2005年11月号
海外トレンド
ドイツの産学連携機関アンインスティテュート:科学の産業化のための近道
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ヨアヒム・ブッデ Profile
(Joachim Budde)

ディプロム・ジャーナリスト




アンインスティテュート(大学内もしくは大学周辺に所在する産学連携のための研究機関。以下アンインスティテュートと呼ぶ)とは

1980年代の初めは、ドイツの低山岳地帯の1つであるザウアーラントに大きな変化がもたらされた。この地域は何世紀もの間金属加工に依存してきたが、1980年代に入り中規模のこれらの企業が合成化学工業に転身していったのである。これらの企業の自前で調達できない技術は多量に外部から投入する必要があった。「こういった企業は改革に取り組んでいたが支援が必要な状態で、したがって当大学に協力を打診してきた」と当時イザーローンの応用科学大学の学長、Wulf Fischer教授は振り返る。技術的な研究を一社でやるには費用がかかり過ぎるが、各社が集まることで、ノルトライン=ヴェストファーレン州初のアンインスティテュートに資金を供給できるようになったのである。応用科学大学内に設けられたアンインスティテュートは「ノルトライン=ヴェストファーレン中小企業のための合成化学研究所(KIMW)」と名づけられた。

Fischer教授によれば、アンインスティテュートは産と学をつなぐもので、知識移転と応用研究を行う。制度的には、アンインスティテュートは高等教育機関の一部ではないが、実際にはそれとかなり緊密な関係がある。両者は、例えば組織、職員配置、施設などで、一定の協力を行う。詳細は個々のアンインスティテュートと当大学との間の協力協定の中で個々に決められている。各アンインスティテュートは、民法による会社であったり、登録組合であったりというように、それぞれ制度的に異なるため、協力協定もそれぞれ多少異なる。大学の一部と言えるものもあれば、大学の所在から離れているものもある。これらの協定の法的根拠も、ドイツ連邦各州の教育・大学政策によりさまざまである。ドイツでは、ベルリンの連邦政府は教育・大学政策の法的枠組みを定めるだけで、その中身については各州が独自に作っている。

アンインスティテュートの職務は、応用研究から市場志向の製品開発まで、工業に関係する広範な分野での研究を行う。近年、大学の中や複数のアンインスティテュートの間、あるいはアンインスティテュートと学外の組織との間でさまざまな提携事業が始まっている。特に研究プロジェクト、共同研究センター、移転ユニットの中で連携が行われており、それは科学者とその研究成果の活用を希望する団体の双方が関与するプロジェクトの中で、新しいアイデアを早期に実用化しようとするためである。

アンインスティテュートのメリット

こうした連携は、大学・産業界双方にとって有用である。大学は応用研究に対して、第三者資金を獲得できる。RWTHアーヘン大学のToni Wimmer広報部長は、「アンインスティテュートは産業界と研究を結び付ける便利な方法である」と語る。ちなみに、技術系のアーヘン大学と提携するアンインスティテュートは10団体に及ぶ。

アーヘンでのアンインスティテュートの歴史は、1950年代の「ドイツ羊毛研究所」の設立に始まる。この研究所は当初羊毛の研究を行っていたが、1963年にはインシュリンの化学合成に初めて成功した。今日では繊維技術における先端材料、バイオ材料、高分子材料、機能性ポリマー、界面化学、ナノテクノロジーなど、その研究対象を拡大している。ケルン大学に関連するいくつかのアンインスティテュートのルーツは古く、1920年代までさかのぼる。一般に、経済的な関心が高い工業、医学、経済の分野でアンインスティテュートが設立されることが多いが、人文科学系が対象になることはめったにない。

大学が享受するもうひとつのメリットは、「大学には多くの制約があるが、アンインスティテュートにはそれがない」ということである。例えばドイツ法では、大学は経済的なリスクを冒す行為は禁じられており、準備金を貯めることさえできない。しかし前述のWulf Fischer教授によれば、ある研究所が企業からプロジェクトの注文を受けたとしても、企業は成果が納品されるまでその研究所に支払わないので、その研究所は必要な研究資金をあらかじめ用意することができない。ところがアンインスティテュートは、民法による法人として、これが可能なのである。

また、大学が通常行う基礎研究の他に、普通の大学研究所ではアプローチないし参画できない研究分野にアクセスすることができる。このような研究から通常の学術的業務への科学的還流が確実にできるよう、アンインスティテュートの所長は大学の通常の研究所教授を兼務している。

