2006年3月号
特集  - 地域クラスター<大阪府・バイオ編>
世界に誇るスーパーバイオクラスターの形成を目指して
顔写真

蔭山 文次 Profile
(かげやま・ぶんじ)

(財)千里ライフサイエンス振興
財団 大阪北部(彩都)地域知的
クラスター本部 担当部長


大阪北部(彩都)地域知的クラスターの目標

大阪市の中央部には400年も昔から「道修町(どしょうまち)」と呼ばれる地域に多くの薬種問屋が集まり、一種のクラスターを形成してきた。この伝統は現在も続いており、「道修町」には、武田薬品工業、アステラス製薬、大日本住友製薬、塩野義製薬、田辺製薬など多くの大手製薬企業が軒を並べ、その周辺に数多くの製薬関連企業が集まっている。一方、大阪北部地域には、大阪大学をはじめ、国立循環器病センター、大阪バイオサイエンス研究所、医薬基盤研究所など世界的なバイオ研究機関が集積されている。

平成14年度から始まった知的クラスター創成事業では、上記のような地の利を活かし図1に示すような「バイオメディカルバリューチェーン」を大阪に構築し定着させることを目標に活動を進めている。

図1

図1 バイオメディカルバリューチェーン

大阪北部のバイオサイエンス研究機関が集積する地域に隣接して「彩都ライフサイエンスパーク」が建設され(平成16年5月に街開き)、平成16年7月には、公設民営型のバイオ彩都インキュベータが、また、平成17年4月には(独)医薬基盤研究所が開所した。さらに、平成18年3月にはインキュベーション施設を有する民間の薬品企業が本社を彩都に移転し、平成18年度中には、公設型の第2インキュベータ施設が建設されるなど、着々とライフサイエンスパークの整備が進んでいる。我々は、ここに優れたバイオベンチャーを多く集積し、互いのコア技術を利用しながら、さらに発展するようなバイオメディカルクラスターを形成したいと考え活動を展開している。

研究シーズの発掘と実用化に向けた取り組み

大阪北部地域知的クラスターでは、5年間の研究を実施する「産学官共同研究」と2年間で実用化を目指す「実用化研究」を実施している。実用化研究の採択については、大阪大学など大阪北部地域の研究機関から実用化研究に応募された研究やバイオビジネスコンペJAPAN(大阪府・大阪商工会議所などが主催)に応募された研究を対象に、外部委員を加えた研究評価委員会で評価し採択している。採択された研究については、年2回開催される進捗報告会を通じて進捗を管理し、年度末に開催される研究評価委員会で研究の進捗を評価し、その評価に応じて研究費の配分を行っている。

「企業ニーズ」を配慮した方向で研究を進めていただくために、テーマごとに「産学意見交流会」を開催している。この会では、大学等の研究者から、現在進めている研究の内容や研究室が有する研究シーズなどの情報を企業に提供していただき、企業からは、提供された研究シーズに対する企業の興味や研究の方向性など、企業ニーズを研究者に提供し、討論を行っている。

研究成果を速やかに特許化するために、先行特許の調査や市場調査を進め、大学の知財部や地域のTLOと定期的な会議を開催して連絡を密に進めるとともに、大阪府とも連携して、研究者に対する特許相談会事業を行っている。

研究成果の技術移転を促進するために、神戸地域知的クラスターと協力して「関西広域クラスター合同成果発表会」を開催するとともに、産業クラスターの推進機関であるNPO近畿バイオインダストリー振興会議と連携して、「技術シーズ公開会」や「フォローアップ研究会」を通じて産業界に研究シーズ情報を発信している。また、当知的クラスターでは、一流の弁理士や事業化分野での専門家にアドバイザーとして就任していただき、研究成果を利用してベンチャーを起業する人たちには、ビジネスモデルの構築、起業に必要な資金の調達、知財権の取り扱い、専門人材の採用など、起業する際に必須の事柄について、無料でアドバイスを受けられる仕組みを作っている。

平成14年度から16年度までは、知的クラスター創成事業を立ち上げ、医学工学の連携や産学官の連携、クラスターに参加されている研究者同士の連携、広域クラスター形成を目指す神戸地域との研究者や知財関係者の連携など「知の集結」を図ってきたが、平成17年度~18年度では彩都ライフサイエンスパークでのバイオメディカルクラスター形成に向けた取り組みを展開している。

大阪北部(彩都)地域知的クラスターの研究成果

当知的クラスターでは、「分子医薬創生技術に関する基礎的研究」を共通軸に3件の産学官共同研究と14件の実用化研究を実施している。研究成果を既存の企業や共同研究しているベンチャー企業への技術移転も順調に進み、平成19年3月末までに13~14件程度の技術移転ができる見通しであり、研究成果を利用したベンチャーも8社程度起業できる見通しである。

産学官共同研究の一つ、金田安史教授(大阪大学大学院医学系研究科)のグループでは、ウイルスゲノムを取り除いたHVJ-Eベクターを用いて疾患の原因となる遺伝子の効率的な探索方法が確立されており、がんや心疾患、脳疾患にかかわる幾つかの新規遺伝子が獲得されている。この研究成果をもとに、HVJ-Eの販売や遺伝子探索技術を提供するベンチャー「ジェノミディア(株)」が生まれた。

