2006年1月号
特集  - 地域クラスター<北海道編>
サッポロにおけるIT産業の歴史とクラスター戦略
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高橋 昭憲 Profile
(たかはし・あきのり)

(株)データクラフト 代表取締役



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山本 強 Profile
(やまもと・つよし)

北海道大学大学院 情報科学研究科
教授/札幌地域知的クラスター本部
研究統括


札幌といえばサッポロバレーとして、情報産業の集積が行われていることが全国的に認識されていますが、知的クラスター創成事業でITを取り上げている経緯についてお聞かせください。

山本 札幌としてどういうテーマを打ち出していくかという会議において、ものづくりが筋肉だとすると、近代の社会システムの中において、ITというのは産業構造の中における神経系の役割を果たしているので、バランスがとれた地域産業構造をやっていくうえではITは不可欠だという話がありました。それはどこの地域でも同じですよね。札幌の場合には、幸い25年近い歴史とベンチャースピリット、それから地元の産業界の実績があるので、この戦略であれば競争に勝てるということを当然考えたと思います。

知的クラスターは競争事業であり、札幌ではどの戦略なら勝ち目があるかということを、これまでの実績を踏まえ考えたということです。

産業クラスター計画では情報産業クラスターを取り上げていますが、経緯についてお聞かせください。

高橋 北海道経産局では、今後の成長産業としてITとバイオを位置付け、「北海道スーパー・クラスター振興戦略」を立案されていますが、山本先生がお話しになったように、北海道のIT産業は四半世紀にわたる歴史があり、産業規模が3,172億円で約5%の成長、雇用創出の効果も高く2~3%あります。この間、バブル崩壊、さらに北海道は厳しい状況であったわけですが、他の産業が低迷している中で、IT産業だけは右肩上がりの成長をしてきたということが重要です。これを強化することによって、全体の産業に波及させるという期待がありました。

それから、北海道のIT産業のユニークなのは、パソコン系出身の企業が多いということです。アップルやマイクロソフトといったマイコン系のベンチャースピリットを持った企業が、1976年ごろにアメリカ、日本に数多く生まれましたが、そうしたものづくり型のIT企業がこの札幌には非常に多いということです。そのDNAが綿々と四半世紀にわたってつながっていて、昨今のものづくりが重視されている中で、ものづくり型ソフトウェアを地域の強みとして再度認識し、このユニークさを地域の比較優位性としてアピールする必要があるという議論が背景にありました。

現在のIT産業が発展してきた背景は「マイコン研究会」がベースとなっているのでしょうか?

山本 札幌でマイコンがなぜ大事かというと、それまで大型計算機の文化があったところに、マイコンが出現することによって、コンピュータ分野で先行していた人たちと学生とが同じスタートポイントから始められるという、そういう時期がたまたま25年前にあったということです。こういう技術エポックを札幌の社長連中や学生たちが、これはおもしろいと思ったわけですね。今でも思い出しますが、当時の本流のコンピュータの専門家の先生たちは、これはコンピュータとしては研究としてそれほど面白くないから、こんなものは大学で研究するようなものではないと言っていました。でも、それはその当時の常識感覚だったと思います。

逆に、そうなったがゆえに、マイコン研究会の意味が出てきました。たまたまかもしれないけど、目をつけた人たちがいて、それが札幌のアドバンテージになったということです。

クラスターは「房」があるというけれども、「幹」がないとクラスターにはならないんです。本州の方では大企業が幹になっていますが、北海道には大企業がないので、道経連とか道庁とかがそれにあたりますが、実際にはそうなっていないんです。北海道はこの幹から作っていかなければならないという難しさがあります。でも、房はあるということなんです。

サッポロバレーは長い歴史の中で、時代や新しい技術とともに変容してきているのですか?

