2005年11月号
海外トレンド
(独)科学技術振興機構 主催 技術移転セミナー 講演(平成17年3月23日開催)
ケンブリッジ大学における技術移転活動
顔写真

デビッド・プロバート Profile
(Dr.David Probert)

ケンブリッジ大学技術経営
センター長 上級講師



はじめに:英国の事情

お招きいただきありがとうございます。本日はケンブリッジ大学での技術移転の経験をお話ししたいと思います。その前に英国の状況を見ておきましょう。英国では、大学の伝統的な目的は教育で、社会に有意義な技能を持つ卒業生を送ることでした。ケンブリッジ大学でも、研究がその目的に入ったのは、800年の歴史のうち、ほんの100年前に過ぎません。また約10年前から、社会貢献が大学の目的に加わり、その目的は全大学の任務であるとして政府は大学に課しています。この第3の目的は非常に新しいもので、現在、その効率的実施方法を各大学が模索している状況です。

制度的には1997年の特許法改正で、発明は研究者個人から雇用機関(大学)の所属となったことが大きく、そのため、大学はその発明をいかに活用すべきかが課題になりました。もう一つ画期的な出来事は、1986年、BTGグループ*1による研究成果(知的財産)の独占が、サッチャー政権誕生によって、終わりを告げたことです。当時はBTGは研究成果である知的資産を活用していなかったと思います。ほかにもいろいろな改革および、英国史上最も有能な科学大臣セインズベリー卿の提言(研究や教育と並び知識移転も奨励し、その財源の確保の必要性を唱えた提言)などもありましたが、1998年、教育白書で初めて、技術移転活動のための財源の必要性が指摘されて、以後、技術移転の目的で大学に多額の公的資金が投入され始めました。そして2003年末のLambert Review*2という英国の産学官連携に関する分厚い報告書が出され、そこで産学官の協力が実現できれば巨大な可能性があること、そして援助の拡大が必要であると指摘されています。実際に、英国では現在、この報告書の指摘どおり恒久的な財源がつくようになりました。

ケンブリッジ大学では:ケンブリッジエンタープライズが主体で
図1

ケンブリッジハイテクビジネスクラスター


図2

ケンブリッジ大学写真

ケンブリッジ大学は、昔からの農業地域にあり、特に工業は発展していません。しかし、ケンブリッジの周囲には、Autonomy(検索エンジン) Plastic Logic(半導体ポリマー) ARM(マイクロプロセッサ)など約1,600社のハイテク企業が集積しています。また技術コンサルタント会社も多く、大学、企業を相手に活躍し、3者は交流を深めています。この交流はケンブリッジに人的資源が豊富であるためだと思います。

ケンブリッジ大学は国際的に見て、決して大きな大学ではありませんが、歴史が長く、科学的発見で名を挙げた人が大勢おり、これまでの発見の活用もある程度進んでいます。

学生の20%が海外からの留学生で、最新の研究収入は約2億5,400ポンドです。また昨年の大学の財政規模は約5億ポンドです。研究資金の出所は政府、企業です。最近の研究は主として、伝導性ポリマー、単クローン抗体などです。伝統的にケンブリッジ大学は科学の発見、開拓が盛んでした。現在、ハイテク企業集積地域で果たすケンブリッジ大学の役割は変化している最中です。10年前までは、技術移転活動は計画性もなく場当たり的で、資金も不足していましたが、最近は組織化し、焦点の定まった活動にしようとしています。そのための組織としてケンブリッジ・エンタープライズ(Cambridge Enterprise、以下CE)ができました。ここが技術移転活動すべてを取り扱っています*3

CEは、起業を奨励し、起業家を教育するアントレプレナーシップ・センター、技術のライセンス供与と移転に責任を負う技術移転事務所、大学チャレンジ基金とキャピタル基金があります。また大学内に以前から、ケンブリッジ大学技術サービスがあり、これとCEのサービスを自由に選択できるようになっています。

図3

ケンブリッジ大学収入

CEは、ケンブリッジ大学の発明者、イノベーター、起業家への援助を目的とするので、彼らのアイデア・構想を商業的に成功させることは確かに英国社会・経済にとっても重要ですが、この種の議論をする際、とかくライセンス供与に議論が集中しがちです。しかし、人材の交流と卒業生の移動、すなわち地域での雇用も非常に重要な目的の一つです。

起業に関して、ベンチャーを発展させるための一連の支援があります。起業の可否の最初の評価基準は、ケンブリッジ大学に関係すること、ハイテクであることです。その後、幾つかの評価を経て、起業には向かないと却下されれば、それは速やかに発明者に伝えられ、場合によっては、その起業に関し他の支援者を紹介することもあります。また採用となれば、CEの編成による完全サポートチームが事業展開に当たり、事業の検証、準備、開始、成長の各段階で、発明者はCEのサポートを期待できます。

投資に関しては、CE自身が資金を持っていますが、それほど大きな額ではないので、投資を審査する独立機関University Ventures Boardへの申請手続きの援助を行っています。

