2005年10月号
産学官連携事例報告
納豆の糸がつなぐ未来
-納豆樹脂で大学発ベンチャーがブレイクするか?-
顔写真

原 敏夫 Profile
(はら・としお)

九州大学大学院農学研究院遺伝子
資源開発研究センター助教授/
株式会社ハラテックインター
ナショナル取締役


これからの日本における研究開発とは

九州大学兼業審査委員会に対して「研究成果活用企業の役員等の兼業」許可を申請し、平成15年2月9日付で役員兼業の承認を得た。九州大学TLOである(株)産学連携機構九州の指導のもと、(社)発明協会による大学発ベンチャー経営等支援事業の支援を受けて平成15年3月6日、有限会社ハラテックを設立した。この間、経済産業省マッチングファンド事業(平成14年度~平成16年度)に採択され、資金と実験スペース(創造パビリオン・インキュベーションルーム)が確保できたために起業化のめどが立った。

起業への歩みは決して平坦とはいえなかった。当社は、資本金400万円の有限会社として東京都に居を構えてスタートした。

本社の所在地を決めるにあたり、営業目的の妥当性に関し福岡と東京の両方の法務局であらかじめチェックを受けた。この手続きを「目的判定」と呼ぶが、地域差を実感した。

会社設立は平成15年3月6日。初年度は、大学発ベンチャー設立が目的で、2年目は「起業」から「企業」としての自立の時期と考えた。平成16年3月、本店を福岡市博多区に移し、名実ともに九州発ベンチャーへと衣替えした。

新たなる旅立ち

平成16年度中小企業庁スタートアップ事業に採択され、概算払い制度のため、ハラテックに対して代表者貸し付けを実施する必要に迫られ、利益享受どころか逆にリスクを背負い込むことになった。私は大学の教員であったため、兼業規定に抵触することから代表取締役は返上した。

平成17年11月、商法改正による「有限会社」がなくなる。ちなみに、現行の「有限会社」から「株式会社」への組織変更は最低資本金1,000万円の増資のあと、有限会社解散と株式会社登記手続きをとる必要がある。

取引銀行にて増資分の振り込み手続きをした後、福岡法務局で増資手続きし、平成17年6月29日、会社を株式会社化した。

当社は、納豆樹脂およびその関連商品の製造販売を主要業務とし、特に、保湿ジェル化粧品分野からの事業展開を目指す。基本理念は、技術とサービス、信頼と公正を基本理念に「大いなる安心」を提供することにある。

納豆樹脂事始め

納豆樹脂開発のルーツは25年以上前、筆者が九州大学農学部助手になった直後、オーストリアから20歳過ぎの女子留学生が日本の納豆研究のため研究室にやってきたことである。

これが契機となり約15年間は「納豆の糸はなぜできるか」を研究対象とし、納豆菌の中の特定の遺伝子が納豆の糸を作るのにかかわっていることを明らかにし、その遺伝子を使って納豆の家系図づくり、納豆のルーツ探しを行った。東南アジア各国から納豆らしきものを取り寄せ、納豆菌を使って照葉樹林文化圏の仮説センターが中国雲南であることを遺伝子レベルで証明した。いわば納豆の「過去」を研究対象とした。

その後、ナットウキナーゼや大豆アレルギーなど納豆の機能に関する、いわば納豆の「現在」を研究対象とした。納豆菌の遺伝子解析や機能解析を通して納豆の「過去」から「現在」へと実体のないバーチャル世界の飛翔を通して「ものつくり」に強く惹かれるようになり、納豆樹脂開発へとつながった。

納豆樹脂の特徴は、吸水性、生分解性および可塑性にある。納豆樹脂は水を吸収すると透明なゲル状になる。γ-ポリグルタミン酸はもともと納豆の糸なので食べることができ、自然界では微生物により分解されて水と二酸化炭素になる。生分解性は、ISO14855に準拠した微生物酸化分解評価装置を用いて発生する二酸化炭素を捕捉し、その重さから分解率を算出するが、30℃、通気下、2週間で80%以上が二酸化炭素になることにより、生分解能が極めて高い素材といえる。可塑性は、プラスチックと同じように加熱すると軟らかくなり成型加工できる性質を指す。

図1

図1 納豆樹脂合成時の照射線量による蜂の巣構
     造の比較

納豆樹脂の構造を照射線量40kGyと90kGyでそれぞれ合成した納豆樹脂を用いて、その蜂の巣構造を比較した(図1)。納豆樹脂を膨潤させ、凍結させた後、氷の部分を除くと蜂の巣状の六角形をした構造体(氷の抜け殻)ができる。吸水率が高い納豆樹脂(照射線量40kGy)の蜂の巣構造体の1つ1つの大きさは吸水率の低いもの(90kGy)に比べて大きな構造体になっている。この蜂の巣状の構造体の中に水が抱え込まれ、高い吸水性を示している。

なお、急性毒性試験、眼刺激性試験、皮膚刺激性試験、変異源性試験や皮膚感作性試験などの安全性試験を実施し、化粧品レベルの安全性試験はすでに終わった。現在、もう一段階高いレベルの安全性試験にも取り組んでいる。

清水の舞台から飛び降りた堆肥化促進剤の開発

平成10年、北海道の十勝農協から畜産農家が家畜糞尿処理に困っているので納豆樹脂で何とかできないものかと協力依頼があった。牛100頭が1日に出す糞尿量は、BOD換算で6,000人分の屎尿量の1日分と同じになるという。つまり、牛を100頭飼育している農家1軒が人口6,000人の町に相当する。