高橋 マイコン研究会にさまざまな企業や人が集まり、現在サッポロバレーを代表するような企業群が生まれました。その後の時代の変化や技術の変遷によって新しいビジネスニーズが発生し、それに応えるように新しい企業が独立分化してきています。

ただ、四半世紀を経てもマイコン研究会時代の当時のマインドはみんなが持っていて、会社が独立したときにも変わっていないのです。だから、サッポロバレーの経営者は、知識もベンチャーマインドも通じ合うところがあり、競争しながらも協調する構図を持っています。ある産業振興の研究者がその遺伝子の連鎖する様を見てぶどうの房に似ているなと評されたことがありましたが、そのこともあって、サッポロバレーを産業クラスターと位置付けているのです。

事実、この25年の中に、当初、4、5社だったのが、50社近い企業がこの中で生まれました。新しいものに挑戦するというマインドを持っている起業者がこれだけ集中しているというのは、地域としての大きなポテンシャルだと思います。

産業界と大学の連携というのはどのようになっているのでしょうか?

山本 きょうの対談のときにこれは1つ言っておかなきゃいけないなと思ったことがあるんです。それは、産学連携のモデルというと必ずといっていいほど、大学に埋もれた技術シーズや知財を事業化してマネーに変えて、さらに地域投資を進めるようなイメージに固定化されているということです。しかし、技術分野によっては、このような知財移転型の産学連携以外の形もあると思います。実際、マイコン研究会のようなコミュニティ型(技術情報が流通する場をつくることによってできる)の産学連携というのは性格がかなり違うんですよ。

例えば、ウインドウシステムやインターネットなどの、今のIT社会を形づくっている根幹技術のほとんどが大学でないところでつくられている。それではIT分野における大学の役割って何なのかというと、情報を交換するためのハブみたいなもので、そちらの効果がはるかに大きいと私は感じています。

高橋 サッポロバレーは人と人とのつながりでこうなりましたという話をしても、クラスターモデルとしてアピールしないところがあります。しかしながら、人と人とのつながりの中から、いろいろな企業、事業、仕事が生まれるというユニークな札幌の事例は、クラスターの議論の中で大切にしていただきたいと思います。北大の果たした役割についても、先生と産業人や学生たちの人間関係があったからこそ企業が生まれ、サッポロバレーが誕生したのだという構造をぜひ理解いただきたいと思います。

情報産業クラスターの具体的な活動についてお聞かせください。

高橋 四半世紀の歴史の中で前半は親睦会のような業界団体がありましたが、産業全体を考えようという議論は乏しかったですね。ところが、北海道拓殖銀行の破綻などが一つのエポックですが、景気の低迷に伴って、ITに対する需要が減ったこともあり、金融の不安は企業経営にとっても深刻な問題になって、これを改善するためには、もっと産側も戦略的な視点を持った議論を進めないといけないと考えるようになった。その結果、営業力がなかったとか、技術開発力が乏しかったとか、マネジメントに対する認識が全くできていなかったということに考えが至るわけです。これらをどうにか解決しようという共通認識の中で北海道経産局の応援もあって「北海道情報産業クラスター・フォーラム」が生まれ、マーケティングやマネジメント能力、および技術力の強化策が考えられ、さらには他の産業との連携も進められています。現在、参加企業は298社にまでなっています。最近では、道内各地のIT振興組織との連携も図り、全道域の過活動になっています。

IT産業に対する行政との連携、支援などについてはどのようになっているのでしょうか。

高橋 道の外郭団体である(財)北海道中小企業総合支援センターには、通常の支援以外に起業家支援やVC(ベンチャーキャピタル)などITに対しては特別な考慮をして手厚く応援してくれる仕組みがあります。札幌市にも元気基金が創設され、IT産業が他の産業の高度化に資する重要産業ということで積極的に応援してくれています。これはやはり北海道経産局が情報産業クラスターの活動を積極的に推進していることが牽引役になり、他の自治体もそれに連動する形で、地域戦略としてIT産業の振興を頑張らないといけないということになっているためと感じています。

知的クラスター事業では「札幌ITカロッツェリア」に取り組んでいますが、その概要についてお聞かせください。

山本 知的クラスターのコンセプトは、可視化、「目に見えない、手に取れないソフトウェア」から「目に見える、手にとれる試作品製造基地」ですが、技術というのは、概念はわかるけれども、例がないから伝わらない。マイコン研究会で何がよかったかといった事例を見せたという経験から、知的クラスター創成事業の中でも札幌圏ではこんなことができるという例をみせようということが根底にあります。

