2006年1月号
特集  - 地域クラスター<北海道編>
札幌ITカロッツェリアと産学連携
-知的クラスター創成事業札幌地区 産学連携の取り組み-
顔写真

金井 理 Profile
(かない・さとし)

北海道大学大学院
情報科学研究科 助教授



ITカロッツェリアの目指すもの

「カロッツェリア」とは、「車体」を意味するイタリア語で、イタリアの自動車産業を支える独立系の車体デザイン工房を呼ぶ。このカロッツェリアは、複数の自動車メーカーから依頼された車体デザインを高度なデザイン力と技術力で展開し、世界に通用するイタリアブランドを確立してきた。

「札幌ITカロッツェリア構想」は、このイタリアのデザイン工房にヒントを得て、図1のように、札幌地区IT企業のもつ高度なソフトウエア・ハードウエアの開発スキルに、工業デザインやユーザビリティ技術を融合させ、この地区を情報機器のワンオフ(一品)型プロトタイピング基地に成長させようとするプロジェクトである。情報機器のプロトタイピングを対象とし、ハードウエア、組み込みソフトウエア、筐体デザイン、ユーザビリティ評価などの開発環境を一元的に管理できるプラットフォームを構築し、「ものづくりIT工房」の実現に向けた研究開発が進められている。

図1

図1 札幌ITカロッツェリアの構成

筆者は、その基盤研究の1つ、情報機器向けの新たな工業デザイン手法に関するプロジェクトである「次世代デジタルスタイリングデザイン」に参加してきた。本稿では、その成果と事業化への取り組み状況を紹介する。

次世代デジタルスタイリングデザイン研究開発

札幌には「サッポロバレー」と呼ばれる高い技術をもったIT企業群が、ある規模で形成されている。その反面、自動車・家電などの製造業は、本州の他地域に比較し脆弱(ぜいじゃく)である。このため札幌地域の工業デザインは、市場・人材ともまだ十分な規模ではない。この状況で、単に製品筐体の形状・色彩デザインや、CADデータ入力を請け負うだけの従来型工業デザイン事業を展開しても、これを長期的に成長させることは困難であろう。

そこで「次世代デジタルスタイリングデザイン」では、情報機器のプロトタイピングに特化しデザイン支援機能をもつCADソフトウエアを開発し、従来型工業デザインの枠を超えた、高付加価値型の工業デザインサービスを札幌地域で展開することを目標とした。また同時に、これらCADソフトウエアの開発自体にサッポロバレーのIT企業が参画することで、ものづくり用ソフトウエアの市場においても、本地域のIT企業群のもつ高いポテンシャルを示すことも目指している。

図2

図2 次世代デジタルスタイルデザイン研究開発
    プロジェクト

これらの目標を実現するため、「次世代デジタルスタイリングデザイン」プロジェクトでは、図2のように具体的に次の2つを目的としたCADソフトウエアの開発を実施している。

[1]筐体デザイン・強度解析・ 塗装・表面仕上げ検討・プロトタイピングからなるデジタルエンジニアリング工程を、3角形メッシュモデルに基づいて統一的に処理できるソフトウエアを開発し、筐体デザイン工程の徹底的な迅速化と高品質化を図る。

[2]情報機器の筐体とユーザインタフェース(UI)ソフトウエアのデジタルデータを統合し、物理的な機能モックアップ製作前に、実機と同等の振る舞いをするデジタルプロトタイプを作成するソフトウエアを開発し、ユーザビリティや人間工学的観点からのデザイン評価を開発上流段階で行う。

これらの実現により、現在の機械系CADソフトウエアには無い情報機器デザイン向けのデジタルプロトタイピング環境が実現できるものと考えている。具体的には、以下に示すソフトウエアが本プロジェクトの成果として開発されている。

(1) 多重解像度筐体モデリング・レンダリングツール
(北海道大学、(株)エクサ、(株)ビーユージー)

高密度3角形メッシュモデルのみを利用し、デザイナーが造形したデザインモック測定データから、筐体形状の3次元メッシュモデルを迅速に立ち上げることができる。また、実塗装サンプルの分光計測データに基づき、塗装結果との乖離(かいり)がないCG画像生成が行なえる。

(2) 多重解像度FEM解析メッシュ生成ツール
(北海道大学、(株)日立製作所機械研究所、(株)Will-E)
図3

図3 多重解像度FEM解析メッシュ生成ツール

(1)でデザインされた筐体メッシュモデルを、FEM解析向けの高品質な解析用メッシュデータに変換するツールである。情報機器筐体の構造解析・衝撃落下解析などにおいて、解析精度を保ちながら要素数を少なくすることで、解析時間を大幅に短縮できる(図3)。

(3) ユーザインタフェース挙動プロトタイピングツール
(北海学園大学、(株)富士通九州システム、(株)シーズラボ)
図4

  図4 ユーザインタフェース挙動プロトタイピング
        ツールによるデジタルカメラのシミュレーション例

筐体のCADデータと、画面遷移図などのUI仕様データを論理的に関連づけ、3次元CADモデル上で、試作品と同等に、UIに対する操作とLCD・LED等の挙動変化が模擬できるツールである(図4)。

