2006年3月号
特別寄稿
2006年 新春科学技術交流会 講演 「ナショナル・イノベーション・エコシステム」
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生駒 俊明 Profile
(いこま・としあき)

東京大学 名誉教授 /
(独)科学技術振興機構
研究開発戦略センター長


はじめに

明けましておめでとうございます。生駒でございます。

今日は、「ナショナル・イノベーション・エコシステム」という題でお話しいたします。エコシステムは生態系という意味ですが、お話を聞いていただくとご理解いただけると思います。

「イノベーション」という言葉は、個人や立場で思いや意味が違います。政策レベルでも省庁で違ってくるとのことです。そこで、まずイノベーションを考察・整理いたします。その上で、この「ナショナル・イノベーション・エコシステム」の構築が、21世紀の日本の国際競争力、あるいは生活の質(クオリティー・オブ・ライフ QOL)を向上させる上で非常に役に立つ、というお話をいたします。

今、なぜイノベーションが必要か

今、なぜイノベーションが求められるのでしょうか。1980年代、日本は世界の市場を席巻し非常にもてはやされました。実はあの時、日本には「ナショナル・イノベーション・システムがある」と米国で言われていました。いわゆる「日本株式会社」のことです。基礎研究ただ乗り論がささやかれながらも、国が奨励して米国の科学研究を応用に使い、企業が製品化して実績を挙げました。 そして、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とか、「21世紀は日本の世紀」などともてはやされ、浮かれた日本は90年代にバブル経済を招き、それがはじけて「失われた15年」に入りました。

しかしこの間、「科学技術創造立国」を目指した日本は、科学技術基本法のもと、第1期、第2期基本計画で17兆円と24兆円(実質21兆円)という膨大な資源を投入しました。その結果、確かに研究論文数は増え、インパクトファクターの大きい論文誌への投稿も増えました。これで知が創造され蓄積された(はずであります)。しかし、今、“So、 What?”です。論文の増加の効果は、一体何だったのでしょうか。

このところ経済は明らかに成長し始めましたが、これは不良債権の処理、企業の過剰設備の滅却、高収益体質への転換、米国経済の好調、中国経済の高成長などに依存したものです。

本日は、科学技術者の会合ですから、少し辛めに申し上げておりますが、科学技術研究の結果の経済的・社会的な価値への転換は未達成なのです。例を挙げますと、ライフサイエンス関係のR&Dには、基本計画の研究予算の半分の投資を行ってきました。にもかかわらず、日本の新医療は、依然として欧米の後塵を拝しています。NHKの正月番組で「がんと戦う」という非常に良い番組がありましたが、ここにも、このことが如実に現れていました。確かに研究費はたくさん出ています。しかし日本では、臨床研究や治験は世界でも最も困難な状況にあり、日本国民は、最先端の医療技術の恩恵にほとんど浴していません。それによって、国民はすごい損害を被っています。これからは、蓄えた科学的な知識を経済的・社会的価値へ転換しなくてはいけません。今日はそのプロセスをどう行うか、お話しいたします。

イノベーションとは何か、その成り立ち

さて、「イノベーション」という言葉は非常に多様な意味で使われているのですが、前半でそれを整理して、きちっと定義いたします。イノベーションは、中国では「創新」、日本の辞書では「革新」「刷新」「新機軸」と訳され、経営学では「売れる技術・新商品の市場投入で、シェアをひっくり返す」という意味とされています。

元祖は、シュムペーターの「新結合」の理論であろうと思います。これは、1911年に、彼が27歳ぐらいのときに出した純粋経済学理論です。シュムペーターは、与件が不変と仮定すると経済は均衡に向かい、そして循環する、と言いました。ここで与件とは、市場の構成や消費者の嗜好(しこう)のことです。また、物と労働とを結合させることが生産であり、このような仮定のもとで、経済は循環するが発展はしない、「静態的な変化」をする、というものです。これに対して、右肩上がりの発展は、「非連続的な新結合」の遂行によってのみ達成されるとし、これを「動態的な発展」と呼んでいます。

