2005年8月号
特集
九州シリコン・クラスター計画
-広域産学官連携と頭脳拠点形成に向けて-
顔写真

鶴島 稔夫 Profile
(つるしま・としお)

九州半導体イノベーション協議会
副会長・企画運営委員長/(財)
くまもとテクノ産業財団 研究理事
/九州大学名誉教授


はじめに

九州シリコン・クラスター計画は、2001年度にスタートした産業クラスター計画(経済産業省事業)の一環として進められている。2005年度は産業クラスターの立ち上げ期とされる第1期の最終年度にあたり、クラスター形成の基盤となる“顔の見えるネットワーク形成”が、その目標とされている**1

九州における半導体関連産業クラスターの形成(九州シリコン・クラスター計画)にかかわる活動の進捗状況は、すでに2004年度に開催された全国クラスターフォーラム**2および第4回産学官連携サミット**3で事例紹介として報告され、また、いくつかの出版物にも取り上げられている**4

ここでは、その後の進展も含め、第1期目標に向けた九州シリコン・クラスター形成のこれまでの推移を、要約して振り返ってみたい。

全九州半導体技術フォーラム -人的ネットワーク形成に向けた布石-
図1

    図1 第1回全九州半導体技術フォーラムの
         プログラム

2001年3月21日、第1回全九州半導体技術フォーラムが熊本市で開催された。開催のテーマは“広域産学官連携と頭脳拠点形成”、シリコンアイランド九州の再生を目指して九州各県から約600名の参加者が集まる熱気に満ちた会合となった。今でもいささかの興奮を呼び覚まされる当日のプログラムを図1に示す。

かつてシリコンアイランド九州と呼ばれたとおり、この地域における半導体生産は我が国全体の30%を超え、世界に冠たる一大生産拠点であった。しかし一方で、企画力や設計力に欠け、頭脳なき生産拠点と揶揄される実態も一面否定できないものがあった。

この産業分野へのアジア諸地域の台頭によって、わが国は90年代以降急速にその競争力を失い、特に関連地場企業では、技術的にも、経営的にも、多大の困難を強いられることとなった。これら地場企業にとって、再生の手段は世界規模の競争に耐える独自の技術力、経営力を手中にすることであり、地域の頭脳拠点化と拠点間の広域連携はこれに欠かせない条件としてフォーラム開催の原動力となったのである。

会合の準備は開催に先立つ約1年前から始められ、2000年9月にはフォーラム準備委員会が結成された。九州全県の大学人と公的機関、産業支援機関などのメンバー20名余りが手弁当で結集し、産業界や行政機関を巻き込む活動を積極的に進めはじめたのである。“その土地に知的興奮がなければ人材は集まらないし残らない。知的興奮の場づくりこそが地域発展の要だ”**5、かつて九州が発したメッセージが全員の士気にそのまま現れているように私には思われた。

樋口一清 九州経済産業局長(当時)は、こうした動きに深い関心を示され、実施の準備が進められていた産業クラスター計画の一環としてこれを発展させる可能性について、私たちと何度か意見交換の機会を持たれた。総じて私たちに異存はなかった。

“広域産学官連携と頭脳拠点形成”はこうして九州シリコン・クラスター計画に引き継がれたのである。このフォーラムは第1回から第4回までを熊本県と福岡県で交互に開催し、第3回では、韓国、中国、シンガポール、それに米国シリコンバレーからのゲストを招いた初の国際会議を持った。

昨年度からは、当初の計画でもあった九州各県でその開催を持ち回り、開催地域の創意による、また、地域の利益に直結する形態で、全九州にこれを定着させる、いわば第2フェーズの実験に取りかかったところである。昨年度は宮崎県が、また、今年度は大分県が、それぞれの構想で開催に力を注がれている。

これまでもそうであったが、引き続きクラスター形成の基盤として、人的ネットワークの拡充と地域拠点形成に有効な役割が果たされるものと期待している。

九州半導体イノベーション協議会  -その活動と成果-
図2

図2 九州半導体イノベーション協議会会員構成
     の拡大と現状

九州シリコン・クラスター計画を実行・推進するために、産学官を結集したメンバーによって、2002年5月に九州半導体イノベーション協議会が設立された。会長にはNEC代表取締役会長の佐々木元氏が就任され、今日に至っている。

設立時の登録会員規模355社・者は、図2に示すとおり、満3年を経た2005年5月現在1,090社・者まで拡大し、幅広い関係者の参加が得られている。特に、地場の中堅・中小企業やベンチャーの参加が4割強を占めてその中核をなしているほか、金融・商社などのサービスセクターからの参加が拡大しつつある。10%を超える九州域外からの参加も特徴の1つである。

