2005年5月号
特集
産業クラスター計画発足から今日までの経緯
顔写真

古川 勇二 Profile
(ふるかわ・ゆうじ)

東京農工大学 工学部 教授/
大学院技術経営研究科長



古川先生は産業クラスター計画の発足に大きく寄与されたとうかがいました。その辺の経緯と計画全体の概要をご説明ください。

古川 1995年以降、バブル崩壊で日本の産業経済が相当低迷した中で、国もいくつかの政策を打ち出しました。その中で最重要なものは科学技術基本法に基づく科学技術基本計画*1(第1期1995~2000年、第2期2001~2005年)だと思います。科学技術立国、知的財産立国という流れの中で、イノベーションシステムをいかに新しくつくっていくかが必要となり、それが産業クラスター計画のそもそもの発端です。イノベーションによって新技術をつくるには、大学のシーズと市場を反映したニーズを公設機関がリンクさせて新しい流れをつくる必要があります。そして新技術でできた新製品が国内外で消費されれば経済が活性化されていくというわけです。

私は7年前からTAMA協会で、このようなイノベーションシステムづくりをしていて、それが国の目にとまり、評価をいただき、TAMAをモデルに全国的に産業クラスターをつくろうと。その際、通称『古川レポート』がまとめられました。あれは別に私自身ではなく経済産業省(経産省)がまとめたものですが、今言ったような経緯からそう呼ばれました。

クラスターとは「ブドウの房」の意味で、ブドウの1粒1粒は確かにおいしいけれども、これが集まって房になると、もっとおいしくなるというので、地域産業も1カ所ごとではなく、連携するとシナジー効果を創出できます。現在19カ所の産業クラスターがあり、各クラスターは、その地域にある経済産業局が担当し、産学官連携でイノベーションシステムをつくっています。各クラスターは、その地域のポテンシャルや特徴である大学などの科学的知見の存在、産業界の要望、産業技術の蓄積等をもとに新しいターゲットを定めてプロジェクトを組んでいます。例えば北海道、特に札幌周辺ではIT、関西ではバイオ、九州や四国では資源リサイクル、つまり環境に重点を置いたクラスターをつくっています。これは先ほどの科学技術基本計画の重点4分野(情報・通信、環境、ナノテクノロジー・材料、生命科学)に対応しています。ナノテクノロジー・材料は、それだけではなかなかビジネスになりにくいので、少し大きくモノづくりとしていますが、TAMA協会では、これに取り組んでいます。

そもそも先生が産学連携に取り組まれたきっかけについてお聞かせください。

古川 20年ほど前、前職の東京都立大学(都立大)にいたときから、大学の研究を産業界に役立てたいという思いがありました。それで東京都労働経済局と東京商工会議所の主催、都立大工学部の後援で東京テクノフォーラム*2を設立し、23区内の中小企業に技術的なお手伝いをしました。ところが、1991年に都立大が八王子市に移転し、東京商工会議所の所管が23区内ということで、大学は縁が切れた形になりましたが、昔の仲間からの誘いや、移転先の八王子市をはじめ、周辺の立川市、相模原市が産業経済政策に熱心だったこともあって、ここでも産学連携をやるかとなり、今のTAMA協会につながりました。

また同じ時期、日本の対米貿易が大変な黒字で、ジャパンバッシングが激しくなり、日本は技術のただ乗りをしていると言われ、そのような批判を緩和する目的もあって、通商産業省(通産省、当時)主導のもと、1990年にG7の産学官連携組織である国際共同研究プログラム(IMS:Intelligent Manufacturing Systems)ができ、私が日本の副委員長(現在は委員長)を務めました。その席で、私はヨーロッパ流の産学連携を随分学びました。そのようなことがあって、日本も大学の知見を使って産業をつくっていかないとまずいなとつくづく感じ、活動していたところ、先述のように、同じ構想を持っていた経産省関東経済産業局の目にとまったわけです。

従来の政策と今回の産業クラスター計画の違いや類似点についてお教えください。

写真1

「人および人に付随する技術力、あるいはお金と
     してファンドまで包含した新しいシステムをつくっ
     ていこうというのが、産業クラスター計画と言える
     でしょう」

古川 産業クラスター計画も従来の政策の延長線上にあると考えていいでしょう。従来の政策にも、テクノポリスや頭脳立地とか、オフィス・アルカディア構想*3といった政策もありましたが、産業クラスター計画では、もっと知的産業に重きを置こうというものです。