シュムペーターは、「5つの新結合」によれば経済が発展し、成長する、と言っています。

第1に、未知の新財貨や新品質の生産をして消費者に供給する。これはプロダクト・イノベーションです。第2は、新生産方式の導入で、今で言うプロセス・イノベーションです。第3は流通チャンネル、新販路の開拓による新市場への参加で、マーケット・イノベーションです。第4が原料、半製品の新供給源の開拓です。最後に第5は、新組織の実現による独占的地位の形成、または独占の打破です。彼はこの5つを「新結合」と呼び、「非連続的な新結合」は動態的な経済発展をもたらすだろうと言っています。

クリステンセンは『イノベーターのジレンマ』と『ソリューション』の2冊を書いていますが、彼のイノベーションは経営学で頻繁に使われ、有名です。彼は、ディスラプティブ・イノベーション(disruptive innovation)と、サステイニング・イノベーション(sustaining innovation)を提唱しました。 ディスラプティブ・イノベーションというのは、安価でローエンドの商品によって市場に参入し、次第にハイエンドに移行してシェアを拡大するやり方です。彼は新日鉄の鋼板の例を挙げていますが、日本の自動車産業もそうだと思います。最近の本では、新しい価値軸を市場に提供してシェアをひっくり返すことを言っています。いずれにしても「市場の破壊者になる」というのが彼のディスラプティブ・イノベーションの概念です。サステイニング・イノベーションは、絶え間ない改善によって同一市場でシェアを守ることで、日本が80年代に行い、それがケーススタディーになっています。

アバナーシとクラークは、技術と市場を、既存と新規に分類し、新規技術で新市場を開拓するのをアーキテクチュラル・イノベーション、既存技術で既存市場を深掘りしてシェアを維持するのをレギュラー・イノベーションと呼んでいます。

今まで述べた経済イノベーションの定義は企業経営の分野に限定されていますが、ブランズコムは、「発明の商業化」をイノベーションと呼んでいます。彼はIBMのCTO、バイス・プレジデント、NIST(National Institute of Standard and Technology, 米国商務省の研究機関)の長官を経て、今はハーバード大学の名誉教授で、MOTの大家です。科学技術に基づいて新製品を開発し、市場において成功を収める、というブランズコムのイノベーションを、私は今日の話の中で採用したいと思います。

ハガティーは、新技術や新商品に関する新着想・発明などはそれだけではイノベーションではないと言います。そういうものを市場に投入して経済的な成長を得、利益を上げるすべてのプロセスを「イノベーション」と呼ぶのです。パット・ハガティーは1970年ころ、テキサス・インスツルメンツで社長、会長に就き、非常に将来を見る目が高いと言われた人です。発見・発明だけではイノベーションではない、という認識は非常に重要です。

さて、イノベーションにはR型(リボリューショナリ revolutionary)とE型(エボリューショナリ evolutionary)があるということは、1980年代に私が提唱しました。R型イノベーションは不連続な技術の創出によって新規の市場を開拓することです。アナログからデジタルの転換がその例です。デジタル携帯が圧倒的に大きな市場を開拓したように、大きな技術転換は市場をものすごく広げます。E型イノベーションは絶え間ない技術革新のことで、インクリメンタル(incremental)な改善を続けることによって新市場が開けることを指します。つまり、量的な変化が質的変換に通ずるような場合です。半導体メモリーの大容量のものが安くできると、半導体市場の外で、動画像の市場が猛烈に大きくなった、という例があります。いずれにしても、「イノベーションは経済発展の原動力だ」というとらえ方であります。

「パルミサーノ・レポート」のイノベーション

2004年の12月に、米国から「イノベートアメリカ」、通称「パルミサーノ・レポート」が出て、日本でのイノベーション議論に拍車をかけました。日本でも、第3期基本計画の最終版には「イノベーション」という言葉が38回使われているそうです。「パルミサーノ・レポート」では「過去25年間、つまりヤングレポート以来、米国は効率化と品質管理に適合するように社会システムを構築し、日本に勝ちました。しかし、これからの25年はイノベーションを中心に置いて社会のシステムを最適化していく」と述べています。また、「洞察と発明の交点」(Intersection of Insight and Invention)という言葉を使ってイノベーション推進策を提言しています。新技術、新プロセス、新着想を新商品(財やサービス)に転換して市場に投入し、新たな経済的な価値を生み出し、さらには生活の質(QOL)の向上に資する、こういったすべての行為が「イノベーション」である、としています。また、そのために社会システムの構造改革が必要である、と言っています。これが、今日の米国で言われているイノベーションです。

