2006年6月号
特別寄稿
先端技術産業調査会 研究会 講演
「第3期 科学技術基本計画の展望」
顔写真

有本 建男 Profile
(ありもと・たてお)

内閣府 総括政策研究官




はじめに

ご紹介いただきました有本でございます。今度の第3期科学技術基本計画は政界、産業界、大学など学界、役所なども、多重構造の中でこの2年間ぐらい、理念から細かい施策まで含めて分析をし、ポリシーがまとまったと考えております。ただし、これが真に内実のあるものとして、実効性あるものとして世の中に成果が上がっていくかどうか、常にその状況を監視し、分析をし、政策提言していただく、こういう構造をつくることが非常に大事だと思っています。この意味で、本日の研究会の主催者である先端技術産業調査会などの勉強会、シンポジウム等で、この第3期科学技術基本計画を実効あるものにしていくようお願いしたいと思います。そして、産学官、市民も含めた第3期科学技術基本計画に関する大きな運動をつくっていくことが大事と思っています。

それから、かわさき科学技術サロン*1といったような催しが大事だと思っています。本調査会が地域において交流の場を維持する、あるいは拡大していく機能というものを、川崎市のみならず、全国枢要なところに広げていただくということが極めて大事ではないかと思っています。

ちなみに、かわさき科学技術サロンの世話人の藤嶋先生は、40年かけて、光触媒という日本発のイノベーションをなさった方ですが、今、日本化学会の会長も務められています。

第3期科学技術基本計画の概観

2006年3月28日の閣議で決定されました第3期科学技術基本計画について、できるだけ時代背景も含めてお話しします。

まず、イギリスの有名な「エコノミスト」、去年の秋に出されたこの雑誌のある号の表紙にタイトルとして「日本は再生するか」と書かれています。今の日本はミニバブルと言われるくらい経済が回復してきましたが、果たして、80年代のあのバブルの経験をほんとうに生かしているのでしょうか。長期的に持続可能となるような日本の経済力、社会力をつけなければならない。次世代のために、現在のわれわれが何をやるべきか再考したいと思います。振り返りますと、80年代までがキャッチアップのフェーズで、そこでの知識も人材も組織も資本も設備も制度、政策も、このキャッチアップの時代に対して最適に配置されたものだったと言えましょう。これが80年代の日本の大繁栄です。80年代のピークから90年代中葉の15年間、明らかに社会の構造が変わりました。そして今現在、農業社会から工業社会そして知識基盤社会へ、移りつつあるわけです。しかも、中国もインドも資本主義市場に参入するという中で大競争時代を迎えており、日本はその中でキャッチアップからフロントに押し出されたのです。

この15年間の種々の構造改革は、緒についたばかりであると言えます。あえて2030年としまして、今からおよそ25年先は、ことしの中学3年生が、40歳になります。そのときに、ほんとうに日本は繁栄をしているかどうか、その基盤をつくる今がちょうど過渡期にあるということです。そういう意味で、2006年から2010年の科学技術基本計画の5年間に、きちっと構造を改革し、日本と世界が変わる中で、知識、情報、人材、組織、資本、設備、あるいは制度、政策を新しい時代に即して最適配置し、全体としての最適化を行う。非常にしんどいのですが、一方、国民の方々と一緒になって新しい国創りを前向きにやっていくという時代ではないかと思います。

時代の変化という中で、人口減少が一つの重要な要素になります。そして財政再建です。今まで、財政再建が前面に出て、多くの国民の方々は将来の展望がない、一部だけがバブル状態で繁栄をし、格差社会の出現とも言われだしました。そして、地域の再生があります。こういった観点から見る第3期科学技術基本計画ですが、最終的な、2030年ぐらいの社会を見据えた上で、この先の社会には、文化的な価値、公共的な価値、および経済的な価値があるわけですが、それを生み出すのは何か、それは教育と科学、そして公共的な価値と経済的な価値を生み出す科学を基盤にした技術でしょうか。第3期科学技術基本計画の大きな柱は、人材とイノベーションシステムの基盤づくりです。従って、人、金、情報、制度が集まり革新が生まれる場をどうやって形成していくかがポイントとなると思います。

