2005年6月号
巻頭対談
-経営学者が語る- 文理融合の産学連携、文系の産学連携
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國領 二郎 Profile
(こくりょう・じろう)

慶應義塾大学 環境情報学部
教授


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沼上 幹 Profile
(ぬまがみ・つよし)

一橋大学 大学院 商学研究科教授




文理融合で「死の谷*1」を越える

沼上 國領さん、KBS(慶應ビジネススクール)からSFC(湘南藤沢キャンパス)の方へ移られていかがですか。

國領 前と今とでは、やっていることがまったく変わりましたね。もちろんそれが狙いで移ったわけですが……。

沼上 ビジネススクールでは飽き足らなくなった?

國領 技術者から離れた所にいると、すでにビジネスでやられていることの後追いになってしまいがちで、ビジネスになる前の川上の段階から追ってみるのが難しい。私の場合、ネットワークビジネスの研究が多いので、工学系の人たちとコラボレーションすれば、川上へ踏み込むことも不可能じゃないから、いつかそこをやってみたいなと思っていました。SFCのネットワーク系の人たちとは、以前から交流はありましたが、もっと密接に共同してみたいという思いが募って、2年前についに移ることにしたわけです。

沼上 実際、望みどおりの研究はできていますか。

國領 ええ、技術開発、アプリケーション開発から関与して、実証実験を通じて、その技術の使用前と使用後で、人間の心理や行動がどう変わるかを測るというところをやってみたかったわけですが、今のところまさにどんぴしゃりな研究が展開できています。さらにはインプリメンテーション、つまり川下で世の中にそれが広がっていくところまで面倒みたいという欲張りなことを考えています。

沼上 SFCはいわゆる文理融合をうたっていますよね。

國領 プロフェッショナルスクールと文理融合を標榜しています。確かにSFCは、日本の中ではかなりうまく文理融合ができているほうだと思いますが、それでも言うほどに簡単じゃないです。理系と文系のカルチャー・ギャップ、コミュニケーション・ギャップは厳然としてあります。発想とか見ているところとか、全然違いますから。もちろんその違いを乗り越えてコラボレーションすることに意味があるわけで、苦労しただけの見返りも大きいです。

沼上 産学連携とか共同研究において文理融合することの価値というか、文系の果たせる役割って、どういうところにあるのでしょうか。

國領 工学部の人がつくったものに、文系の視点から「意味づけ」をすることじゃないかと思います。工学系の人たちも、それなりにアプリケーションまで考えて、「こんな面白い道具つくったから、なんか売り方考えてよ」ってやってくるんだけど、ところが工学の先生の製品アイデアはたいてい売れそうもない(笑)。やっぱりその一歩手前で、文系の視点で技術に意味づけを与えることがとても大事です。

例えば、今は電子タグ(RFID)*2をメインにやっています。電子タグというのは、あらゆるモノにユニークIDを振ったタグを貼り付けて、例えばそれが今、流通過程でどこにあるのかとか、ユーザが品質や成分情報などの詳細が分かるとか、いろいろな用途が考えられています。私たちはこの電子タグが持つ社会的な意味に、「可視性」という名付けをしたんです。この可視性という概念から、いろんなビジネスの可能性が見えてくる。今はまだ企業秘密であまり言えないんですが(笑)。

産業社会は、この150年の間に、商品を大量生産して一挙に散らばすことのコストを大きく縮めることに成功してきました。で、今何が起こっているかというと、POS(Point of Sale)からインターネット、そして電子タグによって、逆に散らばっているものを再集約することのコストが下がってきているわけです。とりわけ、電子タグが持つ「可視性」というものがビジネスに与える影響の大きさは、計り知れないものがあります。

沼上 いわゆる産学連携の「市場イノベーション」のところを、文理融合でやるということですね。

國領 そう、まさに研究と実用化との間に横たわるといわれる、「死の谷」を越えるプロセスです。結局、かなり先の市場の見通しを、社会の変化、人間の変化まで含めて、実証まで含めて立てておくところまでやれないと、大学のシーズを「死の谷」の向こう側へきちんと渡すことは、なかなかできないと思います。

