2006年11月号
特集
TLO再考
1998年に、大学等技術移転促進法(TLO法)が施行されて以降、今日までに大学の内外に設置された承認TLO(技術移転機関)は42を数えるまでになった。しかし当初より、TLOがライセンシング業務や技術移転業務で収益を稼ぎ出すことの難しさがいわれてきた。本特集では、これらのTLO(いまだ増加中であるが)が今後どのように存続していくのか、あるいは淘汰されていくのかを議論する。東北テクノアーチ、NIRO/TLOひょうごの2つのTLOに取材するとともに、2人の識者からTLOの現状と今後について寄稿いただいた。

インタビュー●東北テクノアーチに聞く
TLO成功の鍵は「人」の育成にかかっている

西澤 昭夫 Profile
(にしざわ・あきお)

株式会社東北テクノアーチ
代表取締役社長

土生木 典男
(はぶき・のりお)

株式会社東北テクノアーチ
代表取締役専務

聞き手・本文構成:田柳 恵美子 Profile

(本誌編集委員)


内部型でも外部型でもない「中間型」TLOとして

東北テクノアーチは、東北地域の広域TLOでありながら、東北大学の中にオフィスがあり、東北大学とも密接な関係にある。そのあたりの位置付けからお聞きできますか。

西澤 東北テクノアーチは、東北大学未来科学技術共同研究センターの中に位置しています。このセンター自体、大学のリエゾンオフィスとしては非常に意欲的に構想されました。略称NICHe(ニッチェ)、英語名はニュー・インダストリー・クリエーション・ハッチェリー・センターです。ハッチェリーというのは「ふ化させる」という意味で、いわゆる死の谷とかダーウィンの海といった、技術シーズと実用化の間に横たわるギャップを越えるための活動をしよう、そういう意味が込められています。

英語名だと「新産業をふ化させる」という意味になるのですね。

西澤 そうです。NICHeはリエゾンオフィスであると同時に、産業に役立つ研究をするための研究センター機能を併せ持っています。複数の研究プロジェクトを、5年プラス・マイナス2年の期間で設置しており、中間評価のときに産業界の方々に外部評価をしていただいて、産業界に意味のある研究かどうかをきちっとチェックします。評価が低ければ中断し、高ければ最大7年間まで続ける、そういう考え方で取り組んでいます。

1998年4月にNICHeが開設されて、同年5月に大学等技術移転促進法(TLO法)が成立して同年8月から施行された。これはわれわれにとってまさに願ってもないことで、すぐにTLOを作ろうということになり、同年の11月には東北テクノアーチを設立しました。

素早いですね。短期間でTLOの制度設計を詰められた。

図1

図1 米国における大学とTLOの組織関係

西澤 ええ。設置にあたって、一体どういう設計がふさわしいのかということを考えました。米国の例を見ると、TLOと大学との関係には、モデルとしてどうも3つある。完全に内部か、完全に外部か、あるいは外部と内部の間の中間にあるか、この3つです(図1)。大学内部のTLOは、先生の意向に縛られすぎて、あまり有効な特許を出願できないとか、研究費の確保に重点を置き過ぎて失敗する例が多い。外部のTLOは、米国にはありますが、こちらは逆に、大学の意向とは関係なく、どんどん金儲けに走ってしまう。

すると、このちょうど中間に位置して、大学の意向も考えながら、だけど大学に完全にどっぷりつからずに、外部としての目線も持てるのがちょうどいいだろうと考えたわけです。財団法人にするか株式会社にするかについては、やはり自由が効くし、事業責任がはっきりする株式会社にしました。ただ、株式会社だと利益追求に行かざるを得ないので、ここに何とか歯止めをかける工夫をしたいと考えて、株主は全員大学の先生で構成することにしました。一口100万円で最初22名から始まって、現在は株主270名、資本金9,445万円です。株主と会社との間にいい意味での緊張関係というか、相互にプレッシャーを掛け合う関係ができて、バランスが取れた設計ができたんじゃないかと思います。

出願件数よりも、活用度合いを高めることが重要

TLOがビジネスになる勝算があると思われていましたか。

西澤 私の役回りは最初から、「こんな大変なことを本気でやるんですか。いいんですね」と、大学に揺さぶりをかけることでした(笑)。初代社長の渡辺眞さんは、日立製作所OBで東北大学の先生もやられた方ですが、「西澤さんはベンチャー企業経営が専門と聞いていたけど、こんなに儲からないビジネスを考えて、詐欺だな」と怒られたこともありました(笑)。最初からこれは大変な仕事だという認識を私も持っていたし、回りにも持ってもらった上でスタートしたわけです。そのため、工学部の事務部長をリタイアした土生木さんに東北テクノアーチに来ていただいて、大学内のことに精通している経験を活かし、その立ち上げの実務に大きく貢献していただきました。

学内TLOでないことのメリットはかたちになって現れましたか。

西澤 2004年の大学法人化前についていえば、特許出願件数はそれほど多くないものの、特許の活用割合は8割程度は達成していて、全国でもトップレベルでした。このやり方は先生方からすると「あそこに持っていっても全然取ってくれない」とあまり評判がよくない。しかしそれは覚悟の上です。使われないのでは意味がない、活用が最優先と最初から決めていましたから。経済産業省の調査でも、内部型のTLOは特許の出願件数は多いけれども、活用の度合いがあまり高くないという結果が出ており、やはり内部型にしないで正解だったと思いました。

守備範囲としては東北地域全体を見ているわけですね。

西澤 設立当初から東北6県+新潟県の広域で、幅広く活動を行ってきました。しかしね、東北というのは本当に広いんです。これが悩みどころで、1日がかりで遠くまで出かけても、まったく採算がとれないという問題が出てきてしまう。採算重視なのか、あるいは採算は度外視で広域にフォローしていくのか、これはよく議論しなければいけないところです。四国のような地域でも同じような事情を抱えていると聞きます。

土生木 2003年度までの取り扱い案件のうち、大体20数%が東北大学以外のものでした。すべての県に対応して、広域TLOとしての役割を十分に果たしてきたと思っています。しかし、それでどれくらい収益が上がったかというと、われわれの努力不足もあると思いますが、目立った成果は上がっていません。

