2007年4月号
連載2  - 産学官連携事例
繊維の高機能化に向けた新規加工法の開発
-地域新生コンソーシアムの成果-
顔写真

堀 照夫 Profile
(ほり・てるお)

福井大学大学院工学研究科
ファイバーアメニティ工学専攻
教授/学長補佐(産学官連携推進担当)

福井大学、福井県工業技術センターの「電子線グラフト重合による繊維高機能化の開発」、「同加工装置の開発」を紹介。

はじめに

東京のあるメディアが都内の小学生を対象に調査した結果によると、全国47都道府県の中で「福井県」はその知名度が最下位だった。福井県は九州か東北と思う児童が非常に多かったらしい。目立った名所旧跡(東尋坊と永平寺くらいか)や大きな企業もなく、人口も全国の都道府県で下から3番目であり、当然の結果かもしれない。一方で、福井県は日本一の長寿県で、生活満足度(住み良い県)も長年にわたって日本一である。

その他、世界的に有名な「繊維」の総合産地であること、日本で作られる「眼鏡枠」の98%が福井県で生産されていること、米の品種「こしひかり」の生まれた県であることなどをご存知だろうか。また、原子力発電所が日本で最も多く立地している県でもある。

地方の小規模大学である福井大学は、このような地域の特色を精一杯生かしながら地域貢献を進めている。今回紹介する「電子線照射技術を利用した繊維加工」は、まさにこの地ならではの研究テーマであった。

進化する繊維加工技術

繊維には主に天然繊維と合成繊維があるが、綿、絹、羊毛などの天然繊維の生産は伸びていない。生産性が低く、多くの人手を必要とするためである。これに対し、ナイロン、ポリエステル、アクリルに代表されるように合成繊維は安価に大量生産が可能であり、特にポリエステル(PET:Polyethylene terephthalate)繊維は基本物性に優れ、生産量は年々増加している。また、近年は環境問題に対応するため、ポリ乳酸(PLA:Poly lactic acid)などの生分解性繊維が注目されている。しかし、PET繊維やPLA繊維にも欠点があり、いろいろな機能を付与する必要がある。抗菌、防臭、吸水、撥水、耐熱など種々の機能がその用途に応じて必要になる。これまでにもいろいろな手法で機能化されてきたが、その機能が十分でなかったり、耐久性に問題があったり、加工後の廃液処理に問題があったりなど、種々の問題を抱えてきた。

また、繊維は衣料用途にとどまらず、最近では生産される合成繊維の約75%が産業資材用途に利用されるようになってきた**1。電磁波シールド用繊維、自動車関連材料(シート、天井、ドア、シートベルト、エアバッグなど)、人工血管や人工臓器製造用材料、河岸強化や海洋浮揚構造体に使われる繊維、コンクリート強化用繊維をはじめ、航空機本体の75%が炭素繊維で作られる時代になった。

このような時代背景に繊維の加工方法も大きく変わろうとしている。化学薬品使用量をできるだけ低減し、高効率に、また環境負荷をできるだけ低減できる加工方法が望まれている。そのような中で注目を浴びている技術が、[1]プラズマ照射技術、[2]電子線照射技術、[3]超臨界流体利用技術であろう。繊維技術の最先端を行く福井県では、いずれの技術についても世界に先駆けて研究に着手し、すでに優位性を示している。

本稿では世界に先駆けて実用化が始まった電子線グラフト重合による繊維の機能化について紹介する。研究のきっかけは福井県工業技術センターの研究員(宮崎孝司氏)が福井大学の博士課程に入学したことで、研究テーマとして電子線を利用した繊維・高分子の機能加工を設定した。

電子線照射技術の特徴と工業的応用

電子線照射技術の工業的実用化は、ポリエチレンの被覆電線に照射し、強度を向上させることから始まった。その後、自動車用タイヤゴムのプレ架橋、塗料や接着剤の硬化反応、光沢紙の製造、排煙中のNOxやSOxの除去、炭素菌の滅菌などが実用化されている**2。一方、繊維への放射線応用に関しては、グラフト重合を中心とした研究が進んでいるが、まだ実用化例はほとんどない。われわれは電子線照射技術が繊維の機能加工や表面処理に有用な改質手段と考え、研究を進めてきた。

表1 電子線、ガンマ線および紫外線の特性比較

表1

電子線は放射線の一種で、マイナスの電荷を持った粒子線に分類される。表1によく利用される電子線、ガンマ線、さらにキュアリング(硬化)などで利用されている紫外線の相違を示した。電子線は紫外線に比べ、エネルギーが大きく、光増感剤などの開始剤なしで化学反応に利用できる特徴を有する。処理時間も非常に短く、ガンマ線のような放射性廃棄物もない。On/Off制御も電源を遮断するだけで、装置を極めて安全に運転できることにある。

