2005年5月号
連載3  - 産学官連携をマネジメントする
特許・知財・産学連携/常識のウソ・マコト
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青山 紘一 Profile
(あおやま・ひろかず)

千葉大学大学院専門法務研究科
教授/本誌 編集委員



はじめに

私は、長年、特許・知財の分野に携わってきていますが*1、この分野では誤解が多々根付いているように感じられてなりません。気にかかっているそれらの一部について、大学知財活動を中心として、以下に述べさせていただきます。

特許・知財はバラ色の世界か

大学の研究成果を活用した新産業の創出が産業構造改革・雇用対策の切り札として期待されており、大学研究成果の権利化(特許取得)促進が政府の重要施策にあげられています*2。しかし、特許取得および特許権等の維持・管理には、相当額の支出が恒常的に発生し続けますので、その支出に見合った収入の見通しもなしに、大学が特許出願を増加させることは、やがて「不良資産」の山を築くことになるでしょう。

特許・知財は必ずしもバラ色の世界ではありませんので、特に大学における特許・知財活動では、その点に最大限留意して対応することが重要ではないでしょうか。政策立案者なども、「知財立国」「プロパテント」などのスローガンを強調するあまり、特許・知財がすべてバラ色であるかのように錯覚させることのないよう戒めなければなりません。特許出願をあえてしないこと、特許出願に極力経費をかけないこと、特許出願や権利化後であっても、常に評価し直して、場合によっては権利を放棄するという勇気と決断も必要でしょう。

研究成果は誰のものか

企業の研究成果(発明)は、企業のものでしょうか、研究助成機関などから研究費をもらって行った大学の研究成果は、研究費を支出した者に帰属させるべきものでしょうか。

我が国の特許法制度は、従前より、発明は自然人である発明者に帰属するとしています(特許法29条1項はしら書*3)。企業(法人)も、研究費を支出しただけの者も、本来、特許を受ける権利を有しません。これは、発明は、発明者の英知と努力によってはじめて創造されるという考え方からきています。職務発明に関しては、使用者に予約承継*4が認められていますので、発明者から企業に譲渡されて最終的には企業に帰属することになります。大学教員の職務発明も、就業規則などで予約承継を定めている場合には、最終的には大学に帰属することになります。

しかし、企業や公的機関が大学に研究費を支出したとしても、研究成果が大学教員のみによる発明は、企業や公的機関に特許を受ける権利が発生することはありません。研究費の一部を供出した企業や公的機関が共同研究契約において、大学教員のみによる発明についても特許を受ける権利を主張することは理不尽というべきです。そのような要求や制度がまだ続いていることはないでしょうか。

職務発明の相当の対価について

中村修二教授の青色LED特許*5に関する職務発明訴訟は、企業が8億4,000万円を支払うことで、2005年1月に和解、決着しました。

我が国の特許法制度は、従前より、従業者の発明であっても、本来、企業ではなく従業者に帰属するものであることを前提としており、職務発明については企業(使用者)に予約承継を認めるかわりに、社員(従業者・発明者)には「相当の対価」を受ける「権利」を認めて、企業と従業者・発明者との間の利害の調整を図っています(特許法35条)。職務発明訴訟では、発明者に高額の支払いをすることの是非に論議が集中しているようですが、企業には、発明者に対して「相当の対価」を支払う法律上の義務があり、こうした法令を遵守してこなかった企業のこれまでの対応(コンプライアンス)を、まず問題視すべきでしょう。

「相当の対価」は、「発明により使用者等が受けるべき利益」(超過利益*6)と「発明がされるについて使用者等が貢献した程度」を考慮して算定し、発明者に支払うべきものであり、「発明がされるについて使用者等が貢献した程度」は発明ごとに異なるものです。従って、一律にライセンス料(発明により使用者等が受けるべき利益)の何十%と定めることや、相当の対価の一部を発明者以外(研究室、学科、研究科など)に支払うことも、原則法令違反というべきでしょう。そのような算定方法、支払方法をとっている大学などが少なくないようですが。

特許明細書は誰が書くか

これまで、特許明細書の作成は、発明者が作成した簡単な提案書に基づいて企業の特許担当者や弁理士が作成し、その後の明細書補正などに当たっても発明者は関与しないケースがほとんどのようです。大学教員の発明においても、大学外の弁理士に特許明細書の作成を依頼しているのが大半ではないでしょうか。頭から、発明者には特許明細書は書けない、弁理士に依頼するものとの考え方が染みついてはいないでしょうか。特許明細書の作成は難しくない、学術論文の作成と大差はない、少なくとも完成度70~80%までは発明者自身が作成すべきであるというのが、私の長年の実体験に基づく確信です。

千葉大学では、研究成果の知財保護ポリシーを策定し*7、特許明細書は原則発明者(教員)自身で作成し、学内の弁理士が、クレームの改善など戦略的な面からサポートして明細書を完成させるという役割分担を確立することによって、法人化後1年間に約80件の国内特許出願を行ってきており*8、ライセンスの実績も出てきています。教員と学内弁理士の連携を密に行うことで、法人化前の学外弁理士に依頼していたときより優良な明細書が作成でき、教員自身の特許スキルも格段に向上するというメリットも出ています。もちろん、特許出願経費を最小限に抑えるという効果もあります。

