発の上手なやり方だって、ノウハウという言葉で表現されるような、何らかの勘やコツといったものがありそうだ。新しい着想を思いつくノウハウ、そのアイデアの価値を評価するノウハウ、技術として確立していくノウハウ、事業化にたどりつけていくノウハウ、事業を発展させるノウハウ、さらには次の事業に展開するノウハウとどこまでも続く。こうしてみると技術開発のノウハウは、経営や事業を行うノウハウとどこか似ているように思える。そう言えば、経営のノウハウは、大学での教育に組み込まれMBAという資格もある。最近にわかに注目されるMOT(Management of Technology)は、ほんとに大学で教育できるのであろうか。技術を生かす経営は、ケースバイケースで、教育課題として扱うのはなかなか難しいように思うのだが。

いずれにしても、技術開発の成功物語を聞くと、そこには何か共通点があって、普遍的な成功の秘訣が存在するような気がする。また、同じところから次々と新技術が生まれるのを追跡すると、生みの親や育ての親とも言うべき特定の個人に突き当たり、その個人が開発や事業化のノウハウを保持しているのではないかと思うことも多い。また個人でなくてもそれがひとつの研究室であったり、グループや企業のような集団が、そのノウハウを保持していたり継承したりしていることもある。

産官学連携による研究開発においても、成功のノウハウを持った人材が、そのグループの中に加わっていることが極めて重要となる。ただ、たとえそのような貴重な人材が存在していたとしても、共同研究開発においては、いろいろな力関係からその能力が十分に生かされないことも多い。もちろん開発プロジェクトリーダーに、そのノウハウが備わっていたり、また成功ノウハウを持つ人の意見を謙虚に聞く耳を持っていれば問題はない。

一般には、学者と企業人とは正反対の経験や性格を持つことが多い。したがって、たとえ研究分野での成功ノウハウを持つ人と、商品開発や企業化分野で成功ノウハウを持つ人が、運良く連携して研究開発を進めたとしても、必ずしもうまく行くとは限らない。多くの産学官連携プロジェクトを見ると、官や学の主導か、産の主導かにはっきり分かれ、本当の意味での連携の良さが生かされていない場合が多い。人の和を大切にしようとするせいか、多少の異論があっても眼をつぶり、権限や資金を握る人に対して、波風を立てず素直に従ってしまう。そういった例を見ると、実力のあるコーディネータが、中に入って適切なアドバイスをすれば、プロジェクトの成果がもっと上がってくるのではないかと残念に思う。

共同作業の研究や開発では、チームワークが大切であることは言うまでもない。最大の成果が生まれる方向に、一致団結して事に当たらなければならない。そこには甘えやわがままなど許される余地はない。研究者と企業側との間を取りもって、トラブルを起こさないよう、目的に向かって邁進させるのがコーディネータへの大きな期待である。しかし、コーディネータの役割は、相互の希望や意志の単なる伝達係や、異なる意見の調停役やまとめ役のためだけに存在するのではない。もっと積極的に担当するプロジェクトの内容を理解し、成果を得る見通しはもちろんのこと、終了後の発展や事業化などに対しても、コーディネータなりの展望を持ってもらいたいものだ。欲を言えば、自らが成功のノウハウを保持し、プロジェクトをリードしてほしいのである。

そんなリーダー並みの役割は無理だと言うなら、少なくともコーディネータ自らが集中的に勉強し、少しでもその域に達するよう努力されることを期待したい。限られた特定テーマについてであれば、関連資料を調べたり、関係者よりのヒアリングを重ねれば、1~2カ月くらいで相当の物知りになるし、自分なりの考えが生まれてくるものである。そんな努力もしないで、コーディネータ役はやってほしくはない。まして2~3年間も同じプロジェクトにかかわりあっていれば、先のことまで見えてくるはずであり、成果の責任も取ってもらわねばならない立場となるべきである。

「岡目八目」というではないか。技術開発の経験者の、少し離れた立場での冷静な判断は、的を射ていることが多いのである。自分なりの意見も発信でき、必要とあれば軌道修正もさせる、そういったことができなければ、コーディネータ役としては失格ではなかろうか。多少厳しい見方かもしれないが、こんな態度でコーディネータ役を何件かこなせば、それこそコーディネータのプロとして成長し、開発のノウハウも保持した有能なコーディネータが生まれるはずである。特に日本のように、プロジェクトリーダーに有効なリーダーシップが期待できない状況下では、有能なコーディネータの活躍が不可欠となる。今、産学官連携に不足するのは、そのようなノウハウ能力付きコーディネータなのであろう。