西澤 大学にも知的財産本部ができるようになり、設立当初とはだいぶ各大学との関係も変わってきています。徐々に大学が自前で知財のことを考えられるようになってきたので、われわれはむしろ、東北大学の比重を高めてきています。東北大学の知財本部との役割分担の設計も整ってきて、制度的にも東北大学との関係を強める方向になっています。   しかし最初にもお話ししたように、大学とTLOが密着するのには功罪両面あるので、注意深く見直していく必要があると考えています。

TLOは20、多くても25が現実的な数字

この10年でTLOが全国に広がりましたが、利益が上がっているところは一握りです。これからTLOの淘汰(とうた)が進んでいくとすれば、どのようなかたちがあると考えられますか。

西澤 TLOが構想された当初は、中心的な大学に対応するTLOがあればいい、全国にせいぜい6、7くらいじゃないかという議論があったと聞いています。それが今、42まで来てしまった。日本は横並び意識が強いので、「あそこの県にTLOがあるならうちも」ということにすぐなる。問題は、作ってしまったものを切れるのか、淘汰する仕組みが日本に今あるのかということです。

しかし、42もTLOがあるなんて、ありえない話です。半分の20だって多すぎる。そうなるとやはり、何かのかたちで淘汰されていかざるを得ないでしょう。一方で、大学の知財本部も全体で43ほどもある。知財本部とTLOが統合されつつ、20から多くても25くらいに収束していくというのが現実的な数字のような気がします。

今、大学の中でも知財に対する意識に大きな格差があって、それがもうすぐ表面に噴出してくるだろうとも言われています。

西澤 そう思います。トップの学長に明確な意識がないところは、さっさとやめたほうがいいと言いたい。後で大変なことになるだけです。結局、大学が自らの将来進むべき道をどう考えるかでしょうね。知財本部やTLOがどうなるというよりも、大学がこの先どうなるのかにかかっているのではないでしょうか。

技術移転というものが大学にとって必要なのか、この1点さえ明確に認識して、それなりの対応をすることができれば、あとは知財本部であれTLOであれ、最も適した組織を作って、人をきちっと配置すればいいんです。しかしその根本のところが実は難しい。

土生木 なぜ大学が知財なのか、TLOなのか、その本質的な意義を大学が意識していけるかどうかが鍵を握るでしょうね。いずれ大学の中にも「予算がないからうちは特許の機関帰属はしません」と宣言するところも出てくるでしょう。実際、それに近いところはあります。

西澤 おそらく日米の最大の違いは、米国は国がやる前に、草の根でやっていた人たちがいるということです。米国のバイドール法は、すでに先導的な大学で実践されていたものを、全国に広げる役割を果たしたのだと思います。だから地に足のついた実務議論もしっかりやられているのです。日本では、ある日突然、上からTLO法がやってきた。「何だ、TLO法って」と言いながら、「よく分からないけれど補助金くれそうだから作ろう」と。

バイドール法は、実務家の方々のロビー活動によってできたものですよね。しかもバイドール法そのものに「スモールビジネスに対して優遇する」という、米国独自の理念も組み込まれている。

西澤 そこなんですよ。そういう側面があって、初めて「制度設計」と言いうるんです。でなければ、一体何のために知財戦略があって、TLOがあるのか、目的が見えないし自信が持てない。それでもみんな「うちもやってます」と言っておきたいんでしょうね。だから東北テクノアーチは「やってます」と自己主張する代わりに、ただ粛々とやるべきことをやっていこうと、今のところはそういう姿勢です。

プロパーの若手人材をゼロから育てる

今後の経営課題をどのように考えておられますか。

土生木 設立から8年経って、収益については何とかある程度賄えるところまできています。念願だった若手人材をプロパーとして雇うこともできました。東北大学のドクターを出た理系の人材を2人、採用しています。彼らがここで働いてよかったと思えるかどうか、これが最大の課題だろうと思っています。

新人採用ですか。それは英断というか責任重大ですね。

西澤 ようやくそこまで来たという感じです。専門の方に出向で来ていただいても、契約が終われば辞められてしまう。せっかく戦力になったところでいなくなられるのが困ります。

やはりTLOも知財本部も、成功の鍵を握るのは人だろうと思います。きちんとしたプロを育てて、プロとして処遇できるような給与体系なり組織構造をつくる必要があります。米国の技術移転のプロたちは、自分たちで努力をして、成功報酬を取ったりしています。おそらく大学の職員とは違う処遇をすべきでしょう。大学の内部に入ってしまうとそれもできない。人の育成と処遇の問題も含めて、TLOの制度と組織構造が確立されるべきなのでしょう。先ほども言いましたが、その点がこれからの課題です。

今後の展開に期待しています。どうもありがとうございました。

インタビュー●NIRO/TLOひょうごに聞く
狭い意味のライセンシング業務だけではTLOは生き残れない
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松井 繁朋 Profile
(まつい・しげとも)

財団法人新産業創造研究機構(NIRO)
専務理事/兵庫県立工業技術センター
所長

顔写真

大南 亮一 Profile
(おおみなみ・りょういち)

TLOひょうご 副所長



聞き手・本文構成:田柳 恵美子 Profile

(本誌編集委員)


関西圏3TLOのすみ分けと競合

関西ではTLOと大学が1対1の関係ではなくて、大学の発注に対してTLO同士が競争入札をする競合関係にあると聞きます。

松井 すべてにおいて競合しているわけではなくて、それぞれにうまくすみ分けがなされつつ、一部の業務について必要に応じて競合が行われている状況です。

関西には現在、「関西TLO」「TLOひょうご」「大阪TLO」の3つのTLOがあります。まず「関西TLO」が、関西圏の国公立・私立の大学の教員有志が出資して設立され、広く関西圏の大学のためのTLOという位置付けでスタートしました。2番目にわれわれNIRO(新産業創造研究機構;略称ナイロ)が主体となって、2000年に「TLOひょうご」を設置しました。兵庫県下にもTLOがほしいという声が地元で上がっていたのと、NIROが創設以来、国内外の大学・研究機関と連携して共同研究や技術移転を行ってきた経緯を活かし、特徴あるTLOを展開したいというわれわれの思いが合致しました。兵庫県下の22の大学や高専のためのTLOであると同時に、地域にこだわらない活動を展開しています。3番目に設立されたのが、「大阪TLO」で、大阪府の太田知事の肝いりでスタートしました。官主導ということから、大阪大学、大阪府立大学、大阪市立大学等を中心に地元志向で展開しています。