大きな違いといえば、従来の政策は例えば工業団地や研究所団地をつくるというハードウエア中心でした。その成果を活用して、先述のシナジー効果を出すために、ばらばらだったそれらのハードをIT技術を使いネットワーク化しようと。それも単にバーチャルなネットワークではなく、やはり顔の見えるネットワークをつくらないと研究開発はできません。だから、ある程度地理的範囲を絞って、各地域にクラスターをつくりました。別の言い方をすれば、従来の政策は人、モノ、金のうち、モノに重点を置いていたのに対し、人および人に付随する技術力、あるいはお金としてファンドまで包含した新しいシステムをつくっていこうというのが産業クラスター計画だと言えるでしょう。

産業クラスター計画で、大学が重要な位置を占めていますが、その理由についてお聞かせください。

古川 バブル崩壊で日本経済が低迷したのに対して、なぜ米国は不振から脱却したのかを分析すると、1つには大学が大きく貢献していることがわかりました。もともと日本の大学、特に国立大学はヨーロッパ流の考えで、基礎研究と、それを通じて人材を輩出すること(教育)に重きを置いていましたが、米国の大学は社会との連携の中で研究や教育活動をするという社会貢献の考え方が非常に強かったのです。それにならい、日本でも経済再生のために、それまで大学内に約60年間ストックしてきたものを社会に役立てようという大学側の意識改革がまずあります。これはここ数年のことですが。

もう1つは、産業クラスターの組織をつくるときには、コアとなる人材が要ります。民間企業出身の方ですと、どうしても周りから色のついた眼鏡で見られがちで、中立的立場の大学人のほうが組織をまとめやすいこともあります。

産業クラスター計画が始まり、企業側にはどういう変化がありましたか。

古川 産業クラスター計画が発足し、今年で4年目ですが、これまで全国のプロジェクトに参加した企業は約6,300社です。彼らにアンケートをした結果、日本全体の民間企業平均に比べ、はるかに産学連携による効果が出ているという数値が出ました。具体的には新製品・新技術の創出、売上高や売上高利益率の上昇という効果です。

6,300社は日本の製造業のまだ1%弱ですが、これが3%(約3万社)になれば波及効果が出てきますから、もう少し参加企業総数を伸ばしたいと個人的には考えています。

産業クラスター計画における大企業の位置づけについてお聞かせください。

古川 確かに日本の経済や産業技術を下支えする中堅・中小企業にウェートを置いていると言えますが、決して大企業が入っていないわけではありません。実際、私たちに富士電機、近畿バイオクラスターには大手創薬メーカーも入っています。ただ、例えばトヨタ自動車では既に系列企業も含めて大きな産業クラスターをつくっていますが、そこに国が支援する必要はなく、大企業は独自にできることが多いというわけです。

行政と連携を取る場合のポイントは何かありますか。

古川 産業クラスター計画発足時の課題に、地方自治体とどうバランスを取って連携するかがありました。都道府県には独自の産業労働経済政策がありますから、国、都道府県、市町村の3者の政策をどううまくつなげていくかが大切です。

実際の活動を見ると、人口30万あるいは50万人の都市が少ない地域では、どうしても県が主体になって活動せざるを得ず、スター型といって、距離が相当離れている20万都市間の連携をうまく取り、シナジー効果を出せるような施策を打っていますが、3大都市圏では、都県ではなく、市町村レベル、例えば東京都では八王子市や立川市、神奈川県では相模原市、埼玉県では狭山市や川越市が積極的に旗振り役をしてくれています。というのは、これらの都市には大学や企業がたくさんあるからです。

ただ、現実の経済圏は、もはや1市町村内にとどまるものではなく、例えば多摩地域で見ると、神奈川県から東京都、埼玉県を経由し千葉県に連なる国道16号線沿いの地域が一体となって経済圏を形成しています。したがって、産学官連携を行うにも、地方自治体の境界にこだわっていてはいけません。自治体側もその辺のことがわかってきて、隣の市やもっと離れた自治体と大きい連携を組めば、自分の市の経済的メリットも大きくなると判断されるようになりました。TAMA協会にも八王子市、狭山市、相模原市の各市長に理事として参加いただいています。

文部科学省(文科省)の知的クラスター創生事業と産業クラスター計画の関係についてお教えください。

古川 知的クラスター創生事業は、大学側のシーズづくりと、シーズから民間のニーズに移転することが主だと思います。対して産業クラスターは、民間ニーズが先にあって、大学側のシーズをいかに実用化するかです。ですから、基礎研究的なものと商業的なものというように、少しずつターゲットは違っています。ただ、オーバーラップする部分もありますので、そこは文科省と経産省が協調し、平成16年度から、相互のシンポジウムを開催したり、研究計画も相乗りでやろうと進み出しています。

TAMAにおいて、地域連携がここまで成功している要因は何だと分析されますか。

古川 私は経済学、経営学のまったくの門外漢で、経験があるだけですから、学問的な分析はできません。だから、時として私のやることは早とちりだとか批判されますが、実際に中堅・中小企業に対峙している人間からすると、世界よりも1歩も2歩も先取りして施策を実施していかないと、世界と対等にやっていけません。

