2006年3月号
巻頭言

吉川 弘之 Profile
(よしかわ・ひろゆき)

(独)産業技術総合研究所 理事長



産業技術総合研究所(産総研)の目標は、産業の振興に役立つ技術を研究によって生み出し、それを産業に提供することであるから、産総研はほとんど産学連携のために存在していると言っても言い過ぎでない。事実産総研は、産業技術の進展のための研究を行うだけでなく、その成果を産業に使ってもらうべくさまざまな努力を続けている。

それらの経験を通じて明らかになってきたことは、大学、研究所、企業が、それぞれ別々に、従来と同じようなやり方を続けていてはうまくいかないということである。研究者が論文を書き、企業が論文を利用しようとした結果、偶発的に産学連携が起こる。それは産学連携の伝統的な姿なのであるが、これだけでは決して本当に望ましい連携は生まれず、このままの形で無理に推進しようとすると大学、研究所、企業いずれにもひずみを生じる可能性がある。産学連携は、社会全体が期待するイノベーションを実現する社会的状況なのである。

産学連携を目的とする産総研では、まず研究に本格研究という独自の構造を与えることによって連携における自らの役割を果たすことができるようにした。産総研には平均60名のオートノマスな52の研究ユニットがあり、いずれも本格研究という“学術経営”に従って研究を遂行している。本格研究とは、各ユニットとも、その中に第一種基礎研究、第二種基礎研究、製品化研究の3種の研究に従事する研究者がいて、それらが同時的にまた連続して研究を行うというものである。ユニットは、持続可能性社会実現の方向に展開するために役立つ基礎技術を提供することを目的としているから、従来の技術の単純な発展では不十分で、新しい科学的知見を必要とする。そのため基礎研究を行う。それが第一種基礎研究である。そして当然、企業が市場で競争力のある商品を開発するのに役立つ応用可能な技術を作ることも必要である。それが製品化研究である。ところが第一種基礎研究と製品化研究とを結びつけるためには、いわゆる基礎研究でもなく応用研究でもない独特な研究に取り組まなければならない。それは基礎的な発明や発見を現実の技術にするためには避けて通れないものなのに、研究の世界では必ずしも研究として認知されておらず、うまく成功しても単なる苦労話として語られるだけで、失敗すれば忘れ去られてしまうものである。しかしこの部分は、独自の学問的構造を持つ高度な研究なのであり、第二種基礎研究と呼んで研究の世界で正式に認知することが必要である。これはまた、イノベーションの主要な過程でもある。

教育を基礎として組織された大学では第一種基礎研究が向いている。企業は研究するとすれば製品化研究である。従って、新しい科学的発見や発明を企業で商品にしようとすれば、それを結びつけるために産学連携の場で第二種基礎研究を実行しなければならないことになる。第二種基礎研究は独自の能力を持つ研究者と多額の研究費、そして10年を超す研究期間を必要とする。そして現在、産学連携のためにこのような投資をする仕組みが社会的に存在しないことが問題である。

イノベーションが国家的目標になるのだとすれば、第二種基礎研究は産総研のような公的研究機関が受け持つべきであり、産学協同はその先の製品化研究で行われるのが良いと思われる。そうすると、大学~産総研~企業という連携によるイノベーションが可能となるが、これが現代における最もふさわしい産学連携であると考えているのである。このようにしてできる連携を、ネットワーク・オブ・エクセレンスと呼ぶが、その中で産総研はイノベーションハブとしての役割を果たそうとしているのである。