設立趣旨としてはすみ分けられているものの、大学側はやはり自分たちにとって一番メリットのあるところと付き合いたい。だから大阪大学のように競争入札で、3つのTLOをうまく使っていこうということになっているのだと思います。

具体的には、どういう案件で入札になっているのでしょう。

松井 大学として特許を出願するにあたってどの特許を選ぶかという「評価」の業務と、実際に特許を技術移転していく上での「マーケティング」の業務です。これらの業務を大学の知的財産本部が外部にアウトソースするにあたって、大阪大学ではTLO同士の競争入札が行われています。ただこのようなアウトソーシングはあくまで現在の過渡期に起きていることであり、これからも続くかどうかは分かりません。今はたまたま、京都大学も大阪大学も神戸大学も内部型TLOは持たないので各大学でそれぞれのアウトソーシングを行っていますが、各大学とも自前のTLOを持って独自に展開していきたいという気持ちはあるのではないでしょうか。

つまり、まだこれからもTLOが増える可能性がある…。

松井 たぶん増えるでしょうね。

「知財総合商社」としてのNIROの展開

次に、NIROとTLOひょうごの活動についてお教えください。

松井 NIROは、阪神淡路大震災で壊滅的な打撃を受けた地域の復興にあたって、兵庫県知事と神戸市長から民間への協力要請があり、川崎重工業、神戸製鋼所、川崎製鉄(当時)や三菱電機をはじめ地元の大手企業18社が出資して、1997年に設立されました。当初から21世紀型のものづくり産業の創造を射程に入れて、文字どおり新産業創造のための研究所を内部に設け、企業から出向の研究者をたくさん集めて、当時、東京大学の総長だった吉川弘之先生に研究所長をお願いしました。

ちょうど大震災のときにMIT(マサチューセッツ工科大学)の総長が大阪に来られていました。そしてその翌年、総長は東京大学と共同で「Alliance of Global Sustainability」というプロジェクトを展開する活動で日本国内を回られ、川崎重工業も訪問されました。その折、まさにわれわれも復興に向けてサスティナブル(持続可能)な都市を考えなければならなくなり、これも何かの縁ということで、MITや東京大学のNIRO創設の支援をいただき、現在も引き続き支援をいただいているのです。

そんなことから、NIROはスタート時から新産業創造のためには「大学の知恵を流動させる」ことを重要な方策と考えてきました。その後にTLO設立の時流がやってきて、第1群のTLO設立ブームには乗らなかったものの、第2群の中でTLOひょうごをスタートさせたわけです。全国で11番目でした。

TLOひょうごは、他のTLOに比べてどのような特徴があるのでしょう。

図2

図2 NIRO の研究開発・技術支援機能

松井 NIROには「研究所」「技術移転センター」「イノベーションセンター」そして「TLOひょうご」の4つの組織があります。他の3つの組織との連携による展開が最初から織り込まれているのが、TLOひょうごの最大の特徴だと思います(図2)。

大南 NIROの賛助会員企業は現在200社あります。大手企業は皆、特許のハンドリングには実績がありますし、以前から大学との産学連携も行ってきています。会員企業が培ってきた知財ノウハウを生かした運営を行っているのも特徴といえるでしょう。

この複合的な組織体制そのものが、ユニークですね。

松井 NIROがどういう組織かと聞かれたときに、われわれは「知的財産総合商社」だと言っています。目指すところは、知的財産をお金に変えるための総合的な能力を持っている組織体です。マーケットニーズを読みながら、大学や企業が持っているシーズを仕入れ、このシーズを実用化するためのさらなる研究開発を研究所・イノベーションセンターで実行し、事業化の段階では技術移転センターの大企業のOBの専門家たちが移転先企業に出向いて事業化を支援します。自分たちでも自前の知財を生みだし、特許の付加価値を高める機能を独自に備えています。単なる大学の知財マネジメントのアウトソース先としてのTLOではないのです。NIRO独自の特許も70件あります。

目指すのは「産業技術アーキテクト」の集団

松井 コーディネータは、会員企業のOBを中心に、それぞれ得意領域を持った専門家を130名抱えています。吉川弘之先生が、「松井さんたちの集団は、コーディネータというよりアーキテクトの集団ですね」と言ってくださったのですが、まさにわれわれが目指しているのは、「産業技術アーキテクト」の集団です。ある新しい産業を創るためにはどんな技術が必要か、どのように集めるべきか、その企画設計ができる能力を持つ集団でありたいと考えています。

今年、NIROは10周年の節目を迎えられたわけですが、次の10年の経営課題はどのような点にありますか。

松井 やはり「経営の自立」ですね。TLOが経営を軌道に乗せるには、10年、20年のスパンがかかります。これまでの10年で、特許270件、製品化67件、ベンチャー8社を創出してきました。それでも今はまだ賛助資金に依存している状況ですが、次の10年で、これまで仕込んでおいたビジネスの種が、そろそろ起爆剤になってくれるのではないかと期待しています。実際、大きな芽が出かかっているものがあります。

それから重要なのは、地場の中小企業の振興です。県下にはものづくり企業が1万3,000社あります。大企業は放っておいてもいくらでも自前で技術移転できるが中小企業はそうはいきません。実は、私はNIROの専務理事であると同時に、県の工業技術センターの所長も務めさせていただいています。工業技術センターとNIROとを、官主導の組織と民主導の組織で縦割りにしないところが重要な点で、中小企業はどっちを駆け込み寺にしてもOKと、そういうかたちにしておきたいのです。

