2006年1月号
連載2  - ヒューマンネットワークのつくり方
ヒューマンネット・ビジネスの創造
-あなたはヒューマンネットワークを構築できているか?-
顔写真

平野 武嗣 Profile
(ひらの・たけつぐ)

文部科学省派遣・金沢大学産学
官連携コーディネーター/金沢
大学客員教授(共同研究センタ
ー)/(有)金沢大学ティ・エ
ル・オー(KUTLO)監査役


地域レベルのネットワーク

筆者は民間企業の出身だが、同世代の日本のビジネスマンに比べると、職場的に、職種的に、また地理上の面で多岐にわたる経緯を経て、今は生まれ故郷の金沢市でこの仕事をしている。

まず地元、石川県金沢市の人的ネットワークについては、7年前にはまったくと言っていいほどなかった。大学卒業とともに、当時誰もが望んだように大企業に入社し、工場や東京本社を経て、海外にまで出てしまい、金沢に直接帰るまで33年間留守にしていた。故郷に帰ったときは、まさに浦島太郎のような状態だった。実家に戻って老母の介護をし、亡父の遺品の整理に明け暮れていたとき、金沢での高校時代の同期生のT氏から連絡があった。33年余りの転戦のさまざまな話をしたところ、そのうちに「ある社長が会いたがっている」との話から始まり、その後T氏を介したいわゆるヒューマンネットワークはどんどん加速し、地域の各分野を始め、いま金沢大学で仕事をしているのもT氏のおかげである。

室生犀星とは反対方向

金沢は地域人口60万人程度の町であるが、ちょうどよいサイズのコミュニティーであり、地元の高校の同期生が各分野で幅広く活躍している。やはり、コーディネーター(以下、CD)をしていくためには、地縁が必要であることは論をまたない。金沢出身の詩人、室生犀星は故郷を詠んで「…たとえ異土の乞食(かたい)になるとても帰るところにあるまじや」としたが、私にとっては「CDになるならば、故郷のみんなが待ってるよ」といえる。ちなみにT氏とは元・石川県工業試験場長、前・JST研究成果活用プラザ石川館長の寺井直則氏である。

全国レベルのネットワーク

最初に勤務した会社の先輩や後輩が、定年後やそれ以前にスピンアウトしていろんな分野で活躍している。やはり若い時代に苦労を共にし、特に海外のオペレーションで創業期の苦労を共にした人たちとの繋がりは強いものがあり、彼らは良い友達でもある。

また、一緒に旅をした方々との交流も長続きしている。社会生産性本部の海外視察団に2度参加したが、15名程度のグループで2週間、毎日毎日異国の旅行で一緒だった方々とは信頼関係を築くことができ親しく感じている。その中には日本の経済界のトップの方もいる。年に1~2回の旅の同窓会に出席して、その時々に「私が今考えていること」を話すと共感してもらえる。組織として大学にご支援いただいている方もいる。

社長にはプッシュしない

しかし上に述べた2つのタイプのヒューマンネットワークといえども、原則はビジネスである。いくら社長を良く知っていても、産学連携、技術移転のビジネスは組織として綿密に検討されたものでなければならない。

キッカケは社長に話すが、その後はその会社の担当部門に地道に検討してもらい、上層部に挙げてもらわねばならない。稟議に少々時間がかかっていようとも、その間に社長と会合やゴルフで一緒になっても、決して検討中の案件の早期決裁をお願いすることはしない。「社長が決めたことだから後は知らないよ」では長続きしないと思うのである。