「科学技術イノベーション」の提唱

そこで私が提唱するのは“科学技術に立脚するイノベーションを日本の中心に据える”ということです。「科学的な知識を社会経済的な価値に転換するためのすべての行為」を「科学技術イノベーション」と言いましょう。国が推進すべきイノベーションはこれです。図1に示すように、「経済的な価値の増大」がありますが、他に「社会的要請の充足」、「社会的価値の増大」を含むパスも入れます。

図1

図1

その昔は、「科学のための科学」という考え方がありましたが、これからは、「社会のための科学」へのパラダイムシフトが必要で、その上に、安全、健康、環境などの問題の解決を図るのがイノベーションの大きな目的になります。特に国レベルで推進するイノベーションに関しては、4つの条件を掲げました。第1に既存技術の創造的破壊を伴う、非連続的な科学技術の創出です。科学技術の世界にパラダイムシフトを起こさせるようなものです。アナログからデジタルへの転換はその例です。第2に社会システムに大きな変化をもたらすものです。これに対しては、いわゆる抵抗勢力のごとくに社会が抵抗します。だから、社会の新技術の受容性が、今後は非常に大事になります。第3に経済的な価値を大きく増大させるものです。産業競争力を強化し、経済成長の原動力となるものです。第4に社会的要請を満足させるものです。

そこで次に、科学技術イノベーションのプロセスを詳しく追ってみましょう。まず、科学的知識の創出と蓄積がたくさんなければ駄目で、図2の左端の「アイデアの海(シー・オブ・アイデアズ)」がこれを表します。これはいわゆる「基礎研究の産物」で、その時には出口が見えなくてもよいのです。これはグローバルな公共財なので、その中から取ってくれば安上がりですが、それだけではもう日本は許されません。

次は、科学的な知識を実用可能なアイデア、つまり技術やプロセスに落とし込む作業で、「基盤研究」とか「探索研究」と言えるものです。これは発明ですから知財が生まれ、論文も出ます。

次のステップで、アイデアを現実の商品に転換します。これは「技術のデモンストレーション」で、米国ではPOC(Proof of concept)、つまり、「新着想の証明」ということを盛んに言います。このプロセスは非常に大事です。

次のステップでは、実際の商品のプロトタイプを作ります。ここからは、設計・開発・製造の工程で、マーケティングを含めて一連の企業活動であります。市場を立ち上げると、宣伝・販売促進などが入ってきます。

売れ始めると、さらに完成度の高い商品を目指して改良を重ねます。信頼性、コスト、寿命などを改良し、うまく量販になれば収穫期(ハーベスト)に入り、そしてシェアナンバーワンを取ります。これが創業者利益を享受するモデルです。

以上の一連のプロセスが「科学技術イノベーション」ですが、これは、社会の中で分担をしながらやらないと達成できないと考えられます。このプロセスのプレーヤーにはお金を供給しなければいけないし、他の支援システムも必要です。

まず日本学術振興会(JSPS)は科学研究・基盤研究の部分を資金提供(ファンディング)しています。新エネルギー開発機構(NEDO)は商品イメージ作り・設計試作・評価・市場投入の部分を、そして、経産省関係のファンディングも行います。科学技術振興機構(JST)は科学研究から試作・評価までのファンディングをします。

ファンディング・システムでは、お互いがシェークハンドしながらシームレスに渡していくシステムが必要です。今は総合科学技術会議の音頭のもと、研究開発の連携施策群でそれをやろうとしています。しかし省庁間の壁もあって、必ずしもうまくシェークハンドしていません。また発明とイノベーションは、米国でも必ずしもうまくつながっていません。ブランズコムがアメリカ商務省の依頼を受けて、どこに障害があるか、について15カ月かけて詳細に調査をしました。その結果、ESTD(アーリー・ステージ・テクノロジー・デベロップメント)、ここの部分が一番難しいということを言っております。