TLOはこれからの10年で飛躍できるかどうかが勝負

これから大学内TLOがさらに増えていくことについてどう思われますか。

松井 MITにしても学内にTLOは持っていますが、そこが何をしているかといえば、ライセンシングのための契約などの基本業務が主体です。実際に特許や研究成果を社会にどう移転するのか、その営業活動は、1人ひとりの教授が自ら動いてやっているのです。NIROにも毎年、MITの先生が何人も訪問されますが、皆、川崎重工業でも三菱電機でもどんどん出向いて行かれて、プレゼンテーションやディスカッションをして、自ら契約を勝ち取られてきます。結局、米国の大学内TLOが成立しうるのは、こういう先生方の活動との連携があるからです。当事者が直接出向いて企業と交渉でも連携でもやってくれるなら、これは一番の早道で、仲介者なんかかえっていない方がよかったりする。学内TLOは背後支援だけやっていれば済むわけです。

果たして日本の大学の先生方の中に、このような活動ができる方がどれだけおられるのかというのが、日本型のTLOの在り方にかかわってくる、と。

松井 日本の大学の先生がセールスして、膨大な研究資金を取ってくるとか、冠講座をとってくるとか、そんな活動能力のある人は少ないです。あってもやろうとする人が少ない。だから米国とは違って、TLOはそこの機能を補てんしないといけない。ところが大学内部のTLOが先生方の手となり足となり機動的に動けるかといったら、事はそう簡単ではないのです。

なるほど。結局、曲がり角に来ているのは、TLOでも知財本部でもなく、大学かもしれないという話ですか。

松井 大事なのは、自分たちの大学の強み、弱みを知るということ、DNAを知るということです。そして、どれだけマネジメント能力があって、フレキシビリティーを発揮しうるのか、現時点で大学にできることとできないことを、しっかり踏まえて考えなければならない。

大南 そこを見極めずに、大学はあまりにまじめに知財に取り組もうとしている。まじめに体制を作って、たくさんの人を抱え込んじゃっているように思えます。しっかり体制を作っても、それを使いこなせるだけの機動性を果たして大学が発揮しうるのかどうか疑問です。

松井 国は、大学は独立行政法人化しなさい、知財をもっと出しなさい、知財の帰属は大学にしなさい、そのために知財本部を作りなさい、と言ってきた。その一方で、文部科学省と経済産業省が一緒になって、TLOの振興もしている。大学から見たら、TLOと知財本部との違いが分からない。それならどっちも一緒にしてしまったらと思っているのが実情でしょう。

最後にTLOの今後について提言をお願いします。

大南 これからのTLOは、狭い意味のTLOでは成り立たないでしょう。「大学で生まれた発明を右から左へとダイレクトにライセンスするだけの収入では経営が成り立たない」なんていうのは、最初から分かり切った話で、じゃあ経営を成り立たせるために、プラスαでどんな機能を持って付加価値を付けていくのか、そのために何をしていくのかという戦略やビジョンがなければ、生き残れないでしょうね。

松井 われわれのTLOひょうごも含めて、TLOは今一度初心に帰るべきだと思っています。最初どんな夢を抱いて出発したのか原点に還って、これからの10年にもう一度創造期・発展期を興し、飛躍するための策を練り直していく必要があります。

TLOは、先生方の個々の発明を権利化し企業に技術移転するだけでなく、最初の発明に対して、さらなる研究開発を実施し、競争力のある知財に育て、製品化・事業化を実現することが必要ではないか、また、そのような企画力を持つことが必要ではないかと考えています。

TLOの今後の10年を見守りたいと思います。ありがとうございました。

〈寄稿〉TLOの今後を「共有」「共進化」から考える
顔写真

隅藏 康一 Profile
(すみくら・こういち)

政策研究大学院大学
助教授



はじめに

日本におけるTLO(技術移転機関)の歴史がスタートしたのは、1998年のことである。この年にTLOとして4つの機関が誕生し、同年に制定された「大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律」(通称「大学等技術移転促進法」)に基づく承認を受けた。その後、2006年7月までに、承認TLOの数は42機関*1となった。独立行政法人や国立の公的研究機関に対応するTLOとしては、産業技術総合研究所、情報通信研究機構、厚生労働省所管の研究機関群、ならびに農林水産省所管の研究機関群が、それぞれの技術シーズを取り扱うTLOを持っており、それらは上記法律の下で認定を受けている。その他にも、承認・認定を受けずに大学・公的研究機関からの技術移転活動に取り組んでいる機関も複数存在する。

このような中、大学の技術シーズの商業化が、多くの地域・大学において着実に進められている。大学等の特許の実施許諾件数と実施料収入を2002年と2004年で比較すると、実施許諾件数で2.1倍、実施料収入で5.0倍となっている**1。しかしながら、今後こうしたトレンドを持続・発展させるためには、今のうちに解決しておかねばならない課題も数多く存在する。本稿では、そうした課題のうち、特に、組織の位置付けに関するもの(第2節)、人材に関するもの(第3節)、ならびに2006年5月に総合科学技術会議で決定された「大学等における政府資金を原資とする研究開発から生じた知的財産権についての研究ライセンスに関する指針」(以下、「研究ライセンス指針」。第4節)に関連するものの3つに絞り、論点の整理を試みたい。

なお、次節で述べるように、大学の知的財産本部(以下、大学知財本部)ならびにそのほかの産学連携関連組織とTLOの機能の切り分けには多種多様なパターンが考えられるため、大学の技術シーズを産業化する際に留意すべき課題のうち、TLOだけに固有の課題というものは存在し得ない。本稿のタイトルにおいては、大学の技術シーズを産業化する際に留意すべき課題のうちのいくつかについて述べるために、シンボリックな意味で「TLO」という用語を用いていることを付記しておく。

