2005年9月号
特集  - ベンチャー企業の若手に聞く
若手スタッフが見るベンチャーの実情
顔写真

南 友規 Profile
(みなみ・ともき)

(株) アイキャット 経営企画室
マネジャー



はじめに

株式会社アイキャット*1(iCAT)は、発明者たる大学教員自らが立ち上げた大阪大学歯学部*2発のベンチャー企業である。現在のところ、歯科領域における「安全なインプラント手術計画の立案」に役立つシミュレーションソフトウェアと、歯科インプラントに関係する医療機器などの開発販売を事業としている。大学発ベンチャーではいまだ数少ない、具体的な有形の製品を開発販売している会社である。

大阪TLO*3が大阪大学と連携して立ち上げたベンチャーとしては初めての事例となった企業であり、大阪大学歯学部講師である十河基文(取締役最高技術責任者(CTO))、阪大フロンティア研究機構*4で産業支援を手がけていた黒川敦彦(取締役、(株)サインポスト*5の代表取締役を兼任)、大阪TLOでコーディネータを務めていた西願雅也(代表取締役最高経営責任者(CEO))の3名が中心となって設立された会社である。

基礎となった発明は歯科医師である十河基文が、既存製品ではできないことを追求して開発したもので、「歯科インプラントの術前シミュレーションにおいて、コンピュータを活用して、インプラント体の埋入予定位置を計画する」ためのものである。この発明の特許について大阪TLOの助力を得て出願し、研究開発費の支援を阪大フロンティア研究機構から受けることによって、iCATは起業へと向かうことになった。性格の異なる3つの機関からそれぞれ人材が集まって立ち上げているあたり、iCATはまさに、産学官連携に関する一連の施策を象徴する会社であるように思う。

社歴としては、2003年11月11日の創立から、いまだ2年に満たない。今年の4月末に販売開始した初めての製品が徐々に販売実績を積み上げつつあるが、まだまだこれからどうなるかはわからない。

設立から約1年半が経ち、製品販売を開始した時点で、役職員数の合計は13人になった。資本金は1億3,000万円に増資され、事業所も大阪大学敷地内のインキュベーション施設から、より広く便利な新大阪へと移転した。これらは、製品販売の開始に備えた準備だった。

製品販売が開始された今、いよいよ、企業としての存続を賭けた勝負の時期に差しかかりつつある。これまでに新規株式公開を果たした大学発ベンチャー12社(平成17年3月末時点)に続くべく、役職員一丸となって業務に取り組んでいる。

その中にあって、私は主に経営企画担当として全社的な計画の立案と調整、さらに社内管理体制の構築などに携わっており、法務面(企業法務/知的財産管理)もあわせて担当している。

個人的経歴と参画の経緯

神戸大学経営学部*6に在籍していた当時、私は、組織(社会)の運営手法と枠組みについて実践的な経験を得るべく、大学の講義や教官との議論で得た知識をベンチャー企業の現場で試してみたり、自治体の産業振興政策にかかわることで地域の政策について学んだりといった活動を意識的に実行していた。このころ、同じ関西で似たような活動をしていた黒川と出会い、阪大での産学官連携や技術移転に関する取り組みを知った。

大学卒業後、ITについて学ぶために大手の情報処理業者に就職したものの、自分の本来の興味関心を離れたところで仕事をすることに違和感がぬぐいきれず、大阪TLOのコーディネータへと転身し、新たな道を探ることにした。

その後しばらくしてiCATが設立された。創業当初は特許調査などを手伝う程度で、個人としては別の将来を考えていた。しかし、どんどん成長を続けていくiCATにかかわるうちに仕事が面白くなってしまった。加えて、大学時代からの興味関心や問題意識と合致する現場だということもあり、本格的に参画することを決意した。以上が経緯である。

ベンチャーの現場から

次に、現在の私の立場から、ベンチャーの現場について少し触れてみたい。

1. 大学発であることによる、メリットとデメリット

大学発ベンチャーであることによって、iCATの運営上、これまで、大きく下記のような3種のメリットがあった。同じような形態の大学発ベンチャーなら、これらのメリットは大抵の場合は享受できるものであろうと思われる。