図4

起業に至るまでのプロセス

コンサルタント活動は、もちろんCEも行い、交渉の手助けもしますが、ケンブリッジ大学の場合、研究者個人が、時には私人としてコンサルティング活動を行えることが特徴的であるといえます。研究者は自分の研究、講義、管理の義務をきちんと果たしていれば、コンサルティング活動に対する時間的制約は課されません。CEは、研究者が大学の名のもとにコンサルタント活動を行う場合、専門の責任保険を提供します。

起業のためのトレーニングに関しては、CEは起業学習センターと協力して行っています。同センターは大学内の経営研究所に置かれ、起業活動全般の教育をします。中でもCEは事業計画コンテスト-大学の学生を対象に行われ、最優秀事業計画には5万ポンドの賞金が授与されるものですが、この実行に深く関与しています。

外部・業界との協力関係構築では、CEはCorporate Liaison Officeと密接に協力し、企業が大学内の技術を発掘する援助をしています。ほかにも例えばケンブリッジ・エンタープライズ・会議や事業計画コンテストを開いたり、ケンブリッジ大学と米国のMITが共同で行う特別ディナーなどを催します。また業界の指導者が自発的にCEと協力していただき、新しいベンチャー支援や寄付講座、企業での実習、技術展示会等が行われています。ちなみに共同研究資金としてCEは既に2,000万ポンドを集めました。

CEは、今後5年間でスピンアウトする研究者・企業とライセンス収入を2倍にするという野心的な目標を掲げています。一方、CEは製造工学研究所(Institute for Manufacturing)の内部組織なのですが、同研究所では産業界との間で人材の移動が非常に盛んです。例えば学生は一度、企業へ出て、また研究プロジェクトや技術移転プロジェクトなどで大学に戻ったりということです。同研究所では製造工学に関する教育・研究を行いますが、技術経営センターでは、経営者がさらに効率よく技術を利用できるツールを提供することで、製造業者の成長と競争力増強を助け、より効率よい富を生み出すことを狙っています。

最後に

技術移転活動はケンブリッジ大学にとって非常に重要であるとの認識が、日々強まっています。しかし冒頭に申し上げたように、技術移転活動は大学にとってはまだ新しい活動で、変化と向上の途上です。私たちは米国、日本、そしてアジアと、あらゆる場所にそのアイデアを求めています。今回の講演会のように、新しいことに挑戦する人々のアイデアを交換することは、技術移転活動にとって非常に重要なメカニズムだと思います。

ご静聴ありがとうございました。


<Q&A>

Q:ケンブリッジ周辺にある約1,600社のハイテク企業の規模はどの程度ですか。

A:これらの企業は一般的に極めて小さい規模です。そして、これこそ、ケンブリッジ地域が直面し、取り組んでいる問題と言えましょう。例えば大学発ベンチャーの場合、従業員数が5人、10人、15人と増えると、それだけ企業の価値は高まったとみなされ、国際的大企業に買収されることが起きましょう。そうなると、その企業自体が必ずしもケンブリッジ地域の雇用拡大をもたらすとは限りませんし、また英国経済全体から見れば、そういった企業が国際的大企業に買収される前に英国内で大きく成長するほうが好ましいのです。もっとも、ケンブリッジ大学の技術・アイデアがスピンアウトして、市場に出たという意味では成功事例とも言えるので、そこは見方の問題とも言えますが。


Q:CEが掲げた今後5年間の目標は企業としての約束ですか。また実現の見込みは?

A:これは自ら課した目標で、組織として達成したいと願っているものです。もし達成されなくても、大学が制裁を科すとは思いませんが、何らかの改革は求められるでしょう。最近の実績は、方向として、この目標設定は正しかったことを示しています。


Q:CEにとっての「顧客」は誰でしょうか。

A:ケンブリッジの研究コミュニティーです。このコミュニティーを大事にしなければ、CEはうまく働かなくなりますし、逆にCEが、このコミュニティーをうまく活用すれば相乗効果が得られます。さらに、技術移転先との本来の目標は、そのコミュニティーと深く関係する世界的な業界コミュニティーです。もちろん、中間に英国の納税者たちがおり、彼らは技術移転のために多額の「出資」をしているので、収益を期待しています。ただ、どういう順番で「顧客」を満足させるべきかを考えた場合、その顧客とは、研究コミュニティー、業界コミュニティー、そして納税者という順番だと私は考えています。

*1BTGグループ
British Technology Group
サッチャー政権下でBTGの独占権がはく奪され、大学等の研究費の大幅カットで、自活を求められたこと等により、各大学で、TLOの整備が進んだ。BTGは大学における公的資金による研究成果の権利化、実用化を独占的に担う公的機関で、1992年に民営化された。
(出典:http://www.meti.go.jp/policy/innovation_corp/subcommission/
14.4.25gaiyo.pdf

*2Lambert Review
http://www.hm-treasury.gov.uk/media/DDE/65/lambert_review_final_450.pdf

*3
本ジャーナル 9月号 産学官連携海外トレンド報告: ケンブリッジ大学 ケンブリッジ・エンタープライズ所長 ピータ・ヒスコックス著 「ケンブリッジ大学の産学連携を効率的に進めるケンブリッジ・エンタープライズとは?」を参照されたい。