2006年12月号
連載2  - 人材育成問題を考える
博士人材をいかに育成すべきか
-野依フォーラム:博士に関するアンケート結果と提言の紹介-
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府川 伊三郎 Profile
(ふかわ・いさぶろう)

旭化成株式会社 顧問/
本誌編集委員


野依フォーラムで博士人材育成についての検討がされた。主として化学企業を対象にアンケート調査を実施した。それら企業での博士卒の採用状況、採用理由、入社後の処遇、博士人材育成への期待項目、などを分析した。アンケート結果に基づく提言がまとめられたので、併せて紹介する。

はじめに

野依フォーラムとは、野依良治氏を中心とする産学のフォーラムで、産としては化学会社と製薬会社の20数社が参加して、産学および産産の情報交換と連携を行っている。

活動の一環として2005年10月より分科会 “プロジェクト博士”を発足させ、博士人材の育成について2回のアンケート調査と議論を重ね、提言をまとめ、冊子を作成した。今回、そのうちのアンケート結果(抜粋)と提言(要旨)を紹介する。

国の国際競争力強化のために大学院教育、とりわけ博士課程の強化が重要と考えるが、現状の博士課程については、本誌2006年8月号の「博士人材をいかに育成すべきか」で述べたように問題が多く、強力な産学官連携の人材育成策が望まれる。

アンケートの趣旨と結果

野依フォーラム会員アンケートにより、問題の明確化と産がこれに対してどう支援できるか、また博士に対する産の要望と期待を集約した。まず、野依フォーラム若手メンバー(30歳代)に対する記述式アンケートを2005年12月に実施した。この結果をベースに選択式アンケート項目を作成し、フォーラムの全企業メンバー対象にアンケートを実施した。これには18社(製薬会社3社、化学会社15社)と会員45名の回答が得られた。

各社の代表(18社)に回答していただいた項目
(1) 博士卒の採用
質の確保は、[1]できている、[2]まずまずを合わせて44%で、[3]バラツキが多いが50%を占めている。
(2) 博士卒の比率
製薬会社は20~40%1社、40%以上1社があり、注目される。化学会社(15社)は10%前後(5~10% 7社、10~20% 7社)が多い。
(3) 博士卒採用の理由
高い専門知識と即戦力が買われている。
(4) 博士卒の入社時、入社後の処遇
78%(14社)が修士+3年と同じとの回答だが、17%(3社)は優遇している。将来も処遇は改善される見込みは少ない。また、入社後の昇進については博士学位は[1]定量的に考慮(0%)[2]定性的に考慮(11%)であり、[3]成果主義導入もあり、考慮されないが89%である。
(5) 将来、博士卒が主流になったときの博士卒の採用比率
化学会社の場合は現時点の倍の少なくとも20%程度を考えているところが多い。また、このときの研究所での博士卒の比率としては30%になると見ている。
(6) 論文博士(社員の博士号取得)
これについては各社積極的で、国内留学により取得させているところ(3社)を含め、奨励しているところが多い(9社)。また、特に奨励していないが、自由に取得できる雰囲気であると10社が回答している。

また、アンケート結果から課程博士の半数程度の論文博士が企業に在籍していると推定される。

各人に回答いただいた項目

重要度指数である点数については各図の右に記載されている(重要な項目順に3つ挙げてもらい、第1位3点、第2位2点、第3位1点として重さ付けした合計点数を重要度指数とした)。

