2005年9月号
連載2  - 地域産学官連携「強さ」を探る
広島県のバイオクラスター形成
-酒かすの持つヘルスケア機能に注目した研究会が基盤-
顔写真

杉山 政則 Profile
(すぎやま・まさのり)

広島大学大学院 医歯薬学総合研究科
教授



はじめに、研究活動の概要についてお聞かせください。

杉山 広島大学霞キャンパスには、医学、歯学、薬学、原爆放射線医科学研究所が一緒になった形で大学院医歯薬学総合研究科が設置されています。このキャンパスの研究者を紹介した冊子が、世界的にインパクトの高い研究を行っている教授を8人選び、私もその1人に入っています。私の研究領域は主に構造生物学(Structural Biology)分野で、タンパク質の3次元構造の解析結果をもとにその機能を論じています。ただ、最近は地域貢献研究のほうばかりがクローズアップされてしまい、「先生は最近、基礎研究をやめたんですか」などと冗談まじりに言われています(笑)。

先生はいつから地域貢献研究を始められたのでしょうか。

杉山 正式には平成14年の秋からです。広島県廿日市市にある中国醸造(株)の常務取締役が、「酒造りの技術者である杜氏さんの肌は、白くて健康的だと昔から言われているので、酒かすのヘルスケア機能性を科学的に調べていただけないでしょうか」と相談に来られたのがきっかけでした。そのとき、私の研究室では遺伝子組み換え技術を用いてメラニン色素を産生する大腸菌をつくっていました。その大腸菌の培養時に酒かすを添加すると、大腸菌が黒い色素をつくらなくなりました。それで酒かすの中にはメラニン色素を阻害する物質があるとの仮説を立て、その阻害物質を特定しようと本格的に研究をスタートさせました。

一方、杜氏さんの肌はつるつるで健康的ということから判断すると、酒かすがアトピー性皮膚炎にも有効かもしれないと考えました。実際、皮膚炎を起こしたモデル動物の皮膚に酒かすを塗ってみると、明らかに皮膚炎の改善効果が見られたことから、その有効物質を特定することにしました。その話を聞きつけた広島バイオクラスター(広島県の知的クラスター創成事業の名称)の科学技術コーディネータが私のところに来られ、「広島の地場産業の特徴を活かすために、酒かすのヘルスケア機能性を活用した製品をつくってくれませんか」との経緯で、地域貢献研究に選ばれたのです。

食品機能開発研究会への参加のきっかけと研究会設立の経緯についてお聞かせください。

杉山 食品機能開発研究会は平成15年7月に発足することとなり、私の研究が知的クラスターに採択されたことを知った広島県食品工業技術センターの方から、「酒かすは機能性食品に通じるので、先生、理事になってくれませんか」との依頼があり、お引き受けすることにしました。

広島県には8つの公設の研究センターがあります。ただし、縦割りで連携ができていないと判断され、横のつながりを持たすため、機能性食品で横断プロジェクトを立ち上げようとのコンセプトが県の政策企画部から出てきたようです。食品工業技術センターのほかに、林業技術、農業技術、保健環境の各センターが一緒になって産学官連携で横断プロジェクトを企画することになった際、研究会をまず立ち上げようということになりました。

会の活動については、機能性食品の研究に携わっている企業の研究者や大学の先生、関係協会の人たちに講師になっていただいて、広島県の機能性食品研究をバージョンアップするために勉強会を行っています。そして、勉強会が終了した後には交流会が必ず開かれます。そこは産学官のそれぞれの立場の方が自由に話せる場であり、ざっくばらんな雰囲気があります。

食品機能開発研究会における公設研究センターの役割についてお教えください。

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機能性食品研究を活用した地域貢献について
     熱心に語る杉山教授

杉山 例えば、企業が見つけた植物が健康のために有効か否か知りたいとき、食品工業技術センターでは、糖尿病に効くとか、抗アレルギー作用があるかとかを簡便に調べるシステムを持っているので、会員は無料で調べてもらえます。また、その結果、可能性がありそうならば本格的に大学と提携して成分まで調べたらどうかなどとアドバイスしてくれます。ただし、センターの研究員が研究に積極的に関わるということはなく、あくまでも主体は県内企業であるという立場をとっています。いうならば、事務局として場を提供する側にまわっており、会員から会費を集めて、ほぼ独立採算制の運営をしています。また、研究会の期限は3年間に設定されていますので、まずは横断プロジェクトを3年で達成させるということです。

企業間の連携が公設研究センターの支援で行われ、それが3年で動けばまずは第1目標達成ということですか?