協議会の活動は多岐にわたっているが、活動計画は、ほぼ隔月の頻度で開催される企画運営委員会(現在、産・学からの委員16名と九州経済産業局の当事業担当リエゾンを含む事務局とで構成)で随時議論を重ねながら、技術創造、ビジネス創造、人材創造の3部会(WG:ワーキング・グループと呼んでいる)がその実行に当たっている。以下に活動事例のいくつかを紹介する*1

(1) “テクノロジー・マーケティング”を意図した技術創造研究会と地域技術開発

地場企業の多くは、かつてのシリコンアイランド九州を支えた高度な要素技術を今でも蓄積し、あるいは発展させながら、幅広い活用の機会を模索している。

このような認識に基づいて、地場企業が自らの技術ポテンシャルを活かして新しいビジネスチャンスをつかみ取るための“マーケティング”の場を提供する、というのがここでいう技術創造研究会の実体である。

03年度、04年度の2年度にわたって、半導体の後工程企業群を主たる対象に想定した“SiP研究会”(SiP:System in Package)と、半導体やFPD(フラットパネルディスプレイ)の技術の進展に伴って要求が高度化する製造装置やその部品、モジュール等の製造に関わる企業群を想定した“製造装置研究会”とが、都合11回開催され、延べ550名を超える会員参加を得ている。

各回、経験の深いディスカッションリーダによって研究会が主導され、チャレンジすべき技術課題、産業動向、ビジネスチャンスなどの分析が、フロアの参加者と一体になった討論形式の会場運営で進められる。概して“得るものが大変多い”と好評である。

図3

図3 コンソーシアム”TACMI” とその技術開発
     構想


図4

 図4 最近の地域技術開発成果

この研究会活動から、センサ機能を核とする新しい微細電子部材の開発と応用にかかわる通称“TACMI”構想の実現を目指した自発的なコンソーシアムが活動を本格化し始めた。 既にその構想の一部が、小規模ながら熊本県下でプロジェクト化されるに至っている*2

図3に“TACMI”の技術開発構想の概要を示す。

なお、産業クラスター計画初年度(01年度)からの4年間で、地域新生コンソーシアム事業、新規産業創造技術開発補助事業などの九州地域の採択件数計138件のうち、半導体関連の技術開発は35件であり、04年度(平成16年度)は、新規課題4件、前年度からの継続課題2件の半導体関連技術開発が、合計3億円余りの資金投入によって実施されたところである。図4に製品化・事業化が進められている最近の地域技術開発の成果の例を示す。

(2) ベンチャービジネス創造への活動と地域企業トップ層に向けた定例セミナー

九州を世界に通じるベンチャー起業の拠点にすることを長期的な狙いとして、前年度(04年度)からユニークな活動が試みられている。ビジネス創造活動の一環である。

世界に通用する条件とは何か、事業として投資家から信頼を得られるビジネスはどのようなものか、などを実地の体験者から学び、九州の起業家の自己改革に資する場を提供しようとする試みで、“シリコンバレー/九州/アジア・ベンチャービジネス創造ラウンドテーブル” と名付けられている。長い名称もまたユニークである。

主としてシリコンバレーの現地で、ビジネス構築の渦中にある若い起業家を招き、これに投資家、アナリスト、技術・経営コンサルタント、そのほかのコメンテーターを組み合わせ、文字通り車座形式でコーディネータのリードのもとに丁々発止の議論が進められる。

年間6回の開催に、延べ参加者316名が、ここでもまた文字通りの“知的興奮”を体験してくれたものと信じられる。

もう1つの試みは、“四水塾”と呼ばれる地域企業の経営者、管理者など、トップ層を対象とした月例セミナーである。 03~04年度にわたり都合7回の定例会と1回の公開シンポジウムを開催している。半導体産業論、技術経営論などを基幹講座とし、これに各回ゲスト講師のトピカルな話題を加えた講義構成で、半日じっくりと講師との意見交換が十分できるよう配慮した少人数(定員20名程度)の“塾”形式が1つの特徴をなしている。

この塾を通じて参加者間の新しい結びつきが生まれ、相互の協力によるビジネス展開への発展が期待される事例も見えはじめている。

上記の“ラウンドテーブル”、“四水塾”に共通する効果の1つは、参加者相互間で、あるいは参加者と講師間で、十分タイトな“顔の見えるネットワーク形成”がはかられるほか、講師やコメンテータが持つ、更に大きなネットワークに参加者のノードをつなげる可能性が期待される点にある。クラスター形成の基盤となる人的ネットワークの形成が着実に進行している。

