2006年11月号
連載1  - 産業界に聞く産学連携
元 三菱重工業 代表取締役・常務取締役 柘植 綾夫氏に聞く
産学連携がブリッジする知の創造とその経済的価値の結合 -日本のとるべき科学技術立国への
道は-
顔写真

柘植 綾夫 Profile
(つげ・あやお)

元 三菱重工業株式会社
代表取締役・常務取締役/
内閣府 総合科学技術会議
議員・日本学術会議 会員

聞き手:江原  秀敏 Profile

(本誌編集委員長)

ナショナルイノベーション・エコシステムとグローバルイノベーション・エコシステムのコンセプトに立って、日本は21世紀の国づくりをすべきである。そこには知の創造と社会経済的価値創造の結合能力の強化が必要である。

産学連携で今一番やらなければならないことをお聞かせください。

柘植    シーズドリブン型の産学連携からニーズドリブン型の産学連携へのシフトが必要だということです。これは21世紀のイノベーション創出構造の変化に伴うことだと思います。20世紀はキャッチアップ型でした。日本のモノづくりのほとんどが外国のライセンス物、外国の技術をベースに自主技術化してきて、これが戦後から今の日本を築き、そしてきちっと支えてきたわけです。それにはそれなりの産学連携があったと思います。トップランナーになった現在は、白紙に巨大な大きなピラミッド型のイノベーションを自分で描いて、それを創らないといけないのが21世紀型の日本のイノベーション構造です(図1)。社会のニーズに基づいた産学連携が不可欠です。ちなみにこれは第3期科学技術基本計画の新機軸です。真の科学技術イノベーション力の強化、これは日本がこれから国を挙げて強化しなくてはいけない大きな命題であると思います。

図1

図1 21世紀のイノベーション創出構造の変化

産学連携を考えるときに、大学のミッションと産業のミッションは全然違うことを、まずわれわれは共通認識しなければなりません。大学は、キュリオシティードリブン型(好奇心駆動型)の研究が本来の姿であり、ミッションであるということは、これはもう産業人みんなが分かっていると思います。ですから、大学全体をニーズドリブン型の研究開発に巻き込むことではなく、大学もそれを誤解してはいけないし、間違っても産業界はそういうことを要求してはいけないのです。

しかし、一方で図1に示す巨大なピラミッドのような21世紀のイノベーションの構造をつくろうとするとき、大学のミッションである知の創造を社会的な価値、経済的な価値に具現化する結合構造は、まさにニーズドリブン型の産学の連携が無いと出来ません。これには、知の創造という大学側の担う学術の世界がベースです。学術の世界で価値があると思うものをどんどん研究してもらう。そして日本全体のイノベーション創出能力を強くするには、知の創造を社会的な価値、経済的な価値に結合するメカニズムを強くすることなのです。

知の創造と価値創造とを結合させるには、産学官のいずれの役割が大きいと考えられますか?

図2

図2 知と価値創造の結合:ナショナルイノベーショ
     ン・パイプライン網(ネットワーク)の構築を!

柘植    両方からブリッジをかけていくことで初めて知の創造と社会経済的価値創造の結合が出来るわけです。それには、目的型の基礎研究段階が大切です。この段階から産業界と一緒になって考えていくと、社会的な価値、経済的な価値を生み出す可能性が見え、そうなると次に応用研究開発段階に入って行けます。そこにはやはり市場があって、本当に市場が求めているなら、産業側の責任で製品の開発と市場投入・普及段階に入れます。本当の産学官連携とは、このイノベーションプロセスの各段階を、産学で互いに双方向の橋渡し機能を持って共有することであると考えます。これを国を挙げた「ナショナルイノベーション・パイプラインネットワーク」と表現したいと思います(図2)。

ブリッジは、どのように結び合わされていくのでしょうか。橋渡しはこれまでコーディネータが担ってきていましたが。

柘植    知の創造の大学と、社会経済的価値創造の産業界とをコーディネータが橋渡しするわけですが、コーディネータは大学と会話をし、産業界とも会話をする立場に立つべきです。

産学の間に立つコーディネータは、大学内でも産業界内部でも異分野の間のブリッジ役を担っています。つまり本来の大学にも無い、また本来の産業の価値創造でもないところをコーディネータが垂直連携、水平連携をして引っ張っていく必要がありますし、コーディネータの役割は重要で必要不可欠です。コーディネータの責任と権限をファンディング機関をまたがって機能する制度改革も必要です。

人材の育成の部分はどのように考えられますか。

図3

図3 教育とイノベーションに必要な能力

柘植    第3期の基本計画の新機軸は人材育成とイノベーションです。人材育成の要は、[1]日本の次の世代を担う若い人たち自らの生存に関する危機感の自覚です。これを広い意味での教育を通して体得させることです。[2]若い人たちにイノベーションにかかわる仕事が面白い、やりがいがあることを得心させなければなりません。得心するためには、イノベーションの全体の像を見せて、各自が自分はどこなら適しているかを考えさせることです。ここに図を示します(図3)。イノベーションの構造を人の能力で見ると、この3層構造ができます。三角形のトップは、いわゆるDifferentiaterという科学技術を生み出す人(タイプD)、これはひょっとしたらノーベル賞をもらえるかもしれない能力です。加えてEnabler技術を創造する人材(タイプE)も育てなければいけません。さらに不可欠なのは、一番ベースになっている基盤の技術能力であって、広い意味でのものづくり力を支える人材(タイプB)です。これらの能力がイノベーションという巨大なピラミッドの構築能力ですが、これに加えて縦横の連携、つまりイノベーション構造の垂直連携、水平連携を実現する能力の人が必要です。知の創造と社会経済的価値の創造を結合する役割を持つ人材です(タイプΣ)。この能力は大変に重要です。

イノベーションの構造や、それに必要な人材や能力はこれこれであるということをなるべく中学校、高校の段階から何回も何回も考える機会を作り、生徒たちに自分はどこのパートで仕事をしたいかを考えさせることです。そのためには各能力タイプのロールモデルを教育のプロセスで見せるのも重要であると思います。

科学技術立国に合わせた教育で一番有効な方法は何だと思われますか。

柘植    科学と技術は異なるということを国民全体がもう少しクリアに考えるべきだと思います。科学の面白さに加えて、科学に裏付けられた技術の大切さと面白さを、理科と工作も含めた幅広い教育で小学校から教えてもいいと思います。そうすると自分は科学者じゃなくても技術者になれるぞと思う生徒が出るはずです。この違いを得心させて、それを支える教育と科学技術政策をとらなければいけないと思います。第3期の基本計画では科学と技術をきちんと分けています。政策目標1と2で科学重視を明確にしており、政策目標3と4は完全に技術重視、徹底的に科学に裏付けされた技術で創る国の姿を明確にしています。科学のミッションと技術のミッションはそれぞれに社会的・経済的価値があります。

最後に国づくりへの貢献として科学技術の面から言えることは何でしょうか。

柘植    科学と技術でどういう便利(文明)で心に安らぎのある社会(文化)をつくっていくのかですが、確かにナショナルイノベーションシステムの視点を持って、国内の文化的で社会的な社会をつくることが大切です。同時に、日本はほとんど海外からの資源に依存していることからみても、グローバルイノベーション・エコシステムという地球規模からのイノベーションのコンセプトを同時に持つことが不可欠です。ナショナルイノベーション・エコシステムだけでは絶対に国創りはできません。この両方のエコシステムを両輪として日本人は老いも若きも考えて、行動していくことで、21世紀の国創りをすべきであると思います。

本日は貴重なお話をありがとうございました。