沼上 やっぱりSFCは工学系の発想があるから、産学連携についてもインフラからきちんとしているんでしょうね。

國領 組織的なインフラはかなり整っている方じゃないでしょうか。案件をホイって投げると、事務的なことはやってくれるし、決算も自動的にやってくれますから。ただし上前もきちんと取られます(笑)。

文系の産学連携としてのコンサルティング、MBA教育

沼上 なんか、楽しそうだなあ(笑)。お話を聞いていると、やっぱりユニバーシティだなって感じがしますね。それに比べると、うちはカレッジでしょう。語源のユニバース(世界)とコリーグ(同僚)の違いを、そのまま表しているような……。

國領 一橋はどうですか。

沼上 まず、理系との接点がほとんどないですし、TLO(技術移転機関)のような意味での産学官連携のブームからはかなり距離があるというか、実感がなかなか持てないところにいます。産学連携という意味では、企業へのコンサルティング的な情報提供とか、MBA(Master of Business Administration:経営管理修士課程)教育とか、純粋に文系の連携になりますね。

國領 MBAは、だいぶ社会人の入学生が増えてきたんじゃないですか。

沼上 そうですね。今は商学研究科全体で80名ほどの修士の学生がいて、そのうち60名くらいがMBAコースです。一方では大学院大学化の波の中で、きっちり質の高い研究者を育てていくという課題を抱えつつ、この人数の比重を考えると、どうしてもMBA教育が中心になっているのが現実です。

國領 企業との相互作用はやっておられますよね。

沼上 それもようやくここ10年ほどですね。わずか10年前はまだ「産学連携なんて悪」という時代でしたからね。

じつは今、21世紀COEプログラム*3の一環として、企業20数社とのコンソーシアムを組んで、長期的な連携の取り組みを始めています。例えば、各企業のビジネスユニット(BU)の組織の重たさを測定したり、BU長にあたる方々のキャリアの調査を行って、リーダーの類型化を図るなどの研究に取り組んでいます。参加企業の方々には、これらのデータをもとに、問題点の洗い出しや、改善案などのフィードバックを行います。

國領 まさに実学の精神にもどっての産学連携ということですね。

沼上 ええ。一橋大学の建学の精神、もともとの「商法講習所」の精神にもどって、「アドバンスト算盤学校」を創ろうと(笑)。ただ、今や簿記や貿易実務を学ぶことが大変な進歩であった時代とは違うわけです。今の時代にあった実学、それも大学でしかできないことを教えなければ意味がありません。

その中核になるのが、「理論構築」の力だと思っています。中間管理職でいえば、企業のマネジャーに必要とされる能力とは、「何か問題が起きているその場所で、問題解決のための理論を即興で創り出せる人」ととらえるべきです。その場しのぎの対応ではダメ。自分なりに理論化できて、合理的で妥当な解決方法を出せる、そんなマネジャーを育成することが、MBA教育に本来求められているものだと、そう考えています。

この間の文部科学省の、専門職大学院化の政策で、あちこちに社会人向けの大学院がたくさんできました。しかし文科省の方針にしても、あまりにも「実務重視」に寄りすぎていて、いちばん大切な「理論化」とか「深く考える力」がおろそかにされている、そんな気がしてなりませんね。

このあたりの専門職大学院化の影響、KBSの方ではどうですか。

國領 幸いなことにというか、KBSはそれよりも早い段階で立ち上がってしまいましたから、あまり外からの影響を受けずに、独自の方針でやってこられたと思います。専門職大学院化はまだしていません。

沼上 コンサルティングとかの提供は?