産学官連携CD、真の全国連携の機運

昨年の11月に金沢大学で第9回産学官連携コーディネーターの全国会議を開催した。ここで全国のCD間の全国的相互連携の機運が生まれてきている。というのも、今回の全国会議は世間一般でよくある全国会議、言い換えればセレモニー中心の会議の方式から脱却して、研修会方式で行った。米国の技術移転の研修会である全米大学技術移転協会(AUTM)のコンベンションの形態をコピーした。しかしCD会議はAUTMより少人数なので、より進化した方式を目指した。事前に34のテーマのうち自分の参加したいテーマを選んでもらい研修、議論のための準備をしてもらった。当日の議論は参加者100名を10~15名の小部屋グループに分け、全員が発言可能なサイズで実の濃い意見交換をした。産学連携の仕事のソリューションは、おかれている大学、地域によって千差万別である。明確な公理がなく、いろんな事例に学ぶことが必要だと思う。

アフター金沢会議

産学官連携CDは文部科学省から一つの派遣形態で各大学に送られているが、CDになるまでの経歴はさまざまで、また全国に散らばっている。基本的には孤独な立場で、自らの仕事をマネージしている。

金沢でのグループ討議を通じ、CD相互間で誰がどの分野に強いかを知ったので、これからはこのヒューマンネットワークを利用していけると思う。今回の会議後のアンケートにも、全国の80大学に散らばるCDが、今後、気軽にかつ親身の相談を相互にしていける土壌が生まれた、との意見が数多く出ている。

会議の研修報告書は34のテーマ別に「Current Best Solution」を盛り込んで完成した。報告書自体すでにネットワークの産物であるが、その先の新しい問題には104名のヒューマンネットで対応していくことになる。

国際的レベル:ニルス・ライマース氏

次に海外とのネットワークだが、まず挙げなければならないのが米国での技術移転の父といわれるニルス・ライマース氏のことである。金沢大学の産学連携活動の創生期であった平成15年の2月、金沢に来ていただいた際にスタンフォード大学での経験を伺って以来の付き合いである。すでに3回金沢に来ていただき指導を受けている。またこちらからも出向き、すでに2回カリフォルニア州カーメルにある同氏の新築の自宅で種々の指導をいただいている。

写真1

右がライマース氏、左が筆者

KUTLOの常任コンサルタントにもなっていただいており、一般論ではなく具体論で相談させてもらっている。例えば、共同出願の特許を第三者にライセンスする際の相手方からの同意を取り付ける戦略についてのアドバイスなどだ。医工連携病気治療器に絡む複雑な権利関係を取りまとめきれなかった時には、皆の前で「ヒラノ、お前は何をしているか!」と、きつく叱られたこともある。そのときには、後で「お前は、私が叱ったのにあの時upsetせずによく聞いてくれたな」ともいわれた。ライマース氏の指導はいつも当を得ておりよい結果に結びついている。KUTLOでは、同氏の経験から編み出した「ゆりかご(発掘)から契約まで」の一貫担当のライセンシング・アソシエイト制をとることにした。また同氏が意思疎通に有益とされる、金曜日午後のKUTLO内バーべキューパーティーで活発な議論、新しいアイデアの交換をしてみたいと思っている。今年3月に同氏の4度目の金沢訪問を楽しみにしている。

早く実用化し世に!

海外関係では他に金沢大学が昨年まで2年連続で出展した「BIO2004」、「BIO2005」がある。これは金沢大学のライフサイエンス研究成果の海外への技術移転につながっており、今後とも継続して出展していくことが、さらにヒューマンネットワークの拡大につながるものと思っている。「早く実用化製品を世の中に出してくれ」との需要家の叫び声が私の耳にきつく残っている。

研究者とのヒューマンネット

産学官連携CDにとって、大学の研究者は事柄のオリジンである。研究者は筆者のような文科系学部出身者、非研究者にとっては、想像を超える次元の思考形態を持っている。何よりも研究が好きな人たちだ。そこで、研究者と上手に付き合い研究成果をスムーズに社会に技術移転していくために、次に掲げるキーワードを大事にお付き合いして、良いヒューマンネットを作ることを心掛けている。それは、

親しき仲にも礼儀あり
雑用は引き受ける
面談のアジェンダを準備してメールで先行送付する
研究の邪魔をしない、面談は短時間(15分目標)で終わらせる

などである。

CDはヒューマンネット・ビジネスなのである。