2006年8月号
巻頭言
顔写真

軽部 征夫 Profile
(かるべ・いさお)

東京工科大学 副学長/
(独)産業技術総合研究所
バイオニクス研究センター
センター長


産学官連携の新しい試み

産学連携については多くの試みがあるが、産学官の連携によって成功した例はあまり無いのではないかと思う。現在私が勤務している東京工科大学では、この産学官の連携で問題となっている「死の谷」をうまく克服して成果を上げているのでここに紹介したいと思う。そのひとつは、土壌病害を診断するバイオセンサーである。すでに私が開発実用化したBODセンサーの原理に興味を持った株式会社サカタのタネの技術者が、私のオフィスを訪ねてきたのは今から3年前である。(株)サカタのタネは種苗を販売する関係で、土壌の診断ができれば極めて有益と考えていた。詳しい話は省略させていただくが、微生物センサーの原理を利用して病害診断ができるというアイデアがひらめいた。具体的に共同研究をやることになったが、研究を始めるとなると当然研究資金が必要である。私が独立行政法人産業技術総合研究所のバイオニクス研究センターのセンター長も兼任している関係で、マッチングファンドを利用して産学官の共同研究をやろうということになった。幸いにも短期的な開発研究で土壌の病害診断ができることが明らかになり、今年の7月から土壌診断用バイオセンサーの販売にこぎ着けることができた。

農業分野は第一次産業といわれ、デジタル化が遅れている産業の1つであるといわれていた。土壌病害診断用バイオセンサーをきっかけにデジタル農業への改革が可能になった。病害診断だけではなく、土壌の栄養状態などもバイオセンサーの原理で診断することができる。このようなセンサーを土壌にばらまいておき、これらの情報を全国農業協同組合連合会(JA全農)などに設置されているコンピュータシステムに収集し、農業を無人工場化することも可能になるであろう。まさに、この研究は産学官の連携で初めて成功に導くことができたと考えている。さらに、この連携を活用することによってベンチャー企業の立ち上げにも成功している。この企業は今年度中には新しい免疫分析法の装置を市販する予定である。また、住友電気工業株式会社と共同開発している低侵襲のグルコースチップの研究も着実に成果を上げており、来年には上市する予定である。

このように産学官の連携を通じて本格研究を行い、その成果を社会還元することが可能になりつつある。ここでは、大学のスタッフが知恵を絞り、(独)産業技術総合研究所のバイオニクス研究センターのスタッフと共にそのアイデアの実現を図る。そして、企業に技術移転できるまでこの技術を発展させる。このような仕組みによって、産学官の距離が著しく狭められ、結果的にデスバレーを克服することになっている。これら以外にも現在10数個のプロジェクトが産学官の連携で進められており、新しいタイプの共同研究システムとして成果を収めている。