2006年3月号
連載3  - ベンチャー起業の若手に聞く
農業の活性化とともに
顔写真

藤路 陽 Profile
(とうろ・みなみ)

(有) 生物振動研究所 専務取締役




はじめに

加工食品の品質は整っており、例えば同じお菓子を買う場合、どの品質が一番良いか迷うことはほとんどない。一方で、青果物を買う場合は、数ある中から品質が一番良いと思われるものを注意深く見極めている。青果物は値段が同じでも品質はバラバラである。賞味期限がないので、いつ食べれば一番おいしいのかも分からない。買ったらすぐに食べれば良いのかと思って食べると未熟でおいしくなかったという経験が私にはある。購入する際の商品選びは勘に頼るしかない。その現状を何とかしようと最近では、選果の段階での非破壊による糖度検査やCCDカメラによる傷や色の検査が行われるようになり、不良品を流通させないように生産者も力を入れている。しかし、熟度という観点からの選果は今までになく、肝心な食べごろの判断ができなかった。そこで、私たちは熟度が測定できる装置を研究開発し、起業するに至った。

会社設立に至るまで
図1

図1 レーザードップラー装置



図2

図2 弾性の計算方法

私は将来、農業に携わる仕事ができればと考えていた。大学4年間は島根で過ごした。大学院に進むか就職するかを考え、いろいろ調べていると広島大学大学院で果物の硬さを非破壊で測定している研究室があることを知った。私の地元は広島で、広島の農業に関することも研究できるのではないかと考えて進学することを決めた。入学したときには既にレーザードップラー法という振動で果物の硬さを非破壊で測定する技術が教授や先輩によって確立されていた。図1にレーザードップラー法の簡単な模式図を示す。

果物に微弱な振動を与える加振器という装置の上に果物を置きレーザーにより果物の振動を検出する。レーザーで検出した振動から加振器で与えた振動を差し引くと果物だけの振動を取り出すことができ、周波数による振動の強度分布を求めるフーリエ解析と呼ばれる手法で処理すると果物の共鳴周波数を目で確認できる。図2にフーリエ解析をした図と弾性の計算方法を示す。

弾性とは物体に力を加えたときの体積などの変化のことで、物体の硬さは生じる弾性値が大きいと硬く、小さいと軟らかいことを表している。果物の弾性の計算には第2共鳴周波数の値を使う。この第2共鳴周波数は、硬いものは高く、軟らかくなるほど低くなる。また、同じ硬さでも果物が重くなるほど周波数が低くなるので弾性の計算には質量の値を入れて補正している。

果物は未熟から過熟に変化する時、必ず適熟を通る。果物は未熟な時は硬く食べ頃になるとちょうど良い硬さになる。だから、果物の硬さは熟度の指標になると考えられる。今までの果物の硬さの測定にはペネトロメータという器械などを使っていた。これは果物に針を突き刺した時にかかる力から硬さを測定する器械である。果物に針を突き刺さなければ測定できなかったため、非破壊で硬さが測定できるレーザードップラー法は画期的な方法だった。

レーザードップラー装置は5ナノメートルの振動を検出できる精度がある。しかし、装置一式500万円、重量20kg以上と高価で大型であり実用性に欠けていた。そこで、私はレーザードップラー装置の原理を応用した軽量小型な装置の開発をテーマにして研究を始めた。大学院へ入学して1カ月が経過した時、(財)ひろしま産業振興機構が「ヤングベンチャーチャレンジ事業」という助成金の公募をしていることを知った。果物の硬さを非破壊で測定できる技術はどこにもなく、新しいビジネスになると考えた。一応、両親にも相談したが「自分の好きなようにやればいい」と、言われただけだった。こんなチャンスはめったにないと思い、新技術の紹介と不慣れながらビジネスプランを書き応募したところ、採択された。

写真1

写真1 スイカ用小型装置

助成金の助けもあり、開発も不自由なくできる。小型装置ができれば、すぐに会社を立ち上げることができるだろうと最初は思っていた。しかし、開発などの経験がない私には大きな壁があった。理屈では上手く行くはずでも、器械を作ってみると上手く行かないことが何回もあった。助成金は大変ありがたいが、成果を出す必要がある。助成金を使わせていただいているというプレッシャーが重くのしかかった。しかし、さまざまな方の協力をいただき、レーザードップラー装置と同等のデータが出せる小型装置を完成させることができた(写真1)。写真の装置は2つのアームでスイカを挟み、一方のアームから振動を与え他方でスイカの振動を受信する仕組みで簡単にスイカの硬さを測定することができる。