アンインスティテュートと大学との関わりとは

RWTHアーヘン大学のToni Wimmer広報部長は、「研究者は、専門知識を駆使して産業界のために解決法を探し出す手伝いをするとともに、産業界から得た知識をすばやく学生の指導に取り入れる。その結果、専門と実用とが緊密に結びつく」と言う。

さらに、大学学長はアンインスティテュートの業務を管理する監督委員会の委員長を務める。ドイツの大学およびその他の高等教育機関による任意団体であるドイツ校長会(GRC)によると、大学は、アンインスティテュートが必ず科学的職務を果たすこと、独立を守ること、関連する大学と絶対に利益を張り合わないことを確認しなければならない。ちなみにGRCは科学・教育政策における高等教育機関の利益代表である。

アンインスティテュートと産業界との関わり

産業界はそのニーズや関心に合わせて研究の方向を決められる。企業はプロジェクトの目的を決定し、研究成果を直接事業に投入できる。したがって、研究は極めて応用志向の強い、産業界の要求を満たすものとなる。

アンインスティテュートから応用研究分野で資格をとれるので、学生や院生にとってもアンインスティテュートは魅力がある。RWTH大学のToni Wimmer広報部長は、「院生は具体的なプロジェクトに参加しながら学位論文を書くことができると同時に将来の就職先かもしれないアンインスティテュートの協力企業と知り合えるので、そのプロジェクトをキャリアの出発点として利用できる」と言う。

これはザウアーラントの企業家たちが合成化学研究所(KIMW)を設立したもうひとつの理由でもある。この地域は若者にとって魅力ある町とは言えない。特に高学歴の若者は大都市や気候の穏やかな地方に流れてしまう。アンインスティテュートを使えば、これを通じて学生が企業のために働きながら試験論文を書く機会を提供できるため、学生たちの知識をこの地域につなぎとめられるのである。

応用科学大学にとってのアンインスティテュートの役割

アンインスティテュートは、ある点で応用科学大学にとって特に関心が高い。高等教育機関は、元来大学院生に資格を与える権利を持たず、専門家でないわずかの教職員と若手の科学者がいるだけだった。ドイツの応用科学大学は1970年代初めに作られたが、これまで存在していた技術系、経済系、教育系の教育機関をベースとして、その伝統を受け継いだものだった。このため研究は当初ほとんど行われず、教育を主な職務としていた。州によっては、教育に直接関係する研究しか許されないところもあった。

しかし今日では、応用科学大学は応用研究開発分野での重要度がますます高まっている。応用科学大学には実践重視、地域密着という二つの利点があるため、産学連携の要となっている。特に自前の研究開発部門を持たない中小企業にとって、応用科学大学は価値あるパートナーである。応用研究開発プロジェクトで応用科学大学の重要度が高まったため、資格付与という面での役割も改善されてきた。この点でアンインスティテュートは重要な役割を果たしているといえる。

アンインスティテュートの陰りの部分

Wulf Fischer教授によると、ここ数年大学ランク付けの基準が変わってきており、大学が成功しているか否かの評価の際の経済的要因が重要度を増している。また公的資金の獲得競争も激しさを増している。Fischer教授が1995年創立のボン・ライン・ジーク応用科学大学内に、まだひとつもアンインスティテュートを設置していないのはそのためである。教授は、アンインスティテュートでの研究開発、その第三者資金、発明、特許が、この若い大学での成果として考慮されず、大学の実績評価から除外されてしまうことを恐れている。もうひとつの理由は、ボン地方には中小企業が少なく、また大企業は容易に自己資金で研究プロジェクトをまかなうことができるからである。だからといって教授はアンインスティテュートを全面的に否定しているわけではなく、「もし何らかの理由でアンインスティテュートの設立以外に資金を得るめどが立たなければ、もちろんアンインスティテュートを創りますよ」と語っている。

この流れは続いている。全体的な経済困難の結果、公的予算が縮小されているため、高等教育機関は新たな研究資金源探しを強いられている。Wulf Fischer教授は、「われわれはより多くのより優れた学生を、より速くより安く社会に送り出すことを求められているのです」と話す。科学研究の質を高め、この分野での競争を促進させ、国際志向を強めるために、大学の法的枠組みに変更が加えられるであろう。Fischer教授によれば、政府は大学により大きな責任を負わせ、より大きな経済的冒険をさせることを計画しているそうである。大学はまもなく法人企業のパートナーとなることが許される見込みである。そうであるとすれば、アンインスティテュートでの経験は、大学にとって効果的な訓練といえるだろう。