(4) デジタルハンドによる仮想エルゴノミクス*1評価システム
(北海道大学、(独)産業技術総合研究所、(株)ビーユージー)

持ちやすく、操作しやすいハンドヘルド型情報機器(デジカメ、携帯電話、PDA)のデザインのため、人間の手指の3次元モデルを用いて機器筐体のCADデータを仮想的に把持・操作させることによって、エルゴノミクス評価が行える。

(5) ハイブリッド光造形システム
(北海道立工業試験場)

試作現場で欲しい着色された物理プロトタイプをダイレクトに光造形することができるシステムである。造形装置のタンクに仕込んだ着色樹脂を供給しながら樹脂を硬化させる。

産学連携と事業化の状況

「次世代デジタルスタイリングデザイン」における産学連携は、[1]道内大学・研究所、[2]デジタルエンジニアリングに実績をもつ本州大手企業、[3]道内IT企業、というフォーメーションで構成している。[2]の本州企業との連携は、ものづくりソフトウエア開発を目的としていることから、札幌の地域的なクラスター事業とはいえ必須である。また事業化の可能性を高めるため、市販CAD上に成果物を容易に移植できるよう、3次元CAD市場で世界シェア第1位の仏・ダッソーシステムズ社と研究パートナーシップを締結し、技術情報の提供を受けている。

ものづくりソフトウエアでは、市販CADのように単体アプリケーションとして販売する以外にも、さまざまな事業化形態がある。そこで本プロジェクトでも、以下の(a)(b)(c)のような選択肢を設け、テーマとメンバー企業の状況に応じ、最適な形態が選択できるようにしている。

(a) 単独アプリケーションでの販売

既に研究メンバー企業で販売されているCAEやCGソフトウエアの追加機能として、成果物を販売する。

(b) 市販CAD向けアドオン機能の受託開発

成果物のソフトをベースとして特定顧客向けに機能拡張を行い、その顧客が利用している市販CADシステム上で動作可能なアドオンソフトウエアの形として受託開発する。

(c) コンサルティングサービス

成果物のソフトを活用し、デザイン、CAE解析、ユーザビリティ評価などの受託サービスを展開する。

図5

      図5 2005設計製造ソリューション展での
           デモンストレーション

一部のテーマは事業化が具体化しつつある。例えば「多重解像度FEM解析メッシュ生成ツール」は、市販ソフトを凌駕(りょうが)する高品質な解析メッシュ生成と粗密制御機能を持つことが明らかとなり、現在日立社内の数十事業部において試験評価中であり、さらに日立が既に顧客をもつCAEソフトウエアの次期バージョンに組み込んで販売することを社内で計画中である。これは上の(a)のパターンでの事業化である。

また昨年6月には、ものづくりソフトの展示会として国内最大規模の「設計製造ソリューション展」に、プロジェクト専用ブースを出展し(図5)、潜在的なユーザの発掘を行った。その結果、「多重解像度筐体モデリングシステム」、「仮想エルゴノミクス評価システム」では、自社CAD上で動作できることを条件に、業務に活用したいといったユーザを数社獲得した。現在はフィージビリティスタディを大学で実施中である。最終的には、顧客のCAD上で動作するアドオン機能として個別に受託開発を行う予定であるが、その開発は研究メンバーである道内企業が担当する予定である。これは(b)のパターンでの事業化と言えよう。

さらに、「ユーザインタフェース挙動プロトタイピングツール」では、さまざまな情報機器メーカへのヒアリングを実施した結果、単独アプリケーションとするより、むしろメーカからCADデータやUI仕様データの供給を受け、機器のユーザビリティテストと評価を行う受託サービス事業が良いのではないかという指摘を受け、現在そのサービス向けの機能開発を行っている。

いずれの場合も、中核のアルゴリズムについては大学を中心に必ず特許出願を行ってきた。既に20以上の出願実績をもつが、(a)~(c)のいずれのパターンで事業化が実現しても、大学等へ資金的なフィードバックがあるようメンバー企業と調整済みである。

おわりに

本プロジェクトの実施過程から、特許やプロトタイプのソフトといった有形の成果が得られたことは無論であるが、国内デジタルエンジニアリングメーカー、情報機器メーカー、海外CADベンダー、札幌地区のIT企業、そして大学が一堂に会し、情報機器開発プロセスの課題について共通の認識をもち、その解決のソフトウエアソリューションを試作した実績、また札幌地区でこのような「ものづくりソフトウエア」開発の産学連携ネットワークが形成できることを示した点も無形の成果として大きいと認識している。残り1年の事業期間では、サッポロバレーのIT企業が「ものづくりソフトウエア」市場において、より多くの顧客に認知されるための方策を進めていきたい。

*1エルゴノミクス(ergonomics)
「人間にとっての使いやすさ」という観点から、機械などの在り方を研究する学問のことをいい、「人間工学」と訳される。