2006年6月号
連載1  - 産学連携と法的問題
第7回 産学連携と秘密保持契約

荒井 俊行 Profile
(あらい・としゆき)

奧野総合法律事務所 弁護士・
ニューヨーク州弁護士/
金沢工業大学 客員教授


問題の所在

共同研究や委託研究等の産学連携を実施するにあたっては、企業側から秘密情報を開示し、あるいは、大学側から秘密情報を開示する場合がある。こうして相手方に開示された秘密情報は、その私有性を維持するために、開示目的に従ってのみ使用され、秘密性が保持されるように適切に管理される必要があるところ、これを情報受領者の義務として法的に位置付けることを主題とするものが秘密保持契約(NDA:Non-Disclosure Agreement)である。秘密保持契約の締結は、当該秘密情報について、不正競争防止法上の営業秘密として法的保護を受けるために、その要件の一つである秘密管理性を充足する上でも大切である。

そして、特に、ビジネスプレイヤーである企業にとっては、市場競争において自己の優位性を確保するべく、他との差別化の要素となる技術やノウハウ等の情報の私有化が必要であるところ*1、特許等の知的財産権制度による権利化がなされていない情報財について、これを秘匿した上でその秘密性を保持することは、企業財産を維持するために極めて重要である。従って、企業が大学を研究開発の戦略パートナーとして選択し、産学連携活動を展開するためには、秘密保持契約の締結により大学教員等に秘密保持義務を課すことが不可欠となる場合がある。さらに、秘密保持義務は、秘密情報にアクセスした者全員に課さなければ秘密性確保において意味がないため、産学連携プロジェクトに学生が参加する場合には、別途、学生からも秘密保持誓約書等を徴求することが必要となることもある。

しかしながら、産学連携のもう一方の当事者である大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的および応用的能力を展開させることを目的としている(学校教育法52条)。そして、かかるアカデミックプレイヤーである大学における円滑な研究・教育活動のためには、自由な意見交換や研究発表等が必要であり、学術情報は広く自由に流通することが求められる。しかるに、企業との秘密保持契約によって秘密保持義務を負担した大学教員等研究者は、必ずしも同義務に抵触するものではない場合であっても、例えば、その後の同種の研究活動において躊躇(ちゅうちょ)を感じることがあり、あるいは、秘密保持契約を締結した企業の同業他社との間の人的交流を差し控えることがある等といった実情が指摘されている。また、学生についてみても、学生は大学等と雇用関係にあるものではなく、産学連携プロジェクトへの参加も教育、研究指導の一環という位置付けにすぎないにもかかわらず、秘密保持誓約書等を提出してプロジェクトに参加した修士課程の学生が、当該プロジェクトに関連する修士論文を公表できない等といった問題も指摘されているところである。このように、情報の秘匿による私的財産性確保を目的とする秘密保持契約は、その内容如何によっては、アカデミアとしての大学の使命と緊張関係に立つ可能性が否定できないのである。

秘密保持契約と公序良俗

産学連携における秘密保持契約の具体的内容の策定にあたっては、前述のとおり産学連携が、ビジネスプレイヤーとアカデミックプレイヤーという異質のプレイヤー間の連携であるという特殊性を考慮する必要がある。すなわち、企業間における秘密保持契約の場合には、同じビジネスプレイヤー同士の経済合理性に即した私的な合意の中で、情報財の秘匿に関する具体的内容が決定されており、独占禁止法に抵触する等の例外的な事情が存する場合は別であるが*2、通常は、例えば、研究成果物の取り扱いや秘密保持期間等に関する契約内容が公序良俗に反するとされる可能性は低い。一方、産学連携というアカデミックプレイヤーとの間における秘密保持契約の場合は、単なる経済合理性による私的な合意とはいえず、特に情報の秘匿に関する契約が公序良俗に反しないためには、その具体的状況下における契約内容が産学連携活動の本旨に沿ったものでなければならない。

そもそも、産学連携活動は、「科学技術創造立国」を目指し、今や国策として技術革新や新産業創出等に取り組むわが国において、知的財産の創造と活用を推進すべく、知の源泉である大学の知的資源を「社会貢献」という観点からより一層活用することを趣旨とするものである。しかし、この「社会貢献」という大学の使命は、あくまで「第三の使命」という位置付けにすぎないのであって*3、学問の自由を享有するアカデミアとしての大学の本質にかんがみても、教育と研究という大学の基本的使命を阻害するような活動は、もはや産学連携活動の目指すところではなく、その本旨に悖(もと)るものというべきである。ちなみに、学問の自由(憲法23条)について、最高裁判所は、「学問的研究の自由とその研究結果の発表の自由とを含むものであって、同条が学問の自由はこれを保障すると規定したのは、一面において、広くすべての国民に対してそれらの自由を保障するとともに、他面において、大学が学術の中心として深く真理を探究することを本質とすることにかんがみて、特に大学におけるそれらの自由を保障することを趣旨としたものである」(最判昭和38年5月22日)と判示しているところ、こうした憲法価値は、単に公権力との関係で問題になるに過ぎないものではなく、契約法の場面でも公序良俗性の判断において尊重されることになろう。なお、同判例は、大学における学問と実社会とのかかわりについて、学問の自由は真理探究そのものに向けられる作用であり、実社会の政治的社会的活動にあたる行為は当該保障の枠外であるとして学問の自由の限界を示しているが、産学連携活動について、これは社会経済活動であって学問の自由の枠外である、とすることは、その区別があいまいであること等からも困難であると思われる。

