2006年4月号
連載6  - ヒューマンネットワークのつくり方
私の産学官連携活動の4年間 -人脈のありがたさを実感-
顔写真

水谷 嘉之 Profile
(みずたに・よしゆき)

岐阜大学 客員教授・産官学融合
センター 産学連携コーディネーター



1. はじめに

文部科学省派遣事業としての産学官連携コーディネーターを拝命して、ちょうど4年の職務を満了した。振り返ってみると、就任当初は、配置先の教職員に知り合いがほとんどなく、果たしてこんな仕事が務まるだろうかという、かなり心細い状況だった。それが、何とか無事に今日までこられたのは、まさに付き合えば分かり合えるという、人間本来の好意によるものである。交換した名刺は、2,700枚を超える数になった。

とは申せ、初めから何もかも順調だったわけではない。精いっぱいこの未知の世界を開いていくうちに、類は友を呼び、互いに信頼できる仲間が増えてきた。

2. 産学官連携事始め
2-1. 教員紹介冊子の発行

企業向け教員紹介冊子の作成を提案した。当初、学内のムードはこの教員紹介冊子作成に冷ややかであった。冊子では情報の更新が即座にできない、すでにホームページに教員プロフィール紹介欄がある、などがその理由であった。しかし、ホームページの内容は、教員の出身や論文の紹介が主で、企業向けに役立つ情報は欠如していた。ホームページの情報のメンテナンスは不十分で掲載率も高くない。しかも、中小企業が99%以上を占める当地区経営者のほとんどは、大学のホームページを見ることが少ないことも分かった。大学の教員情報はコーディネーターにとっても必携であるので、掲載率の高い教員情報を作らなくてはと決意した。

そこで、工学部限定というセンター長の許しを得、教員に紹介原稿の提出を依頼した。電子メールでのデータ作成依頼の回収率は30%で、大学での産学官連携業務の前途多難さを早くも知ることになった。続いて依頼した農学部(現、応用生物科学部)もやはり回収率は低かった。

回収率は低いながら、カラーコピーとホチキス留めで、両学部の教員紹介を各100部以上手作りして、次に述べる「ラボツアー」(学外に大学の研究室を公開)の参加者への手土産とした。また、学内の要所、要人に配布し、われわれの活動への理解を求めた。

その結果、年度後半に全学教員の紹介冊子作成の許しと予算がつき、副学長名で原稿を集めて第1版発行にこぎ着けたのは、3月の年度末であった。そのときの、データの全学回収率は45%、工学部は工学部の産学連携推進委員長のご尽力もあり90%に達した。

図1

図1 教員紹介冊子「さんかんがく」

かくして、難産の教員紹介冊子「さんかんがく」(図1)は毎年更新を重ね、第2版(掲載率は全学で約60%)、第3版(同、69%)、第4版(同、75%)を発行できるようになって定着した。学外にも好評であり、われわれコーディネーターにとっても有用である。特に、各教員の顔写真を掲載したので、コーディネーターと教員との距離感は大幅に近くなった。加えて、掲載用写真の撮影をわれわれセンタースタッフが請け負い、直接面談の機会が増えた。

2-2. ラボツアーへのトライ
写真1

写真1 「ラボツアー」の一場面

学外に岐阜大学の研究状況を知ってもらうために、「ラボツアー」と称する研究室巡りのイベントを私の着任年度から企画した。まず、工学部と農学部についてである。これも、初めての試みのために、賛意を得るのに難渋したが、何とかお願いし実施した(写真1)。やってみると、大学側で予想した以上に好評だったので、イベント終了後に苦楽を共にした担当教員とすっかり懇意になれた。よって、毎年2回ずつ学部を替えて開催し、回数とともに全学にわたって教員との面識が増えていった。

ラボツアーは学外向けのサービス・イベントである。ツアー終了後には毎度簡単な懇親会を開催し、参加企業や自治体要人との情報交換を通した人脈を広げていった。

2-3. 大学での飲み会「遊Go」の開店
写真2

写真2 交流の場「遊 Go」

平成16年度の新しい企画として取り上げたのが、アフター・ファイブ開催の飲み会、「遊Go」である(写真2)。われわれが働く産官学融合センターは学内では略して融合センターと呼ばれ、その「融合」をもじって「遊Go」と名付けた。

その「遊Go」開店の狙いは、学外産官と大学教員との気さくな交流の場を設けることにある。よって、教員の出やすい場所として、産官学融合センターのエントランスの広間で、毎月1回開催している。その初年度(平成16年度)は毎月第2木曜日の17:30より、2年目の平成17年度は毎月第2金曜日の同時刻から20:00ごろまで開いた。会費500円、参加自由、簡単なつまみとビール、日本酒で、わいわいがやがやとやるのである。つまみには、しばしば共同研究の成果物や参加企業のPR食品を出し、日本酒は地酒を近隣の蔵元から順次購入した。できるだけ、蔵元を招き自慢の酒の紹介をお願いして場を盛り上げた。無論、自動車の飲酒運転はご法度である。

