2005年7月号
特別寄稿
”温度差”とすれ違い、産業界の苛立ちの狭間で
-第4回産学官連携会議に出席して-
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藤本 暸一 Profile
(ふじもと・りょういち)

早稲田大学 知的財産戦略研究所
客員教授 科学技術ジャーナリスト



温度差-。第4回産学官連携推進会議を象徴するキーワードを探すとこの言葉に尽きそうだ。4年前、異常ともいえる熱気に包まれて始まった産学官連携推進会議も、参加人数こそ前回並みの約3,500人と変わらないものの、どこかに冷めた雰囲気が漂っている。共同研究や受託研究の増加にもかかわらず、産学官連携の進め方に関する契約交渉で産業界の虫の良い提案に振り回されてきた大学。意思決定に時間がかかり企業が求めるスピードに応じられない大学への産業界の苛立ち……。それらが交錯する中で、主催者の思い込みだけが上滑りする現状に、日本における産業界と大学の難しい関係が浮き彫りになったのではないだろうか。

1. 産学連携の進展と軋轢の表面化

産学官連携推進会議は、2001年(平成13年)11月に東京・大手町の経団連会館で開かれた産学官連携サミットを受け、2002年(平成14年)6月に京都市宝ヶ池の国立京都国際会館で開かれたのが皮切りだ。「サミット」が産学官の首脳による高度な意思決定と方針の検討の場であるとすれば、「推進会議」は産学官連携の担い手同士が課題を探るのを目的としているといって良いだろう。「サミット」と「推進会議」の組み合わせで、政策決定と実施方策の具体化を図ろうという試みは、上意下達で一斉に始めるというこれまでの日本型行政システムとはやや趣を異にした取り組みであったと思う。

そして、それから4年後の今日、共同研究・受託研究は順調に伸びている。文部科学省が6月22日に明らかにした2004年度(平成16年度)の「大学等における産学連携等実施状況について」と題した報告によると、民間企業などとの共同研究の件数は1万728件と過去最高を記録し、民間企業などから大学に投じられた金額は264億円に達した。受託研究も1万5,236件・1,012億円と過去最高であり、なかでも国立大学の伸び率の高さが際立っている。大学と産業界の協力関係は曲がりなりにも前進しているようである。

旧帝国大学や有力私立大学と大手企業との包括提携も増えている。これまで、とかく海外に目が向いているといわれてきた日本企業と国内大学間での研究協力も徐々に具体化しているのは間違いあるまい。

また、大学発ベンチャー企業も1,000社を超えた。このほど発表された経済産業省資料によると、2004年度末(平成17年3月末)の大学発ベンチャー企業は1,112社である。2001年に政府が掲げた「大学発ベンチャー1,000社」という目標は、いとも簡単に達成された。筆者の在籍する早大も、2005年2月現在で74社のベンチャー企業を世に送り出し、日本全体の10%という公約には届かないものの、企業数で見る限り全国の国公私立大学で最も多いベンチャー企業を誕生させた。

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科学技術政策担当大臣 棚橋泰文氏

そして今、表面的な産学連携の順調な進展の裏側で、大学と産業界の軋轢が深まっている。大学と企業との間で、特許の共同出願時における不実施補償や、共同研究などにおける守秘義務のあり方など幾つかの問題をめぐって、さまざまな不協和音が聞こえているのが現実である。教育と研究を第一義とする大学と、事業の継続と従業員の雇用を前提とする企業という存立基盤の異なる2種類の組織で、ある段階で必然的に生じる矛盾が顕在化したといえよう。

2. 思惑の違いが顕著に

第4回産学官連携推進会議でキーワードになった「温度差」は、その矛盾を端的に表す言葉である。

温度差は、1つの現象ではない。『西風を起こす』と題して講演した麻生渡福岡県知事の語る「シリコンシーベルト福岡」構想や「北部九州自動車100万台生産拠点プロジェクト」に代表される地域間、地域と大学、地域と企業の温度差は、地方自治体の経済振興策の成否を左右する。分科会などで指摘された中小企業の参加が少ないという現実は、産学官連携への中小企業の戸惑いを何よりも雄弁に物語っている。中小企業にとって大学の敷居は高く感じられ、大学教員の何かしら偉そうな物言いは中小企業関係者を萎縮させるに十分である。中小企業と大手企業との間の温度差は、こんなところに起因するのではないだろうか。

一方、大手企業と大学の間でも、妙な緊張感が高まっているように見える。そのおもな要因は不実施補償の取り扱いである。

不実施補償というのは、大学と企業が共同研究や受託研究を行い、その成果を特許出願する時のルールである。この問題が尾を引いている間は、一部とはいえ大学人の間に企業に対する不信感が残るのはやむを得まい。大学と大手企業間の温度差につながる原因として考えたいことである。

とはいえ、これらすべての諸問題を論じるにはスペースが足りない。そこで、ここでは幾つかの「温度差要件」のうち、大学と産業界の見解の相違や組織がもつ研究開発に対する考え方の違いに焦点を当てることにする。

2-1 不実施補償-大学にとって産学官連携とは

共同研究などで生まれた成果をもとに特許出願する場合、多くは共同出願という形を取る。共同出願では対等な利害が保たれることが必要だが、特許を実施することを前提とする企業と、経済活動を制限されている大学では、特許権の取り扱いにあたって同一の条件には立ち得ない。

企業が特許を実施するか、放置するかは経営判断である。一方、大学は特許を実施することはあり得ない。従って、大学が特許を共同出願して同一の経済的権利を確保しようとすれば、それを他社に売却する権利を保有する以外にはあり得ない。共同出願のカウンターパート企業が、大学が特許権や占有実施権を他社に供与する自由を拒むのであれば、その制限に対して適切な対価を支払うべきであるというのが大学が求める不実施補償の基本である。

