2006年6月号
連載3  - 大学発ベンチャーの若手に聞く
知のトライアングルを早慶連合で実現 -人口血液で人類を救う-
高木 智史氏 (株式会社 オキシジェニクス*1
顔写真

平尾 敏 Profile
(ひらお・さとし)

野村證券(株)公益法人サポート室
課長/本誌編集委員



写真1

写真1 代表取締役
     会長 高木 智史氏

人工血液開発の歴史は1970年代から始まった。今年でおよそ30年になる。日米同時に開発競争はスタートしたが、早稲田大学理工学部では80年代から研究が始まった。途中、慶應義塾大学医学部との連携へと進み、大学発ベンチャー「オキシジェニクス」が生まれたのは2002年12月である。研究開始から約20年後に、実用化へのプロジェクトとしてスタートした。以来3年半で約42億円あまりのファイナンスを積み重ねながら、実用化へのピッチを上げている。高木会長(写真1)のお顔を拝見すると、ようやくトンネルの出口までの距離が計れるようになった様子がうかがえる。

制約の多い今の輸血用血液

当該事業を分かりやすくするために「人工血液」について説明しよう。

手術や緊急用血液として利用される輸血用血液は4℃で低温保存しなければその機能を確保することはできない。しかも、有効に使える期間は約3週間と短い。例えば、阪神淡路大震災では、停電のため低温保存されていた血液の半分以上は駄目になってしまったし、緊急輸血に際し、血液型を特定するための30分間で手遅れになることもよくある話だ、という。

オキシジェニクスが開発している人工血液は室温での保存が可能だ。さらに全ての血液型に適合するという特徴がある。前項であげた問題は大半が解消する。また、室温での長期保存は、電力の供給が不安定なアジア・アフリカなどの地域での活用にも道は開ける。そういう意味では地球上の全ての人たちが恩恵に浴することが期待されるプロジェクトということになる。

志がつないだ知の連携
図1

図1

人工血液には二つの手法(図1)がある。一つは、ヘモグロビンをくるむ方法。もう一つがヘモグロビンをつなげる方法。余談ではあるが米国国防総省はこのプロジェクトに積極的で、前者は海軍が、後者は陸軍が採用し開発競争をしていたという。

志がつないだ知の連携
写真2

写真2 慶應義塾大学
     末松 誠 教授(医師・
     医学博士)

早稲田理工学部の土田教授はヘモグロビンをくるむカプセル方式を採用した。現在確立された仕様は、直径250ナノメートル*2のなかに3万個のヘモグロビンを収容する、というものだがここにたどり着くまでに長い時間とたゆまぬ研究があった。職人芸のような精巧さで作り上げる作品に、慶應医学部の末松教授(写真2)がBioimaging技術*3で実証と改善すべきスペックを返していくことになる。以来、手法のやりとりは8年間で15回に及んだ。高木会長は「15回のやりとりがあった、ということはそれだけの失敗があったことになります。この失敗のデータほど貴重なものはありません」という。学部間を超えた産学連携の理想型として叫ばれている“医工連携”が、“大学を超えた医工連携”として10年以上も前から実践されていたことになる。研究レベルから“世に出す段階”と判断した末松教授は、かねてから親交のあった高木氏にベンチャー設立の相談をすることになった。家業の製薬会社の社長から転じてバイオベンチャーの支援活動をしていた高木氏は、末松教授からするとまさにピンポイントの選択だったのではないだろうか。

新たなパイプラインも

現在早稲田理工学部は、カプセルのサイズを30ナノから350ナノサイズまで、自由自在に粒径をコントロールできる技術を確立した。それは度重なる失敗の連続が改良の歴史でもあったことの証でもある。また、慶應医学部はヘモグロビンを通して酸素と二酸化炭素という二つのGas交換のメカニズムを解明してきた。生体内にあるさまざまなGasが生命現象を調整する重要な役割を果たしているという。本プロジェクトは、結果として“Gas Biology”として研究領域を拡大することになった。早慶の医工連携は、人工血液にとどまらず、新しい創薬への実現に向けて展開していくことと確信した。

筆者の感想

「志」と「野心」の違いを説いた人がいる。「志」に利己欲はなく、ひたすら世のため人のためにあるので、他に共有され、後生に引き継がれていく。一方「野心」は動機が利己的な故に、その人だけで終わってしまう。そういえば、人工血液で消えてしまった上場企業もある。

写真3

写真3 早稲田大学
     武岡 真司 教授(工
     学博士)

オキシジェニクスには志がある。早稲田大学土田教授の研究は武岡教授(写真3)に引き継がれ、行き詰まって慶應義塾大学医学部の門を叩いた。臨床研究で小林教授、基礎研究で末松教授の協力を仰ぐこととなる。そして末松教授はプロジェクトの実現のため、高木氏を焼き肉店に呼び、ベンチャーの設立を説いた、と言う。そして今、高木氏は、締めくくりの役割を大村孝男氏に託し社長として招聘(しょうへい)した。一つのことにかけた人たちの執念は四半世紀近くを費やしながらその目的と理念は一度も揺るぎがないと思われる。ついに本プロジェクトに関する特許は16本を数えるそうだ。大学発ベンチャーの上場も10社以上となり、投資家にも認知されようとしているが、内容は必ずしも盤石とは言えない会社も見受けられる。その意味でも当該企業の果たす役割は大きい。



<高木 智史氏 略歴>

東京都出身、千葉大学人文学部卒。

1994~1997年、グレラン製薬社長。2000年、バイオベンチャー専門のVCであるバイオヘルスケア・パートナーズのジェネラルパートナー。2001年、バイオベンチャー支援企業としてバイオアクセラレータを設立、代表取締役。2002年12月、オキシジェニクスを設立、代表取締役。2006年3月、取締役会長。

*1(株)オキシジェニクス
http://www.oxy-genix.com/

*2
1ミリメートルの千分の一が1マイクロメートル、1マイクロメートルの千分の一が1ナノメートル。従って、1ミリメートルの間に3万個の赤血球を包んだカプセルが4,000個並ぶことになる。

*3
ナノサイズの粒子が生体内でどのような挙動を示し、代謝・分布するかを即時に検証し、かつ効果を数値化できる技術。250ナノメートルの特定はこの技術があって実現した。