2006年5月号
連載4  - 大学発ベンチャーの若手に聞く
広島大学のアイデアドクター
-歯の長期冷凍保存:ティースバンク事業-
河田 俊嗣氏 (有限会社 スリーブラケッツ*1
顔写真

平尾 敏 Profile
(ひらお・さとし)

野村證券(株)
公益法人サポート室 課長



写真1

写真1 取締役 河田 俊嗣氏

河田俊嗣氏(写真1)は広島大学歯学部の講師で平成18年5月をもって40歳になった。

今、まさに旬の、あぶらの乗り切った働き盛りの「気のいいお兄ちゃん」だ。見るからに人懐こい人柄は、何にでも好奇心をもつ性格につながり、新しい発見にも積極的でどこにでも首を突っ込んでくる。現在、彼が作り上げた作品は3つある。そのうちの一つが今回ご紹介する「歯の銀行」である。

20年間歯を冷凍保存・・・将来の虫歯治療に

「ティースバンク」として認知され始めた事業をご紹介しよう。

人間は、子供から大人に成長していく時に、歯並びの矯正調整が必要となる。具体的には、健康な親知らずや小臼歯を最大8本抜歯し、捨てることになる。本事業は、捨てられる健康な歯を冷凍保存し、将来の虫歯治療に役立てようとするものだ。最近、「再生医療」に関する研究が盛んになっているが、これもその一種。抜いた歯の一部に歯根膜がついている限り、現在の科学では20年以上冷凍していても自分の歯として復活させることが可能、というもの。虫歯の治療に、不要の親知らずを代わりに利用する方法は、再植治療としてこれまでも実績があった。河田氏は、冷凍することで使用期間を20年間延長することを思いついた。「この方法は、誰にでもできるもので、特許や特別の方法を権利化するものではありません」と河田氏。毎日の治療行為で、患者さんのニーズから考案されたビジネスでもある。冷凍保存にかかる費用は1本9万円ほど。他に血液検査料金、抜歯料金がかかるが、いつでも取り寄せて自分の歯として使うことができる。

河田氏を支える人たち

重要なことの一つに冷凍技術がある。冷凍庫には、最近マスコミでも取り上げられている「CASフリージング・チルド・システム*2」に基づいた冷凍技術が利用されている。製造販売を行っている(株)アビーの大和田社長のもとに駆け込んだ河田氏は、持ち前の人懐こさで協力と業務提携にこぎ着けた。大和田社長は、有力な協力者であると同時に河田氏の理解者であり、時として事業推進の心の支えにもなっている。

写真2

写真2
     河田氏の教え子でもある
     加来助手

ティースバンクを支えるスタッフは事実上現在3名。河田氏の教え子でもある加来助手(写真2)、歯科医師で東京在住の友人等である。ビジネスモデルのユニークさがマスコミで取り上げられ、それをきっかけに訪れた患者が大半である。本格的なビジネスとしては程遠い感があったが、ようやく事業推進を専業とする協力者も現れ、本格的な活動が期待できるようになってきた。

次々とわき出るアイデア

「Necessity is the mother of invention(必要は発明の母)」という西洋のことわざがあるが他にもユーザーの利便性を考えたアイデアで製品となったものがある。一つは歯科医師が使う機器の洗浄機械。もう一つは、磨くとピカピカに汚れが落ちてしまう歯ブラシ。題して「天然歯面用ブラシ(特許第3783039)」。素材は圧縮メラミンフォームで、既に清掃用具としておなじみのものである。原材料の安全性を確認しながら、磨く対象を台所用品から歯に替えて特許を取ってしまった。1本400円で販売を開始する。これとて独創的な研究でも未知の発見でもない。

今後とも河田氏のアイデアはとどまることはないだろう。河田氏は日々患者さんと対面することでニーズを生んできた。そういう意味では現場にいる限り次々と新しいアイデアが創出される予感がする。

筆者の感想

「武家の商法」とは、腰を低くして行う商いが、偉そうに構える武士には務まらない、という例えだ。河田氏の場合、それとはちょっと違うが事業家としてはまだまだ。というのも「勘違いに気が付かないベンチャリスト」のイメージが強いからだ。技術系の中小企業にも同じ過ちを犯す人が多い。「こんなにいいものが売れないはずはない」と思いながらやっぱり売れないのだ。技術は良いが売り上げに結びつかないパターンだ。

平成16年に開業した当ベンチャーは前期売上は700万円、当期利益は50万円となった模様である。二年目にして赤字でないと言えば優秀だが、事業としては合格とは言えない。マスコミで取り上げられることが一時的な売り上げになっても事業としての基盤拡大にはつながらない。歯の冷凍保存を希望する人は潜在的に多いのだから、潜在顧客を呼び込む仕掛けが必要となってくるだろう。事業として確立させるためには片手間ではなく専業従事者が求められる。今年は正念場の三年目となる。飛躍の一年となるか、勘違いの一年となるか、河田氏に集まる人材に期待しよう。

*1(有)スリーブラケッツ
http://www.teethbank.jp/

*2CASフリージング・チルド・システム
Cells Alive System (細胞が生きている)という意味。
(株)アビー(千葉県我孫子市)が開発した冷凍システム。電磁場を利用することで冷凍→解凍時の細胞破壊を阻止することに成功。この冷凍庫で築地に水揚げされた遠洋マグロが記録的な高値で取引された。