図1

   図1 優れた人材をより多く博士課程に進学
       させるために必要と思われる項目を重要な
       ものから順に各人が3つ挙げた集計結果



図2

  図2 優れた博士卒人材が企業により多く就職
       するようにするために有効な施策を重要なもの
       から順に各人が3つ挙げた集計結果



図3

  図3 現在の博士卒に不足している点で、採用
       増のために是正すべき点を重要なものから順に
       各人が3つ挙げた集計結果




表1 化学会社と製薬会社との博士卒人材の比較

表1

図4

  図4 博士に期待する能力・実績として、重要な
       ものから順に各人が3つ挙げた集計結果




図5

   図5 博士課程のカリキュラムで重要なもから
        順に各人が3つ挙げた集計 結果

(1) 優れた人材がより多く博士課程に進むためには、
第1位:魅力あるカリキュラム(73点)
第2位:経済的支援(60点)
が必要との回答が抜きんでて多かった(図1)。
(2) 優秀な博士卒人材がより多く企業に就職するための施策としては、
第1位:アカデミアへの単一思考にならないよう、企業での活躍の意義を早めに知らせること(教育すること)(67点)
が顕著に多く、次いで、
第2位:企業が奨学金を出すこと(37点)
第3位:産が博士課程カリキュラムに積極的に参加すること(35点)
が多かった(図2)。
(3) 博士卒の採用を増やすために、博士卒人材には、
第1位:人間力(コミュニケーション力、共同で仕事をする力、リーダーシップ等)アップ(68点)
第2位:狭い専門分野にとどまらず、幅広い学識を持つこと(67点)
第3位:博士卒の専門能力の付加価値を明確にすること(46点)
第3位:産が博士課程カリキュラムに積極的に参加すること(35点)
第4位:人材のバラツキを減らすこと(37点)
の要望が多かった(図3)。
(4) 最も重要なアンケート項目である博士卒の期待像については、
第1位:ゼロからの課題設定と解決能力(61点)
第2位:複数の専門能力・技術融合テーマに取り組める能力(36点)
第2位:人間力(36点)
第4位:深い専門能力(34点)
第5位:新分野への学習(自習)能力、応用能力(28点)
第6位:新発見・発明への高い意欲(27点)
が挙げられている(化学会社では入社後博士課程の延長的なテーマをすることは少なく、新しくテーマに取り組む必要から図4の[1]、[4]、[5]が求められるのであろう。化学会社と製薬会社を比較すると対照的である。表1参照)(図4)。
(5) 同じアンケートで現在の博士卒で不足している能力を聞いたところ、
第1位:人間力(51点)
第2位:複数の専門能力(50点)
第3位:ゼロからの課題設定・解決能力(45点)
であり、博士に期待されている項目が現在の博士では満足されていないことが浮き彫りになっている。特に、人間力の不足が注目される(図省略)。
(6) 博士課程の充実については、
第1位:複数の研究経験(57点)
第2位:コースワーク(講義、演習)の充実(36点)
第3位:企業の研究の実例、企業研究と大学研究の違いの説明等(33点)
第4位:複数の専攻(31点)
の要望が多かった。上記の博士の期待像を実現するためにはどんなカリキュラムが必要かは、産と学で十分議論すべきであろう(図5)。
(7) 文部科学省の高度なインターンシップ(博士も対象)については、55%の人が制度を知っており、実際そのうちの12%の人が引き受けた経験を持っている。しかし、このインターンシップが
[1]有効である
第2位:コースワーク(講義、演習)の充実(36点)
という人は42%にとどまり、
[2]有効でない(27%)
[3]実施が難しい(31%)
も多い。実施が難しい理由としては秘密保持、企業の負担、安全問題が挙げられている。。
(8) 産学連携による人材育成の施策としては、
[1]企業の研究者・技術者が大学で講義すること
[2]カリキュラム作成に産も参加すること
が重要との意見が多い。
(9) 産学連携による人材育成の施策としては、
“プロジェクト博士”で提案している産主導の博士セミナーについては盛り込むべき内容について有益なコメントが寄せられた。

野依フォーラム 博士人材の育成に関する提言の要旨*1

(1)基本的立場

国の国際競争力強化やイノベーション強化に、大学院なかんずく博士課程の充実が重要と考えるが、現状は課題が多い。

博士課程在学者への経済的支援強化とカリキュラムの充実を柱とする強力な施策により、現在に比べより多くの優れた人材が博士課程に進み、世界に通用する優秀な博士人材(イノベーションの担い手)が輩出することは、イノベーションを強力に推進する社会を構築するためには不可欠である。

(2)政府への要望

優秀であっても、経済的理由から博士課程進学を断念している学生が少なくない。科学技術基本計画に博士の経済的支援(目標20%)はうたわれており、産業界も積極的に支援するが、国による博士課程在学者の経済的支援強化(目標の早期達成)を強く要望する。

(3)産の博士人材育成に対する積極的支援

1.経済的支援(企業の奨学金制度)

