2005年5月号
産学官エッセイ
産学連携の未来
顔写真

石川 正俊 Profile
(いしかわ・まさとし)

東京大学 理事・副学長・産学連携
本部長/本誌 発行推進委員



産学連携構造論

技術移転であれ、共同研究であれ、産学連携活動のさまざまな場面でよく遭遇するのが、そもそも産学連携は何のためか、という「そもそも論」への回帰である。産学連携に対する制度的・組織的整備が進んだとしても、この議論を必要とする限り、さらなる産学連携の醸成が必要であることは明白で、現状はまだまだ未熟と言わざるを得ない。

産業側、大学側、官庁側、それぞれにその意図があるわけであるが、必要性の認識や方向性についてはコンセンサスを得て、産学連携は着々と整備が進んでおり、多くの実績が出始めている。しかし、一度議論がかみ合わなくなると、すなわち、大きな方向性が、ある側面的な事例をもってその相違が顕然化すると、表面的処理では困難となり、「そもそも論」に立ち返ることになる。このプロセス自体は、産学連携の進歩にとっては、極めて重要な過程であり、むしろこの議論こそ、将来の産学連携の基盤の確立にとって最も重要な意義がある。

そもそも、科学技術の構造が変わって来たのである。ちょっと言い過ぎかもしれないが、科学と技術の位置づけの変化とも言える。従来の科学が求めてきたのは、真理の探究であり、実証論的帰納法に基づくアプローチ、すなわち、人類の未知の課題を「解く」ことが科学の目的であった。このアプローチは、社会がどう変わろうとも、科学の基本構造として変わることはない。

変わったのは、この構造そのものではなく、科学技術のもう一つの構造が必要になったことである。この構造の存在や重要性の認識が、産学連携の基本構造の議論に不可欠である。

価値創造型研究の必要性

さて、もう一つの構造とは何であろうか。

従来の手法である実証論的帰納法は、原則として、人類共通の問題あるいは何らかの形で指摘された問題が事前に存在する。問題の存在は、既成の事実であり、興味はそれを解くことにある。ところが、新しい科学技術、例えばIT、ロボット、ナノテクノロジーといった分野では、無限の可能性の中から意味のあるシステムを創造することが必要となる。ある意味では、バイオや環境等他の分野でも同様である。解ければ良いというのではなく、意味のある成果が生まれる問題自体を創造する能力が問われる。

この場合必要なのは、仮説演繹(えんえき)法を基本とした構造である。つまり、「どう解くか」よりも「何を生み出すか」に重心を移す必要がある。別の言い方をすれば、科学技術が生み出す価値が、社会における新しい価値の創造へ繋がることが焦点である。これが価値創造型のアプローチである。

この認識が産学連携構造論に不可欠である。

従来の科学技術の構造のみでは、大学で生み出された知識は真理であり、人類共通の知識として社会に還元することをもって、その役割は完遂する。社会は、生み出された新たな真理をその活動の一つの道具として昇華していくことになる。この場合、大学と産業界との関係は、大学から産業界への一方向性のものであって、旧来、さまざまな意味において学問の自由を維持し、独創性の高い成果を社会に発信してきた。

これに対して、もう一つの構造が求めているのは、社会における価値の創造である。この場合、大学の研究は社会との連携が不可欠になる。つまり、大学が社会の価値を受け入れる構造が求められているわけである。ここに新しい時代の産学連携の構造が見えてくる。ただし、このことをもって、大学が社会の価値を無批判に受け入れることを意味するものではない。この点の議論が不足している。基本は科学技術の変化であり、大学、産業界とも、既存の価値構造から脱却しなければ、独創的な科学技術の創造はあり得ない。つまり、社会にとって既存の価値を大学に持ち込んでも、第一の構造の面での期待はあるにしても、フロントランナーにはなり得ない。必要なのは、既存の考え方にとらわれることなく、大学が新たな価値の創造に積極的に関与し、産業界とともに社会の価値へと昇華させることにある。

