2005年7月号
特集  - ベンチャー起業の若手に聞く
ベンチャー設立の門をたたけ!
-バイオ系ベンチャー サインポストの事例-
顔写真

黒川 敦彦 Profile
(くろかわ・あつひこ)

(株)サインポスト 代表取締役
CEO



ベンチャーで働くということ

「久しぶりに仕事が楽しいと思いました。ここでやっているすべてのことが無駄になる気がしません」。ある社員と話していて、こんなことを言われた。経営者としてはうれしかった。

株式会社サインポスト*1が2004年9月1日に設立され、この10カ月で役職員数は15名、資本の部は1億1,060万円、推定の株式時価総額は4億7,600万円となった。職業経営者としてベンチャー企業を渡り歩いてきた者、大阪大学(阪大)医学部の現役助教授である者、銀行の融資担当の主任だった者、製薬メーカーの臨床開発・臨床統計部門で課長だった者、医薬品メーカーの営業トップで最年少マネジャー候補だった者、システム開発メーカーのプロジェクトマネジャーだった者、薬剤師の免許を持ち治験のコーディネータだった者、多種多様なバックグラウンドを持った者がひとつの夢を実現させるためにそろった。大手メーカーから転職してきた者など多彩である。「社会の役に立つ仕事ができそうだ」という期待と、「失敗したら誰のせいでもなく自分のせいである」という覚悟が、絶妙のバランスで各役職員のモチベーションとモラルを維持している。これがベンチャーのよさであり強みである。

ベンチャーの経営をするということ

株主から私に課せられたミッションは、[1]製品開発に成功し売り上げを上げること、[2]単年度黒字、[3]損益分岐点の達成、[4]株式公開である。株式公開は創薬ベンチャーの場合は、[1]よりも前になる可能性もある。サインポストの事業計画では、[2]単年度黒字を達成してからと考えている。

現在は製品開発の段階であり、2006年1月から製品販売およびサービスの試験販売を始める。いまだ赤字である。月次のキャッシュアウトの額を考えると放っておくといつ倒産するかは簡単に計算ができる。

私にとっての第1の目標は、売り上げを5億円にすることである。これで、ミッション[2]単年度黒字はおそらく達成できるはずである。ここで、この会社のリスクはグンと減ることになる。松下幸之助いわく、「事業は成功するためにできている」らしい。つまり、選択を誤らず組織のパフォーマンスを最大限発揮できたとしたら、私は上記ミッションを達成できるということだ。実際に経営に携わってきて私もそう思う。このミッションを達成するためには私は何に気をつければよいのか?

株式会社サインポストの理念

厚生労働省調べによると糖尿病患者は増加の一途をたどり740万人、その予備軍を入れると1,620万人とある。糖尿病治療に費やされる保険医療費が1兆円、その合併症に関しては3兆円である。糖尿病そのものよりも合併症に多くの医療費が費やされている。合併症とは、心筋梗塞、脳梗塞、腎症、網膜症など、その多くは糖尿病患者のQOL(Quality Of Life)を著しく下げるものであり、死に至る危険性が高いものが多い。例えば、心筋梗塞、脳梗塞の70~80%が糖尿病およびその予備軍から発症する。しかし、どの合併症を起こしやすいかということは専門医でも予測することは不可能であり、それが糖尿病治療を困難としている。

大阪大学大学院医学研究科山﨑義光助教授は糖尿病の専門医であり、遺伝因子と合併症の関係を研究していた。SNPチップ(遺伝子多型を測るためのDNAチップ)とデータベースシステムとのパターンマッチングを用いて、合併症ごとにリスクを判定し、治療法を選択できるシステムを開発した。その的中率は現在70%程度であり、専門医の予測の的中率が10%にも満たないことを考えると臨床的有効性は非常に高いと考えられる。株式会社サインポストはオーダーメイド医療の実現を目指し、第1の製品として上記糖尿病治療支援システムを2006年1月から販売することを目標に製品開発の最終段階に入った。

