2006年9月号
連載1  - 産学連携と法的問題
第9回 大学発ベンチャーにおける利益相反

古川 俊治 Profile
(ふるかわ・としはる)

TMI総合法律事務所 弁護士/
慶應義塾大学大学院法務研究科
(法科大学院)・医学部外科
助教授

特に医薬品、医療機器や診療技術を扱う大学発ベンチャーの特殊な利益相反問題を論じる。

筆者は、弁護士としてもろもろの医学系大学発ベンチャーに関する法律相談を受け、また一方、実際に同僚と2人で大学での研究成果の実用化を目指し、大学発創薬ベンチャーを設立、経営してきた。その経験に基づき、大学発ベンチャー、特にバイオベンチャーの創業期経営における利益相反問題について述べる。

一般的な大学との利益相反

一般に、産学官連携活動における「利益相反」とは、大学教員としての地位に基づく責任・義務と、産学官連携活動から得る経済的利益ないし産学官連携活動における責務が相反する状態をいう。知的財産立国の流れの下、各大学は、教員の研究成果を社会に役立てるため、教員が産業界、官界と連携して活動することを推進してきたが、それに伴い、このような利益相反状態が、多少の違いはあれ、必然的に生じることになる。そこで、大学内でこの問題に対する認識を共通とするとともに大学の社会的信頼を確保し、また同時に、教員が安心して産学官連携活動に取り組める環境を整備するため、各大学において利益相反に関する内規が作成されてきた。多くの場合、大学の各学部において利益相反に関する委員会が組織され、各利益相反状態に関して審査し、必要に応じて是正勧告を行うこととされている。

対象となる事例は、形式的には、産学官連携活動において、[1]兼業活動を行っている場合、[2]大学外の組織から報酬・株式等何らかの経済的利益を得ている場合、[3]大学外の組織へ教員が自らの発明等を移転しあるいは使用許諾する場合、[4]大学外の組織から寄付金、設備・備品の供与を受ける場合、[5]その他、大学外の組織から何らかの便益を供与されている場合、もしくは供与が想定される場合などである。これらについて、審査における実質的判断に当たっては、 (a) 大学の職務・責任よりも個人的利益を優先しているか否か、(b) 大学における教育・研究に支障が出る恐れがあるか否か、(c) 大学における財務損失または不必要な財務負担が生じる恐れがあるか否か、(d) 大学の社会的信用・評価を傷つけ、あるいは低下させる恐れがあるか否かなどの観点から、客観的かつ合理的に判断して利益相反に基づき大学に不利益な結果を惹起(じゃっき)する恐れがあるか否かが検討される。

大学発ベンチャーの場合、教員自らが発明内容とその発展可能性を最もよく認識しているため、事業化までの過程では、教員が企業に密接に指導を行うことが不可欠で、教員自らが設立者あるいは株主となったり、取締役に加わったり、顧問に就任したりして、報酬(ストックオプションを含む)等の経済的利益を得ることが通常である。また、関連する発明を追加的に移転あるいは使用許諾することがあらかじめ想定されており、その研究過程においては配下の教員や大学院生等が貢献している場合も多い。従って、形式的にも実質的にも大学との利益相反は避けることができず、委員会を通じて透明性が確保されることが、大学、教員、企業のいずれにとっても不可欠な環境といえる。

臨床研究における利益相反問題

さらに、医薬品・医療機器や、その他の医療技術を開発する大学発ベンチャーの場合、特殊な利益相反問題がある。

医療技術の大学発ベンチャーが、その導入した発明を事業化する場合、治験等の臨床研究を経ることが必要であることが多い。一方、臨床研究を安全かつ適正に実施するには、大学発ベンチャーの株主・顧問等であり企業から経済的利益を受けている医師が、対象となる新技術の内容を最もよく知っているため、臨床研究に関与することが必要となる。そのため、大学発ベンチャーの臨床研究においては、医師である教員と研究対象となる患者との間で利益相反状態が発生することになる。