1. 「大学」ブランドを利用できることによる信用力の向上
2. 比較的安価な大学施設(インキュベーション施設)の利用による経費削減
3. 大学内外の専門的人材との接触機会の豊富さ

実際、iCATの運営において上記3つのメリットはかなり大きい。

1点目についてより具体的に言えば、例えばベンチャーキャピタルから出資を受ける際や、関係者とか新規顧客に商品の説明をする際に大学のブランドが役立ってきた。パブリシティーに掲載される際にも、話題となりやすい利点があったであろう。また、特に共同で開発を行う関係事業者と業務提携を行う際には、大学の名前を出すことで大きな信用を得られてきたのではないかと感じている。

2点目についてはベンチャーでなくてもありがたい話なのだが、特に研究開発型で先行投資の必要なiCATにとっては、設立からおよそ1年半にわたって大学敷地内の施設を利用できたメリットは大きかった。

そして、大学の敷地内には各種の専門分野におけるエキスパートがすぐ会える距離でひしめいている。事業に関係する分野で何かヒントが欲しいときに気軽に相談ができるという3点目のメリット、これも大きいであろうと思う。実際、iCATにおいても、各方面の専門家との交流の中から、しばしば新たな事業プランや商品アイディアが生み出されている。

しかしながら一方で、大学発ベンチャー特有のデメリットというか課題もあるように思われる。例えば、iCATのように技術開発の中核人材が元来は大学人であり、ベンチャーの取締役を「兼業」している場合、開発業務のマネジメントが通常よりも一層困難になる場合がありうるだろう。また、産学官各方面に関係者が存在するため、何かを行う際の手続きや調整に時間がかかるということもあるだろう。こういったデメリットは、享受するメリットと比べれば相対的に問題にならない程度のものではあるが、やはり業務上の足かせやリスクになりうるため、日ごろから注意すべき点として心に留めている。

私の場合、関係諸機関との契約実務全般も担当しているため、各種の調整処理はベンチャーの現場において大きな負担となりうることを実感する日々である。

2. 対外的な業務について

iCATの社員として経験した対外的な業務の中で、大企業にいたころとの差異を最も強く感じたのは、「信用力」に関することだった。

これまでの契約実務の中で、事務所移転の際の不動産契約や、基幹業務に利用するシステム開発の外注、それにコピー、FAXといったOA機器のリース契約などに際して、その都度審査をされ、場合によっては契約を断られることがあった。特に、大手事業者との契約では、新規取引開始の審査に長期間を要する場合や、信用力がないために特別な処理を行わなくてはならない場合などがあり、担当としては神経をすり減らすことが多かった。慣れてしまえば当たり前のことになるが、1つ1つの契約に時間と手間がかかるため全体の業務計画に影響を及ぼすことがしばしばであった。

また、対外的な業務で最も難しさを感じるのは、各種の提携事業者や協力機関との折衝である。いかに親しいパートナーであっても、相互にメリットのあるWin-Winの関係を構築・維持していくことは、日々状況が変化するベンチャーの現場では本当に困難で、なかなかに一筋縄ではいかない。契約書を交わしてリスク管理をしておくことが非常に重要だということを痛感する日々である。やはり、いかに信頼関係が深いパートナーが相手であっても、各種の取引条件については詳細まで確認し、事前に合意しておくべきであると確信した次第である。

3. 社内的な業務について

次に、社内業務について最も大きな課題と感じたことは何であるかを述べる。月並みな意見になるが、経営企画スタッフとして現場で感じるところでは、「人材の採用と教育」「組織体制の構築」、この2つが最も難しいことなのではないだろうか。どちらも、これといった正解があるわけでもなく、定量的に状況を測定することができない課題であるためか、どうもすっきりせず難しい印象がある。

経済産業省がまとめた「大学発ベンチャーに関する基礎調査報告書」(平成17年6月)においても、「大学発ベンチャーが直面する課題」については、「人材の確保・育成が難しい」という項目に対する回答が一番多かったと発表されている。やはりどの会社も人材確保と教育には苦労していることがわかる。