それと、中堅・中小企業の社長を中心とする方々を引きつけるには、リーダーが技術的知見を持ち、あのリーダーは技術的なことがわかっているという信頼感を持ってもらわないとだめです。それから、その地域のポテンシャルや特性をよく理解し、前向きな施策を早めに打つことです。その点、TAMAでは、西武信用金庫に我々の趣旨に賛同いただき、ファンドをつくり、現在では20億円規模になりましたし、インキュベーション施設も富士電機や西武信用金庫、狭山市とタイアップしてつくりました。

また、でき上がった製品が売れないと意味がないので、販路開拓も大切です。私は1997年に今の活動を開始したときから、外国との関係もつくらなければと思ったので、ワシントンやトロントと提携しましたが、実効が上がりませんでした。ところが去年、イタリアのベネット州と提携し、そのめどがつきました。というのは、イタリアのデザイン力とTAMAの機能設計力を融合させれば、売れる製品ができるからです。3月中旬にはイタリアから使節団が来て、多摩の民間企業や大学と打ち合わせを行いました。また最近、韓国が日本にならい、クラスター政策を始めていますが、韓国のクラスターの1つ、ソウル郊外にあるハンヤン大学と交流提携をしました。

全世界が市場経済化した今、マーケット・ドリブンの原則に従って、産業クラスターも活動していかなければいけないと私は思います。そこを徹底しないと絶対に間違えます。また世界が市場経済化されているということは、世界のだれとでもタイアップできるのですから、できるだけ多くの相手と同時並行的に提携するべきです。この2つの方法論を怠ってはいけません。

最後に、今後、産業クラスターに期待することについてお聞かせください。

古川 堺屋太一先生の言葉を借りるなら、21世紀は知価革命時代、知識産業時代です。いかに知識を産業に結びつけていくかが最も重要で、そこには市場性がないといけません。少子化で日本の人口が減少していく中、高い知識力を維持し、それをマーケットに近いところで技術化・製品化していく仕組みづくりが必要で、これがクラスターです。それは産業クラスターや知的クラスターだけではなく、農業クラスター、環境クラスターでもいい。いいクラスターが日本にどのぐらいできるかが、欧米や発展著しい中国と伍していく、あるいは優位に立てる根拠、国策になります。確かに科学技術基本計画の重点4分野や新産業創出という目標を定めるのも政策ですが、それを実行する仕組みをつくるのはもっと重要です。その仕組みづくりをする上で、省庁は縦割りではなく、日本全体を見ないといけないわけで、そうなると内閣府が全体計画を所管して、各省庁に下げていくという行政側の仕組みが必要かと思います。

写真3

インタビュアー/構成:遠藤達弥氏

産業クラスター計画は、今年、第1期5カ年の4年目で、これからは第2期に向けて新たな施策を検討する時期です。TAMA協会は国より先行しているので、第1期をすでに終え、第2期を迎えていますが、見本としていただければありがたいかなと思います。

第1期では、地域の産業クラスター間のネットワークづくりを中心に進め、関東経済圏でも、そのようなネットワークができました。ただ、そこで実際にビジネスが生まれないと何のメリットもありません。例えばTAMAのウェブには月10万件以上のアクセスがあり、そこで商談が成立しているケースが多いことが実際に検証されています。第2期は、そのようにメリットをいかに創出するかが重要になるのではないかと思います。

大変熱意のあるお言葉、ありがとうございました。

● 聞き手:(財)全日本地域研究交流協会 事業部次長 遠藤達弥

*1科学技術基本計画
真の科学技術創造立国の実現を目指して科学技術基本法が平成7年に制定された。平成8年に我が国の科学技術活動を巡る環境を抜本的に改善し、研究開発能力の引き上げと成果の円滑な社会還元をはかるための諸施策を内容とする第1期科学技術基本計画が策定された。5年に一度策定されるが、現行の第2期科学技術基本計画(平成13年から17年)は平成13年3月30日に閣議決定された。

*2東京テクノフォーラム
東京テクノフォーラム21のこと。地方自治体や企業の経営者、広報担当者のための研究交流組織で、全国の優良企業、地方自治体その他の団体等で構成される。研究交流会のテーマは、21世紀社会の創造に欠かせないバイオテクノロジー、ナノテクノロジー、情報通信、環境・エネルギー等が中心である。

*3アルカディア
「アルカディア」ギリシャ語を語源とする理想郷のこと。「オフィス・アルカディア構想」は経済産業省が地方拠点法(略称)に位置づける業務拠点地区の推進である。