しかし、従来、臨床研究は、各種企業からの委託を受け、あるいは、受けた寄付金等を用いて行われてきた場合が多く、臨床研究における医師と患者間の利益相反は、大学発ベンチャーに限った問題では全く無い。1960年代より「ヒトを対象とする医学研究の倫理的原則」として世界的に義務付けられてきたヘルシンキ宣言は、各被験予定者に対し、資金源や起こり得る利害の衝突、研究者の関連組織とのかかわり等を十分に説明しなければならないとし、また、研究結果の公表において、資金提供の財源、関連組織とのかかわりおよび可能性のあるすべての利害関係の衝突が明示されていなければならない、と定め、臨床研究における利害関係は当然の前提として想定されてきた。

すなわち、経済的な利益相反状態が生じること自体に問題があるわけではなく、それが十分に管理され、適正な臨床研究が行われることが重要である。そのためには、臨床研究が透明性・信頼性・科学性を担保して行われていることが必要である。主たる問題は、臨床研究に先立っての被験者への十分な説明、実施に当たっての被験者の安全の確保と、研究結果の科学的信頼性である。独立した各委員会による倫理的審査、実施の適正性の十分なモニタリング、データに関する科学的審査等が必須の条件となる。

なお、平成9年の薬事法改正以来、医薬品に関する規制は日米EU医薬品規制国際調和会議(ICH:The International Conference on Harmonisation of Technical Requirements for Registration of Pharmaceuticals for Human Use)において定められた基準に準拠して行われるようになり、また、平成17年度の薬事法改正によって医療機器に関しても類似した規制が行われることとなり、これらの流れに伴って、医薬品や医療機器等の開発に関連した臨床研究は、すべて薬事法制に従った厳格な基準で規制するルールが明確になってきた。大学発ベンチャーが医薬品や医療機器の開発を目指した臨床研究に関与する場合、医薬品の臨床試験の実施に関する基準および医療機器の臨床試験の実施に関する基準にのっとって行われる必要がある。

また、大学発ベンチャーを含む株式会社が、診療技術の実施を事業とすることは、構造改革特別区域法における「高度な医療」(陽電子画像診断、脊髄損傷に対する再生医療、肺がんと先天性免疫不全症候群に対する遺伝子治療、高度技術を用いる美容外科医療、提供精子による体外受精等)に該当する場合でない限り、医療法による医療の非営利性の原則に反するため、禁止されている。大学発ベンチャーの中には、診療技術の実施自体ではなく、その支援業務を事業化しようとするものも散見されるが、このような診療技術と薬事法規制対象である医薬品・医療機器との境界は、用いる技術の事業性と頒布性との観点から相対的に決定されるもので、流動的である。規制法が改正されると、ビジネスモデルの大幅な変更を余儀なくされる場合もあるので、このような企業では、規制変化の方向性をあらかじめリスクとして十分に考慮しておくことが求められる。

研究資金拠出に関する利益相反

大学教員の研究者としての第1の目的は、学術的に優れた研究成果を上げることであり、教員が大学発ベンチャーに関与する場合も、この意識は変わらないことが多い。この場合、教員が、ベンチャーにおける現行の発明等の事業化よりも、さらなる発明のための基礎研究の充実に資金を充てたいと考えることになる。このような教員が会社の経営陣に加わっている場合、ベンチャーと大学との共同研究契約等において、教員と会社との間で利益相反状態が発生することになる。

いかなる場合が法律上の制限のある利益相反取引に該当するかは、事例によって異なるが、大学発ベンチャーの科学面の推進者である教員と、経営陣のこのような軋轢(あつれき)が事業化を損なう場合は枚挙にいとまがない。確かに、事業化が成功して初めて大学発ベンチャーの意義は達成できるものである。ただ、その一方、単に事業化を成功させるだけであれば、海外においてある程度開発された発明等を導入し、日本において臨床開発する方がリスクが少ないということにもなりかねない。大きな産業的成果を上げ得る発明等の完成には、基礎研究における試行錯誤がどうしても必要なことが多い。日本の知的財産立国を目指した産学官連携の本旨の達成のためには、大学発ベンチャーにおいて、当座の事業化とともに、大きな事業化へ向けてのさらなる基礎研究が推進されるよう、一層の社会的支援が望まれる。