2005年11月号
特別寄稿
産学官連携における官への期待
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山口 佳和 Profile
(やまぐち・よしかず)

(独)産業技術総合研究所
研究環境整備部門 部門長



1. はじめに

筆者は、長らく「官」にいて「産」を振興する仕事に多く携わってきた。その代表的なものは、産業技術の研究開発を行う国家プロジェクトの推進であった。就職して駆け出しの頃に国家プロジェクトの仕事でしばしば耳にした言葉は、産学連携ではなく、「産官連携」であった。「産」と「官」が連携することが重要であり、「学」は有識者としてそれを支援する立場とされていた。

現在では、「産学連携」が経済活性化のためのキーワードとして声高に叫ばれている。「産」と「学」が連携の当事者であり、「官」はそのための環境を整備し支援する立場とされている。新しい技術シーズを創出するイノベーションのプレーヤーとして、学への期待が大きく高まった。しかし、産と学は本来その目的や性格が大きく異なっており、連携は簡単なものではない。その行く手には多くの課題が横たわっており、産学連携を支援する官の役割は大きい。

以下では、産学連携の課題として感じていることと、課題解決に向けた官への期待について述べる。なお、本稿はあくまでも筆者個人の意見に基づくものであることを、ここに注記しておく。

2. 学の知的財産ビジネスモデル

知的財産の機関帰属と知的財産事業(知的財産本部、TLO)がスタートした。文部科学省や経済産業省からの資金援助で学の知的財産事業は辛うじて支えられているが、資金援助が終了した時点で立ち行かなくなるのではないかとの懸念がある。知的財産は、機関帰属にさえすれば直ちに収入が得られるというようなものではない。収入が得られるような優れた特許を得ようとすれば出願費用や人件費が膨らんでいくが、学の特許はなかなか収入に結びつかないのが現実である。

知的財産事業に要する経費(人件費、特許費用など)と知的財産から得られる収入(実施料収入など)は見合っているのだろうか。あるいは、共同研究の創出に役立つことなどの事業の存在意義が認められていて、不足する資金が別に捻出できているのだろうか。投資に見合う成果が得られ資金の回収ができて事業を継続させていけるか、というビジネスモデルの問題である。今は赤字であるとしても、将来はどういうビジネスモデルが成り立つ見通しなのだろうか。

筆者は機会を見つけては学の関係者にどんなビジネスモデルを目指しているかとの質問をぶつけているが、明確な回答は今のところ得られていない。中には、機関帰属の原則を事実上放棄しているに近いケースも見られる。このまま行くと、「知的財産は大学にとってお荷物である」ということになりかねず、さらにはこのことが産学連携全体のブレーキになる可能性があると懸念される。

以上に加えて、いわゆる不実施補償の問題は、学が知的財産を扱うことを一層困難にしている。基礎的な研究成果が中心の学の知的財産について多額の補償が取れるかどうかは疑問であるが、一律に不実施補償はしないというのでは学の立場は非常に苦しいものになってしまう。共有の知的財産が共同の投資の結果創出されたものであって、自らは事業化を行わず他に見合う収入を得る手段がないとすれば、不実施補償を契約条件として主張することは十分あり得ることである。ただし、補償額をどう設定するか、あるいは、契約条件の1つと考え契約全体でどうバランスさせるかについては、当事者の個別の交渉で決定されることである。この問題について、産の柔軟な対応を期待したい。

どんなビジネスモデルになるにせよ、学の知的財産事業が成り立っていくためには、知的財産社会、すなわち知的財産が尊重される社会になることが前提である。力が弱くても知的財産を創出した者の権利が守られるとともに、知的財産が円滑かつ迅速に、さらに言えばビジネスライクに取引される社会になることが重要である。「特許は出願せずノウハウとして保護するしかない。体力のない中小企業では大企業相手に争っても勝ち目がないからだ」という中小企業経営者の話を聞いたことがあるが、こうした状況は改善されているのだろうか。

官に対しては、強力なプロパテント政策の推進を期待する。ただし、プロパテント政策によって学の知的財産収入が容易に増加するとは限らず、自らは事業化をしない学が知的財産を扱うことには限界があると考える。学に対しては、条件次第で早い段階での知的財産の譲渡を検討するなどの契約の柔軟性と、どんなビジネスモデルを目指すのかという戦略の明確化を期待したい。

3. ビジョンを共有した産学のWin-Win関係

「顧客は産であり、学は顧客ニーズへの対応を優先させるべきだ」との考えが一部に見られる。「資金を出しているのだから何かをやってもらって当然だ」との意識が日本社会では強いことも背景にあると考える。しかし、産と学の双方がそれぞれの目的に照らしてメリットがあり満足できるというWin-Winの関係が必要である。資金提供をしてサービスを受けるという一方向的な関係だけでは長続きはしないし、これまで産と縁遠かった学の構成員においては、産学連携へのアレルギーを引き起こすことになりかねない。

産はあくせくして短期的な利益の追求に走り、学はのんびりして出口が明確でない研究に走りがちであるとよく言われる。このことは、それぞれの目的と性格から見れば、ある程度は仕方がないことであろう。そこからどうやって共有できる目標を設定し、共同で実施できる事業を形成できるかが重要である。

産と学が共有できるビジョンがなく、イノベーションモデルがなかなか形成されないことに問題がある。日本としてはキャッチアップ型からフロントランナー型への転換が求められており、欧米諸国をモデルとすればよかった時代は終わっている。日本の産と学が協力して新たなモデルを創出することが求められている。

官に対しては、各分野での技術のロードマップの作成・提示を期待する。長期的な社会的課題の解決を目的として、短期から長期を見通して、どの時点でどんな技術が必要になるかというシナリオを作成する。作成にあたっては産と学の協力が必要であり、逆に、産と学の参加には重要な意味がある。ロードマップは産と学が共通に議論できるプラットフォームとなり、ビジョンの共有に役立つことが期待できる。

4. 産学連携推進機運の継続性

産学連携がブームになっており、産学連携によって何を目指すかよりも、産学連携に乗り遅れないようにすることが目的になってしまっているケースが見られる。内容はなくてもとりあえず締結してしまう産学の包括協定、内容が重複しているのに国、自治体、公的機関がそれぞれ開催してしまう官の産学連携イベントは、その例である。

一方で、産学連携イベントに産の参加が得られないという例が多く見られる。学と官ばかりが集まり、産はイベント参加のメリットを感じてはいない。産学連携をやってみたけれども「学にはもう期待しない」とするケースも見られる。これでは、産学連携は一過性のブームとして終わってしまうことが懸念される。

表面的なイベントではなく、実質的な活動の積み重ねが必要である。厳正な評価を行って見合う成果が得られないイベントは見直しをするとともに、成果が期待できる活動に資源を集中していくことが重要である。成功が次の成功を生む一種の連鎖反応に到達するまでには、まだ時間がかかると考える。それまでは、産学連携の推進機運が継続していることが必要である。

官に対しては、産学連携を支援する科学技術政策の継続を期待する。財政状況が苦しい中であっても、経済活性化の原動力は科学技術である。そして、科学技術を効果的に産業や社会に結び付ける方法が産学連携である。フロントランナー型を目指す日本のイノベーションのメカニズムとして、産学連携は不可欠なものとなっていることを強く訴えたい。

5. 最後に

官への期待に関連して、普段産学官に対して感じていることを述べさせていただいた。関係の方々からのご批判をいただければ幸いである。また、本稿が産学連携推進の一助となることを期待している。