学問の自由は、創造性の維持の基本である。社会の価値を無批判に受け入れることは、創造には繋がらない。既存の価値にとらわれない仮説の創造とその実証が大学に課せられた使命である。例え話になるが、大学の研究者は、自分の成果を社会に向かってショーウィンドーに並べる際、研究者はすべてダイヤモンドの原石を並べているという自負がある。また、そうでなくては困る。しかし、社会の側から見たショーウィンドーは石ころの集まりである。これもそうでなくては困る。なぜなら、社会からダイヤモンドだと見える成果は、既存の価値を超えないからである。並べられた成果の中のいくつかが、磨けばダイヤモンドになるのである。産学連携の基本構造は、このダイヤモンドをどれだけ効率的に見分け、磨き上げるかに集約されるわけである。

大学と産業界で創る価値創造型研究開発

大学と産業界が遭遇する「そもそも論」はこのあたりの認識のずれにある。

東京大学では、産学連携のあり方について、産業界とさまざまな形で議論を重ね、大学の基本スタンスのあり方に始まり、海外の大学と企業との産学連携の実情、日本の企業の考え方を直接的に調査し、どのような形が日本の産学連携の構造として必要かを探求してきた。

その結果、産学連携本部の3本柱として、

[1] 共同研究の改革:共同研究や受託研究の改革・推進を目的とした関連する情報開示や連携のチャンネル作りに加え、新しい共同研究スキームとしてProprius21*1を提案し、運用を開始。
[2] 知的財産の積極的管理運用:知的財産の一元管理を原則として、(株)東京大学TLOと産学連携本部知的財産部との一体的なワークフローを設計し実行することによる、知財の戦略性の強化。
[3] 研究成果の積極的な事業化:(株)東京大学TLOを通した既存企業での実用化の支援強化に加えて、(株)東京大学エッジキャピタルを設立し、ベンチャーファンドを組成してベンチャーでの事業化の積極的支援。

を推進している。

イコールパートナーシップ

もともと産学連携活動は、多様性の維持が必要である。科学技術の細分化、多様化は、急速に進んでいる。また、情報化の進展により、ひとたび公知となった知識は、一瞬にして人類の共有物となる時代となって、産学連携の場面で、おのずと多様性と迅速性・柔軟性の維持が必要となる。バイオ分野とIT分野では、特許の意味も違えば、分野の進展の時定数も大きく違う。これを一律に処理することは、必ず不適応部分が存在することになり、不必要な無駄を生じることになる。また、迅速性の維持は、大学と産業界がイコールパートナーシップを持つことで解決する。

基本に立ち返って、「そもそも論」から帰着される産学連携の形は、基盤構造としての共通認識があれば、多様性を維持した迅速な対応が可能となる。このことに、前述したような独創的な科学技術の展開が加われば、産学連携が科学技術の新たな展開のベースになると言っても過言ではない。

豊かな未来のために

産業構造が、労働集約型から知識集約型へ変化し、さらに価値創造型に変化する中で、産学連携は真のフロントランナーとしての姿勢が問われている。日本の研究開発は、キャッチアップ体質から脱却を図る必要がある。体質の問題は、一朝一夕では直らないが、大学という産業界とは違う視点をもった研究開発機関の社会への寄与は、独創性の発現に、そして次の世代の日本に不可欠のものである。

振り返ってみれば、日本は独創的な研究成果を価値づけることが文化として醸成されてこなかった。高校までの教育やそれに関連した大学入試が問うのは、知識とその活用であって、独創性ではない。大学が最終教育機関として、十分な知識に加えて、独創性を発揮できる場を提供し、産業界への橋渡しができるとよい。もちろん、産業界もまた、キャッチアップ体質からの脱却が不可欠である。

未来は予測するものではなく、創るものである。産学連携もまた、創り出すものである。「創造」を生み出す力を産学連携の基本構造が支える社会が、将来、期待される社会である。

*1Proprius21
”成果の見える”共同研究を目指す産学官連携スキーム。東京大学産学連携本部が10年後の近未来のコア技術を開発する中・長期の共同研究を計画立案するプログラム。