2006年5月号
連載2  - MOTと産学連携
第2回 地域におけるMOT教育の展開
-山口大学大学院技術経営科(MOT専門職大学院)の取り組み-
顔写真

上西 研 Profile
(かみにし・けん)

山口大学大学院技術経営研究科
研究科長・教授



設立の経緯

中国地域は基礎素材・機械産業を中心とする産業構造にあり、その技術的な蓄積は認められるものの、わが国産業構造の変化に伴い製造業の空洞化などの問題を抱えている。こうした状況を打開し、新規産業の創出や既存産業の活性化を図るため、大学は自らイノベーションを創出できる人材の育成を産業界から強く求められている。このような地域社会のニーズに応えるため、山口大学では平成9年に大学院特別講義・社会人特別講座「ベンチャービジネス特論」を開設して以来、地域共同研究開発センター、工学部、経済学部などの連携のもとで、MOTに関する教材開発、シンポジウム開催、学部・大学院でのMOT教育に取り組んできた。特に平成14年度からは工学部にMOT教育推進本部を設置し、大学院理工学研究科においてMOTプログラム(履修後に修了証を授与)を開始した。こうした長期にわたるMOT教育の実績をもとに、技術と経営のリンクによる戦略的思考と実践力を持ち、新事業・新産業創出力の担い手となる人材の育成を行う専門職大学院として、平成17年に大学院技術経営研究科(MOT専門職大学院)を設立した。

教育理念

地域には、優れた技術シーズを持ちながら戦略的な事業拡大につながらない中小企業や、専門分野の知識と実践能力を持つ人材を抱えているものの、地域におけるイノベーション創出につなげられない中核企業が多く存在している。これらの企業に欠けているのは、経営者を技術経営の立場で支援する人材や、複数の技術分野を横断的に俯瞰(ふかん)できる戦略的マネジメント能力を持つ人材である。このような地域の特性を踏まえて、本研究科は、MOT教育を通して、技術と経営の双方の視点で戦略的思考ができ、地域経済の自立的発展と連鎖的なイノベーション創出を推進できる人材の育成を教育理念にしている。

育成する人材像

地域産業界のニーズに沿って、本研究科では以下に示す地域の社会人、

[1] 企業内で相応の実務経験を積み、イノベーション志向の部門でマネジメントを行う者およびその予備軍
[2] 新事業創出を担うベンチャー起業家およびその予備軍

などを主たる対象とし、「経営的観点でマネジメントができる技術者」、「技術動向を的確に把握し、経営戦略を企画・実践できるマネジメント人材」を育成している。育成する人材が具備すべき具体的能力(スキル)としては、以下のようなものがある。

[1] 事業戦略の基盤となる財務会計知識と事業計画の企画力
[2] 技術開発戦略とプロジェクトマネジメントの展開能力
[3] 具体的な事例研究(ケーススタディ)の経験を通じて、自らの課題を総合的に判断し、解決の筋道を見いだす能力

こうした能力を身に付けた人材は、本研究科修了後、次のような分野での活躍を期待している。

[1] 研究開発分野における商品開発責任者、幹部技術者
[2] 知財分野における知財マネージャー
[3] 事業部系のプロジェクトリーダー
[4] 新ビジネス(新規事業)のリーダー

教育課程

人材育成を具体化するために、本研究科の教育課程は「導入」、「基盤」、「展開」、「演習」という一連の科目群で体系化を行っている。また、基盤科目および展開科目は、マネジメント、財務、研究開発、知的財産を基本にとらえており、プロジェクトリーダーおよびマネージャーが熟知すべき重要な科目群も配置している。履修の標準修業年限は2年であり、修了要件は、必修科目24単位(演習系科目12単位を含む)、選択科目16単位以上、計40単位以上を取得することになっており、修了者には技術経営修士(専門職)の学位が授与される。受講者のほとんどが多忙な社会人であるため、授業は平日の夜間(18:30~21:40)と土曜日(10:20~17:40)に行われ、補講の体制や補助教材を充実させている。

カリキュラムの特色

本研究科のカリキュラムの特色として、「地域経済論」や「地域イノベーション論」のように「地域」に関する科目を開設していることが挙げられる。これらの地域系科目の狙いは、受講者が中国地域の事業・技術インフラを理解し、価値の高いイノベーションや設備投資を実践するために、それらの特徴を戦略的に活用できるようになることにある。そのために、経済・経営学的知見(地域の産業集積分析など)と技術・工学的知見(地域の技術蓄積分析など)を融合し、地域内イノベーション創出のプロセスを体系化した教材を開発し授業に用いている。

また、地域企業のイノベーション創出の取り組みに関するケース授業においては、衛星通信を利用した双方向通信システムを用いて、企業現場の生きた情報を講義室と共有し、議論を深めると同時に、現場の暗黙知を引き出し、知識伝授型講義では得られない実践的な課題解決能力を養成している。

産学連携

地域共同研究開発センター(CRC)、ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー(VBL)、技術移転機関(TLO)、ビジネス・インキュベーション・スクエア(YUBIS)、知的財産本部など、産学連携機関が充実していることが山口大学の大きな特徴である。この五つの機関すべてが、本研究科と同じ宇部市の常盤キャンパスに立地し、相互に密接な連絡を取りながら活動している。

また、平成15年に中国地域の産業界や大学と共に「中国地域MOTコンソーシアム」を立ち上げ、山口大学がコンソーシアムの事務局を務めながら、中国地域の主要都市で定期的に地域MOTセミナーやシンポジウムを開催するなど地域におけるMOT教育の普及に努めている。

さらに、地域産業集積の核の一つである石油化学コンビナートの全体最適化を戦略的に展開する人材の育成や知的クラスター人材育成などを産学連携により取り組んでいる。こうした活動を背景としながら、本研究科では地域産業界と密接な連携に基づく実践的な教育を行っている。

北九州教室

平成18年4月、JR小倉駅前のアジア太平洋インポートマート(AIM)の8階に山口大学大学院技術経営研究科の北九州教室を開設した。その主な理由は、

[1] 本研究科の第1期生、2期生に北九州方面から通学している社会人学生がいること
[2] 北九州で本研究科が主催してきたMOTセミナーの受講者アンケート結果より、北九州教室の開設を望む声が多かったこと
[3] 北九州の産学官連携関係者とのヒアリングより、本研究科が展開してきている地域企業の製造現場に密着したMOT教育に対するニーズの高さを確認できたこと

などである。

このように、地方においても着実にMOT教育が根付き始めている。しかし、MOTは万能薬ではない。これまでのMOTは大企業中心に考えられていたため、処方を誤れば、 副作用もある。地域企業にとって実践的なMOTを構築するためには、これまで以上に産と学が強く連携し、産学共同でMOTを育てていく必要がある。