以上にかんがみれば、産学連携における秘密保持契約は、具体的状況下において、教育と研究という大学の基本的使命を不当に害し、ひいては学問の自由に対する過度の制約となるような場合には、公序良俗に反して無効になる可能性が高いと考えられる。

産学連携における秘密保持契約の留意点の概要

では、産学連携における秘密保持契約は、どのように設計されるべきか。紙幅の関係上、細目については省略するが、特に、大学側に秘密保持義務を課す場合については、少なくとも以下の点に留意する必要があると考えられる。

まず、大学における研究活動に対する制約を必要最小限度のものとし、不当な萎縮効果を防ぐために、秘密保持義務の対象となる秘密情報は、具体的かつ明確に特定する必要がある。特定の方法としては、情報カテゴリによる特定や記録媒体による特定等があるが、いずれにしろ、過度に広範にわたらないようにすべきであるほか、除外規定等を併用して、対象情報を実質秘に限定することも必要である。また、秘密保持義務の存続期間については、秘密情報の種類にもよるが、合理的な制限を設けるようにすべきであろう。

次に、研究成果は公表されることが必要であり、公表の時期や方法等については条件を付することができるとしても、産学連携において創造された新たな知が、企業の営業秘密として秘匿されることは許されないとされる可能性がある。従って、研究成果については、特許等の公開を前提とする知的財産権制度によって保護を図るものとし、研究成果に対する秘密保持義務は、特許等の新規性の確保を目的とする範囲にとどめるべきである。

さらに、学生から秘密保持誓約書等を徴求する場合は、あくまで学生の自由意思に基づき、内容を正しく理解した上で提出されたものであることを付属説明書等で担保することはもちろんであるが、秘密保持義務の内容としても、教育の成果を否定することにならないように、範囲や期間等を厳格に制限する必要がある。特に自然科学系の産学連携プロジェクトに参加する学生から秘密保持誓約書等を徴求する場合、当該学生の教育課程期間を超えて秘密保持義務を課すことには極めて慎重でなければならない。すなわち、自然科学系の場合、社会経験としての研究活動経験というより、研究活動から得られた具体的な学術知識そのものの集積が教育成果として重要となる場合が多い。そして、学生のプロジェクト参加は、職務ではなく教育の一環として行われることにかんがみれば、秘密保持義務により活動の成果を発表できない、または、利用できないという事態が生じるならば、教育成果の直接的制約につながる恐れがあるのである。

最後に、産学連携における秘密保持契約については、実務上は、秘密保持契約のアカデミアに対する危険性を把握した上で、大学側において適切な書式を用意することが望ましく、少なくとも、通常の企業間における契約と同様の書式を軽々に用いることは適切でない場合が多いと考えられる。また、契約遵守の観点のみならず、情報のコンタミネーションを防ぐ観点からも、適切な情報管理体制が構築されていなければ、大学側としては秘密保持契約を締結することは控えるべきであろう。なお、企業側としては、探索目的や技術開発目的等、産学連携の目的には多様なものがあろうが、大学を戦略的パートナーとするにおいては、強い秘密保持義務を課した上で重要な秘密情報を開示するというような方策を指向することはあまり適切ではないと考える。産学連携における秘密保持契約は、上述のように、その有効性も含めて極めて制約が多いことを十分認識した上で、開示する秘密情報を慎重に選択し、また、学生参加の可否等を判断して、連携態様を決定することが重要であろう。

*1
知的財産戦略本部の「知的財産の創造、保護及び活用に関する推進計画」においては、アジア諸国に比したわが国産業のコスト競争力の低下や「知識経済」という新たな環境にかんがみ、わが国産業の国際競争力を確保するためには、知的財産の生み出す付加価値や差別化が重要である旨指摘されている。

*2公正取引委員会
「特許・ノウハウライセンス契約における不公正な取引方法の規制に関する運用基準」、「共同研究開発に関する独占禁止法上の指針」等参照。

*3
科学技術・学術審議会、技術・研究基盤部会、産学官連携推進委員会「新時代の産学官連携の構築に向けて(審議のまとめ)」2003年、7頁等参照。