TLOの組織に関する課題

現在の承認TLOを概観すると、その設置形態や大学との関係性には、さまざまなタイプが存在する。TLOの設置形態としては、(1)株式会社や有限会社の形で大学の外部機関として設立されているもの、(2)既存の財団法人や社団法人にTLO機能を担わせているもの、(3)学校法人の内部組織(私立大学の場合)、ならびに(4)国立大学法人の内部組織(2004年に国立大学が法人化された後に設立されたもの)というバリエーションがある。現在は、(1)のケースにおいて、国立大学がTLOに出資することが国立大学法人法で認められており、2006年3月には株式会社新潟ティーエルオーに対する新潟大学の出資が認められた。TLOと大学の関係性としては、[1]1つのTLOが1つの大学に対応しているケース、[2]1つのTLOが地域内の複数の大学の技術シーズを取り扱うケース、ならびに[3]1つの大学の技術シーズを複数のTLOが取り扱うケースが見受けられる。TLOの設置形態や大学との関係性については、これらのうちいずれの形態が選択されるにせよ、その大学や地域の実情に合わせて絶えずフレキシブルにスキームを構築し直してゆく必要があるだろう。

2003年7月に文部科学省の「大学知的財産本部整備事業」として43の大学知財本部が選定されたが、TLOの組織に関する現状の課題のうち最大のものは、大学知財本部との間で機能の切り分けを行いつつも連携し、技術移転を効率的・効果的に進めることである。1つの大学に対して大学知財本部とTLOがともに存在する場合には、一例として、大学知財本部が、(a1)「知的財産ポリシー」「職務発明関連規定」「利益相反ポリシー」等の学内ルールを整備し、(a2) 発明者の認定・利益相反等で問題が生じた際の解決の窓口となり、(a3) 発明をした研究者から発明内容の報告を受け、一方TLOは、(b1)外部の弁理士と連携して特許出願を行い、(b2)企業に対する窓口となって大学の技術シーズの売り込みを行い、(b3)企業との間でライセンス交渉を行って契約を結ぶ、といった切り分け方が考えられる。このうち、発明の報告に始まり、特許出願、売り込み、ライセンス交渉、と進むプロセスは全体として一体不可分のものであるため、大学知財本部とTLOとの間の緊密な意思疎通が不可欠である。その他、発明を特許出願するかどうかの意思決定や、企業側から技術シーズの紹介依頼があった場合の対応についても同様であり、両者のうちいずれかが決定権を持つとしても、必要に応じて両者が緊密に情報共有することなしには、成功裡に事が進まないであろう。産学連携のプロセスには、大学知財本部とTLO以外にも、共同研究契約の締結のための学内窓口、外部研究資金を管理する学内窓口、学内外のベンチャー創業支援組織等も密接に関与している。これらの組織の間で「縦割りの弊害」が生じないようなマネジメントが必要である。

TLOの人材に関する課題

組織の入れ物を作りその運営方法を決めただけでは、TLOは機能しない。TLOの今後の活動の成否は、その中で大学発の技術シーズの商業化を手掛ける人材にかかっている*2。大学の研究室で生まれた発明は、TLOや大学知財本部における技術評価、特許化、売り込み、ライセンス交渉といったプロセスを経て商業化されるが、先に述べたようにこのプロセスの中の各ステップは相互に深く関連しており一体不可分であるため、各ステップに専属の担当者を付けるよりも、発明の案件ごとに1人の担当者に一括して担当させるほうが効果的であると考えられている。従って、TLOで技術案件を担当する人材は、発明の市場価値の評価ができる「目利き」であると同時に、企業への発明の売り込みやライセンス交渉も行えなくてはならない。技術、特許、法律、経営などに関する幅広い知識と、コミュニケーションや交渉のスキルを備えた人材が求められている。

今後このような人材を多数育成する必要があることについては、論をまたない。それとともに重要なのは、これらの人々が活躍できるポジションが各TLOの中で十分に確保されることである。言い換えれば、優れた目利き人材を継続的に雇用することができるよう、各TLOの財政基盤を安定させる必要がある。また、TLOの社会的ステイタスを高めて、優秀な人材の参入を促すことも必須である。さらに、TLOの財政基盤の安定や社会的ステイタスの向上が図られるためには、TLOの取り扱う発明の中から、商業的に成功して経済的・社会的に大きなインパクトをもたらした事例を作り、その活動を社会に認知させることが喫緊の課題である。これらについて即効的な解決方法は存在しないが、人材育成に関しては、長期的な展開を視野に入れつつ、各TLOがノウハウを提供し合いながら共同的に取り組んでゆかねばならない。

「研究ライセンス指針」に関連して

以上の説明においては、TLOが大学と企業の間の橋渡し役であるという前提で話を進めたが、今後TLOは、大学同士がライセンス契約を結ぶ際の窓口としても機能するようになるだろう。大学は、企業とは異なり最終製品を生産するわけではないが、近年は研究に用いるツールが特許化されていることも多々あるため、こうしたツールについては大学同士のライセンス契約も生じるのである*3

この文脈からすると、大学が他者の特許を侵害するという可能性も生じる。しかしながら、特許権の存在により学術研究の進展が阻害される危険性は必要最小限にとどめるべきである。このような問題意識から、総合科学技術会議の「研究における特許使用円滑化に関するプロジェクトチーム」ならびに「研究における特許使用円滑化検討ワーキンググループ」において議論が行われ、それを踏まえて2006年5月に「研究ライセンス指針」**2が決定された。研究ツールの特許権を保有している大学は、別の大学から、非営利目的の研究に用いるためにその特許発明を使いたいと求められた場合、その研究を差し止めることなく、無償あるいは合理的なロイヤルティにより非排他的なライセンス(すなわち「研究ライセンス」)を行うことが推奨されている。

大学の使命は、産業に結び付く研究成果を発信して社会に貢献することだけではない。当然ながら、直接何の役に立つかわからない学術研究を行うことも、重要な使命の1つである。1998年に端を発する大学の知的財産権重視の流れの中では、そのことはともすると忘れられがちであった。そのため、学術研究を重視する人々にとっては、TLOの活動に対する心理的抵抗感がいまだにぬぐえない感があるようだ。しかしながら、TLOの活動は本来、学術研究に悪影響をもたらすものではない。今後、学術研究に使用する特許発明のライセンシングを大学間で行う際に、この指針の遵守を慣行化することにより、TLOは学術研究を円滑に推進させるための潤滑油にもなりうるということが、あらためて示されるであろう。

