2006年6月号
連載4  - ヒューマンネットワークのつくり方
ふるさとが取り持つ”人の縁”
顔写真

梶谷 浩一 Profile
(かじたに・こういち)

岡山大学 産学官連携本部 産学
官融合センター 産学官連携コー
ディネーター/文部科学省 産学
官連携支援事業 産学官連携コー
ディネーター


はじめに

文部科学省派遣・産学官連携コーディネーターとして本欄に登場するのは、筆者が6人目である。大石、谷口、平野、水谷、村田と続いた強打の上位打線から功打の下位打線に移る。気ままに打たせていただく。「ヒューマンネットワークのつくり方」という題を頂いたが、『つくり方』という表現は、私にはしっくりこないので、「ヒューマンネットワーク」を後から振り返ったときの「人の縁」といった切り口で、いくつかの思いを述べたい。

大駄馬先生

昭和40年代の高度成長期は、どの企業も従業員教育に熱心であった。そのころの一人の講師の話がわれわれの記憶に残った。昔の戦争では軍馬の良し悪しが戦況を大きく左右した。「駿馬」と「駄馬」の軍馬二分法である。駿馬はおよそ5%しか存在せず、駄馬は95%に達する。ところが、駄馬の中に「大駄馬」が5%混じっているという。軍馬三分法である。駿馬は誰の目にも明らかであるが、平時の大駄馬は、駄馬に埋没して目立つことも役立つこともない。講師いわく、「大駄馬を生かせるか否かが戦いの眼目である。大駄馬の活躍は駄馬にも活力を与え、敵の駿馬に勝てるのもまた大駄馬である」。われわれは、尊敬を込めてその講師を「大駄馬先生」と呼び、大駄馬なら「われわれにもなれるかも」と思い、大駄馬にあこがれた。

産学官連携運動という現代の文化大革命のミッションは、産・学・官という異質なものを出会わせ、衝突させ、反応させ、一種の戦闘状態をつくり出すことで大駄馬をクローズアップすることにあり、コーディネーターの役割は大駄馬に鞍を付けることなのかもしれない。

うなずき君
写真1

写真1 粗大ゴミと資源ゴミ

筆者が産学官連携コーディネーターに就任した動機は「不純かつ殊勝」であった。すなわち後出の狂歌を契機に「粗大ゴミとして最終処分場に行く前に、資源ゴミとしてもう一度お役に立ちたい」というものであった(写真1)。運良く文部科学省のコーディネーター事業が発足し、会社の先輩の紹介で大学の後輩の面接を受けて採用された。

≪狂歌:わが友のノーベル賞に決まりし日、月に一度の粗大ゴミの日≫

就任当初は、天涯孤独、孤立無援、四面楚歌、前途多難、諸行無常という心境にあった。アシスタントやパートナー無しで仕事をするのは生涯初めての経験であった。途方に暮れていたころ、岡山県立大学渡辺富夫研究室を訪問する機会があった。「インターロボット・うなずき君」との出会いである。このロボットは、話しかけると熱心に聞いてくれ、同感すると深くうなずいてくれる。話し手はうれしくなって気持ち良く話が進むというものである。日本語だけでなく、英語、ドイツ語、中国語で話しかけてもうなずいてくれる。これだけの「スグレモノ」なのだから高度な人工頭脳が搭載されているに違いないと思った。あにはからんや、頭脳は大変軽いのだそうだ。うなずき君は、話の内容を理解してうなずいたのではなく、話し手の言葉の調子に合わせてうなずいていただけなのである。「これだ! これなら私にもできる!」と思った。コーディネーター免許皆伝“うなずき術”に開眼した瞬間である(反省:最近この術を忘れかけている)。

インターロボット(株)は、渡辺研究室の成果を実用化すべく社会人ドクターが立ち上げたベンチャー企業である。社長の小川浩基氏とは京都国際会館の産学官連携推進会議の交流会でお会いした。「はじめまして」と名刺交換し、お互いの名刺を確認しながら同時にアッと叫んだ。「あッ! カジ君のお父さん!」。小川氏は、わが息子の大学時代のサッカー仲間で、結婚式にも嫁さん子供同伴で出席してくれた大の仲良しなのであった。彼の会社は、現在、私の部屋の向かいに見える岡山県インキュベーションセンターにある。

