2006年11月号
連載3  - 産学官連携事例
海洋深層水による海藻の大量培養システムの開発
顔写真

大野 正夫 Profile
(おおの・まさお)

高知大学 名誉教授/
四国土建株式会社 顧問


高知県海域の窒素およびリン酸が極めて豊富な海洋深層水を利用して紅藻類のトゲキリンサイやスジアオノリの培養システムを開発し、そこからアオノリ大量生産事業化に繋がった事例を述べる。

まえがき

高知県海洋深層水研究所では、北太平洋中層水(North Pacific Intermediate Water)と呼ばれる海洋深層水を、約700mの深海から陸に当たってわき上がる昇流水から、水深330mで取水している。取水した海洋深層水は、水温が平均12℃であり、栄養塩は表層海水に比べて窒素とリン成分が高く、雑菌の少ないのが特徴である(室戸海洋深層水の栄養塩濃度:NO3-N, 12.1~26.0マイクロモル;PO4-P, 0.1~2.0マイクロモル、表層海水の栄養塩濃度:NO3-N, 0~5.4マイクロモル;PO4-P, 0~0.5マイクロモル)(山口ほか, 1994)。このような特徴から、海洋深層水を用いた藻類の培養は、海洋深層水の取水が始まった当初から各種海藻で行われてきた(山口ほか,1994、大野,1998、大野ほか,2000)。

日本では、食用海藻類はコンブを除いて海面養殖によって生産されてきた。これは安価で安定した生産ができ、需要にあわせて生産がコントロールできるためでもある。しかし、海面養殖は非常に厳しい作業であり、船や海面施設に経費が掛かる。そこで、海藻培養に清浄で窒素やリン酸の極めて豊富である海洋深層水が注目されている。独立行政法人科学技術振興機構(JST)のRSP事業で、多くの機能性成分を含むが海面養殖に成功していない紅藻のトゲキリンサイ、タンク培養に成功したアオノリやノリの大量培養システムにおいて、事業化のための培養条件、大量培養システムについて試験研究を行った。

この事業は農林水産省の沿岸整備助成事業につながり、7トン水槽60基が整備され、平成16年から四万十スジアオノリの生産が開始された。

トゲキリンサイの培養研究
写真1

写真1 紅藻、トゲキリンサイの藻体



写真2

写真2 RSP事業で試作した円筒培養水槽

紅藻のトゲキリンサイは暖海性であり、水深数m以深に繁茂しており、限られた海域に見られるのみである。この海藻の含有成分は、種々の生理活性を持つレクチンであり、抗酸化作用成分を多く含むことから注目されているが、天然海域では夏季に藻体は成熟し消失する(写真1)。キリンサイの試料500gを試作アクリル製円筒水槽(0.5トン)に入れて、海洋深層水を流入し、通気を底から行い、藻体が容器内を回転するようにして培養を行った(写真2)。水槽容量から藻体2~3kg以上になると藻体の充分な回転が悪くなるので間引き、少量にして連続培養を行った。夏季には、給水を断続的に行うことにより水温を15~20℃に保ち培養を行うと、日間成長率は3 %であった。冬季はグリーンハウスとヒーター調節により水温を15℃以上に保ち、通年培養技術を開発した。これらの培養方法によって、トゲキリンサイの成長率は、天然海域より高い値を維持することができた。培養実験で成長したトゲキリンサイ藻体は、天然海中に自生していた藻体と大きな形態的変化は生じなかったが、藻体の色は天然産より紅色が濃い、濃紅色になり藻体は硬くなる傾向がみられた。

トゲキリンサイ藻体は、大きくなった藻体を裁断して、さらに培養を続ける陸上タンク生産(クローン培養=藻体は未成熟)を行うことができた。藻体の形態や成長率に変異がないことから均一な品質が維持でき、種苗生産技術がいらず、大きくなった藻体を間引き、小さく裁断したものを加えて培養する微細藻類の大量培養と同じ培養方法を行うことができた。

アオノリの培養研究
写真3

写真3 二酸化鉄イオンの効果を試みた比較培養



写真4

写真4 培養開始時のスジアオノリの種苗約1cm



写真5

写真5 成長したスジアオノリの藻体約30 cm



表1 海洋深層水に二価鉄(イオンカルチャー)
     を添加したスジアオノリの成長率

表1

海洋深層水を用いた海藻の培養に関する研究は、高知県海洋深層水研究所の主な研究テーマであった。そのなかで、緑藻アオノリがほかの海藻より成長速度が極めて速いことが注目された。RSP事業ではスジアオノリのタンク培養において二酸化鉄イオンの添加や水温調節などの技術改良により増殖効果を試験した。

培養方法は、アルテミア培養水槽(100 L)に、胞子より塊状に成長させたスジアオノリの試料を入れて、わずかな流量(300 L/日)を連続注入して、屋外で天然光下、同じ条件のもとで培養を周年行った。添加した鉄イオンは東洋ガラス株式会社の 二価鉄イオンを含む溶出ガラス(商品名、イオンカルチャー)を用いた( 写真3、写真4、写真5)。