図1

図1 電子線照射装置の原理(テレビのブラウン
     管と比較)

電子線照射装置では、高真空中に置かれたタングステンフィラメントに電流を流すことで、フィラメントが加熱され、表面から熱電子が放出される。この熱電子は取り出し窓にかけられた高電圧により加速され、薄い窓材料(アルミやチタン箔)を通過して、大気中に飛び出すようになっている。被照射物はこの窓下をコンベアにより搬送される間に照射されることになる。照射時は空気中の酸素による酸化などを避けるため、窒素ガス雰囲気としていることが多い**3図1)。

電子線照射装置は電子線のエネルギーが大きくなるにつれ、材料に浸透する深さが深くなり、厚い材料の加工が可能となるが、設備コストも大きくなる。800keV以上の高エネルギータイプの装置では大型の設備となり、X線遮蔽(へい)のため厚いコンクリート壁で覆ったシールド室が必要となる。これに対し、300keV以下の低エネルギータイプの装置ではX線の自己遮蔽が可能で、装置はコンパクトで安価である。300keVでの材料への透過は300μm程度であることから、織物やシート状の材料に十分利用できる。

繊維の機能加工のための電子線照射技術

繊維やプラスチックは高分子材料であり、これらにガンマ線や電子線などの放射線を照射するといろいろな反応が起こる**4。詳細は省略するが、一般に高分子が放射線を吸収すると、最初に、ポリマーのイオン化と励起が起こり、励起分子はさらにラジカル開裂やイオン開裂を起こすことで、ポリマーラジカルやイオンが生成する。生成したラジカルは引き抜き反応や二重結合への付加反応のほか、ラジカル再結合による橋かけ、分解、酸素による酸化、そしてグラフト重合の開始など種々の反応が起こる。

基材に生成したラジカルは低温で保存することが可能で、照射後、別の場所に持ち帰り、グラフト反応に用いることも可能である。特にアルキルラジカル、アリルラジカルは寿命が長い**4

上記の二重結合への負荷反応はモノマー・オリゴマーの重合となり、塗料や接着剤の硬化に、架橋反応はポリマー分子間の結合で、耐熱電線の製造に、分解反応は鎖の切断で、テフロン粉末の製造に、グラフト重合はポリマーとモノマーの反応で機能性を付与するために応用されている。さらに、電子線の菌体への直接作用または水分から発生するOHラジカルの作用による殺菌技術も医薬品・化粧品容器の殺菌・滅菌に利用されている。

われわれが進めてきた電子線グラフト重合による繊維・高分子材料の機能化の一部について説明する。電子線グラフト重合の特徴は、ケミカルグラフト重合等に比べ、天然繊維やセルロース誘導体からオレフィン繊維、ポリエステル繊維そしてポリアミド繊維など各種素材に反応が可能で、かつ重合開始剤や光グラフト重合における光増感剤を必要としないのが特徴である。また、電子線での重合反応は低温から高温までの広い温度範囲でモノマーの重合を始めることが可能で、かつ、モノマーの状態は気体、液体、エマルジョンさらに固体でも可能である。

図2

図2 電子線グラフト重合/イオンコンプレックス
     /フッ素プラズマ照射により調整した超撥水・吸
     放湿機能を有するPET布帛

この方法で得られた成果のいくつかを紹介する**5**8。一つ目は電子線グラフト重合法で疎水性の高いPET布帛(ふはく)に親水性のアクリル酸をグラフトし、これにポリイオンコンプレックス形成法で2鎖型カチオン界面活性剤を固定化し、さらにフッ素プラズマで疎水化することで表面は超撥水性を有しながら、蒸気の水は吸収するという加工(図2)が可能となった。

図3

図3 アパタイト層にTiO2を分散固定した光触
     媒機能PET布帛

また同じような方法で多量のカルボキシル基またはリン酸基を導入したPET布帛に交互浸漬法でハイドロキシアパタイトと酸化チタンを複合した層を形成させることで、繊維の脆化(ぜいか)を起こすことなく、布帛表面で各種有害物質を分解できる機能の付与に成功した(図3)。

実用化のためのブレークスルー

繊維などの固体材料へのグラフト重合法では、電子線照射により生成するポリマーラジカルを利用するもので、主に「前照射法」と「同時照射法」がある**4。前照射法では照射時にモノマーが存在しないため、ホモポリマーの生成が少ないというメリットがある。しかし、ポリエステル(PET)繊維など材料によっては、安定的に多量のラジカルを発生し難いものがあり、グラフト反応が起こりにくい。また、同時照射法では、モノマーを繊維内部まで十分含浸させなければ高いグラフト率は得られないという問題がある。このため、適当な有機溶媒(モノマーを含む)で膨潤させて電子線照射する方法がかなり研究されたが、環境汚染を考慮すると好ましい方法ではない。