ところが、日本知的財産協会が不実施補償に関する見解を発表して以来、企業側が不実施補償に対して厳しい態度を取るようになった。さらに、米国で大学などが研究開発に利用する手法やツールについても、特許権上の制約を加える判例を出したことから、研究開発機関も特許の実施機関だとする考え方が生じてきた。これらを機に、大学も実施機関であるとする主張が産業界に広まり、大学に対する不実施補償を拒むケースが増えている。

実際上、特許権を用いて経済的利得を得る生産活動を行わない大学が、共同出願特許でカウンターパート企業と対等な経済的条件を得るとすれば、他社に特許権またはライセンスを売却する以外にない。また、研究用ツールに対する特許権については、知的財産万能を主張する米国的思考に基づく考え方に過ぎず、米国内でも議論を巻き起こしている。かつて、ゲノム特許を主張し、今日でもソフトウェア特許にも拘泥する米国式思考が、果たして本当の意味で、大学と産業界の良好な関係を作り上げることになるのかを考えても良い時期だろう。

写真2

記者会見の模様

今回の会議で、主催者の1人である尾身幸次代議士が、「共同研究」と限定しながらも、「知的財産の伴わない研究発表はすべきではない」と発言した。確かに、共同研究である以上、カウンターパートである企業の利害を尊重する必要はある。しかし、裏返せば、企業もカウンターパートである大学の利害も尊重すべきであろう。不実施補償の金額の多寡をめぐっての対立なら分かるが、是非をめぐっての対立とはいかがなものであろうか。

不実施補償を認めないというのであれば、研究成果の発表も制限される共同研究・受託研究とは、大学にとって企業の下請け作業に過ぎないことになる。

2-2 産学官連携推進に熱心な教員は少数派

このことは、実は大学内で産学官連携に取り組む教員間の温度差を生む原因ともなっている。

もともと、大学内には産学官連携に反対、または消極的な教員が多数存在する。この現象は日本だけではなく、米国にも共通する現象だといわれている。積極的に取り組んでいる場合であっても、企業の下請け研究に過ぎないということであれば、それを是とする教員はまずいないであろう。やむを得ず、研究費稼ぎで協力するとしても、内心の不本意は隠せない。

また、産学連携に取り組む場合、産業界のニーズと、大学が資金面で産業界の協力を必要とする分野が、必ずしも一致しないという点も無視できない。この問題は、かつては基礎研究と応用研究という形で語られることが多かったが、今日では必ずしもそれほど単純なことではなさそうである。

むしろ、新しい産業領域で人材や研究者を必要としている企業と、昔ながらの講座制の中から脱皮できない、古典的な学問領域に閉じこもる大学という構図の中で、矛盾が先鋭化していると見た方がよい。それを示す好例が、今回の推進会議に提出された「産学官連携による高度な情報通信人材の育成強化について」と題した日本経団連の提言である。

この提言では、(1)高度な情報技術者が不足している、(2)大学が送り出す人材が産業界のニーズに応えていない、(3)産学官が連携して産業界が必要とする人材を作ろう-という論理構成となっている。その限りでは筆者も否定しない。しかし、大学はIT人材の養成機関に限定されるものではない。さまざまな学問領域、社会が必要とする人材を育成し、世に送り出すことを期待されているはずである。産学官連携が産業界の求める人材養成に限定されるというのであれば、大学内の反発が高まることになろう。

従って、この提案は、大学の側から見れば、アカデミアが果たすべき人材育成の任務が無視されているようにも見える。結果的に、産業界の求める『人材』から遠いところにいる大学人ほど、産業界などが求める産学官連携に冷ややかな目を向けることになるのはやむを得まい。このような主張があからさまに語られるのであれば、産業界のニーズに直面する教員と、産業ニーズと距離のある教員との間に生まれた『温度差』は当然の帰結である。従って、事態に落ち着きが見える今、大学人の中で産学官連携に積極的な教員が少数派だという厳然とした事実に直面するわけだ。

3. いま問われるものは

日本人の通弊なのであろう。熱しやすく冷めやすい。にもかかわらず、4年前の熱気のまま、ここまで進んできた。考えてみれば、4年もの年月、あの熱い思いが続いたことの方が不思議なのかもしれない。

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会場:国立京都国際会館

もともと、大学の中で、産学官連携活動に適した分野は限定されている。また、大学教員の立場からしても、産学官連携による研究成果の産業界への発信に向いている教員ばかりとは限らない。大学教員や研究者がすべて、各自の研究成果を用いた社会貢献・産業貢献をしなければならないということには無理があろう。

一般論でいえば、産業界との協力を必要とする教員より、特定の企業や産業界との『癒着』を警戒する教員の方が多いのは、大学の健全性を語るといっても良いだろう。大学で生まれた知的な成果を社会で価値あるものとして生かすためには、必ずしも個別企業との協力が必要というわけでもない。その場合、必要とされるのは企業を含めた地域社会、日本全体の社会的経済的仕組みがより大きな条件となる場合も少なくない。その意味では、研究成果の実用化や社会貢献という分野では、幅広い支援者や協力者を必要とする研究者の方が多いのかもしれない。

4回目の産学官連携推進会議は、日本社会が期待する、大学と産業界、そして市民社会の新しい関係を模索する場でもあった。第1回会合は、バブル経済破綻の深い傷を癒しきれない産業界の熱い期待を背負った議論が行われた。日本経済にやや明るい兆しが見えてきたいま、問われるのは社会に開かれた大学という大命題に直面しているわれわれ大学人である。いま、何をなすべきかという社会の厳しい目に、日本の大学、そして産業界と政府関係者がどう回答するかを問われている。