企業においても経済的支援の一端を担い、優秀な人材がより多く博士課程に進学し、企業に就職することに寄与する。

2.入社後の処遇

学卒より博士卒に対する格段の優遇策の要請は極めて強いが、博士卒の付加価値が明確でないことや企業の処遇制度が年功序列から成果主義や能力主義になっている現状では、博士卒を格段に優遇する十分な説明理由を見いだしにくい。

しかし、グローバル化の中で日本独特の低い博士卒処遇では世界の優秀な人材を取り込めないし、また日本の高度研究者の人材不足になる。企業にとって、これらに向けた何らかの対策が必要ではないかと考える。

3.博士卒積極採用の姿勢の明確化

化学会社は修士卒、博士卒の区別なく、よい人材であれば採用する方針であり、また、将来よい人材が十分に輩出されれば現在の倍の数の博士卒を採用する意向である(アンケートによれば化学会社の博士卒採用割合は10%程度、将来優秀な博士卒人材が増えれば少なくとも20%程度に増えると見ている)。

4.産主導の博士セミナーの開催

産学連携の人材育成策として、産主導の博士セミナーを開き、産の要望と期待を博士課程在学者に直接伝える。内容は、[1]産での活躍の意義と楽しみ(アカデミアへの単一志向にならず、産にも活躍の場があることを知ってもらう)、[2]産の実際(ホットな研究開発やイノベーションの事例、大学と企業の研究の違い等)、[3]博士卒資質についての産の要望と期待(博士卒への期待像)、[4]博士課程の学生に対する経済的支援、採用、処遇についての産の取り組み等である。

これにより、より多くの優れた博士人材が企業に興味を持ち、ゆくゆくは産で活躍することを期待する。

(4)学への要望

1.化学会社が求める博士卒人材-博士卒への期待像

幅広い基礎学力を持つ人材(狭い専門分野にとどまらず、専門分野以外のテーマにも力を発揮できる人材)の育成を要望する。

具体的には、アンケートでは重要な順に、[1]ゼロからの課題設定能力と解決能力、[2]複数の専門能力、[3]人間力(プレゼンテーション能力、協調性、リーダーシップ等)、[4]深い専門能力、[5]新分野への学習能力、[6]新発見・発明への高い意欲を期待している。

いずれもフロンティア研究や技術融合研究に必要な要件であろう。

なお、現状は上記[1]、[2]、[3]が不足しているとの意見が多い。

ベースとして幅広い基礎学力を身に付け、さらにゼロからの課題設定の経験を積むことにより、応用力や学習能力はついてくるであろう。人間力については早い時期に適切な動機付けやオリエンテーションが重要であろう。

2.博士課程の充実

アンケートによれば、より多くの優秀な人材が博士課程に進むかどうかの重要なポイントは、経済的支援とカリキュラムの充実の2点である。

カリキュラムについての要望は、総合的な基礎学力の向上はもちろんであるが、さらに重要な順で、[1]複数の研究経験、[2]コースワークの充実(講義や実習)、[3]企業の研究の実例と特徴、[4]複数の専攻(T型人材やΠ型人材等)、である。

[1]および[4]は、幅広い基礎学力が身に付いていることが前提で、それにぜひ付け加えたい要望である。

最近一部の大学院でスタートした修士-博士一貫コース(4年)は産の要望をかなり満たすものであるが、プログラムが多彩であり(インターンシップや海外研修)、こなせるのはエリートに限られるであろう。一般には、まず幅広い基礎学力の教育に地道に取り組んでほしい。

3.博士卒の品質保証(質の向上と平準化)

現在の博士卒はバラツキが多いという意見が多い。世界に通用する博士卒の品質保証をお願いしたい。

おわりに

今後、本提言を関係団体に紹介したいと考えており、既に博士人材の育成に取り組んでいる(社)日本経済団体連合会の博士課程検討会*2に提言している。

本提言が博士人材の育成について、資することを期待している。

*1
野依フォーラム 博士の人材育成に関する提言(2006年11月24日)

*2博士課程検討会
5大学、10企業から15名の委員が参加し、2006年3月よりスタート、検討会報告を現在とりまとめ中である。