結果は、イオンカルチャーを添加することにより培養水槽の鉄イオン量は、表1に示すように無添加の海洋深層水水槽より高い値で維持された。スジアオノリは、夏季に成長が最も速く、海洋深層水では日間成長率は71.1%であった。鉄イオンを含むイオンカルチャー60g添加で97%、イオンカルチャー120g添加で100.5%と高い値を示した。冬季は水温が低下することと日照時間が短いことにより成長速度は遅くなり、海洋深層水では23.3%に低下した。鉄イオン添加では28.1%と海洋深層水より高い値を示した。また、二酸化鉄イオン添加の方が高い密度のタンク培養が可能であった。

ノリの培養研究
写真6

写真6 海洋深層水を用いたアオノリの大量生産
     施設(高知県高岡漁協)



写真7

写真7 ノリ網の海洋深層水を用いたタンク培養

高知県室戸市のアクアファームにて取水した深層水を7トンの角型水槽に注水し、幅2m、長さ20mの冷蔵ノリ網を2つ折りにした状態で水中に固定し、2~3週間後収穫した。養殖試験は有明海の佐賀県諸富町漁協のアサクサノリ系ノリ網を使用し、4月25日より6月22日までの期間ノリ網を3週間ごとに張り替えて行った(写真6)。

ノリの冷蔵網とは、ノリ網を10枚重ねで種付け(胞子付け)したものを、海面に張り育苗をする。1カ月ほどの育苗期間で、ノリ網には芽生えがみえて、葉長は2~3cmになる。このように芽生えの付いた網は、日陰で風乾燥させてからビニール袋に入れて乾燥しないように密閉して、マイナス30度の冷蔵庫に保管する。冷蔵網は、1年保管しても、正常に生育することが分かっており、養殖業者は漁期中に2~3回採取すると、冷蔵網と張り替える。冷蔵網は、海面に張って、2~3週間の養殖で、葉長は20~30cmに成長し採取される。

今回の養殖試験は、有明海の佐賀県諸富町漁協のアサクサノリ系のノリ網を用いた。養殖試験は、平成17年12月14日から3週間はプールにセットして行われた。3月14日からは、アオノリ培養水槽に冷蔵ノリ網をセットして養殖試験が行われた。

冷蔵網のノリ藻体は、開始時、葉長2~3cm(写真7)であったが、ノリの生育は極めて良好で、2週間後には葉長25~30cmになった。藻体の色調は濃くて柔らかく1等品であった。

3月14日より培養を開始したノリ網は、葉長は3週間後に 25~30cmになったが、下方に張った網は成長が遅れる傾向がみられた。しかし、葉体は濃い色になった。藻体の色は、網の個所によりムラがあり、水面にでた葉体は赤くなり、光量が強すぎることが推察された。水槽培養の第1回のノリ網は、手摘みで行い重量を測定すると、遠心分離器で脱水して60kgであり乾燥重量で6kgと試算された。

培養研究から事業化へ:海藻生産工場事業
写真8

写真8 海洋深層水を用いたアオノリの大量生産
     施設(高知県高岡漁協)

RSP事業を含む長年のアオノリの培養開発研究の成果から、農林水産省の雇用促進の助成事業として、海洋深層水を用いたアオノリ大量生産工場の設立を室戸岬東漁業協同組合高岡支所が申請した。平成15年度予算で、種苗タンク(1トン)と培養タンク(7トン)が連結した水槽60基と加工作業所などを含む施設が完成し、平成16年8月からアオノリの生産が行われるようになった(写真8)。生産された海洋深層水海藻は食用海藻として、すでに試験販売が行われ、高い評価を得ている。このような海藻類の陸上タンクによる生産施設は、日本でも初めてである。

現在、アオノリ生産工場は、高岡支所で雇用している従業員は5名(パートを含む)である。海洋深層水によって生産されたアオノリは最上の品質であり、生産高は、年間2.5トン、2,000~3,000万円であるが、品質や生産量に季節的に変動があり、RSP事業にかかわった高知県海洋深層水研究所や高知大学、四国土建株式会社(筆者現所属)がなお、RSPの成果をもとに助言を続けており、今年度から、アオノリの事業に加えて、ノリの本格的な生産事業試験を開始する。さらに機能性成分をもつキリンサイなどの海藻生産構想も進められている。

●参考文献

・山口光明;田島健司;山中弘雄;岡村雄吾.海洋深層水による大型海藻の培養.月刊「海洋」.285, 1994, p.186-158.

・大野正夫.海洋深層水を用いたトサカノリの培養.海洋深層水‘98. 高知, 1994.

・大野正夫;鍋島 浩;平岡雅規.海藻類の生育における海洋深層水の促進効果.マリンバイオテクノロジー学会講演要旨.2000, p.49.