図2

図2

まず、国は自然科学、人文科学、社会科学を含めて、科学研究に投資をして、科学的な知恵を蓄積して下さい。科学的な知は公共財ですから、企業はこの知を活用し、新製品の開発において、顧客やいろいろな調査をした上で、まず新製品の定義をします。実施段階で行うのは右から左へ、ですが、最初に左から右へ計画を立てます。こういう物をつくりたい、それでは量産技術ありますか? コストは? 等です。発明をするにしても、マーケットの事情を知らない、社会の状態を知らないで発明をしても、これはあまり役に立ちません。すると発明の最中にもう一回基礎研究に戻ってきます。おのおののステージでこういうフィードバックループがありますが、お気付きの通り、科学の基礎研究と産業技術の探索研究は考え方もやり方も別ものである、ということです。産学連携で、技術移転を行いベンチャーを立ち上げる時も、「新製品の定義」があって初めてこれができるわけです。研究開発戦略センターでは、このことを考慮して科学技術イノベーションの実行モデルとしてSLモデル(ステップ・アンド・ループモデル Step and Loop Model)、というのを創案しました(図2)。

先ほど述べたように、科学技術イノベーションは現存の価値、市場、技術をも破壊します。従って、普通は社会から歓迎されません。例えば、フラットパネル・ディスプレーは、今年は年間8千万台ぐらい製造されるという予想ですが、ここに至るまでに、非常に長い歳月がかかりました。それはなぜかと言うと、ブラウン管テレビが性能良く、安くできたから、その壁を破るのが困難だったからです。このように、イノベーションは、本来的にその内部に「ダーウィンの海」、「死の谷」を秘めているのです。創造的破壊を伴うものだから、成功させるためには、社会全体が知恵を出して、何とか工夫しなければいけません。それには社会的システムを改革する必要があるのです。そのようなイノベーションが起こりやすい社会システムを「イノベーション・エコシステム」と呼ぶのです。

技術革新とイノベーションの違い

これから、「技術革新」と「イノベーション」は違う、という話をします。

技術革新の良い例に、中村修二さんや赤﨑先生が開発された青色LEDがあります。青だけがなかったので、青を作ればすぐ実用化されます。ここには「ダーウィンの海」が存在しません。別の例で、今の超LSIでは、60ナノメーターぐらいまでが量産にかかりますが、それ以下にするときは、技術さえ完成すればGoです。CMP(Chemical Mechanical Polishing)という技術も革新的な技術ですが、現実のLSI製造にいち早く投入されました。LSI製造では技術の限界が来ていて、それを実用化する素地ができていたからです。これも科学技術イノベーションではなく、技術革新の範囲です。

関連して、「出口志向」もイノベーションとは違います。「私はターゲットをはっきり決めて始めたから、死の谷なんか無い」と言うのは、私の定義ではイノベーションではありません。初めに出口を設定したものは、イノベーションを引き起こしません。

逆にスタート時点で出口の見えない、応用が考えられない研究をサポートすることがイノベーションの第一歩です。研究を進めているうちに何か出てくるのだろう、というものです。従って、リニアモデルに似ていますが、よく調べるとそうではなく、先ほどのSLモデルでフィードバックが有効に働くことが非常に重要なのです。

光通信は非常に良いイノベーションの例です。3つの分野にイノベーションがありました。一つは光源の半導体レーザーです。1954年にレーザー技術の原点である、メーザー発振がありました。1957年に半導体レーザーの提案があり、1960年には固体レーザーの発振がありました。半導体の発振は1960年代に3カ所の研究機関で成功し、1970年に室温連続発振や、長波長化などの性能の改善があって、高速、高容量の通信用レーザーの実用化に至りました。この間、ノーベル賞を3つと、日本国際賞、京都賞などをもらった研究者が続出しました。ノーベル賞を取るような非常な基礎研究がイノベーションに寄与するのだ、という良い例だと思います。光通信で寄与した光ファイバーの開発ですが、これも科学の基礎研究から始まって実用にまでなり、今日のデジタル情報通信技術に発展しました。今のパケット通信は、故猪瀬博先生がベル研究所に研究者として招かれていた1950年ぐらいから研究が続いてきたものです。これらがうまく合わさって今の光通信ができました。これが本来のイノベーションであり、今、必要なのは日本発のこういうものであります。