経済活動の基本というのはやっぱり「もの」をつくることで、そのものがあるから付加サービスがついて、付加価値が出るわけですよね。クラスターの議論でいくならば、自分たちが幹をつくっておいて、それに対してどんどんサービスをつけていかないと、これから地域間競争で生き残っていくときに、表面的なテーマや話題だけの競争になってしまうという危惧があります。

だから、ITについても、ものをつくるときに必要な、ハードウエアやソフトウエア、デザイン、ユーザビリティというものを全部一貫したラインとして札幌の中にモデルプラットフォームをつくっていくということをやりたい。それは札幌圏のIT産業の他産業に対する貢献でもあるし、他地域に対して北海道で何ができるかを示す機会である。願わくは、そういったモデルが、この形はいいよねといって、札幌スタイルとして地域のプライドを示し、堂々と全国に飛び散っていってくれればいいと思っています。

具体的にはどのような内容の研究などを行っているのですか?

山本 知的クラスターというのは大きな事業なので、全体構想があって、ものづくりプラットフォームをつくる基盤技術の研究と、具体的にどんなものができるかという応用研究の2つから構成されており、それらが連携して研究活動を推進するモデルになっています。その中で、ユーザビリティ・ソリューション研究、それから、札幌の得意分野である次世代組込システム開発環境と次世代スタイリングデザイン手法研究の大きく3つのチームが基盤研究を構成しています。では、これが大学で全部できるのかというと無理な話で、地元の企業と連携をしています。そして、ここですごく大事だなと思っているのは、アクティビティーが大学に起こることではなくて、会社の人が共同研究員として大学の中にイコールパートナーとして入ってきて、大学のいろいろな環境を使ってアウトプットを出して、それが最終的には企業が製品化するものに反映されているということです。マイコン研究会がやってきた、大学と産業界とのイコールパートナーとしてのモデルというのは、知的クラスターの精神に大きく影響していると思います。

高橋 産側も、四半世紀前には、マイコン研究会という場で大学と非常に綿密な関係があったわけですよね。その後、幾人かの先生たちとの個別の共同研究の積み重ねはあったのですが、かつての濃密な関係が薄らいでしまった。そうした危機感があっただけにこの知的クラスターは、元々強固であった産学の関係を改めて再構築する上で大きな効果になったと我々も体感しています。例えばその一つとして、次世代を担う若い経営者や技術者たちが大学の先生たちと一緒になって、自分たちの企業のコアコンピタンスになるような成果を生み出そうとする活動も出始めています。知的クラスターによって、四半世紀の実績を再構築して、改めて飛躍するための技術プラットフォームやベンチャーマインドが力強く形成されているといってよいでしょう。そうした事が知的クラスターの非常に大きな功績であるし、我々にとっては新たな時代に向けたターニングポイントを得たという感じがします。

知的クラスター創成事業や情報産業クラスターを進める上での問題点などありますか?

山本 知的クラスターで苦労するのは何かというと、全国一律でこのモデルをつくってやっているので、想定されている型にはめなければいけないということです。それに対して一生懸命頑張るしかないんですが、それを全ての参加者が理解しているとも限らないわけです。知的クラスターはこうであるべきという、「べき論」があります。そこのところにかけるオーバーヘッドが大変で、そこは中核機関などのサポート側が一生懸命いろいろな調整をしてほしいと思います。

私もいろいろなところに呼ばれて、産学連携について話題を提供するのですが、それぞれの地域によってどういう形が向いているのか、あるいはどういう形ができるのかが違うと感じています。産学連携にも地域モデルがあるということです。そして、札幌は草の根型のエリアなわけです。ところが、知的クラスターはどちらかというと組織主導で、中央から見たときにどれだけわかりやすいかということでいくわけで、そうすると札幌は一番合わないと思います。だけど、知的クラスターは現場で起こっているんです。知的クラスターは霞が関で起こっているのではない。そうすると、知的クラスターは現場である地元経済界がどう評価するのかという話をやらないと「踊る大捜査線」じゃないけど、本当の意義や機能はわからないのではないでしょうか。

