2006年4月号
海外トレンド
シリコンバレークラスターのイノベーションメカニ
ズム
顔写真

氏家 豊 Profile
(うじいえ・ゆたか)

SBF,Inc. / President & CEO




大手企業とベンチャー企業間のパートナーシップという軸

そもそも、日本企業に限らず、ゼロから研究開発を始めていたのでは時間的、コスト的、人材的に間に合わない。その意味では、米国の大手企業こそ、パートナーシップという形で先端技術、ソリューションはベンチャー企業に大きく依存しており、大手側はひたすらそれらの選定、インテグレーションを行い、より競争力のある完成品を目指す。そして、確かにその相手方ベンチャー企業の全米最大の集積地がシリコンバレーである。

では、なぜそのような集積が今もって当地で進んでいくのか。その背景には、全米のVC投資資金の実に40%近くもある、この地域のベンチャー企業投資マネー集積の存在があまりにも大きい。彼らリスクテイク・マネーは、より「基礎技術、汎用技術」を秘めた、大化けし得る対象を探している。その結果、ベンチャー企業側も当然その趣旨に沿った研究開発、製品開発を心掛ける。それは目先の資金調達の絶対条件であり、企業としての成長以前に会社存続がそこにかかっている。

補完関係にある開発フェーズ

シリコンバレーのベンチャー企業は、上記の結果、「基礎技術、汎用技術」開発段階にかなり特化した存在になっていく。最近でこそ、当地でもより完成品に近い工程のアプリケーション開発やサービス提供までやる企業も増えてきたが、もともとの半導体、そして基本ソフト、最近のバイオ・メディカル分野の基礎研究等々を見れば、そのようなリスクテイク・マネーが豊富にあるからこそ、ますます研究開発、製品開発の上流段階ができているという関係にある。その意味での、当地の産業クラスターとしての本質は変わらないし、そのような性格はますます高まっている。

一方で、例えば売上ベースで一つの製品で最低1万ドル(約100億円)をめどにせねばならない大手企業は、より完成品、量産品開発・生産段階に経営資源投入の主軸があって、川上の研究開発分野はリスクも大きく、製品化までの時間も読みにくく、できればより低コストかつスピーディーにベンチャー企業等の外部チームとも一緒になって効率よく内部化したいプロセスである。実際、当地のシスコ・システムズやインテル、東海岸ではモトローラやIBMが代表的CVC(コーポレートVC)を組成して戦略投資をやってきた背景はここにある。

つまりここでは、大手企業とベンチャー企業とでは、本分とする研究開発フェーズがお互いに見事に違っていて、相互補完関係にある。その意味で、シリコンバレーのベンチャー企業は、研究開発プロセスの格好のパートナーシップ先である。しかも、資金面は、ベンチャー企業側はその自助努力で、つまり、エンジェルやVC等と何とかやってくれる存在である。大手企業からすればこんなにありがたいことはなく、VCからの紹介で後追い投資も十分できる。

構造的な資金集積メカニズム

実はこのような関係を少し見方を変えると、当地企業に資金がかなり構造的に集まってくる仕組みが見えてくる。つまり、ここで論じている開発フェーズの中心領域は、製品開発前の「研究」段階(主に大学や公的研究機関の領域)ではなく、また、製品開発が進んだ「アプリケーション、完成品」開発段階(大手企業の得意領域)でもない。人材面、資金面を含めて最も難しい技術研究から「試作品」開発にかけての、世に言う「死の谷」段階である(表1の開発Ⅰ)。 つまり典型的な当地のベンチャー企業とは、ここをうまくVCや他の大手企業と連携しながら乗り越えていく存在である。技術的に自社とシナジーを描けそうであれば、大手企業から見ればパートナーを組まない手はない。

表1 シリコンバレー型MOTプロセス

表1

つまり、東京やニューヨークのような大消費市場、大口顧客企業所在地にあっては、企業は顧客のニーズを満たして製品をドンドン市場に供給することが至上命題であり、先述の通り、それを達成するために競って研究開発フェーズを短縮せねばならない。その構造的な必要性を満たしてくれる、くれそうな世界的存在がシリコンバレー、という関係である。その結果、その大手企業から、共同開発やCVC(コーポレートVC)、最終的にはM&Aといった直接的な形で、またはVCファンドを介して間接的に、この開発I段階中心のベンチャー企業に構造的に続々と資金が流れていく。こんな資金収集メカニズムが見えてくる。実は、このカラクリこそ、この産業クラスターをけた外れに発展させてきたエンジンだと考えられる。その意味で、「産業クラスターのイノベーションメカニズム」が一つここにありそうだ。

大学、そして産業政策当局のポジション

それでは、そんな中で、大学・公的研究機関の存在と、産業政策当局のリーダーシップの位置付けはどうか。まず大学そしてNASA(米国航空宇宙局)のような国家的研究機関の知的シーズに関しては、上記で言う「開発I段階中心のベンチャー企業」を次から次と生み出してくるシーズの源泉であることは誰もが認めるところである。その存在の大きさはシリコンバレーの歴史も証明している。そのシーズの事業化プロセスの最近の動向としては、

(1) 大手企業との連携ルート: 大学等からみれば、パッシブ(受け身)での研究シーズの外部への還元である。この点に関して、最近日本の大手企業側から、「ベンチャー企業とよりは、むしろ米国大学との方が組みやすい」という声も聞く。米国大学側に外部との共同開発の経験が蓄積されていて、知財の法的扱い、実務的処理がスムーズに進むという点は一つあろう。
(2) 大学発ベンチャー起業ルート: 大学の研究者・教授陣は基本的に外部から招くという米国大学のシステムもあって、例えばビジネス経験のある人材が大学に招かれ、その後その深みを増した技術シーズでVCから資金調達し本格的事業化フェーズに突入する、というパターンは多い。大学からそれまで一歩も出ていない研究一筋の先生が突如起業するということは確かに考えにくい。

それでは、官のリーダーシップはどうか。確かに当地でも、例えばカリフォルニア州政府やサンノゼ市に産業振興策の担い手はいて、日本の中央政府、地方自治体で地域クラスター振興を担う方々とほとんど同じような問題意識、政策努力をしている。では、当地を世界的ハイテク集積地にできた官の貢献部分はどの辺にあったのか。

そういう意味では、かつて州政府の人が私に言っていた「土壌づくりに徹している」という言葉をいつも思い出す。注目すべき最近の動きとして、昨年、国家的なライフサイエンス研究基地としての州立の幹細胞(ES細胞)研究所を、州南部のサンディエゴではなく、あえてシリコンバレーに隣接するサウス・サンフランシスコに置き、しかも30億ドルものシードマネー投入を決定した。それは、シリコンバレーのテクノロジーコアがこれまで半導体からコンピュータ、そしてその担い手となるソフトウエア、通信ネットワーク・ワイヤレスと推移してきたのと同様に、ここにきてバイオ分野を改めて官主導で強力にコア技術ラインアップに組み込んだということである。この決断は、これまでの成功体験に自信をもってのごく当然の帰結という印象を受ける。「彼らは勝ちパターンを確かに知っている」と実感させられた。この30億ドルが今後、経済学で言う「乗数効果」を帯びて、周りの民間資金を大々的に巻き込んでゆこう。これこそ、官のリーダーシップである。