2007年4月号
連載1  - 産業界に聞く産学連携
株式会社島津製作所 取締役・技術研究担当 吉田 多見男氏に聞く 島津製作所の研究体制と産学連携
顔写真

吉田 多見男 Profile
(よしだ・たみお)

株式会社島津製作所
取締役・技術研究担当


聞き手:江原 秀敏 Profile

(本誌編集委員長)

高度計測機器のコア技術を自社で習得する島津製作所の産学連携とは。そして、同社でのイノベーティブな人材育成のための基本的な考え方を伺う。

企業の研究所での研究体制について

●島津製作所は高度計測機器を開発されている世界トップクラスの研究開発型企業でありますが、まず、貴社の研究体制についてお聞かせください。

吉田 私が入社した当時(1980年ごろ)は、研究所ではかなり自分の好きなテーマで研究ができました。もちろん、会社が進むべき事業方向についての大方針は明示されていましたが、個々の開発テーマについては、自分たちで市場を見たり営業の意見を聞いたりして、提案、決定することができました。私は、レーザーを使った計測機器に関連して質量分析装置の開発研究をし、その研究グループのリーダーをしていました。その研究がノーベル賞の対象になった大発見につながったわけです。現在は、研究開発効率の向上のため、会社の事業戦略に基づいて作成された製品・技術ロードマップにのっとって研究開発を遂行しています。体制としては、大まかにいって、新製品開発や改良は事業部門で、製品化に必要な要素技術や将来技術の開発は中央の研究開発部門が実施しています。

●イノベーティブな実績とか、イノベーティブな人材が生まれてくる要件はいろいろあると思いますが、何が一番重要とお考えになっていますか。

吉田 絶対にこれをやり切るという気持ちを担当者が持つこと、また、リーダーがいかに担当者にその気持ちを持たせるかが重要です。例えば質量分析装置の研究のとき、新人にも担当部分の責任を持たせることにしました。そして自由にやらせる。ただしフォロー役は付けました。そして一度成功体験を味わうと、あとは次々とやる気が出てきます。他の企業のやり方はよく分かりませんが、私が担当してきた研究所ではそういう研究のさせ方をしました。昔は現在よりいろいろな意味で余裕があったと言えると思います。現在は多分野にまたがる融合領域のテーマが増えてきました。以前は自社の不得手な部分があっても研究者が何とか勉強して克服してきましたが、現在は、開発期間の短縮化が必須のため、基礎研究からやる余裕がないので、そういう分野はいきおい学・官に依頼するということになり、産学連携が増えました。もちろん、会社のコア技術については基礎研究から実施して、技術力の涵養に努めています。

●個人にやる気を起こさせるチームワークというのは、島津の企業風土に根差しているのでしょうね。

吉田 「科学技術で社会に貢献する」が当社の社是です。人がやらない新しいことをやりたい、世界初のことをやりたいと、研究開発部門の者は考えています。 事実、これまでの会社の歴史の中で、世界初、日本初の製品を生み出した結果が数多くあります。社員はそれらを見てやる気が出るのではないでしょうか。つまり研究開発の実績によって当社が培ってきた伝統が研究者を大いに育てるのです。そして、仲間と協力して良い成果を出そうと頑張るのではないでしょうか。

