2006年4月号
連載2  - MOTと産学連携
第1回 技術経営MOTの普及と本格的実践に
向けて
顔写真

田中 義敏 Profile
(たなか・よしとし)

東京工業大学 大学院 イノベーション
マネジメント研究科 技術経営専攻
助教授


はじめに

新たな技術シーズに基づく新産業の創出、グローバル化が急速に進む社会経済環境下での国際競争力の維持に向けて、技術と経営の本質を理解し、技術シーズに立脚した新たなビジネスの創造とマネジメントができる技術経営人材が求められている。このような状況の中で、産業界における実践例の紹介、技術経営に求められる要件の整理、技術経営人材養成プログラム、全国主要大学における技術経営教育、産業界による技術経営コンソーシアムなど、技術経営人材の育成に向けた精力的な努力がなされている。技術経営MOTがわが国において叫ばれだして、すでに10年くらい経過しているだろうか。政府、産業界、教育界で着々とその進展に向けた活動が展開されつつある。本連載では、このような総合的施策の推進への大きな期待と同時に、技術経営の本格的実践への鍵となる「技術シーズ、市場の声、ビジネスの成長」の具体的なメカニズムを解説するとともに、次世代を目指す若い学生さん方に、技術経営実践のメカニズムの中で何を勉強しておくべきか、今後の学習と飛躍のための指針を与えることを狙ってみた。技術経営の定義をあれこれあさるのではなく、技術経営が支える新製品の上市*1とビジネスの成長モデルを理解することによって、技術経営の実践とはどのようなことか、それに必要な学習のポイントは何かを理解してほしい。

技術シーズから新製品の上市まで

技術シーズは、長年の基礎研究の成果として生まれる場合もあるが、第三者の保有する技術を先進的に導入(欧米では「テクノロジー・スカウティング」とも言う)することによって獲得する場合もある。ある日突然生まれるシーズも無いわけではないが、そもそも技術シーズとは、それまでに開発されてきた複数の技術を何らかの形で組み合わせることによって生み出され、この新しい組み合わせが、これまでにない斬新な作用効果、応用を成し遂げるものが大半である。すなわち、過去の技術の中に役に立つ技術があり、これを特定の新規目的のためにスカウティングすることによって、これまでに無い技術シーズが誕生してくる。すなわち技術経営の客体である技術シーズの発掘には、純粋基礎研究的な研究開発活動に加えて、技術移転・流通が大きな役割を果たす場合もあり、技術経営人材としては、この辺もしっかり把握しておかなければならない。この典型的なパターンが大学発技術シーズによる起業である。すなわち、技術経営人材が、大学の保有する技術シーズを移転し、新産業の創出にチャレンジするような事例である。その意味では、産学連携が技術経営の出発点となる場合もあるということだ。技術シーズは、それ自体では、事業化すなわち新製品としての体をなさない。その技術シーズを新製品まで持っていかなければならない。市場化をにらんだ開発は、プロジェクトマネジメントにより市場ニーズを踏まえた効率的な体制の下で進められ、試作品・実証品まで具体的な新製品デザインが設計される。同時に、研究開発部門は製造部門との連携により、かかる新製品の生産ラインを整備しなければならない。市場での売り上げが発生するまでの間は、膨大な投資活動により基礎研究から新製品そしてスタートアップまでの期間を支えていかなければならない。研究開発にもスタートアップにも多額の資金がかかる。技術経営人材は、金に無頓着ではありえない。金融・ファイナンスの基礎的アプリケーション能力を習得し、投資家としての感覚を持って新製品の上市を実現していかなければならない。この間の投資によって構築した技術は、将来のビジネスの中核をなすものであり、市場独占あるいは他社からの攻撃に対する防御のためにも基本的な技術を特許発明として権利化しておくことが大切である。ここでは、法律的な感覚をも併せ持つことが要求される。

