2005年3月号
海外トレンド
中国の産学連携 技術移転の近況について
顔写真

松尾 一也 Profile
(まつお・かずや)

東京大学国際・産学共同研究センター
産学連携担当教授



「IBMはパソコン事業を中国の聯想集団*1に約1,288億円で売却すると発表。聯想はパソコン販売台数で、デル、ヒューレット・パッカードに次ぐ世界3位となる」との記事が昨年12月8日に流れた。ここまで中国の企業が実力と規模をつけて来たのかと驚かれた方も多いのではないか。実は、この聯想集団は官発のベンチャーである。日本の(独)産業技術総合研究所に該当する中国科学院の計算機研究所が1984年、20万人民元*2、11名の科学技術者を投資して創設された。現在も中国科学院がこの親会社である聯想集団持株公司の65%の株を保有している。北京大学も、保有会社が中関村*3に高層ビルを構えている。産学官発のベンチャーがここまで育っているところに驚く。この点が、今回、中国の技術移転を調査して、日本と最も異なる点であったので、ここに焦点をあててご報告する。

今回のアジア地区の技術移転活動の状況調査は、2004年11月28日~12月5日にかけて、(財)全日本地域研究交流協会(JAREC)主催で行った。JARECでは、(独)科学技術振興機構(JST)の委託を受けて、「技術移転に係わる目利き人材育成研修プログラム」の開発・運営を進めており、この一環として、海外の大学における技術移転活動調査を行うこととしており、2002年度に米国、2003年度に欧州の調査を行った。今回は、齋藤省吾九州大学名誉教授を団長として、JST、JAREC、「目利き人材育成研修プログラム」の開発・運営に関わる講師など10名で調査団を構成し、中国(北京大学、清華大学、中国科学技術院、上海交通大学)、シンガポール(シンガポール国立大学、ASTAR)の技術移転機関を訪問し、調査・情報交換を行ったものである。

日米欧は社会・経済・政治・文化・歴史的背景など共通点が多いが、中国とはこのベースがかなり異なるところがあり、特に、国の政策、社会制度・法制度、産業の成熟度、市場、企業家精神などが日本と随分異なる。この背景を理解しないと、技術移転の状況も理解しにくいので、若干紹介する。

中国は1978年以降の改革開放の流れの中で「科学技術は生産力である」をスローガンとして、毎年10%弱の経済成長を継続してきた。しかし、この成長は、資本と労働の投入増による「資源投入型」成長であり、生産性の増加がない。いずれこの成長パターンは破綻すると見て、1980年代に科学技術開発システムを、それまでの大学・研究機関と産業とが分離している非生産的な旧ソ連方式から転換して、産学官の協力体制を確立して、産学官連携による科学技術開発システムとした。

1980年代後半にさまざまな法整備・規制緩和がなされ、大学の技術移転活動が進んだ。1985年の「科学技術体制改革に関する中央の決定」により、大学の研究成果の実用化促進が要求され、知的財産の保護が強化され、教員が企業に関与できることとなった。1984年~1990年に特許法、技術契約法、著作権法が整備された。1988年には、大学による企業の設立が認可され、1993年には、大学の経営自主権が認められた。1995年には、ハイテク企業(民営科技企業)は、ハイテク産業の重要な力と認識され、ハイテク起業が推奨された。

さらに1996年からの5ヵ年計画で成長方式を、[1]既存の国有企業の成長性向上と、[2]知識集約型の新産業の創出というモデルに明確に変換した。

このような改革の中で、次のことが行われた。[1]大学の成果実用化により研究開発資金を得る。[2]成果実用化のために知的財産を保護する。[3]研究開発組織の規制を緩和し、人材の流動性を可能として、兼業も可能、[4]成果の公開と実用化を義務づけ、TLO(技術移転機関)の設置が推進された。

また一方で、企業が未成熟なものが多く、研究開発能力がないため、大学、研究開発機関が自らハイテクの事業化の実施者となった。従来の国有企業は、インセンティブと資金力に欠け、中小企業は資金力と技術力に欠けていた。最近は、企業が力をつけてきたため、この関係は変化しつつあるとのことである。