杉山 交流の場がつくられ、どの先生のところに行けば相談に乗ってくれるかというシステムは組めました。今後はどのようにするかについて私が提案していることは次のことです。たとえば、機能性食品の開発に成功したとき、その製品を申請してそれが特定保健機能食品に認定されれば、「これは健康にいいですよ」という厚生労働省からのお墨つきを得たことになります。ただし、その認定を得るために必要な試験費用は数千万から1億円程度もかかるため、たとえ良いものができてもその費用を出すことが1つの中小企業では無理なわけです。だから県がバックアップして、もっと安いお金で試験が行えるシステムを組むためにはどうしたらいいかを提案したいと考えています。現在の研究会は来年の3月には一応終了しますので、食品機能開発研究会後の在り方、すなわち、ポスト研究会について理事会でディスカッションすることになっています。

次に、食品機能開発研究会での成果についてお聞かせください。

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広島バイオクラスターから生ま
     れた「植物乳酸菌から生まれ
     たヨーグルト」

杉山 私が交流会に出席した折、野村乳業(株)という社員40人ほどの県内企業に所属する若い研究員が「私にできるものはないでしょうか」と、話しかけてきました。そこで、「酒かすにはメラニン色素を阻害したり、アトピー性皮膚炎をも改善させる機能があるので、酒かすをヨーグルト製造時に添加したら、そのヘルスケア機能が付加できるかもしれないし、おもしろい風味が得られるかもしれない」と答えました。その研究員は次の日に酒かすパウダーを取りに来られ、1週間ほどしてから酒かす入りヨーグルトを持って来られました。食べたらとても美味しかったのですが、「発酵中に何か変わったことはないですか」と尋ねたところ、酒かすを少し加えたらヨーグルト発酵時間が大幅に短縮したということだったので、「今度は植物乳酸菌でヨーグルトをつくってください」とお願いしました。通常、植物乳酸菌では動物由来の乳酸菌と違って牛乳を充分発酵できず、したがってハード(固形)ヨーグルトはできないと考えられてきたのですが、少量の酒かすを添加すると植物乳酸菌でもハードヨーグルトを製造できることを発見し、新たな製造技術として特許を出願しました。すなわち、酒かす中に乳酸菌の超増殖促進因子を発見したのです。その技術を活用して、野村乳業(株)と連携して「植物乳酸菌から生まれたヨーグルト」を創出し、平成16年10月から販売を開始しました。このヨーグルトのヘルスケア機能性を文部科学省や県の研究補助金を使ってモニター調査したところ、頑固な便秘に悩む85%以上の方に便通の改善が認められ、さらにそのうち3割近くの人はアレルギーにも効果があるとの報告がなされました。そんなことから、平成15、16年度は酒かすの有効利用技術の開発を中心に進めてきましたが、平成17、18年度は植物乳酸菌と動物由来乳酸菌とのヘルスケア機能の違いを明らかにすることを目指し、広島バイオクラスターの新規研究プロジェクトとして、乳酸菌の基盤研究および応用研究を進めています。

以上のことから、酒造副産物としての酒かすのほかに、乳酸菌、特に植物乳酸菌が私の地域貢献研究におけるキーワードとなりました。乳酸菌を扱う県内企業としては、パン製造の(株)アンデルセンサービス、ジャムのアオハタ(株)、漬物の(株)猫島商店があります。これらの企業に声をかけたところ、杉山プロジェクトに参加してくれました。「植物乳酸菌はこちらから提供しますので、参加する限りは必ず製品をつくってください」との約束をして共同研究契約を結び、現在、各社独自の製品開発を進めています。

果物および野菜にこだわって乳酸菌を探索・分離し、そのヘルスケア機能分子を追求する私の基盤研究を通じて、植物乳酸菌にはいろいろな機能を持っていることがわかってきました。そこで、それらを活用した製品開発のアイデアを企業にも出してもらい、「健康にいい」というコンセプトのもとに新機能を付加した新食品をつくってもらうことを狙っています。

知的クラスター創成事業における地域貢献研究と位置づけられているということですが、他府省との連携事例などがありましたらお教えください。

杉山 私が進めているプロジェクトは地場産業と関係のある「酒かす」ということもあって、中国経済産業局もバックアップしてくださり、クラスターを組んだ企業からいくつかの製品が生まれようとしています。それを全国展開するにはどうしたら良いかというときに、フォーメーションを策定するための補助金を出す制度があり、それに応募したところ、幸いにも採択されました。