この「遊Go」は、まさに産学官がフリーに話し合える空間であり、産学や官学のみならず、産産、産官の交流の場でもある。毎回30~50人の参加でにぎわい、平均40名とすれば、2年間で延べ1,000名近くの参加者になる。そういう交流の中から、互いの接点が生まれ、新たな人脈が有機的に形成されていく。

3. 企業訪問~新しい試み~

当地区における企業訪問では、中小企業のニーズヒアリングが主体である。前職時代の人脈で隣県の大企業に食い込みたいが、大学のロケーションと実力において、かなり苦しい。なぜならば、トヨタを中心とする大企業群は名古屋地区の有力校を超えた向こう側にある。よって、地理的に劣勢な岐阜大学としては、有力校を凌ぐ実力教員が本学に何人いるかにかかっている。しかし、それに関する客観的情報は学内外に明示されていないから、コーディネーターとしてどこまで売り込めるかは把握しにくい。それでも、限られた教員を各社に紹介し、それなりの成果はあった。

大きな課題は、全く面識のない地域中小企業との産学連携の推進である。しかし、魚がいないところに、釣り糸を垂れるのは愚かである。さて、どうしようかと頭を悩ませていたとき、一つの幸運が舞い込んできた。それは、着任2カ月後、つまり平成14年度の地域共同研究センター(当時)のスタッフ強化であった。その中に、2年後の大学の法人化に備えて大学からお願いした地元金融機関所属の非常勤学外コーディネーターが含まれていたのである。

そこで、すぐに彼らと親しくなり、「資金余力があって、研究開発に前向きな企業のトップを紹介してほしい」と、お願いした。同時に、銀行の利益に直結しないかもしれないが、技術面における企業診断に役立ち、かつ新しい顧客サービスになるはずであると付け足した。この申し入れは快諾され、各地区の支店長の紹介を得て企業訪問を開始できた。

図2

図2 銀行ルートによる産学連携活動

すると、筆者の技術屋としてのにおいが歓迎されたせいか、技術系オーナーと話が弾み、スタートから上々であった。よく来て下さったというのである。よって、企業訪問が定例化し、銀行ルートによる大学情報の伝達とニーズへの対応の仕組み(図2)が確立できた。この仕組みのありがたさは3つある。第1は、大学の情報を各支店を通じて地域企業に伝達しやすいこと。第2は、企業訪問のアレンジをすべて銀行側にお願いできること。第3は、訪問先の企業まで銀行の車でアテンドしてもらえることである。

そのような緊密な関係が発展して平成16年度より地元銀行と大学との包括提携を結ぶに至った。

訪問した中小企業はこれまで約160社、そのうちのおよそ20%が岐阜大学との共同研究や奨学寄付金の提供につながった。

4. ありがたい昔仲間

コーディネーターという難しい職務の遂行においては、着任前までの昔の仲間にずいぶんと助けてもらった。それは、学生時代の友人、前職時代の仕事仲間、関連企業の知己、学会や研究会を通しての大学教員、公的機関の研究者、関連分野の他企業技術者の各位である。

学会活動で知り合い、コンタクト可能な教員は全国で50名以上にのぼる。そのうちの何人もが共同研究センター長の経験者や現役であり、学長から学部長経験者も含まれている。それ故、訪問や電話などで他大学の情勢を把握しやすく、時には岐阜大学での講演もお願いした。また、学生の求人に来たある大手部品会社には、推薦できる学生がいなかったので、直後の産学官連携京都会議で出会った旧知の他大学教授に頼み、有望な人材を送ることができた。企業も学生も指導教官も大喜びという、奇跡的なタイミングの所産であった。

5. 成果はいかに?
図3

図3 共同研究件数と中小企業の割合

ヒューマンネットワークの広がりと産学官連携の成果とは必ずしもリンクしないが、一つの指標である共同研究件数は図3のように伸びている。とりわけ、平成13年度から14年度にかけての倍増は、大学体制の拡充とコーディネーター着任の成果とみなされ、われわれコーディネーターが学内上層部で認知される大きなきっかけとなった。

以来、学内はもとより地域にも認められるようになり、われわれの活動は年々やりやすくなってきた。また、学内に常在する企業OBとして、学長の諮問委員や知的財産の評価委員なども委嘱され、ささやかながら新たなやりがいを感じている。

6. おわりに

人脈基盤がほとんどないところでのヒューマンネットワークの構築はやさしくないが、筆者の場合は周りの人々の温かい支援が得られて幸運だった。その幸運に乗って、新しい仲間や知己と一緒に、同じ目線のWeの精神で、地域に役立つ新しい産学官連携の仕組みづくりとより大きな成果を目指したいものである。