上市後の「市場の声」が製品群を構築

さて、いよいよ新製品が上市される。ところが、上市すればビジネスが順調に成長していくわけではない。新製品を市場に出すや否や予期せぬ大変な状況が待っている。新製品に対するささいなクレームから新製品の本質的な課題までを含め、市場の顧客からは膨大な要求が突きつけられる。まさしく「市場の声」である。技術経営人材は、この市場の声の技術的側面に極めて敏感でなければならない。そして、この市場の声に対して即座に反応し具体的解決策をもって回答を出さなければならない。この回答が、実は、新製品を取り巻く多種多様の市場ニーズを満たす「製品群」といわれるものを構築していくのである。市場での確固たる地位を形成するためには、高品質・低コストを追求した生産技術を構築することも重要であり、技術経営人材がその役割を担う。技術シーズの生みの親はその革新性の大きさから、ややもして市場の声に敏感に反応して製品群・生産技術を構築していくことに意義を感じない場合もある。しかしながら、ここに、新事業立ち上げの大きな踏ん張りどころがある。ベンチャー企業を設立して新製品は上市したものの、ビジネスがなかなか立ち上がっていかない。まさしく、技術と経営をビジネスの成長と強化のために結びつけていかなければならない技術経営の要となる部分である。技術をバックグラウンドとする側から見れば、マーケティング戦略、カスタマーマネジメント、カスタマーサティスファクションなどを習得していることが重要となる。よく「死の谷」と題して技術経営の欠如がビジネスを立ち上げる時点で大きな障害になっていると表現される。すなわち、技術経営の本質的役割はビジネススタートアップを成し遂げることという面が強調されている。これももちろん重要であるが、一番の踏ん張りどころは新製品の上市から製品群を構築していく成長段階での技術経営人材の役割ではなかろうか。

知的財産戦略による国際競争力

ビジネスドメインの確立には知的財産マネジメントも重要な役割を持つ。研究開発段階では、できるだけ広い権利、強い権利の取得を目指して基本特許取得を中心とした戦略が必要になるだろう。しかしこれだけでは十分とは言えない。技術は常に進歩していく。すなわち、「市場の声」に応えるための改良技術の権利化、市場競争力の維持強化のためには、低コスト・高品質を目的とした他社に負けない特許ポートフォリオの構築も必要になるのである。しっかりとした特許ポートフォリオに基づく戦略的ライセンシングも重要である。独占排他的権利の取得については、国内での市場競争に加え、わが国産業の国際競争力の強化という観点でとらえなければならない。また、独占排他的権利で保護された製品をいかに国際標準にまでもっていくかということも産業競争力にとっては死活的課題である。巨大中国は独自の標準化を目指していくだろう。国際標準をにらんだ国際的知的財産戦略が重要となる。

技術経営を推進するコンピテンシー

最後の論点であるが、技術経営を企業の成長と強化に活用していくのは、あくまでもそこに存在する人材である。技術系の人材の多くは自らの専門とする科学技術の領域での真理の探究に興味がやまない。人間の心とか欲とか、他人と自らの心理的干渉、あるいは目標実現への行動心理学的なメカニズムなどにはあまり関心が無いものである。しかしながら、ある人間の集団をマネジメントしてひとつの技術シーズを何とか市場化し成長させていくためには、この領域での課題も避けて通ることはできない。リーダーシップ、モチベーション、対人交渉力、コミュニケーション、意思決定などの行動心理学から解明され体系化されてきた「コンピテンシー」、最近は日本では「人間力」などといわれることもあるが、技術経営人材として習得しておくべき重要な分野である。

具体的なメカニズムに即して実践的な学習をしていこう
図1

       図1 技術経営の実践例と学習の要点
           (技術経営の一つのモデル)

さて、技術経営の実践に向けたイメージ作りができただろうか。

技術経営の本格的実践例として、「技術シーズ、市場の声、ビジネスの成長」のメカニズムを解説し、今後の学習の要点と体系化を試みたが、今後の飛躍のための指針として役立てて欲しい(図1)。産学連携の推進に関しても、これらの要点を大学研究者がしっかりと意識すること、技術者が視野を広げ、技術経営の位置付けを理解し、その重要性に対する気付きを持つことが大切であると思う。連載のスタートとして技術経営の実践的体系化の一例を示したが、それぞれの専門の識者の連載記事をご覧いただき、技術経営に対するさらなる理解を深め、新産業の創出という共通の課題に向かって産学連携の一層の進展を期待するところである。

*1上市
市場に製品を発売する(put on the market)の意味。