21世紀の社会環境とイノベーション

それで、21世紀のイノベーションについて申し上げます。今までとは随分違うスタイルになるのではないでしょうか。米国では「パルミサーノ・レポート」のグループも含めて「21世紀イノベーション」というワーキンググループをつくり、分厚い報告書を出しております。それと、私自身の考えを加えて申し上げます。

イノベーションを起こしやすい分野は何かというと、まずは、科学が未成熟な分野です。生命を持たない物質を対象とした科学は20世紀に非常に進歩しました。今や、『科学の終焉』という本が出るぐらいです。しかし、生命の世界は非常に未開拓の分野だと思います。

次に、イノベーションが起こりやすい分野として基礎研究と市場との距離が近い分野があります。例えば、ソフトウエアの分野です。大学院生が出したアイデアが、インターネットを使って世の中を変えてしまう、また日本が非常に強いという「素材」もそうです。アモルファスの素材が出てきたときは、相当な変化がありました。

それから、従来の分野を超えた融合分野があります。医工、農工、バイオなどの分野はイノベーションが起こりやすい。文部科学省は融合分野のイノベーション研究拠点の公募を始めています。

これは「パルミサーノ・レポート」が言っていますが、相対立した概念の統合、というのが21世紀のイノベーションの重要な源泉になり得ます。例えば、生産者と消費者が一緒になってイノベーションを起こす。シュムペーターは、新結合は常に生産者が消費者に働きかけるもので一方通行だ、と言っています。この考え方は少し前まで当然のことでした。「ウォークマン」にしても、消費者と対話してつくったものではありません。これに対して、これからのイノベーションは消費者との対話によって生まれると考えます。あるいは消費者側から起こす。これは非常に重要なポイントだろうと思います。製造業とサービス業が融合してイノベーションを起こします。例えば、IBMは製造業ですが、同時にアウトソーシングのビジネスも行って、サービス・サイエンスなどと言い始めました。それから、知財戦略では、いわゆるプロパテントに対して、ある部分は公開して、広くシェアして世界標準にしていく動きがあります。例えば、クアルコムはCDMAの第3世代の携帯で強くロイヤルティーを主張していますが、それに対してMPEG2という圧縮技術は、皆さんがパテントを供出して、技術の普及を進めています。さらには、公的セクターとプライベートのセクターという対立概念の協調があります。今、日本が「官から民へ」と言っていることもその一つかと思いますが、ここにも21世紀のイノベーションの特徴が見えていると思います。

ナショナル・イノベーション・エコシステムの提唱

そこで、「ナショナル・イノベーション・エコシステム」という社会システムの構築を提案いたします。わが国の各セクターが協力、協調、ときに競争して、今日申し上げたような科学技術イノベーションを誘発するのです。

各セクターとしては、行政としては各府省庁、イノベーションの担い手の産業界、それから、大学、独立行政法人化した国研です。さまざまなファンディング機関としては、政府の研究投資、ベンチャーキャピタル、日本政策投資銀行、それから銀行のベンチャーキャピタルなどです。

先ほどのブランズコムは、「ダーウィンの海」が存在する原因を3つ挙げています。[1] 研究者とビジネス界が市場の情報を共有していない。[2] 研究者に、自分で現実の問題まで降りていくインセンティブが働かず、論文段階で止まっている。[3] リスクをとるファンディングのお金が少ない。米国の調査によると、「ダーウィンの海」を越すためには、ベンチャーキャピタルよりも、エンジェル、政府、大企業のお金が役立っているようです。ハイリスクなマネーはベンチャーキャピタルは出しにくく、政府が出したほうが良いと言っています。

日本で特に育ちにくく、不足なのはアントレプレナーです。米国ですら、アントレプレナー教育をもっとやるべきだと言っています。

日本に固有の問題として、大企業がベンチャー企業を吸収してしまう、ということがあります。「日本のトップ30」を調べると、最近は楽天などいろいろ出てきているものの、米国ではほとんど入れ替わっているのに対し、日本は30年前とあまり変わっていません。日本は、大企業、中小企業、スタートアップの役割について、いろいろな視点から見直さなければいけないと思います。