産学連携の進捗と成果、産が学に期待するものについて

●日本では産学連携に制度の設定でも資源的にも国を挙げて尽力してきました。産学連携の成果の観点も含めて、現状をどう見られますか。

吉田 私は産学連携の成果はまだこれからだと思います。今は、産学連携をしていこうという雰囲気がようやくできてきた段階ではないかと思います。今までは制度の設定ということで形だけの産学連携だったような気がします。産学連携を実のあるものにしていくためには、大学の先生に企業の実態とか、開発の実態を知っていただく必要があります。事業や産業を起こすには市場性が必要です。また製品にするためには人件費や生産性(歩留まりなど)を含めたコストを考えないといけません。大学の先生にこういうことを十分に理解していただいて、実際に製品化まで行くような研究で企業と連携していただきたいと思います。また、大学は川上の基礎研究でシーズの発見をしていただき、その後の製品化は企業の責任で行うというのでも十分であるとも考えます。この辺は基礎研究を行う理学部と、基礎研究から応用研究まで行う工学部の先生ではお考えが違うと思います。実際、このような企業側の論理をよく理解される大学の先生方は増えていて、いい方向の連携が持てるようになってきました。日本の科学技術はキャッチアップの時代からフロントランナーの時代に入っています。特に、融合領域の研究開発は増加していますが、1社単独でやるのは不可能ですから、企業は大学や他企業との連携を組もうとしています。また最近は大学の知財本部などもでき、契約もきちんと履行されています。産学連携の成果はそんなに早く出るものではないと思っていますが、こういった現状を考えると、成果はこれから出てくるものと考えます。

当社の場合をもう少し申し上げます。先ほども述べましたように、当社では研究開発陣が製品・技術ロードマップを作っています。これは、将来10年間にどういう製品を出していくか、そのためにはどのような技術がいつごろ必要かをまとめています。コア技術は自社で修得するのが当社の方針ですが、自社の研究部門が頑張って修得していく技術と自社ではできない必要技術とをリストアップして、時間軸を考慮しながら産学連携分野、連携先を決めています。変化のスピードが早い分野も学との連携の対象です。連携先としては国内の大学や研究機関に限らず海外の大学とも連携しています。

イノベーティブな人材を得るために、博士人材の企業での採用は

●イノベーティブな人材を、日本が輩出していくためにはどうしたらいいでしょうか。

吉田 もっと融合領域での本格的な教育が必要だと考えます。例えば、当社では医療診断装置を製造していますので生命科学、医学、工学部系の内容が分かるような人材が必要です。入社後も社内外の研修やOJTで教えますが、できれば入社までに、専門領域をきちんと勉強してくるのが大前提です。加えて第2の領域も大学で教育してほしいと思います。 かつて企業では博士課程修了者は扱いにくいということがありましたが、今はそんなことはありません。会社の経営方針を理解できる人、柔軟な考えができる人ならば、博士課程を修了した人は即戦力になりますので、当社の場合はどんどん採用しています。また、中途での採用も増えてきています。

国に必要な科学技術の戦略的な方向付けは

●第3期科学技術基本計画では、国に必要な科学技術では戦略的な方向付けをすべきだといわれています。科学技術戦略の関連でご意見をお聞きしたいと思います。

吉田 戦略的な将来技術では、スーパーコンピューター、X線自由電子レーザーなどが挙がっているようですが、これらで世界のトップへ行ければ、科学研究や開発研究への波及効果も大きく、他分野への応用展開も可能になると思います。また、何といっても、このように具体的なテーマを掲げて、その目標を明らかにすることは大切なことと思います。

計測機器の開発ではその装置を使うユーザーとチームを組めば使い勝手の良い製品となります。また、どういうデータが真に役に立つのかを判断しながら開発できれば、最初は1台だけの販売であっても、やがて販路は広がります。当社は、このようなチームを形成して研究開発を遂行するJSTの先端計測分析技術・機器開発プロジェクトに参加していますが、科学研究の基盤技術である先端計測分析技術に対して国の援助が出るこのプロジェクトは大いに評価できます。実用に結び付く優れた成果が出せるものと期待しております。

一方、診断装置を開発していて、装置の承認に関して官の対応の遅れが気になります。薬事申請に長い時間がかかります。これらは海外との競争力を弱めることになりますので、その迅速化が望まれます。また、省庁間にまたがるような開発プロジェクトに関しては、省庁間の連携を強化していただきたいと思います。

●今日は貴重なお話ありがとうございました。

(文責:本誌編集部)