2006年11月号
連載2  - 産学連携と法的問題
第11回 知的財産権信託について

原田 寛規 Profile
(はらだ・ひろのり)

三菱UFJ信託銀行株式会社 資産金融第1部
知的財産グループ 推進役

知的財産権を信託化する仕組みを概要した。大学およびTLOが特許信託を活用する方法にも触れた。

はじめに

産学連携分野のみならず、「知的財産権の活用」全般について信託制度の利用が注目されている。特に資金調達や流動化といった側面での期待が大きいわけであるが、信託の本分は財産権の管理・運用であり、産学連携分野においてもまずは、知的財産権の管理・運用といった面での信託制度の利用方法およびその課題について考えてみることとしたい。なお、本稿は筆者の個人的な立場で執筆するものであり、文中の意見は筆者の個人的な見解であることをあらかじめお断りしておく。

知的財産権信託とは

(1)信託とは

信託とは、「自分以外の他人(受託者)に、財産権の名義や管理処分権を帰属させ、一定の目的に従い、本人(委託者)または第三者(受益者)のためにその財産権を管理・運用・処分等をさせる法律関係」である。名目的にではあれ、権利を譲渡してまで財産権の管理・運用・処分を他人に託すわけであるから、特に商事目的*1で利用される信託では、委託者が何を期待するか(信託目的)という点と、受託者がその期待に応えられる手腕(財産権の管理・運用・処分に関する専門性)を有しているかといった点が、取引成否のポイントとなる。以下に述べる産学連携分野での信託利用についても、その信託目的を明確にし、それを達成するために必要な受託者および仕組みを採用することが重要である。

(2)知的財産権信託の制度

従前、商事目的の信託における受託者は、事実上、信託銀行が担ってきたわけであるが、一昨年末の信託業法改正によりその担い手が拡大された。また同時に、信託の引受財産に関する制限(従前は、[1]金銭、[2]有価証券、[3]金銭債権、[4]動産、[5]土地およびその定着物、[6]地上権および土地の賃借権に限定)が変更され、財産権一般が信託の対象となった。これらの制度改正により、TLOを含め、信託会社による知的財産権の信託受託が可能となったのである。

(3)知的財産権信託の事例

現在に至るまで、知的財産権信託の実例件数はまだ数少ないが、アニメや映画関連の著作権を対象としたもののほか、特許権を対象とした信託も実際に行われており、信託銀行が受託者として、特許料支払い等の事務手続きほか、ライセンス契約の締結および管理を行っている事例もある。特許権を対象とした案件は、特許権管理事務のアウトソーシングや権利侵害に対する抑止力への期待から組成されたものである。

大学およびTLOにおける知的財産権信託の活用方法

(1)知的財産権管理の方法

知的財産権信託の活用が期待されているセグメントの1つが産学連携分野である。これまで、大学と外部TLOとの間における知的財産権の管理手法としては、[1]譲渡方式*2、[2]委任方式*3、[3]再許諾方式*4が採用されているが、[1]については権利の譲渡対価や移転コストといった経済的問題、[2]についてはTLOの受任範囲(弁護士法の問題を含む)や訴訟対応といった法的問題、[3]については企業ニーズとのマッチングやTLOの信用リスク(TLO倒産時の権利の取り扱いに関する問題)の観点から課題が残されていると考えられる。

(2)知的財産権信託の活用方法

上記の課題をクリアする1つの手法として、信託方式の導入が考えられる。大学からTLOに知的財産権を信託譲渡し、TLOが権利者として企業とのライセンス契約等を行い、その収益を大学に還元する仕組みである。信託方式の場合、基本的に譲渡対価は発生せず*5、TLOは権利者としてライセンス契約や訴訟対応等が可能になるため、譲渡方式や委任方式等の課題を解決できる。また、株式等による実施権対価の取得など、企業とのより柔軟なライセンス交渉が可能になることも考えられる。

(3)知的財産権信託のメリットと課題

法的な権利者としての地位と経済的利益を受け取る権利を、無駄な費用をかけず、かつ簡便に分化できる点が信託方式のメリットである。一方、信託方式を採用する場合、例えば、複数の委託者から類似の特許権を受託した場合における受託者の利益相反に関する問題(どちらか一方に有利な運用を行うことは原則不可)や、TLOが信託業法で求められる受託体勢(人員、組織、ノウハウ等)を整備する必要があるなど、課題も残されている。これら、TLOだけではすぐに解決できない課題もあるため、信託の経験と知識を有する信託銀行との連携・協力を図ることが信託方式導入の近道なのかもしれない。