次に、第3期科学技術基本計画で強調されている人材育成とイノベーションについて述べます。小学校、中学校、高校、大学、学部、大学院で、これまでの教育をどう変えていくのかというところは、過日の3月7日に先端技術産業調査会が出された提言*2に非常に的確に書いてあると思います。本計画に書かれている科学技術系人材の育成・確保については、一人一人の人生ですので丁寧に育てていくということが肝要です。今から総合的な施策を打とうとしています。10年前に打ち出した「ポスドク1万人計画」で現在、日本は1万4,000人ものポスドクを誕生させましたが、彼らの就職は厳しいものがあります。ここで今後、若い人でこのキャリアパスに入ろうとしている人びとに対しては、今までのようにアカデミアの世界だけでキャリア、あるいはポストが得られるわけではなく、マネジメント、MOT、知財、コミュニケーション分野にも進めるような物の考え方、知識とスキルを大学の課程で学んでほしい、もしくはインターンシップで実地に経験をしていくなどで、強固な人材育成を意欲的に展開し始めています。それから、基本計画の中では女性の研究者をファカルティーメンバーの25%を目標に採用する、外国人およびシニアの研究者の活躍の機会と場を拡大することになっています。

日本発のオリジナルなアイデア、技術シーズをベースにしたイノベーション。フロントランナー時代にはこれが大切になります。イノベーションには、不確実性と時間性がつきものです。科研費で実施される自由発想基礎研究の成果の中からJSTの支援制度で行う基礎技術開発の段階へ移す際のテーマの選択メカニズムの構築が大きな問題です。

イノベーションにたどり着くまでの確率を最大化するための連続した制度づくりと、その運用が重要です。加えて税制・規制、金融、知財、調達など、いわゆるイノベーション・エコシステムをきちんと整理する。例えば規制を緩和しておいた上で、社会に実装するように仕掛けをしないとうまくいかないということではないかと思います。税金以外の資金も含めて長いイノベーション活動をどのように支援していくかをみてみます。ベンチャーキャピタルの年間投資額の各国GDP比をみると、米国が0.5%ぐらい、OECDの平均が0.3%ぐらい、韓国も0.2%で、それに対して日本はほとんどありません。オリジナルな基礎研究から価値を生み出すまで、20年、30年かかる場合、これに対するファンディングですが、これはいわば、アーリーステージのベンチャーキャピタルみたいなもので非常にリスクが高いと思います。資金が真に手当てをされているかについては、実は、非常におぼつかないといえます。しかも、資金を支援した側が、その資金が使われている内容のマネジメントについて指導するといったシステムを作らねば、本格的にイノベーションが連続的に起こるようなシステムになりません。こうした機能を作ることは重要です。

総じて、日本のオリジナルな基礎研究を、30年、40年かかってもいいから、最終的な社会の価値に結び付けるというところが基本です。それを支える人材づくりがイノベーション関連の施策と表裏になっているわけです。

私なりにシュンペーターの「イノベーション論」から抽出しました人材の要件は、事態を見通す洞察力、それから精神的な自由、意思の使い方、社会環境の抵抗を克服する、あるいは事物を使い真相を見る意思と力、不確定、抵抗を反対と感じない能力、それから他人への影響力でしょうか。このような資質の養成は短期ではできません。そして作り上げるのです。つまり、教育・訓練のシステムと、その文化的な基盤が求められます。

オリジナルな研究をイノベーションに結び付けるには

日本がオリジナルな基礎研究をイノベーションに結び付けるにはどうしたらいいかを考えてみますと、まず自由発想の基礎研究に多様性と深みを持たせることです。その上で、次のフェーズとして、目的志向の基礎研究を行うことです。そこで見通しを得たものを技術実証、試作と続けて行く。20年、長いもので30年、40年近くをかけて大きな価値を生み出していく。

今、工業化社会から知識基盤社会へと社会が大きく変わっています。これを産学官が自らの問題意識として制度を変えるために、真剣に考えていかねばなりません。人材を見ますなら、求められる人材も工業化社会のそれとは全く違ってきています。個性、創造性、専門性、多様性、流動性などが求められています。

科学技術系人材の育成・確保のシステム改革

戦後60年間、米国は世界市場から優秀な人材を確保してきました。人材の確保は世界大競争になっています。自国の教育システムが重要です。米国にわが国の人材を供給し、そこで訓練を受けさせることではなくて、国内で人材を輩出するシステムを造らねばなりません。広いすそ野、分厚い中壁、高いピーク。八ヶ岳のような山をイメージしてください。また日本も米国のように世界から人材を導入できるようになっていなければ、人口減少の中で2030年ごろの人材は全く寂しいものになりましょう。