参考までに、人材採用の手法、経緯についてわが社の事例を書いてみたい。

採用の手法については、現在の従業員10名のうち、およそ半数は取締役たちが従前から有していた人脈を駆使して引っ張ってきた人員であり、あとの半数は採用支援業者を介して出会った人員である。

採用経緯については、まず、社員として初期段階で採用したのは、事業のコアとなる開発を担う技術者と、社の管理実務(経理総務)を担う事務職だった。創業からおよそ1年間は実働の役職員数が6名(開発担当2名、管理担当1名、取締役3名)の体制で運営し、製品開発のめどがある程度たってから、マーケティング、生産、法務など、各種業務を担う人材を増やしていった。私自身もそのころに本格的に参画した。採用の際には、社として望まれるスキルと人間性を有する人材を確保するために相当の時間と労力を割かねばならず、ともすれば社の開発計画に影響を及ぼしかねないこともあった。

反省として、ベンチャーにおいては人材採用にかかる負荷が取締役にほとんど集中してしまうため、創業期に特に重要な開発や財務などといった業務が停止してしまう恐れがあることを認識した。もちろん、人材の採用は非常に重要であり、経営陣自らが時間と労力を割くのは当然のことだ。しかし本来、負荷を分散できるようスケジュールに余裕を持つべきであり、この点、同業の方々にはぜひとも留意していただければと思うところである。

以上、現場におられる方々にとってはどれも当たり前のことかもしれないが、現場にあって強く感じたことをいくつか紹介させていただいた。

産学官連携推進のために

ここで、分不相応なことは承知の上で、産学官連携の発展のために何が必要かについて触れたい。私が気になっているのは、次世代を担う若年者層が「産学官連携」について早い段階から興味関心を抱くように仕向ける仕組みを整えるべきではないかという点である。

現在日本で「大企業」と呼ばれる企業の大半は、国策によって支援された産業分野において成長してきた。また、今日の「IT革命」とか「ITベンチャー」というのも、きっかけを民間が創り出した上に、e-Japan戦略*7に基づく情報通信インフラの整備など、税金を投入した施策があってはじめて存立可能になったものであろう。しかしながら若年者層においては、こういったことはあまり認識されていないように思う。例えば私の場合でも、各種の助成金が存在することや、産業振興政策の内容を知るようになったのは、大学生活の後半に入ってからであり、職業的進路の参考にするには少し遅い時期だった。

長期的に産学官連携を推進・成功させていくには、より多くの人材に興味関心をもってもらわなくてはならない。そのために、産学官連携のこれまでの経緯や、その重要性を、より多くの若年者層に伝える仕組みを整備すべきではないだろうか。

最後に

iCATは、産学官連携の枠組みの中から多額の公的資金を利用して立ち上がった「大学発の研究開発型ベンチャー企業」である。その経緯からいって、一般の市井(しせい)から誕生する企業よりも、社会的な責任についてより強く意識されるべきである。

社業を誠実に行い本業で社会に貢献することはもちろんのこと、それとあわせてiCATの社としての経験が今後の大学発ベンチャーに何らかの形で活かされるようにすることも重要な責務であると考えている。今後も、そのような社会的な立ち位置と責任を忘れることなく、業務に取り組んでいきたい。

*1株式会社アイキャット
http://www.icatcorp.jp/

*2大阪大学歯学部
http://www.dent.osaka-u.ac.jp/

*3大阪TLO(財団法人大阪産業振興機構)
http://www.osakatlo.mydome.jp/

*4阪大フロンティア研究機構
http://www.frc.eng.osaka-u.ac.jp/

*5株式会社サインポスト
http://www.signpostcorp.com
また、本誌2005年7月号に掲載の特集記事(黒川氏執筆)を参照。

*6神戸大学経営学部
http://www.b.kobe-u.ac.jp/index-jp.htm

*7e-Japan戦略
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/dai1/0122summary_j.html