ふるさとの縁

コーディネーターは、人に会うのが仕事である。会った人同士を出会わせて、新しいドラマの創生を演出するという、何とも幸せな仕事である。名刺は2カ月に300枚のペースでなくなる。講演会やセミナーでも隣に座った人とは名刺交換をする。初対面の人とは、名前の由来と出身地を聞くことが多い。結果として、同郷の人と出会う確率が意外に高い。

私のふるさとは、愛媛県佐田岬半島の突端の町であったが、昨年の3町村合併で原発の伊方町にのみ込まれた。結果、青色発光ダイオードの製造方法などの発明者として知られる中村修二氏(旧瀬戸町)と同じ町内出身者となってしまった。この仕事を通じて出会った愛媛県人は100人以上、愛媛県南予地方出身者も20人に達する。同郷というだけで、百年の知己のごとく話ができるのは「田舎者」の特権である。

筆者と同姓異読のK先生は、一学年後輩にあたるが、最近までお互い面識はなかった。先生は「蛍雪時代」(旺文社から刊行されている大学受験生向けの月刊雑誌)を通じて同姓の私を認知してくださっていた由である。先生の医学部在任中は何かにつけ教授室にお邪魔して公私にわたる情報を頂いた。昨年退職されてからは内閣府で要職に従事しておられる。時々お会いする機会に伺う話は現在の私にとって大変貴重である。

岡山県インキュベーションセンター内に会社の後輩が設立した(株)日本ステントテクノロジーというベンチャー企業がある。医療現場でステントを扱っている医師の考えも勉強しようと、倉敷中央病院の心臓外科のA医師に講演をお願いした。正調標準語の立派な講演であったが、私はふるさとのなまりを聞き逃さなかった。講演後に「先生は、愛媛県南予の出身でしょう?」、「そうです」、「高校はどこですか?」、「八幡浜です」、「私の後輩ですね」との短い会話があり、即座にA先生は私の子分になった。さらには、将来、私の心臓に何らかの異常が生じたときは、先生が全知全能を傾注して治療に当たるとの堅い口約束も得られた。

種まく人

このところ特定のネクタイピンを愛用している。裏に山梨県立美術館の文字があり、表にはミレーの「種まく人」が浮き彫りになっている。このネクタイピンを胸にしていると、「種まく人に徹し、決して収穫者にはなら(れ)ない!」とのメッセージをクライアントにも自分自身にも送り続けている。

おわりに

≪俳句:ひとを抱くかたちとなりぬ雲の峰 梶谷超遠心(俳号)≫

岡山大学産学官融合センターの玄関ホールには、スタッフ全員の顔写真と簡単なメッセージが掲示されている。不在の時は、お辞儀をしている写真に変わる。事務の女性が考えてくれた仕掛けである。私のメッセージの中に、この俳句がある。この雲のようなコーディネーターになりたいと念じている。この句を見て中小企業支援の仕事をされている津山の方が、わざわざ俳句集を届けて下さった。ヒューマンネットワークも化学結合も一重結合より二重結合、三重結合のほうが強い。

≪俳句:今年またこの色に逢ふ山つつじ 梶谷超遠心(俳号)≫

3年前の5月、中国四国地区の文部科学省・産学官連携コーディネーターの仲間が直島に集まって勉強会をした。直島は山つつじが満開であった。夜は、モンゴルのゲル(主にモンゴル高原に住む遊牧民が使用している伝統的な移動式住居)の中で産学官連携活動への取り組み方について激しい言葉のやり取りがあった。振り返ると、あの夜の本音トークは大切な契機になったように感じる。

≪好きな人には、何を言っても失礼にならない≫

こう信じて大学人にも産業人にも接して来た。時に多少の誤解があったとしても、必ず修復できるチャンスがめぐってくるものである。この世でできなければ、あの世に行ってやればよい。