2007年2月号
連載1  - 産業界に聞く産学連携
株式会社日本セラテック 取締役会長 川田 正興 氏に聞く ニーズ指向による産学一体を実現
顔写真

川田 正興 Profile
(かわた・まさおき)

株式会社日本セラテック 取締役会長



聞き手・本文構成:加藤 多恵子 Profile

(本誌編集長)

ニーズ指向にたった東北大学との産学一体を通して、そして、高い技術レベルで、世界レベルの企業へと前進する日本セラテック社にインタビュー。

株式会社日本セラテックのビジネスモデル

●本日はインタビューをお受けいただいてありがとうございます。日本セラテック社*1は、旧日本セメント株式会社が蓄積したセラミックスと材料工学の技術を継承して、エンジニアリング用ファインセラミックス製造販売会社として1987年に設立されたと伺っております。2003年にジャスダック公開、2005年には東証二部上場、2006年には東証一部指定となりました。今回の一部上場は東北地方の会社としては43年ぶりと伺いました。そのあたりから貴社についてお話しいただけますか。

川田 当社が仙台に所在した理由は三つあります。一つは労働力。優秀な若者の直接工が確保しやすいこと。スタッフ部門は学卒を取りますが、その人材の中心は東北大学です。次は東北大学が地元企業の技術的な支援、育成に熱心な大学であるということです。そして三つ目として、何よりも重要だった理由は自治体である県や市が企業誘致に熱心だったことです。

日本セラテックのビジネスモデルは、一言で言えばワンストップショップです。つまり、私どもは小さい会社ですけれど、セラミックスにかかわる部品、部材、サービスは何であれ日本セラテック社で賄います。その中で、コア事業領域はエンジニアリングセラミックス、圧電セラミックス、セラミックス複合材でして、世界ナンバーワン商品をより多く提供することで会社を成長させています。

東北大学との産学連携

●貴社は東北大学との連携が強いわけですが、貴社の産学連携についてお聞かせください。

川田 全面的に東北大学、特に大見忠弘教授です。設立当初は東北大学の多くの先生方にお世話になっています。1993年に方針を変えまして、集中的に大見教授と99%連携することになりました。

先ほど触れられたように、東北6県の製造業で一部上場できたのは当社が43年ぶりです。一部上場までいった製造業の会社がこの43年間はないのです。これが可能になったのは東北大学との産学連携があったからです。近年、産学連携がかなり言われていますが、どうも産の盛り上がりがもうひとつの感がありますね。

●産が盛り上がるにはどうすればよいのでしょうか。

川田 もっと意思疎通をやることでしょう。大学のシーズを産が事業化するわけですが、これは企業にとって非常にリスクがあります。そもそもシーズを事業化できる確率は小さいからです。大学の研究はコストを無視してでも成果を出そうとするきらいがあります。しかし、当社が東北大学と連携したやり方では、そのリスクはありません。このやり方、パターンを取り入れたらどうか、と私はあちこちで盛んに勧めています。 どのようなパターンであるかを申し上げます。通常のパターンでは、学の研究成果、シーズを、大型の設備投資、人材確保、市場調査などを行った上で事業化します。しかし失敗が多いです。というのも「死の谷」があって、それを越えられない。企業はこれが怖いのです。産学連携といっても、学と産は目的、目標が違い、時間軸も規模も違います。生々しい産と、誇り高い学の目標は全然違います。それでも大企業はゆとりがありますが、中小企業はそれが当てはまりません。特に東北地域は中小がほとんどですから、成功させるためにはこの方式は使えないのです。そこで、ニーズ指向でいく。そして、企業の仕事のすべてに付加価値を付ける、この付加価値を付けるに当たって、大学の支援を受けるのです。 このパターンであれば「死の谷」がありません。

ただし、もちろん企業の自助努力は大事で、そこに大学の支援を受けることが産学連携ですが、私が言っているのは、産学一体といったものです。一体化した中で産と学は役割を分けているのです。

ニーズ指向の産学連携、産学一体とは

●産学連携ならぬ産学一体というアプローチですね。

川田 先ほど申しましたセラミックスのワンストップショップというビジネスモデルでは、大手が嫌がる細かいものも提供します。そしてそれらは一流でないといけないのです。ですからその技術の支援を大学にお願いするわけです。単に大学のシーズを事業化しているわけではないのです。

そして、大学の支援は大見教授にお願いしています。私が社長に着任した1993年の当社の売り上げレベルは大変に低い状況でした。親会社の支援で生きながらえていた時期でした。それが、このアプローチで業績も上がり、2006年には東証一部上場まで伸びました。困難な状況の会社でもアプローチ次第で伸びるという例かもしれません。大学は基本的には大変親切ですので、地元の中小企業の方々にぜひおやりになることを勧めたいのです。

産学連携で当社の若い技術者が大学に出向き指導を受けるとき、私も必ず立ち会いました。その場で判断すべきことはその場で決断するためです。即断即決が重要です。それと、ネガティブにならないことです。すべて前向きにやりましょう、ということです。

●東北地域での産学連携の意義についてどう思われるかお聞かせください。

川田 産学連携は有効どころか、私はこれしかないと思います。

これだけ経済がグローバル化、産業もグローバル化する中で、日本の優位性はどこにあるのでしょうか。先んじた知的分野でしかありません。大学をもうちょっと産学連携から産学一体化していくとよいのではないでしょうか。

●最後に社長の事業ビジョンをお聞かせください。

川田 当社は、日本を出て事業をするつもりは全くありません。日本でやっていける事業にしようと思います。そのためには大学が必要なのです。日本で事業をすることに価値があるのです。海外で事業をしても日本の幸福、日本国民の幸福にならないでしょう。そして、事業をこの仙台でやります。東北大学と東北の地は移転しませんから。ただし、地元エゴになってはいけません。チャンスがあるならチャンスを生かして、すべてのステークホルダーを幸福にしなくてはなりませんから。そして日本は科学技術立国として地位を確立しなければいけない。そのための鍵は地域が握っています。

●今日は大変に興味深いお話をありがとうございました。

*1株式会社日本セラテック
http://www.ceratech.co.jp/index.html