アイデアが出てきたとき、CEO、CFO、つまり社長や財務担当役員を一晩で見つけて直ちにベンチャーをスタートする、いわゆるハンズオンで育てることもこれから日本でやらなければいけないのですが、日本のベンチャーキャピタルはいまだそこまでできないので、例としてJSTが人のネットワークを持ってCEOを一晩で見つけてくる、というシステムを作ったらよいと思います。

市場対政府の関係の見直しも非常に大切です。市場メカニズムにどこまで任せるか、特に、日本的な風土の中での政府の役割を考えるべきです。米国は軍を筆頭に、政府調達で援助している部分がたくさんあります。最新の技術を政府が積極的に買い上げます。日本も、地方の政府も含めて、政府調達で技術誘導をすることも考えられると思います。

政策課題

政策課題は、非常に多様で、かつ広範にあります。まず教育・人材育成、これが一番重要だと思います。アントレプレナーの数が多い米国でもまだまだ足りず、現在は3つの州ぐらいが活性化していますが、これを全米に広げると言っております。

次に、革新を受容する社会風土の形成です。今日、日本は非常に保守的になりました。戦後まもなくは、ものすごく革新の受容がありましたが、皆が裕福になって保守的になったのが問題です。

次に、政府の改革です。特に、官の構造改革が必要だと思います。規制の緩和など、法の改変も鍵になります。科学技術政策、産業政策、経済政策、これらをイノベーションに照準を合わせて変えていくべきです。それから、積極的にイノベーションを誘発するための税制を考えるべきです。新製品の売り上げで得た利益分は、法人税を減税します。研究開発資源投入分については、政府が税金を戻すという負の税制も有り得ると思います。

このようにしてイノベーションを発生すると、既存のものが破壊され、また、世の中が急変します。そこで、敗者や失業者が出ます。そういう人の再教育プログラムも含めて、セーフティーネットを張る必要があると同時に、敗者復活の風土を作ります。地域クラスターの政策課題としてもイノベーションの視点が常に重要になると思います。

図3

図3

最後に、「パルミサーノ・レポート」の政策提言を見てみましょう(図3)。彼らは「人材育成」「研究開発投資」「社会インフラ改革」この3つに関して政府に提言しています。政府が採用するかどうかは大統領府の意向によりますが、「ヤングレポート」の時のように、少しずつ広がっていくのではないでしょうか。まず、教育は特に重要な位置付けで、PSM(プロフェッショナル・サイエンス・マネジメント)というMOTに似たコースを、理学部の学生のための全米に拡大しなさい、という提言があります。

ここで日本でイノベーションを誘発するための研究開発投資については2つのアプローチ、PIA(プランド・イノベーション・アプローチ Planned Innovation Approach)と、OIA(オープン・イノベーション・アプローチ Open Innovation Approach)を提案します。PIAというのは、研究の始まる前に高いゴールを設定し、プログラムオフィサー(PO Program Officer)の強力なガイドの下で各研究者が研究を進め、不連続な技術革新の創出を目指す。一方、OIAでは、イノベーションの起こりやすい分野を選んで研究開発投資をして科学的知識を生み出し、その中から実用化につなげるアイデアを拾い、タイミング良く最適チーム編成をして、実用化に持っていきます。私はこの2つの方法をJSTに提言します。

おわりに

第3期基本計画は、イノベーションの誘発を政策の中心に据えています。これは大変喜ばしいことです。大学、国研、企業などの各プレーヤー、ステークホルダーは、役割を分担して、今日申し上げた大きな意味でのイノベーションを創出していただきたい。大学の先生はイノベーションを考えて、科学の大きな流れを見越して研究をしていただきたい。各省庁には省益を国益に切り替えて政策を決定していただき、各省の間でシナジー効果を発現していただきたい。

NHKの「がんと戦う」という番組を見てつくづく感じました。確かに研究費はたくさん出ています。しかしそれにもかかわらず、国民が最先端の医療技術の恩恵にほとんど浴していません。イノベーションの目的は、こういう状況の打破にあるのではないでしょうか。医療の分野にはイノベーションをどのように当てるのか、もっと掘り下げて検討したいと思っています。

(記事編集 本誌編集長)