そこで、われわれは、繊維基材とモノマー溶液を2枚のフィルムでサンドイッチ状にシールし、できるだけ空気に曝(さら)さず、溶媒(主に水溶液)の蒸発も抑えた状態で電子線照射する方法を提案した**5。この方法では、照射段階ではPETフィラメントの表層のみがグラフトされているが、照射後、そのまま加温処理することで後重合が進み、フィラメント内部までグラフト層を進行させることもできる。すなわち、表面のみの改質から、繊維フィラメント内部までの改質というように、改質領域をある程度制御できるところに特徴を有するものである。

研究成果の展開

以上の基礎研究で宮崎孝司氏は博士の学位を授与され、成果として3編の学術論文と3報の特許を出願した。研究発表の成果はすぐに現れ、企業等との共同研究が数多く進んだ。平成15年度には、地域新生コンソーシアム研究開発事業「連続生産を目指した電子線グラフト重合法による繊維機能化技術の開発」が採択された。これまでに開発してきた「フィルムシール方式電子線グラフト重合法」を基本技術とし、国内外で初めて繊維布帛を連続生産方式でグラフト加工する技術を開発した。2年間の研究の成果として得られた装置の全景を写真1に示す。

写真1

写真1 繊維布帛専用に開発された
連続式電子線グラフト加工装置

この装置はその後、共同で研究開発を進めたクラボウ(倉敷紡績株式会社)徳島工場に設置され、現在では生産を開始している。最大加速電圧は200kV、最大照射線量は1,000kGy・m/minである。従来の樹脂加工による機能加工速度に匹敵する50m/minで運転可能で、加工の均質性にも問題がない。また25kWの冷却機構および液体窒素気化機構も組み入れ、長時間運転に対応できるよう工夫されている。

具体的にはこの装置を用い、ポリエステルや綿に対して高い耐久性を有する、[1]消臭加工、[2]吸水発熱加工、[3]非ハロゲン試薬を用いる難燃化、[4]抗菌加工などの諸機能加工が可能となった。

その後も電子線照射技術を用いた研究は、福井大学、福井県工業技術センターを中心に産学官が共同して相次いで活発に行われている。その結果、新たに、平成18年度に、地域新生コンソーシアム研究開発事業として「立体構造繊維と電子線グラフト重合技術を用いた金属補足材の開発」が採択され、研究開発が進んでいる。これは電子線グラフト重合技術により親水性繊維の不織布に特殊なビニル系モノマーをグラフト反応させ、さらに2、3ステップの化学反応を行うことで、PET繊維の染色加工工場から排出されるアンチモンイオンを吸着・除去する材料を製造する技術の開発である。この目的に対しては、同じく福井県の技術である「立体構造繊維製造技術」が利用され、強い流れに対して廃液が安定して流せるような工夫も取り入れられている。アンチモンはその毒性が心配されるものであり、これを排出しないための技術として期待されている。また、この技術は各種工場から排出される有害金属イオンの除去、さらには海水などから有用物質を回収するための吸着剤としても期待できる。

おわりに

産学官共同研究は、大学の研究シーズを利用して企業等との共同研究が始まり、これを発展させて国のプロジェクトへと発展させることが理想と思っている。筆者は、この方法でいくつかの実績を積んできた。国が研究開発に巨額の財源を準備するようになった現在、これを積極的に利用することは、日本の科学技術を進展させる一つの方法であると思っている。

●参考文献

**1 :堀照夫監修. Future Textiles:進化するテクニカル・テキスタイル. 大阪, 繊維社企画出版, 2006, 480p.

**2 :幕内恵三. ポリマーの放射線加工. 東京, ラバーダイジェスト社, 2000, 280p.

**3 :坂本良憲. 実務者のための電子線加工. 新高分子文庫27,京都,高分子刊行会, 1989, 160p.

**4 :Uezu, K.;Saito, K.;Furusaki, S.;Sugo, T.;Ishigaki, I.Radioat.Physical Chemistry, Vol.40, No.31, 1992.

**5 :宮崎孝司;堀 照夫ほか. 繊維学会誌, Vol.56, No.3, 2000, p.126.

**6 :宮崎孝司. 機能材料, Vol.20, No.7, 2000, p.20.

**7 :宮崎孝司;堀 照夫ほか. 繊維学会誌, Vol.55, No.9, 1999, p.408.

**8 :宮崎孝司;堀 照夫ほか. 繊維学会誌, Vol.56, No.5, 2000, p.227.