2005年12月号
海外トレンド
工業の街から知の集積へ -深セン虚擬大学が挑戦する大学改革-
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古川 猛 Profile
(ふるかわ・たけし)

東方通信社 月刊『コロンブス』
編集長/天津外国語学院教育系
客員教授/東日本国際大学経済
学部客員教授


はじめに

中国で大学生といえば、「エリート」の代名詞だったが、それが大きく変わってきている。大学自身も競争社会で勝ち抜かなければ、厳しく評価されてしまう時代に。そんな変革期に深セン市ではまったく新しい教育改革に着手している。

中国大学教育の現状

少子化で学生確保に悩む日本の大学。文部科学省は、はやくも2007年度には「全入時代」に突入すると予測。また、日本経済新聞社のアンケート調査では、約700校ある4年制大学のうち、48校が今後5年間で経営破たんするという結果を明らかにしている。これらの対策として、日本私立学校振興・共済事業団は、清成忠男・前法政大総長を座長とする「学校法人活性化・再生研究会」を設置し、「破たん保険」の内容を具体的に検討している。

こうした日本の事情とは異なり、中国では1990年代初頭から大学の定員を拡大し続けてきた。1993年には253万人だった大学在籍者は、2003年には約4倍の1,108万人にまで増加。2004年度の大学受験者数は、過去最高の723万人(前年比110万人増)。しかも、農村部の受験者数は398万人となり、はじめて都市部の受験者数を上回った。たとえば10年前は、学生数が300人程度だった天津外国語学院は、今では7,600人に急増するほどだ。中国全体の大学進学率と教育水準が上がり、大学の経営面が大きく飛躍したことはプラスといえる。

しかし、適正に学生数を増やしているとは言いがたく、供給過剰に陥っている面も。そのため、かつては「エリート」と呼ばれ、国や地方による職場配属制度により100%の就職が保証されていた大卒生が、就職難に陥っている。

かつてはすべての大学が「エリート養成機関」として認められていたが、教育部(文部科学省に相当)が、研究成果や就職状況などを総合的に判断し、格付けし、その実力が公表されている。そのため、「名門」でありながら評価を落としている重点大学もあれば、大学発ベンチャーを輩出したり、企業との連携講座をすることで評価を上げている新興大学もある。

ちなみに、9月29日に天津市で「第1回日中友好の声全中国日本語グランドチャンピオン大会」(東方通信社主催)が開催され、大連外国語学院の弁士が優勝したが、こうした大会結果も格付けに大きく影響されるそうだ。とまれ、中国の大学も競争社会に突入している。

大学関連のプロジェクト

2004年3月、中国は教育プロジェクトとして、「2003~2007年教育振興行動計画」を発表し、農村教育の振興と世界水準の大学づくりを目指すことになった。具体的にいうと、農村教育の振興では、2010年までに義務教育の未実施地域をなくすことを掲げ、世界水準の大学づくりでは、北京大学、清華大学、復旦大学などの大学に重点的に投資する「985プロジェクト」(1998年から実施)や各大学の教育水準を高める「211プロジェクト」を実施している。さらに、世界水準の実験室や研究センターを創設し、研究成果の産業化を計っている。

2004年2月には、テレビ、インターネット、衛星放送などを活用して農村の若者にも高等教育をほどこす「一村一名大学生計画」を発表。8,000人の学生を募集し、同年秋よりスタートした。このプロジェクトは、教育部直属の中央ラジオ局、テレビ局、大学などが中心になって、地方の放送局、大学に教育プログラムを配信するもの。受講生は、課程を修了し試験に合格すれば、高等教育専課の卒業証書(非学位)が取得できる。教育部では、2009年までに20万人以上の学生を入学させる考えだ。

研究都市を目指す深セン市

政府が打ち出す教育振興政策を受けて、地方都市では地元大学を中心にして研究促進をはかっている。とくに盛んなのは、“校弁企業”と呼ばれる大学発ベンチャーの促進だ。日本では、経済産業省が2001年に掲げた『大学発ベンチャー1,000社計画』を2004年度にようやくクリアしたばかりだが、中国の大学は日本よりもはるかに進んでいる。

たとえば、北京大学が母体となって1988年に設立した「北大方正」は、関連会社43社、従業員約1万5,000名、売上高約3,000億円を誇る中国最大規模のソフト企業グループに成長。また、清華大学の「清華同方」は1997年に上場を果たし、1,000億円近い売り上げを誇っている。産学連携も盛んで、東北大学(遼寧省瀋陽市)と日本のアルパイン(東京都品川区)が合弁した「東大アルパイン」のように連携し、上場した企業も。

