2005年4月号
連載2  - 産学官連携をマネジメントする
国立大学法人を中心としたコンプライアンスと利益相反マネジメントの関係
-これから比重が高くなるのは利益相反マネジメント-
顔写真

竹岡 八重子 Profile
(たけおか・やえこ)

センチュリー法律事務所 弁護士




 機関間での産学官連携が今後より活発化すると、それだけ外部との接触も多くなり、コンプライアンス(法令遵守)が求められることが多くなると思いますが。

竹岡 そうですね。例えば知的財産本部や技術移転機関(TLO)、産学官連携コーディネータの業務に携わる方は、出願前の技術や企業機密(技術情報、事業戦略)を業務上知り得る立場にあり、秘密情報の保護という点で、不正競争防止法に違反しないよう行動しなければならない。また、医学部の臨床研究などの分野では、厚生労働省の倫理指針など、法令上の基準を遵守しなければならない、など産学官連携の個々の局面で、コンプライアンスが求められることは確かにあると思います。

ただ一般に「コンプライアンス」と言われるときの問題意識は、ややフェーズが違う。民間企業の場合、利益追求が第一の使命ですから、支配株主や会社の利益を得るために法律を犯してしまうことが起こる。それは最近のコクドの事件など、数多くの事件からもわかりますよね。法律違反をして一時的に利益を得られても、それが社会に明るみに出た場合、その企業が受ける損害は計り知れないので、法律違反をしないように企業内のチェック体制、教育をきちんとやりましょうという話なわけです。だから、例えば国立大学法人内のコンプライアンス体制の確立ということならわかるのですが、産学官連携の場合は、体制づくりという観点では、利益相反マネジメントの話になるのではないかと思います。

 私のイメージでは、コンプライアンスの一つとして利益相反も入るのかなと思っていました。

竹岡 確かにコンプライアンスという言葉の定義は、法律で定められていませんので、そういう考え方もあり得るかもしれませんが、一般的には、コンプライアンスのフィールドは「法令遵守」であり、利益相反マネジメントのフィールドは法令に触れない「自治」の世界、と考えられています。

今日のお話の中心は国立大学法人ということですので、それを前提にしますと、法人化前の国立大学は、国家公務員法や国家公務員倫理規程など、「法令」でがんじがらめに縛られていました。そこはまさにコンプライアンスの世界です。しかし、法人化によって身分も非公務員化して、そのような「法令」の縛りから解放されたわけです。兼業のルールにしても、今まで法令(国家公務員法)で決められていたことが、自分たちで決める「自治」の世界の事柄になった。産学官連携の推進のためには「これもダメ、あれもダメ」ではなく、自由を確保しながら、大学に対する社会的信頼を損なうことがないよう、ルールをつくり、内部でコントロールしていこうというのが、利益相反マネジメントの考え方です。

 具体的な例で説明をしていただけませんか。

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「産学官連携推進のためには、自由を確保しなが
     ら、大学に対する社会的信頼を損なうことがない
     よう、ルールをつくり、内部でコントロールしてい
     こうというのが、利益相反マネジメントの考え方で
     す」。

竹岡 例えば、ある先生が大学側の主任研究員となっている共同研究で、相手の企業から未公開株をもらったとします。非公務員化前なら、これは国家公務員倫理規程に違反し、懲戒処分の対象となった。非公務員化後なら、法令に触れる行為ではなくなった。それでは、どんどん未公開株をもらって、何の問題もないかというと、例えば未公開株の見返りに、相手方企業に不利な研究結果を握りつぶす(研究結果の改ざん)など、大学に対する社会的な信頼が損なわれることが行われると困る。そこで大学は未公開株取得はOKだけど、大学の先生としての職責を犠牲にすることのないよう、自分たちの手で、コントロールをしようよと。それが利益相反マネジメントです。

つまり、法人化に伴う非公務員化によって、国立大学にかかる「法令」の縛りが減った分、利益相反マネジメントの守備範囲が広がったといえます。法人化前は兼業も、未公開株やストックオプションの取得も、全部「法令」で規制されており、残された自由の範囲内で、産学官連携を進めざるを得なかったのが、法人化によって、兼業や株式取得などについて「法令」の縛りはなくなった、あるいは非常に緩んできた中で、いかに内部的に利益相反マネジメントでコントロールするか。そのような発想の転換が必要かなと思います。