研究成果の値段について

企業では、自らの特許権を他企業に譲渡・ライセンスする場合には、できる限り高額に算定しようと努めるでしょう。しかし、社員に対する職務発明の対価の算定とか、大学との共同発明を評価する際には、驚くほど低額にしか評価しないことが少なくありません。企業の多くは、1件の特許出願を権利化するのに国内特許だけで100万円前後の経費をかけています。しかし、大学と企業の共有特許(出願)に関して大学が企業に対して有償譲渡を求めた場合には、企業は大学の足元を見て、特許取得手続費用よりも低額の価格を一方的に押しつけることがあります。

低額の価値(例えば20万円)しか有さない発明の権利化にそれよりはるかに高額(例えば100万円)の経費をかけること自体すでに経済の原則に反しますし、大学の頭脳を弁理士の1件の特許明細書の書き賃(通常30万円前後)より安くしか評価しないことは、知的財産立国*9をめざす国家戦略にも著しく反するというべきでしょう。

過去の大学研究成果について

過去の大学研究成果を利用して、企業側が多大な経済的利益を現実に得ているのに対して、大学側は経済的利益をほとんど得ていないケースが見受けられます。国家戦略として産学連携の一層の推進が求められているいま、企業は、大学との共同研究成果に基づく経済的利益を大学に適正に配分すべきであり、過去の研究成果であっても、大学側は、企業の利得の一部を求める権利(がある場合)があります。

いわゆる不実施補償について

大学と企業の共有特許(出願)について、特許法73条2項*10の規定を盾に、「不実施補償」をかたくなに拒絶する企業があります。現行法73条2項の規定は、大正10年特許法47条*11をそのまま引き継いだものであり、大学と企業の特許権の共有などはまったく想定しておりません。企業が共有特許を自由に実施できるとしますと、自己実施をしない大学は、特許出願費用や権利維持費用を支出するだけで何のメリットもないだけでなく、当該特許は「不良資産」と化することになります。73条2項は、強行法規ではなく任意規定ですので(「契約で別段の定をした場合を除き」としている)、当事者が別の合意をすることが許されていますが、大学の足元を見て、「不実施補償」を要求する大学とは共同研究をしない(金を出さない!)と脅迫する著名企業もあります。

しかし、大学は、共有物分割請求権(民法256条1項*12)に基づき共有特許の分割を請求する権利があり、「不実施補償」は、いわば将来の共有物特許分割請求における賠償に関し支払われる金額の目安を事前に合意することと実質的に同じであり、従って、大学が不実施補償を要求することは、経済的根拠はもちろんのこと法的根拠にも欠けるものではありません。

大学は、不実施補償を堂々と要求し*13、企業はそれを受け入れる必要があるでしょう。

*1
筆者は、特許の審査・審判実務に長年携わり、その後、大学教員としての知財教育・研究とともに、大学知財の保護・活用にプレーイング・マネージャーとしてかかわってきた。

*2
「知的財産戦略大綱」、「知的財産基本計画」など。
参考サイト
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki/kettei/020703taikou.html

*3
特許法29条1項はしら書「産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる」。

*4予約承継
企業や大学が、就業規則等において、あらかじめ、職務発明がなされた場合には、企業や大学に譲渡する旨の契約をしておくことをいう。

*5
特許第2628404号「窒素化合物半導体結晶膜の成長方法」。

*6超過利益
その特許による独占の利益(その特許が存在したことにより余計に得られた利益)をいう。

*7千葉大学研究成果知財保護ポリシー
[1]研究成果を原則全件特許出願
[2]発明者自身による特許明細書の作成、専門家のサポート
[3]大学から直接オンラインによる特許出願
[4]研究発表前の特許出願の徹底
[5]発明者の厳格な特定、共同発明の場合の寄与割合の譲渡時確定
[6]発明評価の迅速な対応
[7]教員・大学院生等に対する知的財産実務教育
[8]共同出願への厳格な対応
[9]特許等共同出願契約について
[10]国内優先権制度の活用
[11]PCT(JSTの出願支援制度)を活用した外国出願
[12]外国語特許明細書の発明者自身による作成
[13]学外専門家の活用
[14]学生発明も、原則大学帰属(譲渡を受ける)
 (http://www.ccr.chiba-u.jp/chizaikanri/policy/buchof_aisatsu.html)

*8千葉大学知財本部知財管理部HP
http://www.ccr.chiba-u.jp/chizaikanri/index.html
「特許出願等一覧」で公表している。

*9知的財産立国
発明や創作を尊重するという国の方向性を明らかにし、「ものづくり」に加えて、技術・デザイン、ブランドや音楽・映画などのコンテンツといった価値ある「情報づくり」によって、我が国経済社会の再活性化を図るということである(知的財産推進計画2004)。

*10特許法73条2項
「特許権が共有に係るときは、各共有者は、契約で別段の定をした場合を除き、他の共有者の同意を得ないでその特許発明の実施をすることができる」。

*11大正10年特許法47条
「特許権カ共有ニ係ル場合ニ於テハ各共有者ハ契約ヲ以テ別段ノ定ヲ為ササルトキハ他ノ共有者ノ同意ヲ要セスシテ特許発明ヲ実施スルコトヲ得」

*12民法256条1項
「各共有者は、いつでも共有物の分割を請求することができる。ただし、5年を超えない期間内は分割をしない旨の契約をすることを妨げない」。

*13
「不実施補償」に代えて、大学持ち分の「適正価格」での「譲渡」でもよい。