なお、この例に見られるように、複数の大学・機関にまたがる課題は、各大学が個別の知的財産ポリシーを設定するだけでは十分でないため、上位概念となるルールの設計が必要となる。そのような課題は今後も生じてくるだろう。例えば、研究者が大学を異動する際に、自分の行った発明で機関に帰属しているものを異動後も円滑に使用できるようにするためのルール作りがそれである。これについては「研究ライセンス指針」の中に多少言及がなされているものの、より具体的かつ効果的な指針が作られてしかるべきである。

結語

以上、組織の位置付け、人材育成、ならびに「研究ライセンス指針」に絞って、TLOの課題、あるいはTLOが今後取るべき立ち位置について述べてきたが、すべての課題は「共有」あるいは「共進化」というキーワードでくくることができそうである。

各地域・各大学においては、産学連携関連部局・組織の間で縦割りの弊害が生じないよう相互に情報を交換・共有しあいながら、それぞれの部局・組織に特有の機能を進化させてゆくべきである。
人材育成については、すでに大学技術移転協議会*4の研修会(UNITT)や筆者らが開催している知的財産マネジメント研究会(Smips*5)などにおいて取り組みがなされているように、TLOの人材やその他の産学連携関係者が緩やかに連携して必要なナレッジを共有しあいながら、組織横断的なネットワークの中で知識・スキルの両面から人材を進化させてゆくべきである。
また、「研究ライセンス指針」に見られるように、複数の大学・機関を横断して存在する課題について議論を行ってルールを設計し、すべてのプレイヤーがその基本原則を共有することで、大学の技術シーズの産業化と学術研究を共に進化させてゆくべきである。

TLOによる特許化と技術移転が「権利化」や「独占」に立脚したものであることを考えると、「共有」や「共進化」という言葉が出てくるのは、いささか逆説的である。しかし、「大学」という従来は学術コミュニティ特有の「共有文化」の中にあったプレイヤーと「企業」という「独占文化」を機軸とするプレイヤーのはざまに存在するTLOにとって、「独占」と「共有」のバランスを保つことは、その存在意義にもかかわる重要な課題である。多くのTLOが、そのバランスを健全に保ちながら大学と企業の橋渡し役として機能することができるとしたら、大学と企業それぞれの文化の間にも共進化が生じ、日本における産学連携は新たな局面へと導かれるに違いない。

●参考文献

**1 :知的財産戦略本部.知的財産戦略の進捗状況.知的財産推進計画2006 参考資料,2006-6-8.

**2 :“研究ライセンス指針”.(オンライン)入手先
  <http://www8.cao.go.jp/cstp/output/iken060523_2.pdf>,(参照2006-10-29)

*1
承認TLOのリストは、14ページを参照のこと。

*2
渡部俊也・隅藏康一. TLOとライセンス・アソシエイト.東京,ビーケイシー,2002, p.310の中で筆者らは、こうした人材を「ライセンス・アソシエイト」とよび、日米の主要人物のそれまでの足取りを報告した。また、筆者が日本の産学連携について包括的に論じた、隅藏康一.知的財産権を目利きする「円錐型人材」が日本を変える.ILLUME.No.30,2003, p.4-21.においても、人材の重要性を強調した。

*3
この前提として日本の特許法69条1項の解釈論を理解する必要があるが、詳しくは、隅藏康一.知的財産権の「研究ライセンス指針」とは.OHM.2006-9, p.14-15を参照のこと。

*4
詳細は、大学技術移転協議会ウェブサイト(オンライン)入手先 <http://www.jauiptm.jp/>,(参照2006-10-29)を参照のこと。

*5
詳細は、知的財産マネジメント研究会ウェブサイト(オンライン)入手先<http://www.smips.jp/>,(参照2006-10-29)を参照のこと。

〈寄稿〉承認TLO、第2ステージへ
顔写真

丸山 正明 Profile
(まるやま・まさあき)

日経BP社 産学連携事務局
編集委員



承認TLO(技術移転機関)は、現在、大きな岐路に立っている。

文部科学省と経済産業省は、1998年12月に東京大学TLO(東京都文京区)、関西ティー・エル・オー(京都府京都市)、東北テクノアーチ(宮城県仙台市)、日本大学産官学連携知財センター(NUBIC:東京都千代田区)の4機関を承認TLOの第1号に承認した。これを皮切りに、承認TLOが次々と誕生した*1。2006年7月時点で、承認TLOは合計42機関あり、それぞれ知的財産の技術移転事業に励んでいる(表1)。

「産学官連携ジャーナル」の読者にとっては“釈迦(しゃか)に説法”となる初歩的な背景説明をまずする。各TLOが“承認TLO”として技術移転事業を始めた経緯を確認するためだ。

大学教員の技術移転コーディネータとして
TLOの必要性が急浮上

2004年(平成16年)4月以前は、国立大学は法人格を持たなかった。このため、契約などの主体になれなかった。また、1999年(平成11年)10月に日本版バイドール法である産業活力再生特別措置法第30条が施行されるまで、大学が特許などの知的財産を所有(機関帰属)する根拠がなかった。そして、2004年4月に国立大学などが独立行政法人(国立大学法人)に移行すると同時に、大学教員の研究成果(発明)から産まれる特許などの知的財産は原則、大学が所有(帰属)するようになった。

2004年4月以前は、“研究大学”として活動する国立大学や公立大学の多くは、特許やソフトウエアなどの知的財産を戦略的に技術移転するなどの活用・運用ができなかった。すなわち研究大学は、学内で産まれた独創的な研究成果(技術シーズ候補)を組織として巧みにマネジメントし、社会に送り出すことができなかった。

承認TLOが技術移転事業を始める1998年12月以前は、研究成果や特許などの知的財産を大学教員という個人がマネジメントするしか手はなかった。大学の研究成果の多くは研究した教員が発明人として、特許を出願することになっていた。実態は、大学教員の多くが特許出願・維持経費の負担に耐えられず、“親しい企業”に特許出願を頼むことが多かった。親しい企業が当該研究成果に強い関心を持ち、特許出願を希望する場合には特許の所有も親しい企業に与えるケースが多かった。大学教員の研究成果や特許の技術移転先は、ある種のあうんの呼吸で決まるケースが多かったのである。