(3) 関連機関、関連事業等との協力・連携
図5

  図5 活発化する九州各地のクラスター・コア
       (拠点機関)との連携

九州シリコン・クラスター計画の始動に相前後して、九州各地で半導体関連の産業振興策が構想され、実行に移されている。文部科学省の地域施策の1つとして福岡地域と北九州学術研究都市地域で2002年度から実施されている知的クラスター創成事業は代表的な関連事業の1つである。 福岡地域では、シリコンシーベルトにおける頭脳拠点の構築とシステムLSI設計開発に関する新産業の創出を狙いとした“福岡システムLSI設計開発クラスター創成事業”が、また、北九州学術研究都市地域では、システムLSI技術とナノサイズセンサ技術による環境新産業の創成を狙いとした“北九州ヒューマンテクノクラスター創成事業”が進められている。

これらに加え、九州の各地で、図5に示すように、それぞれ県などが主導する半導体関連の産業振興策が構想・実施されている。これらの事業とシリコン・クラスター計画との協力・連携は、既に実行段階に入っているケースも少なくないが、その度合いは、今後ますます密接なものとなり、相互に触発し合う関係が深まるものと考えている。経済産業省が05年度に創設した拠点重点強化事業は、産業クラスター計画と連携して産学官の人的ネットワーク形成を行う組織(拠点組織)に対する支援を強化するもので、こうした協力・連携の動きを更に加速するものと期待される。

(4) 情報発信と相互交流

九州半導体イノベーション協議会の活動状況は、季刊誌(会報)“Innovation 通信”を通じて全会員に伝えられている。この季刊誌は在京企業その他の機関への配布を含めて、毎季2,500部の配布がなされている。

また、04年度には、九州地域内半導体・FPD関連企業の技術や製品、サービス等を紹介する「Innovation Power = 九州半導体・FPD関連企業総覧 =」を初めて作成・公刊した。約450社のデータが掲載されており、企業間の取引促進等への活用が期待される。

協議会のホームページ(URL: http://www.si-cluster.jp)は、随時改訂が重ねられ、各種情報の提供体制の強化がはかられてきた。また、会員向けの電子メール通信サービスも、きめ細かな、かつ幅広い情報の提供を旨として、日々充実・向上の努力が払われている。

図6

図6  “SEMICON Japan” に“九州ストリート”実現

会員企業の広報、販路拡大に対する支援策の一環として、協議会では毎年12月に開催される半導体製造機器展示会“SEMICON Japan”に、02年から協議会ブースを設けて、会員企業の利用に供してきた。特に、03年からは、展示会の主催組織 SEMI Japanと協議しながら、九州関係出展企業等の展示ブースを集中した“九州ストリート”の形成を試行しつつある。04年の同ストリートブースへの出展参加企業は23機関、来訪者1万1,000 名超、総商談件数2,000件超と、積極的な活用がはかられている。

海外、特に今後の市場拡大が予測される中国との友好的交流をはかる試みも、上海、北京と2回の交流団派遣を経て、上海市集成電路行業協会(上海市集積回路工業協会)とは友好関係を形成するに至っている。これを機に、上海現地に事業展開をはかる地場企業も現れ、九州という地の利を活かした今後の発展を期待させている。

結び

産業クラスター計画のスタート以来4年、九州半導体イノベーション協議会の創設以来3年を経た現在、私見によれば、九州シリコン・クラスター計画の進捗はほぼ順調なペースで推移しつつある。

しかしながら、産業クラスター計画に対する定量的な評価にかかわる議論は、この時点で必ずしも関係者が十分な理解を共有する状況に達していないように思われる。

この計画本来の事業目的を改めて共通認識し、これに沿った明確な目標設定を可能にする状況が、早期に実現されることを望んでやまない。

●参考文献

**1 :産業クラスター研究会報告書 平成17年5月. 産業クラスター研究会(経済産業省).

**2 :全国クラスターフォーラム 2004年9月29日. 東京ビッグサイト、主催:文部科学省、経済産業省.

**3 :第4回産学官連携サミット 2004年12月13日. 東京プリンスホテル、主催:内閣府、総務省、文部科学省、経済産業省、日本経済団体連合会、日本学術会議.

**4 :経済産業ジャーナル 平成16年7月号;日経グローカル, No.23. 平成17年3月7日発行.

**5 :第4回日経ハイテクセミナー「ハイテク時代と地域発展 -熊本の進路を考える-」における当時の細川護煕熊本県知事の発言. 日経産業新聞1983年11月4日.

*1
多岐にわたる活動とその成果のうちから、限られた事例の紹介とならざるを得ないことにつき、多くの関係者のお許しを得なければならない。 機会を得て充足をはかりたい。

*2
本稿脱稿後に、経済産業省が本年度から新たに実施する地域新生コンソーシアム研究開発「地域ものづくり革新枠」事業への九州からの提案「九州地域産業クラスター・電子部材高度加工技術の確立」の採択が決定された。提案の中核をなす“TACMI”構想は、“広域産学官連携”を基盤として、独自の産業技術資産創成を現実のものとする“頭脳拠点形成”に向けた実動を始めようとしている。