免疫機能を利用した抗感染症薬の開発を研究する木下タロウ教授(大阪大学微生物病研究所)のグループからは、共同研究者である堀井教授を中心に画期的な有効性が期待される新規マラリアワクチンが開発されている。現在、国内でPhase I臨床試験が終了した段階であるが、今年中にはアフリカなどでも臨床試験が開始される見通しとなっており、数千万人の患者にとって福音となる世界初の画期的なワクチンが期待されている。

粟津邦夫教授(大阪大学大学院工学研究科)のグループでは、従来のMALDI-TOF-MSでは測定できない不溶性蛋白質の測定が可能になる画期的なIRレーザーを利用した質量分析器の開発が進められている。現在、試作機が出来上がり、民間企業と共同して、利用面での開発が進められている。

実用化研究の成果を表1にまとめた。その中の2つを簡単に紹介する。

佐々木孝友教授、増原宏教授らにより、フェムト秒レーザーを照射することにより非常に効率良く蛋白質が結晶化できる技術が開発された。膜蛋白質をはじめとする難結晶性蛋白質もこの技術を応用すれば結晶化が可能で、この研究成果を利用してベンチャー「創晶」が設立された。従来法で結晶化するビジネスが多くあるが、いずれも結晶化の成功率は、20~25%止まりである。一方、「創晶」では委託された蛋白質の70%以上の確率で成功を収めている。創薬には標的分子の結晶構造の解析が重要であるが、「創晶」の良質の結晶を短時間に効率良く結晶化できる技術に大きな期待が寄せられている。

表1 大阪北部地域知的クラスターの実用化研究

表1

糖尿病は国民病といわれるほど患者が多く、特に、腎臓疾患や網膜症、心筋梗塞や脳梗塞といった重篤な合併症を引き起こすことが問題であるが、合併症を予測することができれば、治療法を早期に始め発症を遅らせることが可能である。山崎義光助教授(大阪大学大学院医学系研究科)らは、循環器系疾患に関わる100を超える遺伝子について、数千人の糖尿病患者の遺伝子多型を調べ、合併症を予測する方法を開発した。患者の血液から特定の遺伝子多型を検査することにより、容易に腎症や網膜症、脳梗塞、心筋梗塞などの合併症が数年後に発症することを予測することができる。現在、分析用のチップも製品化され、国内の複数の医療機関と協力して検証を進めている。山崎助教授の研究を基盤に、ベンチャー「サインポスト」が設立され、合併症を血液検査から予測し、糖尿病予備軍を含む患者の治療法や食生活の指導をおこなうビジネスを展開している。

その他紙面の制約でご紹介できないが、生きた細胞内の蛋白質の挙動を長時間にわたり観察する技術など表1に挙げたような魅力的な研究が進められている。

大阪北部(彩都)バイオメディカルクラスターの展望と課題

バイオメディカルクラスターを形成するためには、スタートアップしたベンチャーを育成する施設や、それを育てる人材の育成、資金を提供するキャピタルの存在が必要である。

彩都地域では、現在、公設民営型のインキュベータ施設が1棟建設されており、今春にはインキュベータ施設機能を有する民間企業が進出し、平成18年度中に公設インキュベータ施設が建設されるなど、インキュベータ施設不足については解消できる見通しである。

スタートアップしたベンチャーでは、多岐にわたる専門人材を自社で整えることは不可能である。そのため、クラスター基盤整備の一環として専門家を派遣できる仕組みが必要である。関西には、関西三士会(弁護士会、弁理士会、公認会計士会)がバイオベンチャーを育成する活動を始めており、関西の製薬企業のOBが「NPO医薬品食品品質保証支援センター(QAセンター)」を設立している。このように、ベンチャーは、必要に応じて専門家の知恵を活用できる環境にある。また、ビジネスモデルを構築しベンチャーを経営する人材の不足に対しては、数年前から大阪商工会議所が「バイオビジネス・スクール*1」を開講するなど、人材育成を図っており、知的クラスター創成事業においても、上記スクール卒業生などを対象にした人材育成講座を今年度から開講している。

資金については、彩都地域には、公設民営型のインキュベータを運営するバイオ・サイト・キャピタル(株)が資金調達について相談に応じている。

大阪には、大阪医薬品協会、大阪商工会議所、関西経済連合会、彩都協議会、国際文化公園都市(株)、千里ライフサイエンス振興財団、近畿バイオインダストリー振興会議など民間団体レベルで緊密に連携していく素地がある。この素地を活用し、彩都に国際的な拠点を形成し、さらに、神戸医療都市構想を進める「神戸地域知的クラスター」と連携しスーパークラスターを形成し、先行する海外のバイオクラスターとも伍して競争し得るようなスーパークラスターの形成を目指している。

*1
詳細は、本号に掲載の「バイオビジネス・スクールによるバイオベンチャーの人材支援」を参照。