以下に、各大学での具体事例を紹介する。

北京大学は、創立1898年の中国きっての名門大学である。中国のシリコンバレーとして有名な中関村にある(清華大学、中国科学院などもこの地区に集中)。文系と理学系中心。

技術移転機関は、1985年に創立され、スタッフ15人で運営されている。特筆すべきは、ほかの大学にも共通しているが、地方との結び付きを重視して、地方政府(省・市)と協定を締結していることである。地方に専有のサイエンスパークを設け、優遇税制、特別政策などを受け技術移転を推進している。従って、マーケティングも数千社が来場するような展示会のみならず、各省を通してのPR展開がなされている。

大学保有のベンチャー企業としては、北大方正集団(北大方正)*4を中心に100社以上あり、総収入は128億元(約13円/元)にも上る。北大方正は北京大学100%出資の企業であり、総資産50億元、毎年数千万元の利益を北京大学に上納している。

ここ2年で、学科・学部は企業を保有しないようにして、大学本体のみが保有するようにしたとのことである。80年代後半に設立した100%出資の企業をすべて整理し、大学は一部の所有権を保有するのみとして、不明瞭な所有の問題と、倒産などのリスクを解決しつつある。

技術移転は当初は、成熟技術が中心であったが、最近は企業も力をつけてきたためシーズ技術からも移転されている。大学は、開発よりも、本来の教育・科学主体の研究の活動に戻る動きがでてきている。産学連携は日本と逆方向に進んでいるように感じる。

清華大学は、1925年に設立された北京大学と並び称される理工系総合大学で、朱鎔基、胡錦涛などの中国政府幹部を輩出している。年間研究開発費は、10億元以上(政府資金70%、自己資金30%)で、国内最大規模である。

清華大学は80社の企業を保有し、総収入は102億元(2001年)に上る。その管理を清華集団公司という持株会社に行わせ、経済的、法的リスクを低減している。この企業は中国トップ500社の117位であり、大学へ毎年2億元(研究開発費1億元、利益1億元)を上納している。2~3年前までは起業が活発であったが、現時点ではこれら企業の経営業績が悪化し国も起業を抑制する方向に進み、起業よりも教育、および技術移転に重点が移行しているとのことである。

上海交通大学は、上海を代表する理系の国家重点大学であり、あの江沢民もかつてここで学んだ。ベンチャー企業200社(うち上場4社)を保有する。技術移転機関に伺うと、大学の概要ビデオも、パンフレットも日本語で、また、日本担当チーム8名がおり、うち4人は日本の大学で学位を取得している。大学というより、大企業の営業部隊という感がある。大学が企業組織としても機能していると感じられる。

ここで紹介したように、中国では、大学から産業への技術移転の方法に、自ら企業(校弁企業)を設立して移転するものがあり、技術移転の主要なチャンネルとなっている。校弁企業という中国固有のイノベーション・システムは高く評価されてきたが、最近の市場競争の激化にともない、校弁企業の経営業績が悪化しつつある。このシステムもまた、役割が変化しつつあるというダイナミズムを強く感じる。

筆者は、中国を初めて訪問したが、感想を一言でいえば、既に日本は追いつかれたのではないかという不安である。少なくとも、北京と上海という都市国家を見る限りは強く感じる。

*1聯想集団
聯想集団有限公司(英文社名:Lenovo Group Ltd.)、中国最大手パソコンメーカー。

*2人民元
中国の通貨、1人民元は約13円。

*3中関村(中関村科学技術園区)
北京市内に広がる広大なサイエンスパーク。台湾の新竹や日本の筑波研究学園都市をモデルに作られ、「中国のシリコンバレー」を目指している。
中関村駐東京聯絡処 http://www.bjdjuc.co.jp/zgc/

*4北大方正集団
北京北大方正集団公司、北京大学100%出資会社。中国語電子出版のトップメーカー、中国第2位のパソコンメーカー。