もう一つ、ご注目いただきたいのは、教育基本法です。これは政治的に大きな課題になっていますが、愛国心の議論とともに大切なことは、教育に対する投資の拡大です。ちなみに、科学技術基本法では、研究投資金額は書かれていません。国会の決議で政府が定量的な数値を入れるべきであると書かれました。これによって最初の基本計画に産学官、諸先生方、政治家のご尽力で17兆円が付きました。その後、24兆円、25兆円と明記されました。教育について、これができるかは、非常に大事なポイントになると思います。

それから人材の流動性が重要です。米国には、日本、中国、欧州から頭脳が流出しています。米国は人材を得ているというわけです。

最近は頭脳の循環(サーキュレーション)が大切になっています。ブレインサーキュレーションとは何か。例えば中国の人が米国のスタンフォードとかハーバードとかMITで勉強して、トレーニングを受けて中国に帰る。中国に帰ってきて、常にMITの先生と連絡をとりながら共同で研究をする、共同でいろいろなものを開発するというネットワークが張られているのです。それからまた、若い人たちもそのあと行かせる。このブレインサーキュレーションのネットワークの中に、日本だけが孤立しています。これは致命的です。例えば最近の日本の若い人々が10年前と比べて、どれくらい海外のトップユニバーシティーに行かなくなっているかは驚かされます。例えば、10年前と現在のスタンフォード大学への日本からの留学生の数ですが、学部生がほとんどなのです。語学の勉強に来ているぐらいで、中国、韓国、インドに比べて学生の留学の勉強の中身が全然違います。こういう現象についてどうしたらいいのか。

おそらくこれは、リスクを背負って理系のキャリアパスに入ろうとする若者が、あまりにリスクが高いので、修士課程でどんどん就職してしまう、優秀な人ほど博士課程には行かないことに反映されているのでしょう。リスクを負ってもチャレンジする精神を涵養(かんよう)するためのシステムと文化をつくらない限りは、先細りだと思います。

21世紀の人材について

知識は生産だけではなくて、活用する、あるいは時には制御する。それから、抽象だけではなくて、市民一人一人が世界の、例えばエネルギーの問題、環境の問題について、知識をソリューションに向けてどのように役に立たせるのかというような個別具体を考える、つまり公共を常に考えることです。象牙の塔を出て、常に現実の生活、世界との関係性が非常に大事になります。こういう科学者、技術者の人間像を踏まえて、考えられるような環境を若い人たちのために作る、先達が教えるという文化を作っていくところが非常に大事なのではと思います。

さいごに

私は、本日は第3期科学技術基本計画の重点分野がどうだということは申しませんでしたが、社会に対して重要分野の成果をインストールするために、どういう推進方策を取るかが非常に重要になるという観点でお話ししました。

本調査会で出された3月7日の第3期科学技術基本計画を実行するにあたっての意見書に書かれていた項目をご紹介いたします。(1)人材の還流をしっかりする。(2)大学の競争力強化。競争的環境、特に国立の研究所も含めて大学の中に30ほど世界のセンターオブエクセレントをつくろうということ。このための行政的な支援として2007年度から新たに21世紀COEの次のフェーズが始まります。この点の重要性が書かれています。(3)総合科学技術会議と学術会議の重要性、あるいは改革の必要性、です。今やほとんどの国が開発途上国も含めて、科学技術とかイノベーションの担当の総理補佐官、あるいは大統領補佐官、つまり国のトップリーダーに日常的に、いつでもアクセスできる体制がとられています。こういう体制を日本でもつくったらどうかの提案が書かれており、これは非常に大事で、そういった構造の実現を望みます。

次のことで締めくくりたいと思います。米国大統領の科学補佐官、マーバーガーという物理学者が、去年からずっと言い続けていることがあります。それは、今後の科学技術政策は、いろいろな社会へのインパクトもあり、それから予算に対する正当化も必要ですので、経済学や社会科学を、すなわち科学技術政策のための社会科学を振興しない限り、科学技術もうまくいかないということです。NSFではこのためのファンディングを非常に増やして、数年かけてこのような政策研究センターを米国の中に数カ所つくることになっています。これは大変に示唆的なことです。日本でも、科学的根拠に基づく政策の立案と実施体制の構築が大切です。そして日本国内のあちこちで科学技術コミュニティーと社会とがコミュニケーションをして議論していくことが重要であると考えます。

*1
かわさき科学技術サロン
http://www.hir.or.jp/salon/index_salon.html
第1回サロン「『社会に役立つ科学技術・研究者の使命』独創性の高い研究成果を生み出し続ける原動力の秘訣」ご案内:
http://www.hir.or.jp/seminar/index_seminar.html#060606

*2
3月7日に先端技術産業調査会が出した提言
http://www.hir.or.jp/project/report/060307teigen.html