2005年9月号
海外トレンド
(独)科学技術振興機構 主催 技術移転セミナー講演
“海外の大学に学ぶ効果的な技術移転活動”
シンガポール大学の技術移転事務局INTROとその活動
顔写真

ピーター・クー Profile
(Dr. Peter Kew)

シンガポール大学
INTRO(Industry & Technology
Relations Office)
知的財産管理主任


本日はお招きいただきましてありがとうございます。シンガポール大学は技術移転に関して、まだ日が浅いのですが、私たちが現在、直面している問題やそれらの克服に向けた取り組みをお話しいたします。

シンガポール大学のINTROとは

シンガポール大学は1905年に設立されました。1980年代に入り大学の教育体制に研究が加わり、約10年を経て蓄積されてきた研究成果をどう活用すべきかが問題となり、諸外国の技術移転活動の調査を始めました。そして1992年にまとめられた調査報告書を受け、技術移転事務局としてINTROが設立されました。INTRO設立当初のスタッフは4名でしたが、現在は20名となっています。

INTROは、社会利益や国家経済発展のため、シンガポール大学発の知識と技術を産業界に移転することを使命とし、アジア太平洋地域の有数な知財・技術移転の管理を行う機関になる目標を掲げています。そのためにIntegrity(誠実)、Knowledge(知識)、Teamwork(チームワーク)、Respect(尊敬・尊重)、Obligation(義務)という基本的価値観を設定しました。すなわち、「最高水準の誠実さ・倫理観のもとに、シンガポール大学の知識・技術を活用しながら、共有のスキルを持ち率直なコミュニケーションをとるチームを形成しつつ、真実を伝え互いに尊重し、内外の顧客の要求への対応を責務とする」というわけです。そして、INTROは一般的な技術移転管理機能のほか、産学の共同研究を奨励・促進する機能も担っている点に特徴があるかと思います。

大きく見れば、技術移転には技術の創出、知財の保護・管理・利用、知財の商品化のプロセスがあると思います。技術の創出、つまり移転の前段階として、我々は産業界の方と積極的に会合し、そのニーズを把握し、大学との共同研究プロジェクトが設立されるように大学に働きかけ、その条件整備や契約事務などの手助けをします。

大学発知財の特許化へのプロセス
図1

図1 INTROの機構図



図2

図2 特許出願先分布図

知財の保護・管理・利用に関しては、まずはINTROおよび大学内の関係者への知財に関する教育・訓練が重要です。もちろんINTROには、できるだけ技術移転の経験者を採用していますが、経験がなければ、しっかり教育・訓練を受けてもらい、大学の各学部に、何年にもわたり巡回説明会を実施しています(図1)。

我々の事務局が発明開示を受けると、係員が特許性と商品性を基準に評価し、特許申請に値すると係員が判断し、管理部門で合意されるとその発明案件は運営部門に回され、そこで特許出願事務が一括して管理されます。ここで特筆すべき点は、その発明はこの段階ではまだ評価した管理部門の係員の担当であることです。つまり係員は事務手続きに煩わされることなく、その発明の商品化の作業に専念できるわけです。逆に発明が特許出願に値せずと却下された場合、その通知を受けた発明者はセカンドオピニオンを請求する権利があり、請求された場合は委員会を設置し、その対処策を検討します(図2)。

発明の商品化

最後のプロセスは発明の商品化ですが、これにはいろいろなルートがあります。伝統的な方法は、その発明を利用してもらうパートナー企業を探し、ライセンスを供与することですが、他にも最近では、大学発ベンチャー、あるいは企業とのジョイントベンチャーなどもありますし、さらに新しい現象としては、学外の企業が新技術を買いに来ることもあります。シンガポール大学の関心は、今の段階では、ライセンス料収入の多寡ではなく、より多くの技術を社会に出すことですので、この新しい現象に対応するため、スーパーマーケット・アプローチとでも言うべき、積極的な計画を実施中です。つまり、出願特許をプレミアテクノロジーあるいはプラットホームテクノロジーと、期限切れの近い、あるいは非常に利用法が限定されている、または管轄権がやや制限されているテクノロジーに分けて、後者を先行してリストアップし、廉価で買い上げてもらえるようにしています。