國領 まだKBSでは、個人レベルの受託契約が中心だと思います。もちろん、エグゼクティブプログラムなどの教育研修は提供しています。一橋でもやっておられると思いますが。

沼上 ええ、うちのエグゼクティブプログラムは、4~5社という割合と絞り込んだ数の企業に参加していただいて、執行役員になる手前くらいの方々を対象にした教育を行っています。

マクロな人材育成の観点から日本の社会人大学院を見直す

國領 ずっと気になっていることが一つあって、日本の社会人大学院というのは、いったい米国型のマスター教育中心なのか、あるいはヨーロッパ型のドクター教育中心でいくのか。この点について、じつはまだはっきりと議論されてきていないし、いまだに不明瞭という気がしているんです。

沼上 一応、専門職大学院として、MBAとかMOT(Management Of Technology:技術経営)がたくさんできてきてはいるけれど、そこで終わりなのか、あるいはMBAではなくむしろ博士号を取得した人が企業経営にあたる、という考え方もあり得ますね。その辺りは、確かにまだあいまいですね。

國領 ヨーロッパだと、政府で上の方へ行くには、ドクターを持っていて当たり前だし、企業の経営者とか管理職の人たちも、かなりの割合でドクターを持っていますからね。MBAとかが流通してきたのは、それこそここ最近の現象でしょう。

沼上 結局、これから日本の企業がどういう人事体系でいくのか、あるいは個人がどういうキャリアパスでいくのかという、日本社会のあり方と大きく関係してくる問題です。

國領 そこの問題について、われわれの業界(笑)も、もっと戦略的に考えるべきじゃないか。社会人教育の目指すべき理想像は、さきほど沼上さんがおっしゃったように、「即興で理論が創れるマネジャー」とか、そこはかなりはっきりしているわけです。あとは、キャリアパスに応じたプログラムのポートフォリオですよね。

沼上 今、うちのMBAコースでは、30歳前後の人を想定対象にしていますけれど、さらに40歳前後で企業経営についてみっちり考える機会を与えて、博士号取得を目指すという、そんな人事体系があってもいいのかもしれないですね。

國領 とはいえ、研究者になるには、もうポストが頭打ちで難しい。

沼上 いや本当に、ドクターが急激に増えてきて、もう人余り状態でしょう。残念ながら、現在の社会科学系ドクターの供給によって、今後、徐々に需要が喚起されるということは起こりそうにありません。十分な品質管理ができていない場合が多いですからね。これは完全に政策の失敗ですよ。

國領 これからもっと増えますからね。

沼上 当分の間、世の中の混乱が続くのでしょう。

國領 アメリカやヨーロッパでは、いちばん優秀な層にはそういう産学官の人材流動性がありますからね。もしかすると中国や韓国など、ほかのアジア諸国の方が、それは日本よりあるかもしれません。

ここで一度、日本の中で人材育成をマクロに考えたときに、MBAを取得した社会人、あるいはドクターを取った社会人に、どういうキャリアの流れとどういう市場がありうるのかというところを、需要予測まできっちり分析する必要があるんじゃないでしょうか。

ただ、じつはそれ以前の問題として、日本の企業がバブル以降、30代の教育に顕著にお金を出さなくなっているという傾向があります。これは、決して30代の教育をおろそかにしているからではなくて、リストラで中間管理層をがくっと減らしたから、彼らはめちゃめちゃ忙しくて、まともな教育なんか受けさせている暇がない。会社としても「行ってこい」と言えなくなっているということです。その代わり、企業はもっと上の世代のエグゼクティブプログラムにお金をかけるようになっています。このギャップの問題は深刻だと思います。本当に受けるべき人が、大学院教育を受けられていないという実態があるのではないでしょうか。

大学はパブリックドメインの知識を生む装置だ

沼上 話は産学連携に戻りますが、産学連携をしていても、相手企業寄りになりすぎずに、大学としての独自の立場を維持することは難しくないですか。

國領 確かにね。結局、大学というのは、企業とは違って、基本的にはパブリックドメインの知識を増やす装置なんですよ。

われわれの電子タグの研究にしても、企業からの連携のお話はとてもたくさんいただきますが、スクリーニングしていくと、結局残るのはそのうちわずかです。というのも、われわれは何のために企業と連携したいかというと、技術を移転することが一義的な目的なのではなくて、究極的には「川上」の研究、つまり基礎研究をやるための研究資金がほしいからなんです。

例えば電子タグを本格的に運用するには、セキュリティーやプライバシーの研究とか、人間心理・人間行動の研究がとても大切になります。もしも将来、電子タグを使って、食品の成分、添加物、原産地、すべての詳細なデータがどこかで表示されて見られるようになったときに、消費者は果たして本当にそれを見るのかとかね。

