2005年10月号
巻頭言
顔写真

出口 俊一 Profile
(でぐち・しゅんいち)

(株)デジタルニューディール研
究所 代表取締役社長/(財)ベ
ンチャーエンタープライズセン
ターDND事務局長


新世紀の扉を開く牽引力となれ、産学官連携。軋むような重い歯車が、やっと転がったと見ていたら、たちまち加速し砂煙を巻き上げながら急転回している。しかし、それらを伝える新聞記事が少なく、やや腰が引けた感じに映るのは、少し理由がある。

元社会部記者という立場からすれば、産学官連携の「知」の最前線は、新しい研究成果の実用や地域連携の先進事例に溢れたニュースの宝庫である。が、現場に走れば、研究室と一口にいっても袋小路のようで目的の取材をかなえるには、膨大な時間がかかる。敷居が高くて見知らぬ研究室にちょっと寄りました、というわけにはいかない。研究といっても、ポストゲノム時代の研究から、わが国の基幹産業のひとつとして期待される燃料電池などの先端技術分野まで、数多くの未踏の領域に足を入れなければならない。その最新の技術が世界の競争の中で、どのような位置づけにあるか-を見極めるには、よほどの専門記者でないと難しく、少数精鋭の専門の科学部の記者だけでは、手に負えない。

新聞社のもうひとつの壁は、縦割り組織の弊害である。1000社*1を達成した大学発ベンチャー企業といっても、さてそれはどこが担当する? 企業は経済部、大学は文部科学省、そして、昨年夏、各紙の誤報の連鎖でひと騒ぎした大学発ベンチャーの未公開株問題は、社会部の範疇となってしまう。編集局の編成が、時代に応えられなくなり、微妙な歪みが出始めて見える。それがアダとなって、所定の手続きを踏んだ未公開株の譲渡を、問題あるいは事件とした記事の扱いは、困難な挑戦に向かう起業家らのマインドを萎縮させてしまう結果を招いていた。

大学はいま、研究・発明の知的な夢工場のようである。それが地域連携、企業との共同研究、ベンチャー起業、知財戦略、それらを有機的にひっくるめた大学経営全般、原点の教育と研究などの一切を抱えながら、新たな局面を切り開こうとしていることを理解してもらわないといけない。つまり大学それ自体が、知的社会の縮図であり、過去の多くの遺産や伝統を背負って、さらに斬新で革新的な未来図を描きながら進まなければならない。それらの大学群は、巨大な知識社会を構成し、日々、膨張し続けているのだ。記者クラブの広報に問えば、大学の実態がわかる-という時代では、すでにない。

産学官連携の新しい展開には、新聞社を含めたマスコミとのよりきめ細かい連携が必要となってくる。そのひとつには、大学が社会へ向けて、それらの動きを統合して伝える、広報サービス機能の設置を望みたい。いま、大学がどのように動いているのか、大学が地域へ、社会へとその研究成果を役立てようとする、その真摯な教官らの心意気をより多くの人に伝えてもらえれば、彼らがどれほど勇気づけられるか計り知れない。

取材記者の要諦は、「虫の眼と鳥の眼」と教えられた。現場からの視点と全体観、その両方が求められているのだが、現実はそれらがどんどん遠のいていく。俯瞰しても、その全体像が容易に見えてこないのである。それは、取材する側と情報を発信する側の両方の課題であり、私どもDND*2の取り組むテーマのひとつでもある。

*1
大学発ベンチャー1000社構想は、大学の「知」をビジネスの核として設立するベンチャー設立計画で、平成13年5月に経済産業省が発表、期間の平成16年度末までに産学官連携の総力によって1112社の設立が確認された。このうち上場企業が12社含まれている。DNDのサイト上の、大学発ベンチャー企業情報DBに550社余りの大学発ベンチャーの企業情報が公開されている。

*2DND
デジタルニューディールの略。新技術、新事業、新産業創出に関わるイノベーション促進のための技術交流サイトで、主に大学発ベンチャー起業支援に関わるサービス、情報の提供を行い、産学連携、知的財産、大学経営、IPO設立などに関する識者らからの企画連載も好評。登録(無料)ユーザーは8,300人、毎週水曜日にメールマガジンを配信。http://dndi.jp/