私の沿革とサインポスト設立ストーリー

大阪大学工学部に在学していた私は、自分の理系のバックグラウンドを生かし、テクノロジーベンチャーにマネジメントサイドとして関与したいと考えていた。大学でビジネスの立ち上げを実践的に行い、自分としてはその中でマネジメント能力を養いたいと思い、就職はせず学生時代からかかわりのあった大阪大学ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー(VBL)*2に籍を置き、自らの職歴の第1歩とした。

2年間強の職務中50件以上の特許化を担当し、数件のライセンスを行い、10件近くのベンチャー設立を目指すプロジェクトと出会った。株式会社サインポストの基礎となった山﨑先生の発明は、私が初めて特許化を担当した案件であった。当時、ベンチャーを設立するという話はなく、基本的には診断薬メーカー、DNAチップメーカーにライセンスする方針であった。しかし、[1]ビジネスモデル自体が新規であり、既存企業1社では事業化が難しかった、[2]医学的にも新規のことであり、中心となる臨床医が先導者とならざるを得なかった、ということがあり、ライセンスという形ではうまくいかないと判断し、山﨑先生と相談のうえ最も早く本技術を世に出すためにベンチャーの設立に踏み切った。

経営上の課題

少し話は変わるが、株式会社サインポストを設立する前に、同じく大阪大学の歯学部発ベンチャーであるインプラント手術の支援システムの開発・販売を行う株式会社アイキャット*3のCEO(最高経営責任者)を務め、現在も非常勤取締役である。同社は2005年4月末についに製品の販売を開始した。大学発ベンチャーが製品販売にこぎ着けるのは容易ではない。同社はアンジェスMGなどの第1世代に続く、大阪大学発ベンチャーの第2世代としてひとつのモデルケースになった。

2社の経営に携わってきた観点から、経営の課題となった論点について述べたい。

1. 人の採用は余裕を持ってすべきである。

継続的な製品販売に堪えうる事業体制を構築するためには、最低15人~20人は必要である。費用を抑えたい気持ちになるが、販売開始直前に人を増やすことは、良い人材が見つかるか、事業にキャッチアップしてもらえるか、という観点から非常にリスクが高い。

2. 10人を超えた時点で社内の管理体制を構築しなければならない。

はじめの数人は創業者であり、社内規定も業務分担も明確でないなかで、よい意味でルーズに業務を進めることになる。しかし、10人を超える前後からは、最低限の規定、業務分担の明確化、社内会議の定義などを行い、組織としてモラルを維持できるようにしなければ、次のステップに進むことは不可能である。

3. 販売を開始してから半年は市場からのレスポンスは遅れがちになる。

余裕を持った資金調達をする。

販売開始から半年は、風のない海を帆船で漂流するような気分である。食料の蓄えがなければ精神的に不安定になり判断を誤ることになるかもしれない。もし資本政策面で不利になったとしても若干余裕を持った資金調達をしたほうがよい。

まとめ

まことしやかにささやかれていた「日本ではベンチャーは育たない」ということは、もはや過去の話となった。日本の科学技術レベルは紛れもなく世界トップ水準である。今後は、テクノロジー系のベンチャーが継続的に立ち上がるようになるだろう。ベンチャーという存在は今や市民権を得、優秀な人材にとっても就職・転職先の候補として十分魅力あるものとなっている。今後もベンチャーを起こしたいと興味を持つ研究者および経営者候補が増えてくるものと思われる。

私は、阪大のコーディネータであった時代から、先人のノウハウを伝えていく仕組みが必要であると考えていた。私自身がなんとかここまで大きな失敗もなくこられたのも、大阪大学のVBLの周りに存在したインフォーマルな支援者のネットワークを活用することによって、経営的な観点を学んでいったということに尽きる。他大学においても、VBLやTLOの周りにこのようなネットワークが構築されつつある。もし大学関係者でベンチャーの設立に興味あるならば、その門をたたいてみることをお勧めする。もしかすると私と山﨑先生のような出会いがあるかもしれない。

*1株式会社サインポスト
http://www.signpostcorp.com

*2大阪大学先端科学イノベーションセンターベンチャー・ビジネス・ラボラトリー部門(VBL)
http://www.vbl.osaka-u.ac.jp/

*3株式会社アイキャット
http://www.icatcorp.jp