沼上 見ないかもしれませんね。「電子タグを使っている」「情報公開されている」というその事実を知るだけで十分に安心感を得て、わざわざ見に行くまでもないと。

國領 そう。実際、そういう研究データはすでに出ています。こういうデータは、やはり文系の基礎研究が提供する知見として、「死の谷」越えにも重要な意味を持つんですよ。だから、研究開発ステージの早い段階で、こうしたデータを含めて特定企業に占有していただくということはできません。こちらの条件を呑んでくれる企業、例えば「この知財は公開しますよ」「このデータは論文に自由に使わせてもらいますよ」といった条件を受けてくださる企業を選んでいくと、ほんの一握りの企業しか残りません。もちろん研究資金の桁も、がくっと1桁下がります。

妥協して一挙にお金を稼ごうと思えばできなくはないんだけど、そうしたら1年後には、研究室はみんな死んでますね。院生は疲弊しきって、研究や論文どころじゃなくなる(笑)。

沼上 いや、それはまったくその通り。われわれも短期的な収入や寄付金の最大化を目指して産学連携に力を入れすぎたら、知らないうちに大学としての研究力量・教育力量が大幅に落ちるということになってしまうと思います。

國領 企業の下請け的な仕事だったら、「院生に市場レートの報酬払えますか」と言います。これ、強気でもなんでもなくて、本当にそれくらいの気構えで来てもらわないと困るんです。

どうも今の知財ブームで、大学外の方々に大きな誤解があるのは、大学の店先にりんごやぶどうやバナナが並んでいて、一山いくらで売っているみたいな感覚でおられるようで……。産学連携というのは、「知財を創りこむ」ところから一緒にやらないと意味がありません。

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司会進行・構成/田柳恵美子(本誌編集委員)

沼上 実際にそこに取り組んでおられるからこそ、その言葉に説得力を感じます。

國領 ちょっと前の景気の悪かった時には、企業は1年先にモノになる技術しか追ってなかった。それが今はやや持ち直して、それでも3年先がいいところです。ところが大学というのは、10年、20年先にようやくモノになるかどうかという研究をしているところなので、このギャップを双方がどこかで埋める努力、折り合う努力をしないと、なかなか本当の意味で、産学共同研究を成功させるというのは難しいと思います。

沼上 なるほど。いやなんだか、國領さんが経営学者じゃなくて、工学系の先生に見えてきました(笑)。

*1死の谷
技術革新を産業に結びつける際に、その高い技術力を実際の事業に転換できない状態を主に指す。これを解決するには、研究開発部門と事業部門、あるいは大学・研究機関と産業との緊密な連携マネジメントによる新しい仕組みが必要とされる。例えば、社内発ベンチャー、スピンアウトベンチャーや異業種との提携等を通じた休眠研究成果の迅速な事業化の必要性が指摘されている。

*2電子タグ(RFID)
RFID(Radio Frequency IDentification) は、無線・電磁波で ID を識別するシステムである。電子タグは小型の安価なチップで、メモリと通信回路、アンテナで構成される。無線を通じてメモリに格納されているデータを読み書きできる。このような性質により、この電子タグをものに貼り付ければ、物流(バーコードの代わり等)管理やセキュリティ(固有認識等)用途などさまざまな目的に利用できる。

*321世紀COEプログラム
大学の構造改革の方針(平成13年6月)に基づき、平成14年度から文部科学省が研究拠点形成費補助金を措置した。このプログラムは我が国の大学に世界最高水準の研究教育拠点を形成し、研究水準の向上と世界をリードする創造的な人材育成をはかるために重点的な支援を行う。国公私立大学の大学院レベルを対象に世界的な研究教育拠点を形成するための事業計画を公募形式で募集し、審査で年間10~30件程度選定する。選定された事業計画に1件あたり年間1千万円から5億円の資金を提供する。
慶應義塾大学大学院 情報・電気・電子分野21世紀COEプログラム http://www.coee.keio.ac.jp/
一橋大学21世紀COEプログラム http://www.cm.hit-u.ac.jp/coe/index.html