表1 承認TLO(42機関)(出典:社団法人 発明協会)

表1

大学教員の研究成果の技術移転先を決めるプロセスが不透明であると指摘する声は多かった。当該教員がたまたま親しい会社が技術移転先として最適かどうか、その特許を基に事業化に成功する開発能力を持つかなどの判断を誰が行うのかの問題が浮上した。

大学教員はある専門分野の研究者として、研究の方向付けは得意である。しかし、優れた研究成果・技術シーズだけで事業化ができるわけではない。研究成果・技術シーズの中身がどんなに優れていても、事業化初期のある時点で、あるコスト以下で量産化できる見通しを立てることが必要条件になる。

事業化を可能にする条件を探すのは、技術移転コーディネータ(アドバイザー、エージェント、アソシエイツなどと、呼称はさまざま)の仕事となる。この技術移転コーディネータの仕事場がTLOである。大学の教員個人では手に負えない研究成果・技術シーズ・特許の技術移転を組織的に担うのがTLOである。

基盤技術ただ乗り論に対して
行政府は基盤技術支援を強化

日本がTLOを必要とするようになった理由は、日本の企業の国際競争力が落ちたからだ。1980年代半ばに日本企業は、欧米に研究開発力が追いつき、欧米から技術シーズを技術移転することが減った。この理由の一つは、世界的にも大企業に成長した電機や自動車、製鉄などの日本企業は中央研究所を設け、技術シーズを自前で研究開発することが独自の製品・サービスの開発に不可欠と考え、欧米からの技術移転をあまり求めなくなったからである。

1980年代半ばに、日本は米国から“ジャパン アズ ナンバーワン”とおだてられ、日本では「もはや欧米から学ぶものはない」と豪語する者まで現れたころである。

第2の理由として、欧米企業もライバルとなった日本企業に簡単には技術シーズを与えなくなった。日本の貿易黒字が目立って増え始め、米国では半導体や自動車などで貿易摩擦を引き起こしたころである。

1990年代後半に、欧米は日本に対して基盤技術ただ乗り論を展開した。国際会議などの場で、日本の教員・研究者は欧米の教員・研究者から「基盤研究に貢献しない日本人は尊敬できない」と苦言を呈され、心理的にはかなり痛めつけられた。

この基盤技術ただ乗り論は日本政府の科学技術政策に大きな影響を与えた。この結果、文部科学省系の科学技術振興機構(JST)は戦略的創造研究推進事業(ERATO)などの基盤研究支援事業を始めた。経済産業省と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)なども基盤研究を担う大型の研究開発プロジェクトを進めた。

日本の行政府が基盤研究支援策としてつぎ込んだ研究費は、日本の研究開発成果を量質両面で高めた。基盤研究支援の研究費の多くは、大学と公的研究機関(産業技術総合研究所や理化学研究所、物質・材料研究機構など)に投入され、独創的な研究成果が多数誕生した。

例えば、名古屋大学の赤崎勇教授は青色発光ダイオードの基盤技術の確立という独創的な研究成果を上げ、後に科学技術振興機構の独創的シーズ展開事業(委託開発)によって豊田合成が青色発光ダイオードの事業化に成功した。

残念ながら、名古屋大学の赤松教授の技術移転事例は特異なケースだった。大学の研究成果が日本企業の新製品・新サービス開発につながるケースは極めて少なかったからだ。この日本の研究開発力が低下した問題(技術移転の成功例の少なさを「死の谷」などと表現する)を解決する実務担当者が技術移転コーディネータである。同コーディネータを“雇用”する受け皿がTLOだった。日本の研究大学から産まれる独創的な研究成果を企業などの産業界に技術移転する担当者が所属する組織としてTLOが設けられた。

株式会社か財団法人か
外部型か内部型か

1998年12月に4機関が承認TLO第1号になった。この時点で、承認TLOはいくつかのパターンに分類できる。東京大学TLOと東北テクノアーチはそれぞれ株式会社として設立された。出資者は主にそれぞれ東京大学と東北大学の大学教員などの個人だった。大学から産まれる優れた研究成果を特許出願し、産業界などに技術移転することで大学の第3の使命である社会貢献を果たすという趣旨に賛同した教員個人が出資した。

東北テクノアーチの設立時は、「教員は1人当たり50万円出資した」と設立時のパーティーで数人の教員から聞いた。株式会社として技術移転事業に成功するかどうか不透明であり、設立主導者は「この出資金は戻らないものと思ってほしい」と言い渡し、株式会社としてのTLOはベンチャー企業である実態を説いた。

関西ティー・エル・オーは学校法人の立命館、京都大学の教員などが出資した株式会社である。最大の特徴は、関西圏の大学教員の研究成果を取り扱う広域型TLOとして設立されたことだ。京都大学や大阪大学、立命館大学など関西圏の多数の大学教員の研究成果を対象とすることで、優れた研究成果を取り扱い、技術移転の成功確率を高めることを狙った。

実は、東北テクノアーチも東北六県に新潟県を加えた広域型TLOである。関西TLOが関西圏の複数の大学の教員を対象にしたのに対して、東北テクノアーチは東北大教員の研究成果を取り扱う比重が大きく、東北大との関係が事実上は強いTLOになっていった。

この理由は、文部科学省や経済産業省などの行政費が提供する競争的資金を獲得する比率が、東北大学と東北六県の他の国立大学で差があった結果、東北大学教員の方が技術移転候補案件として魅力的なものを提供した。株式会社である東北テクノアーチとしては、技術移転しやすそうな案件を取り扱うことになる。技術移転実績が求められ、株式会社としての存亡にかかわるからだ。

東北テクノアーチは東北大学の工学部系キャンパスの一角に建てられた未来科学技術共同研究センター内に入居した。東北大学教員とは顔をあわせやすい。教員の研究成果をインタビューし、将来技術移転できる可能性が高いと判断して特許出願するのが一般的である。これはかなり手間のかかる仕事である。当該教員と何回も会って、研究成果を評価する。やはり、地の利のいい、会いやすい大学教員の方が技術移転候補案件を見極めやすい。このため、東北大学教員の研究成果を取り扱う比率が高まっていった。