共有特許に関する知的財産権信託の活用方法

(1)共同研究等による共有特許の取り扱い

次に、大学と企業が共同研究を行った結果、両者が特許権を共有するに至ったケースについて検証したい。共有特許については、その経済的な収益機会の不均衡を是正するための対応として、いわゆる「不実施補償」の問題が取り上げられているが、そのほかにも例えば、訴訟対応の場面における権利者間調整*6や、大学が権利を換価処分*7したい場合の対応など、将来的にはその権利の取り扱いに関して検討しておかねばならない課題があるのではないかと考えられる。

(2)知的財産権信託の活用方法

共有特許について信託方式の導入を考えてみる。共有者である大学と企業が共同で特許権を信託し、受益権をそれぞれが保有し、企業は受託者から専用実施権を得ることで特許権を活用したビジネスを行うといった仕組みが想定される。上記のような問題が発生した場合の対応については、可能な限り信託契約にその対処方法をあらかじめ規定しておき、実際の権利調整は受託者を通じて行われることになる。また、何らかの権利を行使する場合には、受託者が権利者として対応することになる。受託者を仲介役として、権利の調整や行使、さらにライセンス料など資金管理の面での一元化を図ることができるわけである。

(3)知的財産権信託のメリットと課題

特許権を一元化することによる管理面の効率化や、共有者の信用リスクを一定程度回避できる点*8で信託方式にはメリットがある。また、企業に対する専用実施権について対価が発生する場合、大学にとっては、受益権配当*9としてその収益の一部を享受することや受益権の譲渡による資金化が可能となるため、「不実施補償」とは形を変えた利益分配の仕組みとして利用することも考えられる。ただし、その場合でも、大学と企業の貢献度を含めた適正な実施権料の算定方法や、受益権譲渡のルールに関する両者の合意形成は必要であり、課題は残る。

今後の知的財産権信託の利用について

冒頭に述べたが、知的財産権信託に関しては、まずその管理・運用を目的とした仕組みから検討を始めるべきである。本稿で説明した仕組み以外にも、例えば、パテントプールの受け皿や、ベンチャー企業の倒産リスクを回避するための器として、信託を利用できる場面は少なくないと考えられる。

無論、受託者においてライセンス契約を締結している実例もあるように、知的財産権(信託財産)の運用により収益(キャッシュフロー)が生み出されている場合には、資金調達や流動化といった手法の導入も検討することは可能であるし、それが現実のものとなることに期待をしている。

信託は、ある目的を達成するためのひとつのツールであって全ての問題の解決策ではない。また、財産権を保有する者の権利や義務または財産権の価値を増減させるような「魔法の杖」でもない。ただし、この制度(ツール)を利用することによって解決される問題は少なからずあると考えられるので、より広範かつ有効な利用を望むものである。

*1商事目的
信託が営業として引き受けられるときは、営業信託または商事信託といわれる(参照図書:三菱信託銀行信託研究会.信託の法務と実務,4訂版,社団法人金融財政事情研究会,2003,p.19.)。

*2譲渡方式
大学からTLOに権利を移転する方式。

*3委任方式
大学が権利を保有したままTLOが管理・運用を行う方式。

*4再許諾方式
大学がTLOにサブライセンス権付きの専用実施権を付与する方式。

*5
受益権の一部または全部を譲渡する場合や、既に収益を生み出している特許権を譲渡する場合には、会計上の取り扱いに関する検討が必要である。

*6権利者間調整
一般的には企業側で対処することになるが、大学を相手に提訴するケースが想定できないわけではない。

*7換価処分
権利の一部または全部を、対価を得て共有者以外の第3者 (発明者個人やTLO等を含む)に譲渡するケースも考えられる。

*8
共有者が倒産した場合、信託契約を維持することで、ライセンシーなど第三者との権利関係を保つことが可能である。

*9受益権配当
受託者から受益者である大学に対して支払われる実績配当(収入から諸費用を差し引いた利益の支払い)。