平成16年11月1日から「家畜排泄物処理法」が完全適用されて野積みは禁止され、屋根付き堆肥舎の設置が義務付けられた。畜産農家は今後処理コスト負担が要求され、後継者不足問題もあり畜産業を続けるか廃業するかの二者択一の瀬戸際に立たされている。

乳牛の糞尿2トンを1つの実験区として納豆樹脂10キログラムを用いた堆肥化試験に取り組んだ。実験時期をあえて極寒期の2月、最低気温がマイナス20℃以下になる時期に実施した。納豆樹脂10キログラムといえばかなりの価格である。しかも、糞尿の中に投入するわけだ。まさにドブの中に投入するようなものだ。

1週間後、現場の堆肥舎に行くと、一方は凍結して氷の山。他方は登るとブヨブヨして心許なく、表面を覆う厚さ数ミリの瘡蓋状の氷の層を剥がすと湯気が立った。糞尿混合物の品温は30℃に達し、よく観察すると微生物の生育が認められた。厳寒期の北海道で野積み状態の糞尿混合物が凍結することなく品温が30℃に達することは非常な驚きをもって現地関係者に受け止められた。

一方、温暖地での堆肥化モデルとして佐賀県東松浦郡肥前町上場地区で堆肥化実証試験を行った。実施農家ではオガクズと市販微生物製剤を使用した従来法では堆肥化に7~10カ月かかるが、納豆樹脂を添加した糞尿混合物はわずか2カ月で堆肥化が終了した。堆肥の完熟度を評価するための施肥試験として商品作物の栽培試験を「華クイン」というJA唐津でブランド化されたミニトマト栽培で実施した。生成した堆肥2トンすべてを用いた「華クイン」のビニールハウス内(6アール)での施肥試験であった。失敗すれば、ビニールハウス1棟分の収入がなくなるのとビニールハウス内の土壌交換が必要となりまさに生活がかかっている。2カ月発酵堆肥は果皮が厚く、成熟後のトマト表面のヒビ割れが減り、出荷増につながり結果は大成功。5カ月後、北の試験地、北海道大樹町の牧場で口にした。色付きもよく、真っ赤で、糖度も高く、かすかに土のにおいがした。

このことは大きな意味を持つ。納豆樹脂を水分調整剤として利用することで、生成する堆肥量の減量化と堆肥化促進効果が実証されたことになる。堆肥化促進剤としての実用化が期待できる。また、畜産農家にとっては高品質の堆肥製造と堆肥の販路確保が課題だが、納豆菌堆肥としてブランド化も夢ではない。

初めての商品化

納豆樹脂の量産化のめどは立ったが、依然として製造コストは高い。原材料となるγ-ポリグルタミン酸供給体制の確保が先決と考え、4年前、コラボレート先を国外に求めた。75トン用発酵タンク3基が平成17年内に完成し、年間数百トン規模の生産量が確保できるようになる。γ-ポリグルタミン酸は塗料、飲料用に事業化されているが、納豆樹脂の商品化はまだない。

平成16年4月19日、フルキャスト社より、テレビ通販専用化粧品として「エルゴラ」シリーズが初めて世に出た。納豆樹脂の商品化第一号である。本年6月発売開始から1カ月間の売り上げを7月中旬にはたった1日でクリアしたという。納豆樹脂の保湿力に起因するシットリ、サラサラ感が受けたという。皮膚への浸透性もきわめて高い。また、オイル、香料、顔料などとのなじみも良好。ちなみに保湿力はヒアルウロン酸の3倍以上と評価された。

ハラテックも納豆樹脂をベースとした保湿ジェル化粧品として「リファーレ」シリーズを商品化予定である。また、「平成16年度中小企業・ベンチャー挑戦支援事業のうち実用化研究開発事業」に「納豆樹脂を活用したアトピー性皮膚炎患者向け保湿剤の開発」が採択された。わが国の3人に1人がアレルギー症状に苦しんでおり、皮膚過敏症の方々の皮膚の乾燥を防止し、安心して常用可能な保湿剤の開発・事業化を目指している。

ハラハラ、ドキドキの事業展開の先にあるもの
図2

図2 ヘドロ・シードペレット(左)と出芽したシロ・
     クローバー



図3

図3 グリーン・リサイクルシステム

納豆樹脂は、新しい商品の開発にとどまらず、地域貢献と地球規模での循環型社会の構築にも大きく貢献できる可能性を秘めている。それらの構想とは、

1. エコロジーランド構想
循環型社会の構築に向けて、地域社会の中で具体的な活動拠点(エコロジーランド)の形成
2. グリーン・リサイクルシステム構想(図2図3参照)

肥沃な表土が流失し、やがて閉鎖水域に流れ込み、そこが富栄養化する。その結果、有機物がヘドロとして水底に堆積する。ヘドロをP(リン)やK(カリウム)、Mg(マグネシウム)を含む有機物と考えれば、厄介なヘドロも未利用資源へと変貌する。河川、湖沼、ダム、港湾などの閉鎖水域で発生する浚渫ヘドロを植物栽培基材とし、植物の種子を混ぜ、納豆樹脂を接着剤兼保水剤として利用し、ヘドロ・シードペレットを調製し、山岳地帯、高速道路やダムの法面などの緑化や砂漠の緑化資材として乾燥地での食糧生産にも貢献できると考える。