これに対して、深セン市では1999年から「深セン虚擬大学園*1」という組織を立ち上げ、他都市にはない手法で研究集積地を目指している。そもそも深セン市は香港に近いこともあり、世界中の生産工場が集まっているにもかかわらず、大学といえば深セン大学ぐらいしかなかった。そこで、各地の有力大学から分校を誘致することに。さっそく、北京大学、清華大学、南開大学、ハルピン工業大学など18校が集まった。そもそも“虚擬”とは「バーチャル」の意で、99年の設立時はインターネットによる連合組織を目指していたが、その後、オフィス棟を建設し、各校が連絡事務所を開設している。

現在では香港の大学、研究機関なども含めて43校に増えており、また科学技術部、教育部の批准を経て、22.6万m2におよぶ「深セン虚擬大学サイエンスパーク」の建設も果たした。

深セン虚擬大学園での教育

では、深セン虚擬大学園では、どのような教育が行われているのだろうか。参画機関のひとつで、中国トップクラスの研究機関である中国工程院の陳氏は、「社会人への教育が中心で、仕事をしている人でもネットを活用したり、土日に開講したりして、学びやすい環境をつくっています。北京大学、清華大学、中国工程院など、それぞれの大学が独自の受講コースを設けており、深センに居ながらにして有名大学の講義を受けられるのが魅力です。学位とは異なりますが、一定の講義を修了したことを示す証明書が授与されます。再学習したいという社会人のニーズを満たすことができていると思います」と話している。試験については、各校でまちまちだが、中国薬科大学の楊治華氏によれば「基本的には10月に筆記、課題提出といった試験を行っている」という。 講義内容については、参画校の中で中核を担っている北京大学を例に見てみる。北京大学では、深セン市政府と香港科技大学と共同で「深港産学研基地」という研究施設を建設しており、バイオテクノロジー、光ファイバー通信、環境保護技術といった産業プロジェクトを積極的に推進している。

傘下にある「深港産学研知能交通産業発展センター」では、中国でいち早く自動車用電子タグとコンピュータネットワークを利用した深セン区域交通管理システムを導入。高速道路料金自動支払いシステム(ETC)、出入国港管理、保税区の車輌管理などを実現している。

また、ハイレベルの人材育成、教育活動にも熱心で、大学院、高級研修、学部、聴講の4つの教育コースを設けている。大学院コースで学べる課程は、北京大学による金融学、行政管理、世界経済、応用心理学、経済法、MBA、香港科技大学による科学技術管理(MTM)など。高級研修コースは、行政管理、プロジェクト管理、財務管理、人的資源管理、医院管理、不動産開発、コンピュータ応用技能などである。学部コースは、北京大学による通信教育、法学、金融学、国際経済、貿易、行政管理、中国文学、コンピュータ技術など。聴講コースでは、産学連携および各種テーマで開講されている。2003年から2004年までの2年間で、教育を受けた学生は延べ5,302人余りで、内訳は政府幹部が261人、企業幹部が533人、聴講生が1,000人、専門技術員が3,608人となっている。

最後に

以上、深セン虚擬大学園のアウトラインをなぞってみた。そのまま特徴をまとめてみると、全国の大学の分校で構成されていること、深セン市という地方政府が積極的に展開していること、科学技術の研究開発を重視していることなどがあげられる。

図1

虚擬大学全エリア

ある産学連携の関係者によれば「中国の大学で理系を学んでいる学生数は、全大学の10%前後といわれ、10%前後が不足している」といわれている。ちなみに、日本の30%に比べると低く、「中国では伝統的に技能者の海外流出が多く、それが悩みのタネ」という声もある。

そういった意からも理工系の充実やモノづくり人材の育成は、技術大国・中国を予感させる試みではないだろうか。

*1深セン虚擬大学園の参画大学・機関
北京大学(北京市)、清華大学(北京市)、北京郵電大学(北京市)、北京理工大学(北京市)、中国地質大学(北京市)、中国科学技術大学、(北京市)、中国人民大学(北京市)、北方交通大学(北京市)、天津大学(天津市)、南開大学(天津市)、ハルピン工業大学(黒龍江省)、大連理工大学(遼寧省)、吉林大学(吉林省)、浙江大学(浙江省)、西北工業大学(陝西省)、西安交通大学(陝西省)、西安電子科技大学(陝西省)、武漢大学(湖北省)、華中科技大学(湖北省)、西南交通大学(四川省)、アモイ大学(福建省)、合肥工業大学(安徽省)、湖南大学(湖南省)、復旦大学(上海市)、同済大学(上海市)、上海交通大学(上海市)、華東理工大学(上海市)、重慶大学(重慶市)、南京大学(江蘇省)、東南大学(江蘇省)、中国薬科大学(江蘇省)、深セン大学(広東省)、深セン職業技術学院(広東省)、香港理工大学(香港)、香港浸会大学(香港)、香港科技大学(香港)、香港城市大学(香港)、法国里昂大学(フランス・リヨン)、中国社会科学院(北京市)、中国工程院(北京市)、中国科学院(北京市)