この結果、新潟大学の教員を中心に新潟ティーエルオー(新潟市)が株式会社として設立され、2001年(平成13年)12月に承認TLOとなる。

株式会社である以上、優れた技術移転候補案件を求めるのは当然である。東京大学TLOも設立時の経緯から、設立当初は東京大学の先端科学技術研究センターの教員の研究成果を事実上中心に取り扱って、足場を固めていった。

東京大学TLOをはじめとする株式会社形式のTLOは大学の外に設けられた外部型である。これに対して、日本大学が設けた産官学連携知財センターは内部型TLOである。私立大学である日本大学は法人格を持っているため、法人契約の主体になれたからである。日本大学の研究成果を社会に送り出す技術移転事業を担うコストセンターとして設けられた。日本大学産官学連携知財センターはその後に私立大学が設立したTLOのひな型となった。

1999年(平成11年)8月に東京工業大学は財団法人理工学振興会に技術移転機能を持たせ、承認TLOとなった。

承認TLOを設ける際に、国立大学教員の中では、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が行われた。非営利組織である大学の非効率な文化から切り離す意味で株式会社形式が主張された。特に給与面での自由度を持ち、技術移転実績を反映させないと優れた人材を雇用できないと主張した。また、大学と企業の仲介役としての独自の地位を得やすいとの主張もあった。迅速な意志決定にも株式会社形式が必須であると主張した。

その一方で、大学が営利事業に加担するのは違和感があるとして、公益団体である財団法人に技術移転機能を持たせることを主張する声も強かった。この場合は、当該大学が適した財団法人を持つことが必要条件になった。この財団法人活用案は、当時の国立大学が私立大学のような内部型TLOを志向したものと解釈できる。

リスクの高い技術移転事業を
経済産業省と文部科学省が支援

TLOの前に「承認」と付いている理由は、経済産業省と文部科学省が各TLOの技術移転事業を評価し、十分に事業遂行能力があると判断した場合に、行政府が運営費などを公的に支援するという意味である。中でも、効果を上げたのは、特許流通アドバイザーという呼称の専門家を派遣する支援だった。特許庁傘下の工業所有権情報・研修館/ 発明協会から派遣されるため、その人件費は経済産業省系が負担する支援策である。技術移転事業の中核人材として活躍し、多くの承認TLOの中心メンバーになっている。

文部科学省も同様の施策として産学官連携コーディネーターを派遣し、各承認TLOを支援している。大学教員の研究成果を技術移転する事業はリスクが高く、設立当初のTLOが自立するまでは、国として支援し、大学の研究成果が社会に移転する仕組みを築こうとした。 現在、42機関ある承認TLOは約半数が5年間の支援期間が過ぎ、自立を求められている。実際には特許流通アドバイザーの派遣期間が5年を超える承認TLOもあるなど、自立することの難しさを示している。

1998年から始まった承認TLOによる技術移転事業は、これだけでは独立した機関として収益を確保できないことが明らかになった。例外は、東京大学TLOだけである。工夫の仕方によっては技術移転事業でも収益を確保できる事例になっている。

厳しい状況は株式会社(有限会社も含む)形式の承認TLOである。技術移転事業だけでは収益を確保できないため、企業との共同研究の管理法人として収益を確保し、運営費を賄っている。

大学にとって企業との共同研究が増えるのは歓迎すべきことだ。事業化に向けた応用開発を通じて社会ニーズを学べると同時に、共同研究成果はその共同研究の相手企業に技術移転できる可能性が高い。研究成果が優れているだけでなく、技術移転候補が自然に決まるため、技術移転のリスクが小さくなる。大学教員も多額の共同研究費を用いて、高度な研究が可能になり、独創的な科学技術知見を得やすくなる。このため、多くの承認TLOは共同研究のコーディネートに力を入れている。

文部科学省、知的財産本部事業を開始
知的財産本部とTLOの関係を整理

文部科学省は2003年度(平成15年度)から知的財産本部整備事業を始めた。2004年4月に国立大学などが法人化し、契約主体になれるようになると同時に、教員の研究成果は原則、大学が所有するように変更されることが明らかになったからだ。大学が持つ知的財産を戦略の下に技術移転するなどの活用が可能になるため、その実務を担う組織として知的財産本部(名称は各大学で異なる)を設けた。

技術移転事業では、知的財産本部と承認TLOは重なる作業が多い。各大学の知的財産本部と承認TLOは一体となって技術移転事業や共同開発の設立と運営に当たっている。教員の研究成果・発明が技術移転候補になるかどうかのマーケティングや特許出願した案件のマーケティングなどを実践している。

しかし、学外の企業などからすると、知的財産本部と承認TLOの違いが分かりにくくなっていることも事実である。このため、承認TLOと知的財産本部の組織一体化が浮上している。東京工業大学の知的財産本部(産学連携推進本部)は理工学振興会の技術移転機能を受け取り、一体化する。ある意味で私立大学と同じ内部型への移行である。

これに対して、株式会社の承認TLOは大学の知的財産本部と委託契約を結び、事実上の一体化を図る会社が増えそうな見通しだ。承認TLOはある意味で公的な存在の株式会社であり、解散することが難しいからだ。出資者を納得させて解散するのはかなり難しい状況である。

承認TLOとして活動する慶応義塾大学知的資産センターの清水啓助センター長は、「承認TLOが担う技術移転事業は大学の社会貢献として大学に不可欠な機能であることが実証された」と承認TLOが大学に必要な組織であることが認知された実績を強調する。国立大学系が設けた株式会社形式の承認TLOの納まりどころが当面の議論になりそうだ。

株式会社形式の承認TLOで気になるのは、専任の社長を置いていない会社だ。ある種のベンチャー企業である株式会社形式の承認TLOの社長・CEOは兼務で済む職責ではない。一部の承認TLOを除いて、出向者ではない専任の社長がいる承認TLOが順調に足場を築き、前進している。この承認TLOに若い高度専門職人材が集まるような時代が、TLOが花開く時代である。

*1
各組織・機関の名称について、本稿では現在の名称で表記する。