写真3

「ビオ・ユニブ広島」のロゴ・マーク

知的クラスター創成事業から出てきた製品を全国に向けて販売するときに、小さな1つ1つの企業では広い販路は望めません。そこで、連携を組んでどうやって市場を開拓してゆくかクラスター会議で考えた結果、「このマークを貼った製品は信頼できますよ」との印として、ブランド名「ビオ・ユニブ広島」を立ち上げ、ロゴ・マークもデザインすることにしました。そのとき広島大学のコミュニケーションマークである、Hと人を簡略化した大学のシンボルマークをロゴ・マーク内に付加してほしいと大学から要請され、私自身もこれがあれば大学が認定したということで信用度も増すだろうと考えて、大学側の意向を受け入れました。酒どころ広島からスタートした研究が、業種を超えて新製品として売り出していく、それにはこのマークをつけましょうということです。

植物乳酸菌のヨーグルト以外に製品化をされた事例などありましたらご紹介ください。

杉山 中国醸造(株)からシスポという名の入浴剤が販売されています。「しっとり、すべすべ、ぽかぽか」というキャッチフレーズで、酒かすのにおいを消すために緑茶の粉をまぜています。皮膚改善薬となると、開発から販売までに10年以上かかってしまうために、お風呂に入ってアトピーを治そうというコンセプトのもと、入浴剤として発売しました。JALのカタログ販売や広島にあるデパートの健康コーナーで販売しています。『ゆほびか』という健康雑誌の取材があり、評判もいいと言ってくれたので、それなりの成果は出ていると思います。

また、『日経ヘルス』には野村乳業(株)の植物乳酸菌ヨーグルトが取り上げられ、普通であれば掲載されてから半年以内に売り上げはどんどん落ちてくるのですけれども、まとめて買って帰る人が多いらしく、ずっと右肩上がりでそのヨーグルトは売れています。

企業と付き合うための方針のようなものがありましたらお教えください。

杉山 私の研究に興味があれば、例えば講演会で話したあと「先生、何か一緒にやれませんか」と、中小企業から声がかかってきます。このときその声を大切にしようと思い、できる限り相談に乗ります。6月上旬、中国地域産学官コラボレーション会議で「技術移転功労賞」をいただいて、皆さん喜んでくれましたので、地元企業に寄与したいという気持ちはさらに強くなりました。

一方で、今の大学には大学発ベンチャーをつくろうという考え方があります。しかし、私自身は今のところベンチャー化しようとは考えていません。「ユニークな新製品の開発をしていますか」との私の質問に、中小企業の多くは「日々の生活で精いっぱいです」と答えます。そんなことから、大学が研究シーズを提供するとともに、全面的にバックアップし、「こんな製品が開発できますよ」と、アドバイスしない限り、新しいコンセプトの製品創出は小さな企業では難しいと思います。そういう意味で、当分、私は中小企業の支援に徹しようと思っています。すなわち、自分が例えば乳酸菌を売って利益を得るというのではなく、菌を提供するので一緒に製造の新技術を開発し、それを特許化する。もしそれを事業化する場合には大学が企業からライセンス料をもらい、その利益の一部が私にも還元されるという形が良いと思います。

最後にクラスター会議の活動と今後の目標についてお聞かせください。

杉山 企業の開発は企業の持ち寄り予算で行います。しかし、知的クラスターの研究シーズに基づいた製品開発の場合、補助事業への申請が可能となり、参加企業は経済産業省や県などからの補助金を通常よりは受けやすい気がします。一方、私の研究室では企業からの要請を受け、ヘルスケア機能分子の含量測定や評価などを担当しているほか、新たな研究シーズを開拓したり、知的クラスター会議を月1回のペースで実施しています。参加者は企業関係者と知的クラスター創成事業本部からの科学技術コーディネータ、大学知財部の方、ポストドクターとしての研究員ならびに議長の私です。もしも製品開発途上で問題が生ずれば、科学技術コーディネータが食品工業技術センターや県の商工労働部から必要な情報を得てくれたり、問題解決できそうな企業を探してくれます。ちなみに、知的クラスター会議への参加は1業種1社にこだわっています。異業種同士の集まりであることが功を奏し、今や、企業が自社の課題をストレートに出してくれ、それに対して他の企業からも有意義な意見や助言がなされています。このように、知的クラスター会議はとても良い回転をしていますので、地域に貢献するためにはその輪をもっと広げることが、私の最大の務めであると考えています。

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司会進行・構成/遠藤達弥

それから、ビオ・ユニブ広島の中で、例えば、県立広島病院や広島大学病院などと連携して、特定保健機能性食品の申請に必要なデータを安い検査費用で行えるシステムづくりが、今後の大きな課題であると考えています。これは大学や県の協力なしでは達せられないことでもあります。

大変興味深いお話をありがとうございました。

聞き手:文部科学省 科学技術政策研究所 客員研究官 遠藤達弥