起業してからの1年間

装置が完成し、登記も終了し2005年3月14日に有限会社生物振動研究所を設立できた。しかし、会社ができたからといってすぐに装置が売れるはずがない。私は装置を持って生産農家や卸売業者を回って装置内容を紹介した。硬さを傷付けずに測定し熟度が分かる技術は他に競合するところはなく、反響も大きいだろうと自負していたところがあった。会社が大きくなると同時に、私たちの技術が世の中の役に立ち、青果物の当たり外れがなくなればと思っていた。しかし、装置を見られた方がいつも言われたことは「糖度は測れないのですか?」だった。その理由は、「糖度=果物の品質」という考えが浸透していたからだ。最近では近赤外光の技術により、果物を切らずに糖度が測れる装置が普及している。糖度が高い果物ほど、高い値段がつきよく売れるのは事実だった。そこに熟度が測定できますと紹介しても、反応はいまいちだった。糖度が高くても、未熟なものや腐っているものがあり、糖度には食べごろと密接な関係はない。しかし、硬さを調べれば、熟しが進むにつれて軟らかくなるので食べごろが分かる。さらに軟らかくなると果汁量が増し同じ糖度でも軟らかい方が甘く感じられることが私たちの研究で分かっていたが、それを私たちが説明しても説得力はなく「糖度が測れないのなら使えない」という意見もいただいた。また、いろいろな壁を乗り越えてやっとの思いで完成した小型装置についても「スイカを挟む面倒な動作はできない。もっと小さくして、スイカに装置を当てただけで測れるようでなければ現場では使えない」との生産者の声もあった。このとき初めてマーケティングの大切さを実感した。インターネットや資料を参考にして生産農家や組合数、卸売店の数まで詳しく調べどのくらいのニーズがあるかを皮算用していたが、本当にマーケティングをするには、直接会って話をするのが一番良い方法であると実感した。そうすることで、どのような物が必要とされ、開発しなければいけないのかがよく分かった。以前、ビジネスプランを発表する場があり、「良い物が売れるのではなく、売れるものが良いものです」とアドバイスをいただいた。その意味がやっと分かった。

この小型装置の開発は無駄な労力だったのかと言うと、必ずしもそうではなかった。技術を形にすることは大きな宣伝効果になる。昨年の秋には、3つの展示会に小型装置を出展した。物があるから見せることができ、出展中にテレビの取材を受け、私たちの技術がテレビを通じて全国に放送されるという予想だにしなかった収穫もあった。展示会は多くの人に技術を知っていただくだけでなく、販路拡大や技術提携など多くのチャンスがある。さらに、自分たちの技術がどのようなところに応用できニーズがあるのかというマーケティングにもなる。さまざまな分野の人から多くの意見をいただくことができ、振動を使った検査技術はいろいろな分野へ応用できることが分かった。現在は果物以外へ振動法を応用する研究開発を進めている。

おわりに

ここ2、3年で大学発ベンチャー企業という言葉を多く聞くようになった。MOTや経営戦略論などといった講義を大学でも受講できる。私も受講しビジネスプランの書き方や成功した企業の例もたくさん学んだ。しかし、それはあくまでも例に過ぎず自分の会社の場合はどうすれば良いかは分からなかった。本当の答えは誰にも分からない。会社を起こし動いてみて初めて分かることもたくさんあった。実戦問題を解いている感覚であり、問題を解決するごとに具体的なプランができていった。私にとっては講義で聞いた成功例より、失敗例の方が役に立った。今は成功する方法より絶対に失敗しないよう慎重にビジネスを進めている。

果実以外への振動法の応用も研究開発しているが、やはり、起業のきっかけとなった熟度が測定できる小型装置のビジネスを早く軌道に乗せることを一番の目標に取り組んでいる。BSE問題や遺伝子組み換え食品の問題などの影響から、食の安全性への意識が高まってきている。また、安くておいしい青果物が海外から多量に輸入されるようになってきた。昔は、海外から輸入された青果物は「農薬漬け」といったイメージがあり、高くても国産の青果物を購入する人は少なくなかった。また、中には長期の輸送に堪えられない輸入青果物もあったが、流通機構が整備され農薬の規制も厳しくなり、国産の青果物と大した違いはなくなってきた。これからは、品質で勝負する時代と認識している。その品質の1つの要素として熟度という付加価値を提供していきたいと考えている。生産者は丁寧に育てた果物が消費者へおいしい果物として届けられることを望んでいる。一方で消費者は当たり外れのない果物を食べたいと望んでいる。「日本の果物はどれを買ってもおいしい」と言われるように技術提供していけたらよいと考えている。役に立つ技術を開発し、日本の農業が活性化するのと同時に、私たちの会社も成長できたらと思っている。