 でも、国立大学が法人化したからといって、急に発想を変えるのも実際、なかなか難しいですね。

竹岡 まったくそのとおりです。国家公務員法などで縛られてきた時代が長かったので、その考え方が、特に総務や人事・労務の部門の方々の頭に染み込んでいて、出来上がった倫理規程や兼業規程は法人化前や独法化前のものとほとんど変わらない、という例も少なくない。多分、国立大学法人で産学官連携を進めようとしている方は、内部で目に見えない壁にぶつかっている人も多いのではないでしょうか。その意味で、この記事は、総務や人事・労務部門の方に今までと違った理解をしてもらうために読んでいただきたいと思いますし、また産学官連携を推進する方には、推進の根拠として役立ててもらえればと思います。

 コンプライアンスと利益相反マネジメントの関係がだんだんわかってきました。それで、コンプライアンスの体制づくりについては、市販されている本によく書かれていますが、一方、利益相反マネジメントの体制づくりはどのように考えればいいのでしょうか。

竹岡 例えば医学部の例で言いますと、倫理審査委員会があります。ここでは、ある薬の臨床研究をする場合、安全性や、その評価をいかにバイアスがかからないようにするかをチェックしますが、その先生が対象の薬を作っている製薬会社から株や奨学寄付金をどの程度得ているかなど、いわば懐具合については利益相反マネジメントを担当する審査委員会にボールを投げて、先生のヒアリングをしてもらって、何か考慮すべき点があったら、例えば「関係性が深いから、バイアスの防止策、安全性の確保策を厳重にするように」と倫理審査委員会にボールを投げ返すというように、いろいろなセクションが連携しあう体制が必要だと思います。兼業審査でも同様です。一律に「代表取締役兼業はダメ」なのではなく、利益相反マネジメント委員会にボールを投げて、「利益相反マネジメントの観点から、こういう条件を守ってくれれば代表取締役兼業もOKではないか」と、ボールを投げ返す。つまり、利益相反マネジメント体制は縦割りではいけないということです。

それには、これも発想の転換の話になりますが、非公務員化前は、国家公務員法などの縛りがあったため、倫理規定や兼業規定は利益相反マネジメントよりも優先するというか、上位にあると考えられていましたが、非公務員化後はこれらの規定と利益相反マネジメント規定とは、同レベルの規定と考え直すことが必要だと思います。つまり、倫理や兼業の問題はそれぞれの規定だけで決めるのではなく、利益相反マネジメントの観点も入れましょうということです。民間企業の就業規則に当たる学則のもと、これら三つの規定が同位のものとしてぶら下がる、との理解が正しいのです。

 国立大学法人については、利益相反マネジメントを積極的に導入することで、産学官連携を推進しようという先生のお考えはわかりました。一方、私立大学は置かれている状況が違いますが。

竹岡 そうですね。私立大学の中には実質的な経営権を創立者一族などが握り、大学の利益と個人の利益が明確に分けられていないケースもたまに見受けられますので、そのような大学では、コンプライアンスはより重要な問題になるでしょう。

国立大学法人も、将来、産学官連携が大変進み、利益追求のため違法行為が目立つようになったら、コンプライアンスが差し迫った課題となるでしょうが、今の段階では、利益相反マネジメントの導入を重視すべきでしょう。

 今日のお話をもとにコンプライアンスと利益相反マネジメントの違いをわきまえた上で、次回には、具体的事例をもとにQ&Aをお願いしたいと思います。

竹岡 産学官連携の場合にはコーディネータという仲介役がいますので、その辺で特有な問題があるでしょう。ただ、コーディネータと一言でいっても、大学の方、TLOの方、インキュベーションマネージャー、ベンチャーを立ち上げようという先生を支援する方、民間企業との仲介をするいわゆる産学官連携コーディネータの方など、いろいろな立場がありますので、どの立場かをはっきりさせた上で考えていく必要があるでしょう。

 ありがとうございました。


● 聞き手:(独)科学技術振興機構 産学連携事業本部地域事業推進部長 小原満穂