図3

図3 ライセンス収入のグラフ

実績は、2004年度から2005年度の現在まで177件の特許出願を行いました。これは発明開示の約60%に当たります。出願元の学部は依然、工学部が最多ですが、シンガポール大学自身、生命科学分野の研究に力を入れているため、医学部と理学部を合わせた数字が伸びています。出願先は米国が21%と本国の26%に迫っています。その他はPCT(特許協力条約)が17%およびマレーシアです。またライセンス供与は、2005年度は現在まで約20件です(図3)。

INTROの今後の課題

今後の5カ年計画として、発明開示件数を250件まで伸ばすこととして、そのため、発明の評価サイクルを現在の2カ月から1カ月未満にしようとしています。また高額な特許出願費用を賄うため、ライセンス供与件数を100件以上、企業との共同研究による収入を3~5百万ドルほど追加しようと、現在、取り組みを強化しています。

直面する課題としては、評価チームの再編成の問題があります。従来は、発明の大半は生命科学と物理科学に二分されていましたが、最近の傾向として、部門横断的な発明が多くなり、1人の係員では対応しきれません。例えば医療装置は、医療はもちろん、エレクトロニクス、機械部品の知識もないと対応できません。そこで今までの技術重視型から産業界重視型のチームに再編成し、係員がグループとして評価を行うようにしました。

もう一つは、スタッフのモチベーションの問題です。技術移転活動は、発明の商品化まで考えると非常に長期で、骨の折れる仕事の連続です。この長期プロセスにおいては、当然、スタッフの入れ替えもありますので、新スタッフには教育・訓練を行いますが、それが済んだかと思うと、再びスタッフの入れ替え・離職によって一からやり直しというわけです。大学は技術の変化と新需要への対応を方針としていますので、それに応えるには、どうやってスタッフのモチベーションを維持していくかを検討している最中です。


〈Q&A〉

Q:技術移転やベンチャービジネスに関し、政府から、どのような援助がありますか。

A:大学自身は政府から多大な援助を受けていますし、INTROにも運営予算の援助があります。しかし、現行のINTROへの援助は諸事情もありまもなく廃止されるでしょう。ただ、大学の知財活動に対してシンガポール政府は確かに大きな一歩を踏み出したと言えます。またこれらの援助とは別に、Pat-plusという高額な特許費用を肩代わりする支援制度もあります。


Q:スーパーマーケット・アプローチをもう少し具体的に説明していただけませんか。

A:スーパーマーケットの品ぞろえ、顧客の購買行動と同じように技術移転やライセンス供与も大学がそれらの技術に値段を事前に付けておき、訪れる顧客に、価格その他の条件を見てもらい、契約書にサインするか、そのまま何も買わず帰っていただくかというコンセプトです。このアプローチに該当する技術はいわゆる日本で言う「パッチパテント」(わずかな改良部分を何年間も保護してきたもの)で、すぐに販売できるものなのです。先端技術やプラットホーム技術は該当しません。このカテゴリー分けは慎重にする必要がありますが、真剣に実施したいと考えています。特に「パッチパテント」は、いわばバイヤー向けの特許で、現在のシンガポールの中小企業に好適だと思います。というのは、シンガポールの中小企業は現在、起業段階にあり、先行き不透明な初期の技術の一部を試用という形で使えるからです。


Q:知財に関する教育・訓練の効果はいかがですか。

A:非常に大きいです。従来、一部の研究者は奥まった研究室で研究に没頭するあまり、知財の何たるかを知らず、機密を簡単に話してしまいましたが、学部での巡回説明会を実施し、知財への意識が高まりました。教育・訓練は非常に重要です。