高橋 産業クラスターも同じ話ですよね。制度としては重装備にせざるを得ないのかもしれませんが、そうした観点からみるとサッポロバレーのような草の根からのボトムアップモデルはどうも貧弱にみえてしまうようです。地域をもう少し信じてもらい、モチベーションを上げさせるためにある程度のフレキシブルな運用を許容しながら、自分の力で頑張れよと言ったほうが、成果が上がると思いますし、自己責任能力も付くでしょう。札幌はよい人が多いので、性善説に立って諸活動を理解していただければありがたいと思います。

山本 こういう事業があり、それを実行する責任が地域にはあるのだから、どうやってその責任を果たすかということをしっかり考えたいですね。それも、単に中央省庁に対して果たすのではなく、これだけの大きな公的な資金が落ちているのだから、地元の産業界や企業に対して、どのように貢献するかということはしっかりモニタされなければならない。最終的には、5年後、10年後にどういう経済効果や地域効果になったかということが実感できるかだと思います。短絡的な事業評価が目的ということではありません。

この事業を5年でものにするというのは、現実的にかなり厳しいということですか?

山本 経済効果までやるためには、もっともっと直接的なことをやらないとだめでしょう。大学というところをバッファーに入れて、研究という使命を入れてしまったら、当然ながらスパンが長くなってしまいます。

そうすると、やはりその間のつなぎをどうするかということで、行政的なものの支援などもある程度入れていかないと、経済効果が起こるまでは難しいということですか?

山本 当然ながら、そういった大きなシナリオがあるべきです。知的クラスターの事業があって、これは産業界、大学、行政のみんなで変えたいということですから、各担当のセクターは、その先のイメージを描いているはずです。行政としては、地域の将来の産業のあり方がどうなるかについては描いておかなければいけない。それは長期的であると思います。決して、知的クラスターが5年間の事業だから、5年間しのげばいいということはあり得ないわけです。

また、大学の立場はどうかといえば、産業界のため、大学として何ができるかということになります。知的クラスターが今までのスキームと決定的に違うところは、大学が何かをしたいのではなくて大学がこの事業で何ができるかを問われているということです。だけど、そのプロジェクトの中での自分たちの役割が何であるかをしっかりと認識していないと、自分がかかわる研究分野の利権しかみえなくなり、プロジェクト全体としては破綻してしまうので、そうならないようにしなければいけません。

行政機関も自分の立場とかメンツの問題ではなくて、地域経済を5年後、10年後どうするかという視点で絵をかいていただいて、何年単位でこの後のフォローアップはどのようにするということを明確にしなければいけません。産業界も同じで、どれだけお金を取ったということではなく、これはあくまでも種であることを認識する必要があります。

高橋 知的クラスターは来年で5年間が終わるわけですけれども、産としてはその後どうするかということに今や関心があります。我々はせっかく得たチャンスをこの後にいかに継承して、ここで学んだことや研究成果を産業化することについて既に議論として始めています。何らかのアウトプットをつくって企業成果としたいし、地域の新しい産業育成の大切なシーズとして活用していきたいという感じでいます。

最後に、北海道というのはやはり農業やバイオが基幹産業としてあると思いますが、ITとの連携についてお聞かせください。

山本 農業というものが、まるでITから縁遠いみたいな誤解があるようですが、農業というものはものづくりの基本なんだと思いますね。経済システムでも最初に動くのは一次産業なんですね。しかし今は後継者難や国際競争力低下など農業の魅力が低下しているから、そこに投資が入りにくいということだと思います。

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司会進行・構成/遠藤達弥

別な視点から見ると、IT側が農業に持ち込んでいるテーマや開発案件は現場の農業というものを判っているのかなという疑問も感じますね。農業者が本当にやりたいことは山のようにあるんだけれども、ITの供給者側からの提案ばかりが目立っていて、肝心なところにはあまり目が向いていないようです。やりたいことは、例えば、田んぼの水温を一定にコントロールするとか、より平らに耕すとかというもっと地道なことなんです。だから、知的クラスターみたいな事業が現場のニーズをしっかりとくみ上げてやれるようになれば、貢献できると思っています。

いろいろありがとうございました。勉強させていただきました。


聞き手:(財)全日本地域研究交流協会 事業部 次長 遠藤達弥