2007年3月号
連載1  - 産業界に聞く産学連携
武田薬品工業株式会社 常務取締役 秋元 浩氏に聞く 医薬品の研究開発から製品化まで:産学連携で学に何を期待するか
顔写真

秋元 浩 Profile
(あきもと・ひろし)

武田薬品工業株式会社*1 常務取締役/
日本製薬工業協会 知的財産委員長/
財団法人バイオインダストリー協会
知的財産権分科会長

聞き手:江原 秀敏 Profile

(本誌編集委員長)

医薬品研究開発は成功確率が極端に低い、製品化までに長い年月がかかるなど、他の産業と比べ特徴的である。医薬品業界が望む産学連携での学への期待、そこでの知財の在り方、第3次科学技術基本計画での医薬品の国家的戦略とは。

●本日は、医薬品業界の知的財産分野で活躍してこられた秋元常務にお話を伺います。

法人化が進んだことにより、国立大学の知財本部が徐々に形を整えてきておりますが、大学と企業の知的財産戦略はかなり異なっているものと思われます。そこで、医薬品分野における大学の知的財産戦略の在り方、そして大学と医薬品企業との連携の在り方についてお考えをお聞かせください。

医薬品研究開発の特徴

秋元 まず医薬品の研究開発の特徴として、製品化までに長い時間が必要となります。創薬から製造承認申請に至る研究開発期間は平均15~17年にもなるのです。また何より重要な点は、医薬品の研究開発は成功確率が非常に低いということです。合成化合物が医薬品として承認される成功確率は1万5000分の1程度にすぎません(資料:日本製薬工業協会、新薬開発の成功率)。また、研究開発費負担も膨大です。産学連携を考えるにあたっては、これらを十分に踏まえておかなければなりません。

もう少し言いますと、大学の先生がある素晴らしい研究をされて、新薬の芽となる化合物を発見し特許を出されたとします。これに10年以上の歳月をかけ、膨大な研究開発費を投入したとしても、医薬品として世に出すことができるかどうかは全く分からないわけです。

また、企業側としては、製品化にたとえ成功したとしても年間100億円以上の売り上げが期待できなければ、基本的に投じた研究開発費が回収できず、採算が取れない可能性があるという点を踏まえておく必要があります。

●法人化が進む大学におけるロイヤルティ収益について、どのように感じておられますでしょうか。

大学が生み出す知的財産の在り方

秋元 スタンフォード大学は、遺伝子組み替え技術をかなり低いロイヤルティで提供した結果、極めて多くの研究機関に技術導出して大きな収益を上げました。一方、その後に出た細胞融合という技術の場合ですと、特許は取得せずに学問の発展のために広く公開しました。また、米国のNIH(国立衛生研究所)では、遺伝子解析結果について特許を取得しようとしたところ、「税金で行った研究に特許をとるのはいかがなものか」と、米国国民の反対にあうというケースがありました。このようにロイヤルティに対する考え方はさまざまです。

私個人の考えでは、川上の段階の研究は大学が果たすべき使命のひとつだと思いますし、大学は知的財産権で収益を得る、得ないを主眼におくべきではないだろうと思います。

なお、大学での研究成果については特許の出願件数や取得件数だけで評価してはいけません。例えば最近、RNA干渉が、画期的な医薬品を見つけるための有力な開発手法になるのではないかと大いに注目されており、これについて特許の出願件数、技術論文の引用頻度、技術権利供与による実施料収入などについて日米の大学の状況を調べました。すると、特許の出願件数は日米の大学でほぼ同じ、もしくは日本の大学のほうが多いことが分かりました。ところが、引用や実施料収入、あるいはライセンス契約数は米国の大学のほうが非常に多かったのです。

この差異はどこからくるのか、大学の研究活動、知財活動は米欧と比べてどのように違っているのか。このあたりに日本の産学連携が抱える諸課題を解く鍵があるのではないかと思います。

●医薬品業界として具体的に大学にどのようなことを期待されますでしょうか。

医薬品業界から学への期待

秋元 大学の発明が川上の段階にあり、応用範囲が広いものであれば、多くの企業が連携を希望するのではないでしょうか。

つまり、大学は川上の段階にある研究に取り組み、成果を幅広く社会に還元することで、多くの人に利用してもらう。企業は製品化に取り組むとともに、最終責任をきちんと持ち、研究資金を回収することで次の研究開発に投資していく。このようなシステムを構築するのが一番いいのではないかと思うわけです。

例えば、医薬品の成功確率が低い理由の一つとして、ヒトへの毒性や副作用の予測が難しいことが挙げられます。ですから、ある特定の疾患、あるいは特定の患者さんのスニップスを遺伝子解析することで、「こういうタイプの患者さんには副作用が出にくく、高い効果が期待できる」といった予測を行う研究を大学で進めていただくことも重要かと考えます。

また、癌やアルツハイマーといった難病のメカニズムを大学で解析していただいて、その結果を全世界の製薬企業で利用できるようになれば、優れた治療薬を生み出す可能性が高まることになり、人類の健康福祉に役立つことでしょう。

加えて、川下に近い製剤化研究の段階であれば、注射薬しか存在しない医薬品や、経口薬でも多くの量を飲まなければならない医薬品での医工連携が期待されます。経皮吸収薬や痛みを感じないマイクロニードルスのような製剤を作ることで、患者さんの負担を軽減することが可能になるのです。

最近では大学の役割について、研究テーマを研究段階から産業に移すところまでをどのようにやるべきか盛んに議論されていますが、大学が実際に大規模な臨床試験を行うのは非常に難しいのではないかと思います。治験に近いところまでインキュベーションして、高額で企業が引き取ってくれるところまでは大学の先生がボランタリーワークで行う、あるいは川上の段階から大学と企業の共同研究テーマにする、といった方法があると思います。

●第3次科学技術基本計画の中で、初めて国家という概念が入ったと聞いております。医薬品の場合、国家という概念を踏まえた上での戦略というものは、どのような形になると思われますか。

第3次科学技術基本計画における医薬品の戦略

秋元 ライフサイエンス、ライフインダストリーにおいて特長的なことは、そこから生まれる製品ないし知的財産は国民の健康福祉、生命に直接的に関与するということです。いわば、エネルギー事業と同様に位置付けることもできるかと思います。そのように考えれば、国家戦略として扱うといいのですが、国の産業として真剣に取り組むかどうか、日本では現時点ではまだ明確にはなっていません。医薬品産業は、今のところ、米国・欧州の後を追っています。欧米の製薬産業は巨大で、それに比べると日本は規模が小さいという意味でまだ子どもですが、今後は医薬品産業が重要だという認識が日本において徐々に高まるでしょう。世界における日本の医薬品産業のシェアは11~12%です。米国は55~56%です。国家戦略として進めている中国・インド・ブラジル・ロシア(BRICs)は合わせて10%ないし11%ぐらいになっています。日本は15~20%のシェアを獲得すべく努力しないといけないと思います。

●本日は多岐にわたるお話をありがとうございました。

(文責:本誌編集部)

*1武田薬品工業株式会社
http://www.takeda.co.jp/